【195】ゆきのようかん
Data:2135/12/27
Time:11:53(UTC+6)
Location:Springfield,Olient Federation
Operation Name:-
都市人口の過半数が暮らす市内中心部から離れるように走ること1時間以上――。
ライガが運転する青いスポーツワゴンの姿は建物がまばらな近郊にあった。
「(フロントカウンターのお嬢さんが言ってた通りだな。市街地を離れると建物が一気に減る)」
彼が走っている場所は市庁所在地であるスプリングフィールド区の外縁部且つ、北側に隣接するアルボン区との境界付近にあたる。
両地区の中心部から離れているため道路整備以外の開発があまり行われていない地域だ。
「(この辺りのはずだが……カーナビには表示されていない。地図に残ることすら許されなかったということか)」
スプリングフィールド市道1号線の横道にあるという目的地を探しながら車を運転するライガ。
目的地は放棄された空き家なので地図データに収録する必要が無いということなのだろうが、それ以外の理由もあるに違いないと彼は推察していた。
「(……あれか! あの建物を見つけた途端、空気が重く感じるのは何故だ?)」
対向車はおろか先行車も後続車も見えない雪道を注意深く走り続けた末、ライガはようやくそれらしき建物を発見し横道に入る。
しかし建物が近付いてきた次の瞬間、彼は原因不明の"気持ち悪さ"に襲われる。
それは直ちに体調不良に至るモノではないが……気持ちを強く持たないと危険かもしれない。
「(人の気配は――今のところは感じられない)」
記録が正しければ100年以上手付かずで放置され、朽ち果てつつある屋敷の正門前にライガは車を停める。
彼は屋上や建物内に刺客が隠れていないか車内より窺うが、その可能性は無さそうだ。
「(一応用意してきただけだ。あの人が銃を向けるとは思いたくないが、念のためにな)」
車から降りたライガは車両後部のラゲッジスペースのドアを開け、そこに積載しているアルミケースからボディアーマーを取り出す。
これは拳銃弾までなら耐えられる防弾装備であり、一旦上着のトレンチコートを脱ぎタートルネックセーターの上から着用する。
「(博士……できるならば、この銃で貴女を撃つようなことはしたくない)」
また、同じアルミケースには金属部品の使用を最小限に抑えた特殊部隊向けの改造拳銃――通称"TIMOグロック"も収められていた。
◆
風化で扉が外れた正門を潜り、かつては色とりどりの花が咲いていたであろう庭園を抜けて屋敷の玄関に向かうライガ。
「(人間の足跡だ……しかも新しいと見た)」
その途中で彼は雪上に残された足跡を発見する。
スノーブーツによるものだと思われるそれはあまり時間が経っていないようだ。
「(祟り――か。我々オリエント人は霊感が弱くオカルトを信じない人種と云われるが……)」
玄関前に辿り着いたライガは足元に落ちている工事看板を見つける。
長年野晒しにされ風化しているが、"解体工事のため関係者以外立入禁止"という文字は辛うじて読めた。
実はこの旧ラヴェンツァリ邸、廃墟マニアの間では曰く付きの建物として知られているらしい。
解体工事が相次ぐ事故で無期限休止になったとか、ならばと史料館に転用する計画を進めていた役人が不審死したとか――。
この屋敷を立入禁止にしたら怪現象が収まったので、一連の出来事は"ラヴェンツァリ家の祟り"と呼ばれ都市伝説化している。
「(ッ! 玄関ドアが開いている……!)」
ボロボロのドアハンドルを押したライガは少し驚く。
特に封印などは施されておらず、思ったよりもすんなりとドアが内側に開いてしまったからだ。
「(幽霊屋敷やホラーゲームみたいな遊びの雰囲気じゃない。ここは……本物の心霊スポットでの廃墟探索だ)」
玄関兼風除室の先に広がっていたのは真っ暗なロビーホール。
ここに立ち入った瞬間、ライガの背筋に不気味な寒気が奔る。
まともな廃墟マニアなら絶対に侵入しないという話も納得の"ヤバさ"を否応無しに感じ取る。
「(屋内にも足跡が……階段に続いている。エレベーターが使えないから、そうしないと屋上に行けないのか)」
それでも彼は懐中電灯を点けて廃墟内を進んでいく。
床面を照らすと瓦礫の間を縫うように先程と同じ足跡が残っていることに気付く。
その足跡は一切の迷いを感じさせること無くホール中央の大階段を上っていた。
「(博士が本当にこの屋敷の屋上で待っているならば、彼女の足跡を辿れば会えるはずだ)」
足跡は自分に対する"道標"だと信じて辿っていくライガ。
「(彼女は何故ここを指定した? 先日の戦闘後に暗号文を送るとかじゃダメだったのか?)」
屋敷全体より醸し出される負のオーラから目を逸らすように彼は別の事を考える。
「(……呼び付けておいて下らない話だったら、一発鉛弾でも撃ち込まないと気が済まん)」
冗談では済まされない心霊スポットからさっさと帰りたい――。
それがライガの本心であった。
◆
旧ラヴェンツァリ邸は地上5階・地下2階の計7フロアで構成される、限られた敷地面積を高層化によって有効活用していた屋敷。
このうち地下は階段の崩落やエレベーターの停止で侵入できず、地上のフロアも階層によっては足場が失われていて大変危険なため、ある程度自由に探索できる範囲は見た目よりも狭い。
裏を返せば寄り道をする必要が無いとも言えるが……。
「(くそッ、足が重い。屋上に向かって人と会うのがこんなにキツイなんて……)」
現役のMFドライバーであるライガのフィジカルに問題があるとは考えにくい。
にもかかわらず階段を上っていく足取りが重く感じるのは、屋敷内にいる限り逃れることができない負のオーラのせいだ。
「(マジで何なんだよ、この屋敷は……!)」
別にホラー好きではないライガに心霊スポットを楽しむ余裕はあまり無かった。
「(ここが塔屋か……この扉を開けた先にあの人はいるはずだ)」
5階を過ぎた彼は冷たい隙間風を感じる空間に辿り着く。
ここはおそらく屋上階に突き出す形で設置されている階段室であり、同じ部屋にはドアが外されているせいで足を踏み外したら転落死しそうなエレベーターシャフトが残されていた。
「(……行くぞ)」
懐に収めている拳銃の安全装置を解除すると、ライガは意を決してドアハンドルを引くのだった。
【Tips】
これはあくまでも疑似科学に基づく仮説だが、オリエント人は強い精神力を持つため心霊現象の原因とされる悪霊を寄せ付けないという。
また、心霊現象やオカルトに対する興味関心も日欧米諸国に比べて低いと言われている。
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