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殴り合いで世界を救った男達

作者: みくた

 市街地から遠く離れた平原の中にポツンと存在する、フェンスに囲まれた四角い建物。ここは大陸間弾道ミサイルの発射管制を行う施設だ。

 そして、その地下深くに開設された狭い発射管制室では、二人のミサイラーがコントロールパネルの前に座り発射命令を待っていた。

「おい。・・・おい!アレク!」

 一人が怒気を込めてもう一人に呼びかける。

「・・・あんだよダラン〜。」

 アレクと呼ばれた男は気だるそうに答えた。

「スマホゲームしてんじゃねぇよ。勤務中だぞ。」

「えー、訓練もやったし報告書も書いたんだから、今日の仕事は実質終わりだろぉ。」

 捲し立てるダランに、アレクはスマホを持ったまま薄ら笑いを浮かべる。

「待機も仕事の内だ。隣国との関係がやばくなってんの知らねぇのかよ?」

「おいおい、お前が知ってるくらいだ。俺が知らないはずがないだろ?」

 アレクは煽り成分全開で返した。

「てめぇ、張っ倒すぞ。」

「それにいくらヤバいっつっても発射命令が下りることなんかまずないって」

 上昇するダランの怒りなどお構いなしにアレクがケラケラと笑う。

 一触即発の国際情勢に一触即発の二人。そんな中、コンパネのそれぞれの前に設置された二台の司令部直通の電話がけたたましい着信音を発する。

 一瞬にして管制室の空気が張り詰め、二人は同時に電話を取った。

 電話の相手は司令官で、内容はアレクが来ることはないと言っていた発射命令だ。そして、最後にはこれは訓練ではないという言葉も添えられていた。

 命令の受領が終わり受話器を置くと、二人は互いに頷き合い発射準備に取り掛かる。

 ダランは立ち上がりコンパネ上部の小型金庫を解錠し、二人分の起動キー、発射コードが印字されたカードを取り出すと片方をアレクに渡す。

 そして、着席しながらダランはコンパネの鍵穴にキーを差し込み右に回した。

 しかし、何も起こらない。

「へいへいへーい!手順が違うぜぇ。実戦にビビっちまったかー!?」

 アレクが大袈裟なポーズで指摘する。

「・・・少し動揺しただけだ。」

 イージーミスと煽りに対して苛立ちを感じながら、ダランは機材の電源を入れた。

 ミサイルは二人が同時に作業することによって発射される。

「コード入力。」

 ダランはアレクにも聞こえるような声量で発声し、カードに印字された長いコードをコンパネのキーボードに入力していく。

「・・・あっ。」

 不安を煽るような声が響く。アレクの声だ。

「おい。」

「わりぃわりぃ間違えちゃった。」

 入力は最初からやり直しだ。

「訓練じゃねぇんだぞ!ちゃんとやれよ!」

 ミサイル発射は一刻を争うためダランが檄を飛ばす。

「次、キー回すぞ。」

 コードの入力が終わると、ダランはそう言ってキーをコンパネの鍵穴に挿し込んだ。

 アレクもほぼ同時にキーを自分の鍵穴に挿し込む。

「よし、回すぞ。一、二の三!」

 掛け声とともにダランがキーを回す。そして、ワンテンポ遅れてアレクがキーを回す。

 キーが同時に回されなかったため、警告音が鳴り、エラーがディスプレイに表示される。

「アレク、何やってんだ!」

「いや、ダランこそ三の“ん”で回せよ!」

 怒鳴るダランに反論するアレク。

「知らねーよ!今まで三の“さ”で回してたじゃねーか!」

「え、そうだっけ?」

「そうだよ。もっかいやるぞ。」

 アレクのとぼけた反応に、ダランは一周回って冷静になる。

 そして、再び二人はキーを握り、緊張感を醸し出す。

「・・・で結局、“さ”で回すのか?それとも“ん”?」

「“さ”だ。・・・行くぞ。」

 アレクの空気を壊す発言に、ダランの怒りのボルテージが再上昇を見せた。

「一・・・」

 カウント開始と同時にキーを回すアレク。

 再び鳴り響く警告音と表示されるエラー。

「おい!なんで一で回してんだ!?テメー、いい加減にしろよ!」

 怒鳴り声を上げダランはアレクにキーを投げつけた。

「お、やったな?」

「るせぇっ!前からテメーの態度にゃムカついてたんだ。今日こそ決着を着けてやる!」

 ブチギレたダランは乱暴に椅子から立ち上がると、ファイティングポーズを取った。

「おーおー上等だ。掛かってこい。」

 アレクも椅子から立ち上がり、ダランを挑発する。


 一方、管制室の外では、地上と繋がるエレベーターからちょうど調理師が二人分の食事を持って降りてきたところだった。

「どうした一発で終わりか?田舎者。」

「ああ!?二度とそんな口聞けないようにしてやらぁ!」

 扉越しに怒号と激しい物音が聞こえてくる。

「わーお、あの二人またやってるよ。」

 発射命令が下令されていることなど知らない調理師は呆れたように呟く。

 そして、管制室へはミサイラー以外入れないため、扉の前に配置された台の上に食事を置くと調理師は地上へと戻っていった。


 扉の中では二人が顔から血を滲ませながら、互いの胸ぐらを掴み合い一時的な膠着状態に陥っていた。

 そんな最中、電話機が着信を告げる。

「あっ・・・」「ヤッベ・・・」

 着信音によって我に返った二人は、現在の状況を思い出し声を漏らしながら掴み合いを解除する。

 そして、ダランが電話を取る。

「どうした?報告がないぞ。何か問題があったのか?」

 相手は司令官からだった。

「ああ、その・・・」

 歯切れの悪い返答をしていると、司令官は続けた。

「まあ、問題があったとしてもその問題に感謝せねばならん。発射は中止だ。」

 その言葉を聞きダランは、もう一台の電話機で会話を傍受していたアレクと顔を見合わせる。

「上層部が先制攻撃を受けたと勘違いしたらしい。」

 司令官によって告げられた驚愕の事実に、薄ら寒いものが二人の背中に走る。

 そして、司令官は二言三言話をして電話を切った。

「はぁー・・・」

 ダランは受話器を置くと、大きく息を吐いきながら座席に座り込んだ。

「続き、する?」

 アレクは小さくファイティングポーズを取ってダランに聞く。

「しねーよ。・・・にしてもどう報告するよ?」

 払い除けるような仕草で再戦を否定したダランは、喧嘩によって書類等が散乱しいくつかの機材が破損した室内を見回す。

「半分命令放棄みたいなことになってたし、何を言ったところで多少の処分は免れんだろうね。ならいっそのこと正直に報告しようぜ?その方が面白そうだ。」

 そう言ってアレクはニカッと笑う。

「面白いねえ・・・」


 その後、二人はありのままを報告し、命令放棄による軍規違反として軍法会議に送られるも、核戦争を未然に防いだという結果により厳罰に処されることはなくミサイラーを外されるだけで済むことになる。

 そして後年、情報開示がなされた後、二人は殴り合いで世界を救った男達として語り継がれるのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こういうの、実際にありそうですよね。 実のところは二人ともわかった上でやってそうな所がまたいいですね。 ベルリン壁崩壊の時も、当時のソ連政界幹部であったスポークスマンが、敢えて(崩壊させ…
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