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【プロローグ3】革命前夜

 命の恩人から恵まれたスナックバーとミネラルウォーターによって戦災孤児の少女の腹は満たされた。

「……ごちそうさまでした」

やはり天涯孤独となる以前は大切に育てられていたのだろう。

飢え死にを回避した少女は感謝の言葉を忘れない。

「天然素材を使った地球の飲食物も悪くなかったでしょう?」

「はい……!」

そして、満腹感は心の豊かさと精神安定をもたらす。

灰色ずくめの女の問い掛けに初めて笑顔を見せる戦災孤児の少女。

「フフッ、あなたぐらいの年頃の()は笑顔がよく似合うわ」

それに釣られた女もまるで我が子と接しているかのような笑みを浮かべる。

「あの……なぜ同じ地球人からあたしを庇ってくれたんですか?」

ようやく警戒感が解けた少女は少し踏み込んだ質問を行う。

ルナサリア人特有のウサ耳を持たず、しかもルナサリア語で話す時もオリエンティア訛りが目立つ灰色ずくめの女が地球人であることは明白だからだ。

「それは……あなたのような理不尽な仕打ちに遭う者がいなくなる世界を創るため」

もっとも、女の方も子ども相手に正体を隠し通すつもりは無かったのかもしれない。

そう言いながら彼女は深く被っていた灰色のフードを脱ぎ、透き通るようなブロンドのセミロングヘアを晒す。

「私はこの世界に変革をもたらし、より良い未来への軌道修正を志す者」

ただし、革命家を自称するこの女は目元を隠す黒いバイザーだけは外さなかった。

「これは夢物語ではない。私の下には既に大勢の同志が集結し、来たる革命に向けて最終準備を進めている」

バイザーの奥に隠された瞳で廃ビルの外を力強く見据える革命家の女。

「早ければ数日後、あなたを含む世界中の人々は否応無く革命を目の当たりにするでしょう」

彼女は戦災孤児の少女の方に視線を移しながらこう告げる。

世界が変わるための第一歩はすぐ近くまで来ている――と。


「……」

戦災孤児の少女は呆気に取られていた。

話の内容があまりにも突飛で理解が追い付かないのかもしれない。

「ごめんなさい、思わず熱弁し過ぎたわね……代わりに人生の先輩として助言を授けるわ」

その反応に気付いた革命家の女は申し訳なさそうに苦笑いすると、難しい長話に付き合わせたお詫びとして人生の先輩ならではのアドバイスを送る。

「あなたからは素晴らしい才能を感じる。それを最大限活かせる場所を求めるならば、地球のオリエント連邦へ向かいなさい」

彼女は決してお人好しではない。

目の前で起きている人道危機は看過できないとはいえ、普通なら安全な場所まで連れて行った時点で終わりだ。

そんな革命家の女がここまで親身に接しているのは、偶然助けてあげた少女に才能を見い出したからに他ならない。

「そういえば、あなたの名前をまだ聞いていなかったわね?」

「……ウサミヅキ。ウサミヅキ・ツバサといいます」

ふと思い出したかのように名前を尋ねてくる革命家の女に対し、戦災孤児の少女――ウサミヅキ・ツバサは包み隠すことなく答える。

「その名前はご両親の願いと祈りが込められたモノよ。大切にしなさい」

オリエント人である革命家の女にルナサリア語で付けられた名前の意味は分からない。

それでも、今は亡き両親が子どものために考えてくれたであろうことは容易に想像できた。

「もし、地球で多くのことを学んだあなたと再会できたら……その時には必ず私の名前を教えてあげる」

最後に革命家の女は黒いバイザーを外しながら未来に向けた約束を交わす。

バイザーの奥に隠されていたのは、天に浮かぶ地球と同じ色の蒼く澄んだ瞳。

「では……次は数年後――現在(いま)という名の未来で会いましょう」

"時が未来に進むことは世界の摂理"と言いたかったのだろうか。

オリエント人らしい金髪碧眼が目を惹く革命家の女はバイザーを着け直し、灰色のフードを被りながらこの場を立ち去ろうとする。

「(結局名前は分からなかった……でも、あの星に行けばいつか聞き出せるかもしれない)」

彼女を呼び止める権利はツバサには無い。

だが、未知との邂逅が少女に生きる希望を与えたのも事実であった。


 栖歴2135年9月19日――。

ヒガンバナのような紅い花が咲き誇る旧ホウライサン最大の都市公園には大勢の人々が集まっていた。

その多くはスーツなど礼服を着用した進駐軍関係者であり、何かしらの式典の開幕を待っていることが分かる。

「――はい、こちらは月面都市のルナ・シティ平和祈念公園よりお送りします」

要人たちから少し離れた場所にいるのは各国の報道関係者たちのようだ。

オリエント連邦の国営放送である"連邦放送協会"は月面都市ルナ・シティに報道員を派遣し、平和祈念式典の生中継を開始していた。

「世界を巻き込んだ戦争から今日でちょうど3年となります。3年前の9月19日、ルナサリアン戦争の最終決戦がこの場所で繰り広げられました」

リポーターが立っている場所はまさにルナサリアン戦争の最終決戦――ホウライサン包囲戦が行われた激戦区であった。

終戦後、戦闘行為によって踏み荒らされた都市公園はこの地区の統治権を得たオリエント連邦が再整備を行い、復旧工事の一環として新たに月出身の戦争犠牲者全員の氏名を刻み込んだ慰霊碑を建立した。

「地球側各国による分割統治は今も続いていますが、それでもルナ・シティの復興は着実に進んでいるように感じられます」

戦争終結から3年。

かつてホウライサンと呼ばれていたルナ・シティは焦土から復活を遂げ、中心部では近未来的なビル群が再び建ち並ぶようになった。

「しかし……暫定ルナサリア共和国の主権回復に向けてはまだまだ多くの課題が残されています」

だが、本当の意味で"戦後"を終わらせるために必要な月の主権回復については目処が立っていない。

「その中でも最大の懸案と云われているのが、進駐軍を構成する列強諸国間の意見対立です」

その最大の要因は占領政策における列強諸国の足並みの乱れだ。

前の戦争の経験に基づく対ルナサリアン感情が各国の意思決定に大きく影響していた。

「オリエント連邦が今後数年以内の主権返還及び進駐軍撤退を目標としている一方、アメリカ合衆国をはじめとする対ルナサリア強硬派は難色を示しており――」

将来的な国交樹立を見据えた懐柔策として制裁緩和を望むオリエント連邦に対し、ルナサリアンの武力侵攻により甚大な被害を受けた欧米諸国は制裁の維持を主張している。

また、国際社会において一定の発言力を持つ日本やロシアは"慎重な判断を要する"として中立的な立場を取っていた。

……リポーターの話は通信不良によって遮られてしまったが。


「ええ……ただ今、通信状態が悪く映像と音声に乱れが生じているようです。大変失礼いたしました」

所変わってこちらはオリエント連邦にある連邦放送協会のスタジオ。

不測の事態にもアナウンサーは冷静な対応を心掛け、まずは視聴者に対して放送事故の発生を謝罪する。

「通信不良が解決されるまでの間、スタジオの方でもう一度状況を整理します」

スタッフが急遽走り書きしたカンペで状況を確認し、スタジオにいる有識者との会話で時間稼ぎを試みるアナウンサー。

地球と月は38万キロも離れているため、こういったトラブルはごく稀に起こり得る。

今回のような報道特番に限って発生するのは不運としか言いようがないが……。

「オリエンティア時間13時より月面都市ルナ・シティにてルナサリアン戦争終結3周年の祈念式典が――」

「――否! 3年前のあの戦争はまだ終わっていない!」

アナウンサーが放送内容を改めて説明しようとしたその時、再び耳障りなノイズが発生しアナウンサーの声を含むスタジオの音声が全て掻き消されてしまう。

代わりに視聴者たちが聞いたのは別の人物による反地球的主張であった。

「……!? 通信不良に伴う混線が――」

「――勝者が一方的に突き付けた理不尽な停戦協定は悪辣且つ公平性に欠けており、法的効力を与えられるべきではないと断言する」

一度は混線が回復しアナウンサーの声が聞こえるようになったものの、放送に干渉してくる妨害電波の方が強力なのか、程無くして報道特番は反地球論者に乗っ取られてしまう。

「これは負け惜しみではない。その証拠として、我々が独自に入手したホウライサン条約の非公開部分を全世界へお見せしよう」

映像内の人物は下半分を切った般若面のような被り物で顔を隠しているが、体形と話し方からルナサリア人であることが推測できる。

この女は占領政策の根拠となっているホウライサン条約に不満を抱いており、条文の非公開部分を全世界に暴露するつもりらしい。

「刮目せよ! これが無知な地球市民が選挙という脆弱な制度により選出した、政治家と呼ばれる者共の真実だ!」

ルナサリア人の女がそう声を荒げた次の瞬間、黒一色の背景に切り替わった映像は以下の文章を数分間に亘り表示し続けるのだった。


【第三篇第三十二条】

ルナサリアンは世界各国に与えた損害の補償として、同国が所有するあらゆる資産及び権益を進駐軍へ譲渡しなければならない。

譲渡された資産は進駐軍監視下で厳正な審査を実施し、その結果に基づき本来の所有者への返還が認められる。

ただし、アキヅキ家を含む貴族階級の資産は優先的に賠償金支払いに割り当てられるものとする。


【第七篇第二百二十八条】

前ルナサリアン指導者アキヅキ・オリヒメ及びその支持層は「国際道義と平和に対する最高の罪」を犯しており、被疑者の生死に関わらず戦勝国は全ての戦争犯罪について訴追できるものとする。

また、危険思想を有する独裁者の台頭を許したルナサリアン国民も自らの過失を認めるべきであり、その努力義務の履行を戦勝国は支援しなければならない。


【第九篇第三百条】

本条約の発効を以って旧ルナサリアン法定通貨テルヨの流通を全面的に禁止し、同通貨を用いた決済は全て無効と見做す。

また、上記の内容は本条約発効以前に発行された貨幣に対しても適用される。

これはルナサリアンの経済能力を意図的に制限し、過剰な国力増強を防止するための適切な措置である。


【第十篇第三百二十条】

戦勝国はルナサリアン国内の交通において、ルナサリアン国民と同等以上の権利を受けることができる。

また、月面都市内に設置された全ての人工運河は本条約により国際運河化され、地球上の全国家に対し自由通行権が与えられる。


【第十四篇第四百二十九条】

上条(戦勝国による占領期間について規定した第四百二十八条)はルナサリアンの民主化履行状況に応じて部分的な占領解除や期間延長を行えるものとする。


【第十四篇第四百三十条】

占領解除後に賠償が適切に行われていないと判断された場合、戦勝国は再占領を行うことができる。

再占領においては進駐軍の動員による実力行使も認められる。


【第十五篇第四百三十四条】

戦勝国が取る措置をルナサリアンは必ず承認しなければならない。

これを怠った場合、戦勝国側は第十四篇第四百二十九条及び四百三十条を行使できるものとする。


【第十五篇第四百四十四条】

戦争中及び占領期間中に戦勝国側が違反したとされる戦争犯罪について、ルナサリアン側は一切の追及を行ってはならない。

ルナサリアン側は戦争犯罪の立件に繋がる全ての資料を公開し、被疑者の身柄拘束及び軍事裁判に協力しなければならない。

これを怠った場合、戦勝国側は第十四篇第四百二十九条及び四百三十条を行使できるものとする。

【アキヅキ・オリヒメ】

前大戦時のルナサリアンの指導者。

対抗勢力を一掃した後に自身の支持層で政権を固め、唯一絶対の権力者としてルナサリアン滅亡のキッカケを作った元凶である。

オリヒメ自身はホウライサン包囲戦に出陣し戦闘中行方不明(MIA)となっているが、遺体が発見されていないため生存を信じているルナサリアン残党も少なくないという。

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