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九話︰比較的平穏な一日の始まりat 6 a.m.

 

 俺の名前は西条りあ。職業は奴隷。好きな食べ物は南瓜の煮物。

 目を抉られてから三日が経ち、それなりに奴隷生活も板についてきた今日この頃、俺はとても困っていた。


 すべてを捧げて従僕すべきはずの我がお嬢様が、俺の目の前に正座して俯いている。


「あの……お嬢様?なんで俺の食事に睡眠薬盛ったんですか?」

「ご……ごめんなさい……」

「…………いえ、責めているわけではなくてですね、純粋に動機を聞いているんです。ほんと何が目的なんです?俺に何か気に食わないところがあるなら治すよう努めますよ?」

「ごめんなさいぃ…………」


 何度聞いてもこの反応。涙目でぷるぷる震えて謝罪を繰り返すのみであった。


 全くわけがわからなかった。

 奴隷としてやってきたこの三日間、お嬢様とはけっこう良好な関係を築けていたと思っていた。

 なにせアリアに住居を提供してくれる唯一の人だ。彼女にここを追い出された途端かなり詰みに近い状況になることはわかっている以上、掃除洗濯裁縫飯炊きに至るまで一切手を抜いた覚えはない。


 というか、つい五分前に『さぁさぁ本日の朝ごはんは何だい奴隷!?』『パエリアと冷製スープです』『うおぉ……!いいねぇ……!』と元気よく唸っていたはずなのだ。今日は珍しく寝起きが良かったのだ。とても本心からとしか思えない目の輝きがそこにあったのだ。

 珍しくお嬢様が配膳を手伝ってくれて(いつもは食う専)、さぁ食べようとスプーンを手に取ると(ここ二日はお嬢様に言われ一緒に食事をとっている)、なんかスープの中に白い粉が二粒漂っていて(冷製だったので溶け残ったらしい)、一滴舐めてみると明らかに睡眠薬の味がした(ちなみにアリア製は全くの無味)。

『…………なんかこれ睡眠薬入ってません?』とお嬢様に聞いてみたら『ひぇぇえええ!!ごめんなさいごめんなさい!!』と謝りだして現在に至るというわけだ。


 理解不能の奇行という他なかった。


 いや、仕込まれたのが致死性の猛毒であったなら全然理解できるのだ。

 自分がお嬢様を思いっきり脅迫してお屋敷に転がり込んだというのは重々自覚しているし、俺を邪魔に思った彼女が殺処分の手段として毒殺を選ぶのは自然な流れだ。お嬢様すごく弱いし。

 しかしながら彼女が選んだのは睡眠薬。人を殺すだけの薬ならもっと無味のバレにくいものがあるだろうに。


 つまりお嬢様は俺に対し、『命を奪うつもりはないが行動は封じたい』という中途半端な敵意を抱いているということなのだろうか。

 整理してもわけがわからない状況である。


「あの……お嬢様……?」

「ひぃぃ……ぁぁ……!」


 目を合わせようとしても必死に視線を逸らそうとするお嬢様を見て、つい最近同じような光景を見たことを思い出した。

 孤児院の一番年少の子、まだ俺を裏切っていない十二歳の二人が喧嘩をしていて、その仲裁に入ったときだ。


 どうして喧嘩になったのか聞いても答えようとしない会話の通じない十二の子供に、なぜか今のお嬢様がぴたりと重なった。

 自立した大人の女性に向ける表現としてものすごく失礼極まりないものであることは重々承知しているが、一応念の為試してみよう。


 あのとき彼はこう聞けば答えてくれた。


「えっと、『怒らないって約束するから言ってみて』……ください?」

「えっ、怒らないの!?良かったぁ……!私は実は君が寝てる間にアリアって子奴隷商に叩き売ろうって思ってたんだ!」

「………………はい?」

「世話は君に丸投げしてるとはいえ、穢らわしい鬼が同じ屋根の下で眠っているってだけで不快でならなかったからねぇ!ただ追い出すだけなら君は奴隷を辞めちゃうだろうから、寝てる間に自主的に家出したように偽装するつもりだったんだ!『飼ってた鬼が逃げちゃったからって一方的に契約を打ち切るのか!』って迫れば君は奴隷であり続けるだろうという算段だ!怪我もいい具合に治ってきたそうだしそこそこの値段で売れるだろうよ!」

「お前ふざけんなよ!?」

「ひっ!?」


 びびったお嬢様が反射的に魔法を飛ばしてくる。

 かなり弱めの雷魔法で、手で払うとあっけなく霧散。

 お嬢様は顔を真っ青にして尻もちをついた。


「あ、あわわ……!怒らないって言った!怒らないって言った!君は約束を破るのか!?」

「怒ってないです叱ってるんですぅ!!約束破ってんのはそっちでしょうが安全の確保はどうなってるんですか!?そもそもこんなのよく平気な顔で話せましたね、俺が怒らないって言ったから安心して喋ったんですか!?」

「怒らないって言った……!怒らないって言った……!ごめんなさい反省してますもうしません……!」

「…………もういいですせめて睡眠薬入りのスープは貴女が飲んでください勿体無いでしょうが!」

「パエリアってのを食べた後でもいいかい……?」


 お嬢様は黄色い飯に舌づつみを打った後、スープをぐいっと一度に飲み干し、二秒ほどして一気に昏倒した。

 『どれだけ強い薬入れてたんだよ』とか、『めちゃくちゃ素直に飲んだなこの人』とか、『この人どう見ても二十歳は超えてるよな?』とか、『こんな大人にはならないようにしよう』とか、色々思いながら寝室に運ぶ。


 日もまだ地平線から顔を出したばかり。平和極まりない奴隷の一日が今日もまた始まるのである。


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