【36】激流の双子(後編)
レヴォリューショナミーのエースとの一騎討ちで甚大なダメージを負い、大量の破片を撒き散らしながら墜落していくアヤネルのオーディールM3。
「ん……くそッ、なかなかにハードランディングだ……!」
それでもアヤネルは残されたメインスラスターを慎重且つ大胆に操作し、レイキャヴィーク空港内の草地に機体を不時着させる。
衝撃は決して小さくはなかったが、幸いにも彼女は負傷せずに済んだ。
「アヤネルッ! すぐ援護に……!」
「よそ見しない!」
相方の不時着を確認したスレイは速やかに救援へ向かおうとするものの、先程からしつこく纏わりつく白と紫苑色のMF――ツクモのディオスクーロイがそれを阻む。
「くッ……!」
結局、スレイは自分自身の身を守ることだけで手一杯となっていた。
「(あいつ……追い討ちはしないつもりか?)」
一方、いつでも脱出できるようシートベルトを緩めていたアヤネルは神のように空中に佇む白とえんじ色のMF――ナグモのディオスクーロイの姿を見上げる。
「(オレは戦闘能力を失ったヤツには興味ねぇ……だが、命令が出ているなら仕方が無い)」
満身創痍の蒼いMFを見下ろしているナグモはこの時点で自らの勝利だと判断していた。
しかし、ヤツヅキ姉妹に与えられた任務の一つは《"蒼い悪魔"の抹殺》。
任務達成のためには遺憾ながらトドメを刺す必要がある。
「ッ!」
ただならぬ空気を察したアヤネルはスロットルペダルを目一杯踏み込み、スラスター最大噴射で緊急回避を試みる。
「悪いがここで潰してやるぜ……"蒼い悪魔"!」
死に体の敵機を逃すつもりは無い。
ナグモは心を鬼にして攻撃態勢に入るが……。
「(ナグモ……!)」
その時、ナグモの脳裏に姉ツクモの声がよぎる。
ただ自分の名前を呼んだのではない。
まるで危険の接近を知らせるかのような……。
「ッ!」
優れたイノセンス能力で"敵意"を感じ取ったナグモは反射的に攻撃行動を中断。
次の瞬間、突如飛来した蒼い光線が彼女のディオスクーロイに着弾する。
左腕から展開したビームシールドで防いだためダメージは無かったが、高い運動性を誇るディオスクーロイに直撃弾を与えられる実力者は限られる。
「隊長……!」
しかし、世界というものは意外に狭いのかもしれない。
乗機のコックピットから這い出たアヤネルの頭上には世界的実力者――セシルのオーディールの機影があった。
「"蒼い悪魔"の大将か……へへ、相手にとって不足無し!」
これまでの"蒼い悪魔"とは比べ物にならない闘志と気迫――。
ついに本物のプレッシャーを感じ取ったナグモは喜びを隠せない。
「(分かってるって、姉貴。こいつだけは遊び気分で勝負できる相手じゃないってことぐらいは)」
彼女は相手が強ければ強いほど燃えるタイプだ。
また、それと同時に相手の力量を見極められるだけの冷静さも持ち合わせている。
"蒼い悪魔"の大将――セシル・アリアンロッドに勝つためには全力をぶつける必要があった。
「アタック!」
使い慣れたビームソードで疾風のように襲い掛かるセシルのオーディール。
「かかって来い……!」
ルナサリア式MF用実体剣――通称"カタナ"を侍のように構えてあらゆる可能性に備えるナグモのディオスクーロイ。
「踏み込みが甘いんだよッ!」
実戦経験とイノセンス能力を総動員して蒼いMFの攻撃タイミングを予測し、ナグモは最初の一撃を難無く切り払う。
スピードを活かした一閃は確かに強力だが、上手く衝撃を受け流せば大丈夫だ。
「フッ、それはどうかな……!」
鍔迫り合いの末に出力差で弾き返されながらもセシルは冷静だった。
彼女のオーディールは素早く体勢を立て直すと、もう一度目にも留まらぬ加速力で白とえんじ色のMFに襲い掛かる。
「くッ……さっきまでのヤツとは反応速度が全然違う!」
油断しているつもりは無かった。
むしろここ最近の戦闘では一番集中していたはずだ。
にもかかわらず右腕を斬り落とされていたのはナグモのディオスクーロイの方であった。
「(それにこの威圧感……まともに浴び続けたら圧倒されそうだ)」
損傷した乗機を庇いながらナグモは仕切り直しのため一時離脱を図る。
彼女は蒼いMFを包み込む不可視の"オーラ"に恐怖を感じ始めていた。
世界最強クラスの戦闘力を持つセシルの参戦によりヤツヅキ姉妹のアドバンテージは一気に失われた。
「ナグモ! 合流して立て直すわよ!」
相手がイノセンス能力を一切持たない"ノンセンス"とはいえ、その戦闘力を危険視するツクモは妹に再合流を命じる。
手負いの機体で勝負できるほど簡単な相手ではないからだ。
「くそッ! バカみたいに強いぞあいつ!」
「分かっているわよ。あなたがはしゃぐほどの相手なんてそうそういないもの」
少々興奮気味なナグモの第一声を聞きながら頷くツクモ。
彼女は妹が"好敵手と出会えたあの感動を共有したい"ことを理解していた。
「ゲイル2、お前はゲイル3を回収して後退しろ!」
一方、厄介な強敵を難無く退けたセシルはこの隙に撃墜されたアヤネルの救助を決断。
実際の回収作業は僚機のスレイに任せることにした。
「あいつらと単独で戦うんですか!?」
「ブフェーラ隊がすぐに合流する! それまでは一人で持ち堪えられる!」
ヤツヅキ姉妹との戦いで苦戦を強いられたスレイの意見は確かに正論だが、セシルは自身の実力に絶対の自信を持ち、尚且つブフェーラ隊という頼れる味方部隊も指揮下に収めている。
短時間であれば間違い無く戦線を支えられるし、運が良ければ返り討ちにできる可能性すらあり得た。
「……了解! アヤネルは必ず母艦まで送り届けます!」
そんな隊長の実力を誰よりも知るスレイは指示を受け入れ、レイキャヴィーク空港の敷地内に擱座しているアヤネル機の所へと急いで向かう。
「頼んだぞ。回収作業中と戦線離脱するまでは私がカバーしてやる」
僚機が戦闘に参加できない間、セシルはそれを庇うように敵機たちを牽制し作業完了までの時間を稼ぐ。
「どうするんだ、姉貴? 客観的に見れば今が絶好の機会だが……」
「私たちは極悪非道な地球人とは違う。救助活動中に手出しするような卑劣な真似はしない」
今、二人掛かりで"蒼い悪魔"に奇襲を仕掛ければ勝てるかもしれない――。
ナグモの提案は勝利を手繰り寄せる魅力的なものだったが、ツクモはかつての敵と同じ穴の狢になることを断固拒否する。
「流石だな姉貴……!」
「まあ、その間にこっちも仲間を呼ぶことぐらいはするけどね」
良くも悪くもルナサリアンらしい武士道精神を貫こうとする姉の姿に感心するナグモ。
もっとも、ツクモの方は卑怯でなければあらゆる手段を講じるつもりであったが……。
「隊長、ゲイル3の救助を完了しました。機体は戦闘終了後に改めて回収します」
幸いなことにスレイによる僚機の救出作業中、それを巡って戦闘状態に陥ることは無かった。
ただし、一触即発の状態が続いていたので行動不能なアヤネルのオーディールは一旦放置せざるを得ない。
「ああ、その方がいい。彼女の容態はどうだ?」
「目立った外傷は無く自力で動ける模様です」
機体は損失しても替えが利くが、人命はそういうわけにはいかない。
部下の容態を気遣うセシルの質問にスレイは穏やかな口調で返答し、彼女のオーディールのマニピュレーターに掴まれているアヤネルも元気そうに手を振り返す。
「了解。敵戦力に注意しながら帰艦しろ」
あまり問題は無さそうだが念のためメディカルチェックは必要だ。
セシルは僚機に単独での戦線離脱を命じ、その後ろ姿が青空に溶け込むほど小さくなるまで見届ける。
「……後顧の憂いは断てたかしら?」
「全く、テロリストにしておくには勿体無いスポーツマンシップだな」
律儀にも用件が済むまで待ってくれていたツクモの武士道精神に感嘆し、白と紫苑色のMFにビームソードを向けながらも珍しく笑みを浮かべるセシル。
「何だって? 地球人は複数の言語を混ぜて喋るから分かり辛ぇんだよ」
セシルはオリエント人なので当然ながらオリエント語を話すが、発言の中で出てきた"テロリスト"はフランス語、"スポーツマンシップ"は英語をそれぞれ語源としている。
そのため、地球の言語に疎いナグモは自身の母語であるルナサリア語と比較して"直感的に理解しにくい"と感じていた。
「貴様らの限られた地上戦力では有志連合を止めることはできん。命が惜しければ潔く投降し、然るべき処罰を受けるべきだ」
均衡状態の空中とは異なり地上戦は多国籍軍が優勢である現実を指摘すると、セシルはプロフェッショナリズムに基づきヤツヅキ姉妹に対し一度だけ投降を促す。
"軍事組織"と見做されないテロ集団には戦時国際法を適用しないのが通例だが、姉妹の能力を惜しみ今回は説得を試みることにした。
「ハッ、笑わせてくれるぜ! 3年前の降伏勧告に従わなかった時から命など捨てている!」
「私たちの任務は占領地の防衛に非ず――セシル・アリアンロッド、貴女の抹殺よ!」
しかし、敗戦という事実を受け入れずに戦い続けるナグモとツクモは初めから降伏勧告に従うつもりなど無かった。
説得は失敗に終わりヤツヅキ姉妹は再び臨戦態勢に入る。
「往生際の悪い奴らめ! そんな見苦しい姿をかつての主君が望んでいるのか!?」
「おい、地球人如きがアキヅキ様のことを語るんじゃねぇよ……!」
そして、不幸にもセシルの何気無い一言がナグモの――いや、一部のルナサリアンに共通する"地雷"を踏み抜いてしまっていた。
【ノンセンス】
イノセンス能力の特徴である"特殊なパターンの脳波"を一切持たない人、または持っていても積極的には使わない人を指す。
ここでのポイントは「能力が低い(無い)」という表現は徹底的に避けられていることである。




