共同生活
私は朝から…いや、昨日の夜から…
もっと言うと話を聞いた時から落ち着かないでいた。
伊藤さんと暮らす?
かなりクセのある子なので心配は尽きない…。
まぁ起きてもいない事を心配しても仕方がないのだが…。
昼過ぎ
伊藤さん…奏ちゃんは荷物を抱えてウチの母親と2人で我が家にやってきた。
大きめの麦わら帽子にワンピースを着ているとかなりキレイめのお嬢さんに見える…。
色が白くて細い。麦わら帽子の下から見える吸い込まれそうな大きな瞳。
「これから暫くお世話になります。」
礼儀正しくきれいなお辞儀。
… あの、伊藤さん…だよね???
じーーーーーっ
奏ちゃんが私を見つめる。
「…?なに?」
視線に耐えられずに質問する。
「髪切った…」ぷっと笑われて恥ずかしくなる。
からかってるのか?ちょっとムッとすると奏ちゃんが
にっこり笑う。
「やっぱりそっちの方がカッコいい!」
…/// カッコいいと言われると悪い気はしない。
完全に中学生に踊らされている…。
母親が奏ちゃんを案内して回る。
部屋に荷物を片付けた後、2人は1階のリビングに降りて来た。
母親がお茶の用意を始めて、奏ちゃんも手伝う。
さて、私も課題をもうひと頑張りかたづけないと…。
と、自分の部屋へ向かおうとすると
「お兄ちゃん、行っちゃうの?」と声をかけられた。
「ああ…ちょっとやることがあってね。」と伝える。
「もしかして…コレ?」奏ちゃんが紙を1枚ひらりと見せた。それは課題の書かれたプリントだった。
「うわ〜!!!何してんの!!!」
私が慌てると
「遊んで欲しいな~♡」とゆすってくる。
「何で持ってるの?」質問すると、
「さっきお兄ちゃんの部屋に入ったら机の上にあった♪」と悪びれた様子もなくにっこり笑う。
「勝手に部屋入っちゃダメ!」と怒ると
「え〜、つまんないのぉ…」と文句を言う。
全く…常識を知らんのかこの子は…。
「遊んであげなさいよ拓真。その課題は今日じゃなくても平気なんでしょう?」
母親が言う横で奏ちゃんは目をキラキラさせて頷く。
まぁねぇ…
「遊ぶ…って言ったって…」
最近の中学生は何をして遊ぶんだ…?
「じゃあお兄ちゃん、宿題見てよ。」奏ちゃんが珍しくまともな事を言ってきた。
「あら、いいじゃないの。」母親は益々、相手をしてあげなさい!と視線を私に送りつける。
「…はいはい。わかりました。」
私は観念してとりあえずお茶の席に着いた。
母親が夕飯の買出しに行くというのでその間に奏ちゃんの宿題を見てあげる。
「どこがわからないの?」とテキストを覗き込む。
見ると文字の方程式…。懐しい。
「コレは…」と説明を始める。
奏ちゃんは意外にまじめに聞いてくれた。
「じゃあこの考え方を使って、この問題を解いてみて?」とテキストを渡すと、
「コレ解けたら何かご褒美欲しい!」と言ってきた。
ご褒美?「例えば?」首をかしげながら聞くと、
「キスしてみたい!」と言ってきた。
私は頭を抱えた。
やっぱりこの子…どこかおかしい…。
「〜…そういうのは好きな人とするものです!」
コホンと咳払いして答える。
「え〜!」と不満そうに奏ちゃんは膨れた。
「…お兄ちゃんはキスした事、ある?」
「は?」自分でも思うくらい間抜けな声が出た。
じーーーっ、と奏ちゃんは私を観察すると
「…したこと無いんだ…」フッと薄く笑った。
「何言ってんの! そんな訳…」
じーーーっと奏ちゃんは再び私を見てから、
「わかった、わかった。」とポンポン肩を叩いた。
それからさらさらとさっきの問題を解いて私によこした。
見るとちゃんと正解している。
「…奏ちゃん。この問題理解できてたでしょ…」
私が言うと
「ねー、ご褒美〜!合ってたでしょ?」とこちらの話を無視してご褒美を迫る。
「中学生に!キスなんて出来る訳ないでしょ!」
私は絵画のムンクの叫びの様に叫んだ。
青少年保護育成条例に反する!!!
「じゃあ、10年後でいいよ。10年後にもしお兄ちゃんの前に現れたら、ちゃんとキスしてね?」
上目遣いに身を乗り出してくる。
完全にナメられてるな…
「マジメにやらないなら部屋に戻るよ。」
立ち上がると
「…ごめんなさい」しゅんっと奏ちゃんが目を伏せた。
ちょっと怒り過ぎたかな…
少しこちらも反省して声をかけようとすると、
「な〜んて、ね〜♡」奏ちゃんがペロリと舌を出す。
「…こぉんの…」怒りがピークに達した時に奏ちゃんが抱きついてきた。
「ゴメンなさーい。反省してマース。」
カタコトで謝ってくる。
それはもういいんだけど…
この子、どうやって剥がせばいいの…。
どこをどう掴んだらセクハラにならない?
私は暫くフリーズしていた。