十一話︰マイルドで道徳的な晒し者 from 10 a.m.
お嬢様が俺を探していた理由は買い出しを頼むためであるそうだ。
アリアに安静にしているように頼んで、お嬢様と二人で街に繰り出した。
「別に付き合ってくださらなくても……俺も一人で買い物くらいはできますよ?」
「私も毎回付き合う気はないよ。面倒だし。ただ初回だけは訳あってどうしても同行する必要があるんだよね。面倒だけど」
三日前あれだけ降っていた牡丹雪も落ち着いて天気は快晴。街はうっすら白く染まるに留まっていた。
そこそこ活気のある街であるため、辺りのにぎわいが耳に響き、すれ違う人の影もけっこう多い。
お嬢様と並んで駄弁りながら、ゆったりゆったり歩を進めた。
「ほら、前に奴隷に人権がないって話をしただろう?正式な登録を済ませた以上今の君は殺されても罪に問われることはない。まあ、そこらの暴漢に殴られたなら『所有物を傷つけられた』と私が訴えを起こすことはできるが、私自身が君を殺処分するぶんには誰にも文句は言われないわけだ」
「あの、俺の人権と買い出しって何も関係ないですよね?なんで今その話したんです?もしかして煽ってます?」
「いや、関係あるんだよ。最近この辺りでは奴隷を対象にした強盗殺人が流行ってるんだ」
「………………えっと、どういうことです?」
「そのままの意味だよ。最近ここらで奴隷を襲う強盗殺人が多発している。奴隷を飼えるくらい経済的余裕があるやつの財布を奪える可能性があり、もし捕まっても二束三文の罰金で済ませられるからって事を起こす貧乏人がけっこういるんだ。頻度はだいたい週ニくらい。全く迷惑な話だよねぇ」
「………………うぇぇクソみたいな治安だぁ」
「私が同行しているのはその予防だよ。リスクの小ささを理由にしている奴らだから敵に回したくないレベルの権力者の奴隷は襲わない。一日共に歩きまわって君の飼い主が私であることを街中に周知しておけば今後は安全に買い出しを任せることができるというわけだ」
「本当に大丈夫です……!?貴女がどれだけ偉いかよく知らないんですが急に背中から刺されたりしません……!?」
「大丈夫だよ。私はお嬢様だよ?」
謎の自信に満ち溢れたお嬢様の背中を戦々恐々しながら追いかける。
一軒目は服屋。
孤児院を抜け出した時に換えの服など持ち出す暇はなく、その時着ていた服は二人の血で完璧に駄目になっていた。
そのため、お嬢様の使っていない服の中、男物と言い張れそうなものをサイズを落として使っていたのだが、『なんか恥ずかしいので奴隷自身のを買いなさい』とのお申し付けを受けた。
アリアの服もいいかと聞くと少し悩んで首を縦に振るお嬢様。
なんというか、俺の殺害を予防しようとしてくれたり服買ってくれたり、今日のお嬢様はけっこう優しかった。
いや、よくよく考えてみればお嬢様は俺には常に優しい気がする。初めから俺の命は保証してくれていたし、三食とるのを許してくれるし、出会い頭の肩関節もなんだかんだで不問にしてくれている。
奴隷歴が浅い自分には断言できないが、これは多分奴隷としては破格の待遇なのではないだろうか。
いや、アリアをシームレスに売り飛ばそうとする邪悪なレイシストであることは確かなのだが、俺に限定した場合に限って、一応優しい。多分。
「そういえば、お嬢様はなんで俺のこと拾ったんです?」
「…………うーんと、それはどういう意味だい?ご飯美味しいし掃除も早いし私は契約にそこそこ満足しているんだけども。どこか不思議なところがあったかい?」
「いや、俺が家事に慣れてるのは拾った当時は知らなかったことじゃないですか。行き倒れてる死にかけのクソガキをわざわざ拾ったのはなにか理由があったのかなって」
「あぁ、なるほど……!」
『もしかしてこの人マジで善意で助けてくれたのでは?』『もしかしてお嬢様は鬼への加虐趣味を除けばいい人なのでは?』なんて淡い希望を抱えつつ、店員さんに一礼して、ぽんと手を叩くお嬢様と服屋を出る。
お嬢様とまた並び街を歩く。
「かお」
「………………はい?」
「私、ツラのいい奴隷を侍らせたいなぁって常々思ってたんだよね。なんでも命令できる人権のないやつ。色々奴隷商は回ってみたけど中々いいのがいなくてさ、好みじゃなければそりゃあ見殺しにしてたよ」
「………………く、糞みたいな倫理観だぁぁ……!そもそも俺右眼無いけどそれはいいんですか……!?」
「大怪我してるのかわいいじゃないか。実を言うと買い物に同行した理由の半分はこれでね。かわいい奴隷を見せびらかして自慢してやろうという算段だ。だからできるだけ愛嬌のある振る舞いを頼みたい」
「イカレてやがる……!俺の外見のジャンルはスプラッタですよ……!?パフォーマンスを工夫したところで自慢になるわけないでしょう……!」
『やっぱりこの人やばいやつだ』『サイコパス診断で意図せず満点取っちゃうタイプだ』なんて深い絶望に震えつつ歩を進める。
二軒目は病院。包帯等々不足してきた医療用具を譲ってもらう。
三軒目は肉屋、四軒目は八百屋、五軒目はパン屋。勿論仕入れるのは食料品。
六七八九と街中を周り、生活用品を揃えていく。
無論、御命令の『愛嬌のある振る舞い』というのに心当たりはなく、仕方がないのでお店の女性に『お綺麗ですね』、男性に『格好いいですね』と挨拶のついでに声をかけてみると、困惑する者が三名、くすくす笑う者が八名、軽く喜んで何かをくれる者が五名という結果に落ち着いた。
この反応が成功か失敗かもわからなくて、『愛嬌とはなんなんだ』という深大な哲学に思いを馳せる。
「よーし、買い出しはこれくらいかな。以後は奴隷一人で行ってもらうけど場所は覚えたかい?」
「うーん…………大丈夫です」
「よろしい!今日のご褒美として欲しいものをひとつだけ買ってやろう!何がいい!?」
「うーん…………大丈夫です」
「………………無欲だなぁ君……!」
まあいい帰ってお昼にしようと言われ、お嬢様と共に帰路につく。
街外れの屋敷を目指して駄弁りながらも真っ直ぐに歩く。
なんというか、違和感があるくらいに平和な時間が過ぎていく。
無欲という評価は間違っている、満ち足りているのだから欲が湧いてくるわけもない。
改めて現況を整理してみれば状況は最高の一言である。
自分、アリア共に安定した生活基盤を確保し三食しっかり食べることができている。アリアの怪我もだいぶ治ってきた。
お嬢様の性格はだいぶキマっているけれど、アリアの滞在を受け入れてもらうくらいはできそうだ。
孤児院の子達には裏切られたけど、過ぎたことを気にしていても仕方ない。
アリアを攻撃したのがロベリア個人である以上、アリアが巻き込まれたのは彼らの意図するところではない事故なのだろう。俺ごとアリアを殺す気なら彼女が俺を発見する前に複数人で不意をついているはず。
つまり、彼らが殺そうとしていたのは俺単体。であれば騒ぐことでもない、子供がやったことなのだ。ちょっと強めの反抗期のようなものだ。財産はくれてやればいい。どうせ彼女らに使うはずだった金だ。
色々な事情を纏めてみてもこの状況に特に不満がない。
現状維持のままアリアの寿命まで粘っていられたらそれがベストだと胸を張って言える。
なのに、それなのに、お屋敷に辿り着いた現在、玄関の扉の前に見知った人影が立っていた。
「やぁ、センセ。殺しに来たよぉ」
嗤いながらひらひらと手を振ってくる、孤児院に籍を置く鬼ので女の子であった。