【9】DARKKNIGHT(後編)
軌道エレベーターを襲撃する敵対勢力のエース、アイカ=バンキ・デュラハンが駆る大型MFガン・ケンと激闘を繰り広げるブフェーラ隊。
戦力差だけで言えば3対1且つ後方にゲイル隊が控えるブフェーラ隊の方が明らかに有利だが、アイカのガン・ケンはおそらくワンオフ機と思われる超高性能MF。
相手は連携を封じるために分断を狙ってくるだろう。
「ブフェーラ2、援護するぞッ!」
赤黒いMFの中射程レールキャノンに捕捉され続けている僚機をフォローするべく、リリスは愛機オーディールM3を加速させ一気に前線を押し上げる。
スクランブル発進を経てこの戦闘に参加しているブフェーラ隊は標準的な兵装しか装備していないため、それらの有効射程となる中距離以下まで間合いを詰める必要があった。
「(ローゼルもよくやっているが、敵の攻撃も極めて正確だ。このままではいずれ被弾してしまう)」
完全初見のレールキャノンによる砲撃を最小限の横移動で回避するなど、ブフェーラ2ことローゼルの健闘はリリスも認めている。
しかし、それと同時にアイカのガン・ケンも攻撃の度に照準をアジャストしており、そろそろ避け切れず被弾する可能性をリリスは懸念していた。
「ブフェーラ3、お前は中距離から援護射撃! その間に私が切り込む!」
「了解!」
相手は超高性能ワンオフ機を自由自在に乗りこなせる技量を持つエースドライバー。
操縦技術ならば同等以上のリリスが自ら前衛を務め、もう一人の僚機であるヴァイルには敵機を牽制するための援護射撃を命じる。
一応ヴァイルは格闘戦に長けたインファイターとはいえ、彼女を未知数のエースにぶつけるのはリスクが高いと判断したからだ。
「ブフェーラ2より1、そちらへ敵が動くように誘導いたしますわ!」
「隙を見て合流してくれ。攻める時は3機で一気に畳み掛けたい」
特に語らずとも上官の意図を理解したローゼルは回避運動のパターンを切り替え、それを確認したリリスも迅速に僚機と合流できるようエレメント(2機編隊)を動かし始める。
「(まだ加速できるか……さすがにあの機動力に追従するのは難しそうだ)」
ブフェーラ隊が運用するオーディールM3は量産機としては世界最高の大推力を誇り、特に巡航用のファイター形態は同じ可変機でなければ容易に追いつけないほどの機動力を持つ。
高速域でも更に速度を上げられる蒼いMFの加速力を改めて痛感したアイカは、あえてスピード勝負には付き合わず自機が得意とする状況で迎え撃つことを選んだ。
「ブフェーラ3、ファイア! ファイア!」
「ッ……!」
ヴァイルのオーディールの素早い連射攻撃が赤黒いMFに襲い掛かる。
また、アイカのガン・ケンは大型機ゆえ運動性があまり高くなく、回避し切れない分はビームシールドによる防御で上手く対処するしかない。
「ブフェーラ1、ファイア!」
そこに今度はリリスのオーディールの高速精密射撃が加わる。
「(くッ、あと一機はどこから仕掛けてくる!?)」
2機の蒼いMFによる攻撃を回避運動とシールド防御で凌ぎつつ、元々自分が狙っていた敵機の行方を探すように周囲を見渡すアイカ。
「ブフェーラ2、ファイアッ!」
「(3機とも牽制……本命のアタッカーは!)」
彼女の予想通り、ローゼルのオーディールは死角からレーザーライフルを撃ちながら肉薄してきた。
その攻撃を何とか回避したアイカは誰が仕掛けてくるか注意深く観察する。
「メインアームズ1、パージ!」
「チィッ……!」
しかし、攻勢に出たリリスは攻撃ではなく主兵装のレーザーライフルのパージを選択。
裏をかかれるカタチとなったアイカのガン・ケンはすれ違いざまにライフルをぶつけられ、ハイレベルな戦闘では致命的と言えるほどの隙を晒してしまう。
「ブフェーラ1、アタック!」
「踏み込みが甘いッ!」
この瞬間を待ってましたとばかりに人型のノーマル形態へ変形し、右手首から抜刀したビームソードで斬りかかるリリスのオーディール。
だが、アイカは咄嗟にスロットルペダルを操作することで崩れた体勢を逆手に取ったオーバーヘッドキックを繰り出し、蒼いMFの右手首に蹴りを叩き込む。
「くそッ! 図体がデカいだけではないというわけか!」
ピンチをチャンスに変えるテクニカルな動きにリリスは思わず怯んだ挙げ句、蹴られた勢いでビームソードを落としてしまう。
「隊長! 私も加勢いたしますわ!」
形勢逆転を許した上官をフォローするべく、自らも機体を変形させ得意の格闘戦に備えるローゼル。
「あ……おい待て! 相手はどんな武器を積んでいるのか分からないんだぞ!」
「よし、二人で串刺しにしてやる!」
慎重派なヴァイルの制止にもかかわらず、態勢を整えたリリスは部下との連携攻撃に踏み切るのであった。
三位一体の攻撃を確実に決めるべく、赤黒いMFの周囲を飛び回りながら場作りを始めるブフェーラ隊。
統率を欠いた闇雲な連携ではかえって敵にチャンスを与えかねないからだ。
「くそッ……仕方が無い! 援護する!」
自分の意見具申が聞き入れられなかったことに多少不満を抱きつつも、ヴァイルはレーザーライフルを連射しながら援護攻撃に入る。
「(三方から同時攻撃とは! 全く、彼女も大変だな!)」
3機の蒼いMFから集中攻撃を受ける状況にはさすがに"参った"といった感じの表情を浮かべるアイカ。
ところで、赤黒いMFのドライバーは彼女――ヴァイルのことを知っているらしい。
オリエント国防空軍を代表するエース部隊の一員として広報にも登場しているので、名前を知っていること自体は別に不思議ではないが……。
「(しかし、少しでも手を抜けば君が疑われることになる! 悪いが……殺さない程度に本気でやらせてもらう!)」
いや、"疑い"や"手加減"を連想させる言葉が出てくる時点でアイカのヴァイルに対する反応は普通ではなかった。
軍を無許可離隊し理想のために過去と決別したというのならば、最大級の脅威となり得る同胞に配慮する甘さなど必要だろうか?
「良い援護ですわ! このまま挟み撃ちにさせて頂きます!」
「ブフェーラ3はバックアップ! 仕留め損ねた時のフォローに回れッ!」
一方、そういった違和感をよそにローゼルとリリスはいよいよ攻勢に打って出た。
唯一フリーで動けるヴァイルにはむやみに介入して同士討ちするリスクを考慮し、引き続き攻撃失敗に備えたバックアップを命じる。
「ブフェーラ2、アタック!」
「ブフェーラ1、アタック!」
ビームソードの出力を最大まで引き上げ、息の合った連携で同時に刺突を繰り出すローゼルとリリス。
左右からの突撃で防御態勢が整う前に撃破する算段だったが……。
「M3とはいえ量産型が群がって来たところでッ!」
アイカのガン・ケンが搭載するE-OSドライヴは大型機向けの低回転・高出力タイプ。
挟撃が迫ったその時、赤黒いMFは両手首からビームソードを抜刀。
E-OSドライヴから供給されるパワーにモノを言わせ、2機の蒼いMFの攻撃をギリギリで受け止めてみせるのだった。
「なッ……ビームソードのパワーが負けている!?」
「こちらは2機掛かりなのに……!」
もう少しだけ押し込めばいけそうなのに、あと一歩がどうしても届かない。
世界最強の量産機オーディールM3の鋭い刺突が片手で止められたという事実に、リリスとローゼルは驚きを隠せない。
「二人とも下がれッ! その機体には……!」
「マイクロミサイル、シュート!」
膠着状態を見たヴァイルは僚機たちを助けるべくすかさず割り込もうとするが、そうはさせまいとアイカのガン・ケンはバックパック表側に内蔵されているウェポンベイのカバーを展開。
そこから後方に向けて大量のマイクロミサイルを発射することで蒼いMFの接近を許さない。
「こいつ! ちょっとは手加減しろバカ!」
自分がミサイルに追いかけられていては援護に回る余裕も無く、ヴァイルはチャフ及びフレアを散布しながらの回避運動を余儀無くされる。
「オールレンジ攻撃端末、全基射出!」
「くそッ! 離れろ、ローゼルッ!」
そして、オールレンジ攻撃端末のリチャージ時間を稼ぎ切ったアイカは満を持して端末を全基射出。
その内4基が自らへ向けられたことを視認したリリスは反射的に緊急離脱を命じたが……。
「見るがいい! 一斉射撃……"エイトヘッズ"!」
「きゃああああああッ!」
次の瞬間、アイカの掛け声と共に8基のオールレンジ攻撃端末から蒼く細いレーザーが放たれ、中途半端な防御態勢を取っていたローゼルのオーディールに襲い掛かる。
コックピットへの至近弾は辛うじて防げたものの、防御できなかった一発に脚部スラスターを撃ち抜かれたのは大きな痛手だ。
「ローゼルッ! チクショウ! これじゃ近付けないッ!」
それに対してコンマ数秒だけ早く動けたリリスはオールレンジ攻撃の被弾こそ免れていたが、纏わりつく端末たちの迎撃に追われており僚機の援護どころではなかった。
「悪魔と言っても他愛も無い……一匹だけは今日ここで祓ってくれる」
技術進歩により敷居が低下した脳波コントロールを高度な電子制御でアシストするオールレンジ攻撃で"蒼い悪魔"を圧倒し、今後の革命の障害とならぬようトドメを刺さんとするアイカ。
「(機体の反応が追い付かない! セシル姉さまも……間に合わない!)」
両手にビームソードを握り締めた赤黒いMFが猛烈な勢いで迫り来る。
しかし、ローゼルの極めて良好な反射速度にもかかわらずオーディールM3のレスポンスは若干鈍く、後方確認しても頼みの綱であるセシル姉さまの機影はまだ見えなかった。
【Tips】
MFは各種兵装の使用を含む基本動作はOSの制御プログラムによってある程度自動化されているが、必要に応じてそういったアシスト機能(ドライバーエイド)の介入度を変更することで柔軟な操縦を可能としている。
高度な電子制御は操縦性向上に貢献する反面、オーバーヘッドキックのような極端な動作を意図的に行おうとしても逆に抑制してしまうため、エースドライバーによっては一時的にアシスト機能をオフにする場合もある。
ただし、アイカのガン・ケンは彼女の操縦スタイルに合わせた事実上の個人専用機であり、制御プログラムの開発時点で特殊動作を仕様に盛り込んでいた可能性も否定できない。




