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第3話 アマリリスとディートリヒ

「そうか!! 痛いか!! やはり鱗を剥がされるのは痛いのか!!」


「ドラゴンであろうとも痛覚は感じる!! 一部地域ではドラゴンは強靭な皮膚を持つから痛覚が存在しないと言われていたが、それは嘘であることが証明されたな!!」


「いいぞいいぞいいぞいいぞ~~~!!! これだけでも新発見!!! その調子で貴様は!!! 俺にどんどん鱗を抜かせろ!!!」




 などと早口で言いながら、青年は莉々子の肉体から鱗を剥がし続けている。


 莉々子が怪我しているから治してやろうという気概は、一切感じられなかった。




「グッ、グオオオオオーン!」

(ひいっ! 痛い痛い、傷口がしみるぅ……!)


「グルルルルル!! ガアアアアー!!」

(うえーん!! やめてー!! 話を聞いてー!!)




 莉々子は必死に叫び声を上げ、四肢をバタバタさせて懇願する。逃げようにも体力を消耗してしまっており、そもそも青年が来てから身体が異様に重くなっていた。



 それでも鱗を引っ張られるのは嫌なので、抵抗を続けていると――



「……先程からうるさい奴だな」



 青年の手が止まり、じっと莉々子を見上げてきた。




「……グルルッ?」

「貴様はドラゴンなのだろう? 強い力を持つドラゴンは、魔力を使って人間との意思疎通が可能だと言う。それはできないのか?」

「グル……」



 急に冷静になった青年に当てられて、莉々子はちょっと試してみる。



 魔力とか言われてもわけがわからなかったが、とにかく力を込めてみると――



「え~と、意思疎通……? ちょっと気を張って会話しているだけだけど、これでいい……?」




「素晴らしいではないか貴様ァーッ!!!」

「ぎゃあー!!」



 青年は莉々子に乗っかったまま、身体をバシバシ叩く。衝撃で傷口が拡大しそうになる。



「あっ、あのっ、一旦落ち着いて!!」

「落ち着いてなんていられるか!! めったに姿を見せない闇属性のドラゴンだぞ!? この命使い果たしてでも、研究のサンプルは確保せねばならん!!」

「闇……属性……?」



 莉々子の耳に入った、トカゲとか陰キャとかと同じぐらい衝撃的な単語。彼女の認識において、闇と陰キャは同列である。



「そうだが? 貴様のその鮮やかな紫の鱗や瞳!! 闇属性の力が漲っていることの証左だ!! 闇属性は滅多に人前に姿を見せんからな~!! 貴重なんだよ!!」

「闇の力……みなぎり……」



 ますます自分の属性が強調されてしまい、落ち込んでしまう莉々子であった。




 精神的ショックを受けた彼女は、自分の鱗が剥がされていることなぞ、どうでもよくなってきたのだが――




「ぬがーっ!! 時間も手も足りん!! ここで貴様に関する全ての情報を持ち帰ることなぞ不可能だ!! 研究したいことが多すぎる!!」


「故に交渉と参ろう!! 貴様、俺の家に来い!! 飯や入浴や寝床は保証してやるから、その分実験台になれッ!!」




「……グルルッ?」



 突然の提案に、思わずドラゴンとしての声が漏れてしまう莉々子。


 そして改めて気付く。転生した今やらないといけないのは、陽キャのように友達を作ることではなく、この世界について情報を集めることなのだと。


 青年は莉々子の身体から降り、真正面に立って話を続けた。



「どうした? まさか俺の提案が飲めないと言うんじゃあなかろうな。拒否権があると思っているならば愚かだ」

「それで拒否されたらどうするつもりなの……?」

「先程の利用価値ゼロのドラゴン共に浴びせたのより、もっと痛烈な魔術を用いて服従させるが?」

「ひいいいいいっ……」



 当然ながら、莉々子の知り合いはこの世界には皆無だ。なので差し伸べられた手を取らない理由はなかった。


 だがその手には不穏要素が付きまとっている。実験とは一体何なのか。鱗剥がされるよりやばいことをさせられるのか。


 心配しかないが、道は提示されている。何もないよりかはマシだと思って――



「……わかった。私はあなたと一緒に行くよ。それで……」

「くははっ、これで今日から貴様と俺は主従関係!! 共同生活を送る為には、名前を知っておかなければならん!!」

「あ、うん、そうだね……えっと……」



 莉々子は会話が下手な性分であった。落ち着いている人との会話でも難しいのに、目の前の感情が爆発している人物との会話なら、もっと入り込めない。



 一方的に青年のペースに乗せられながら、自己紹介が始まる。



「俺の名前はディートリヒだ!! いいか、ディートリヒだぞ!! この素晴らしい名をちゃんと覚えたな!!」

「うん、ばっちり。よろしくね、ディートリヒ」

「ふはは、何とでも俺の名を呼べ!! さて、貴様の名は?」



「私は莉々子って言うんだ……」

「リリコぉ? ださい名前だな」

「え゛っ」



 自分の名前を素晴らしいと言っておきながら、他人の名前にはこれである。



「コってのがよろしくないな! なんだコって!! 今どき誰もそんなくっさい響きの名前はつけんぞ!!」

「……古臭い名前……そうか、私、生まれた時から……」



 生を受けた時からの因果、これは異世界でも陰キャ人生確定か。そうやさぐれかけた莉々子だったが――



「故に! この俺が貴様に新たなる名を与えてやる。感謝することだ!」

「……ガルルッ?」



 予想の斜め上の提案に、またしてもドラゴンの声が出てしまう。

 



「『アマリリス』! 俺の好きな花の名だ。『輝く美しさ』という花言葉がある! 貴様の存在はまさにそうだ!」


「いいか、俺の前ではリリコなどという臭い名を名乗るな。今日から貴様はアマリリスだ! リリが入っているから覚えやすいだろう! わかったな、アマリリス?」




 その言葉を聞いた瞬間、莉々子の――アマリリスの世界は一気に広がっていった。




「……うん。私の名前はアマリリス。これからよろしくね、ディートリヒ」

「よし! では早速俺の家に行こう! やるべきことは山積してるぞ!!」

「あ、そうだね……」



 またしても会話に入り込めず、アマリリスはディートリヒの指示に従う。





(……名前すらも変えてしまったら、何だか本当に生まれ変わった気がするよ)


(新しい名前をくれてありがとう、ディートリヒ……)



 一緒に歩きながらも、彼に抱いた感謝は、ひっそりと胸に留めておくのだった。

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