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side母親トレモロリア・カルテット侯爵夫人視点? 義母の呪


◆side母親トレモロリア・カルテット侯爵夫人視点? 義母の呪

 ── わたくしはセクステッド伯爵家の3女として生まれました。貴族らしいけれど温厚で出世を望まない堅実な父とおっとりとして妻の鑑のような母のいる家庭で育ちました。





  

 それなりに恵まれた貴族の家に生まれたわたくしが、なんの縁か、カルテット侯爵に見初められたのは必然だったのか運命だったのでしょうか。


 しかし相手は高位で同じ年齢の令嬢たちから密かに憧れて人気の高いダカーポ様だったためと、侯爵家以上のご令嬢をと考えていたらしいダカーポ様の母上の公爵夫人のダルセーニャ様の反対で、なかなか婚姻まで漕ぎ付きませんでした。


 それでもダカーポ様は、許可してくれないなら駆け落ちする! とまで初めて感情を露わに言ってくださったことと、わたくしが手掛けたレース編みが高名な商人の目に留まったことで、やっと公爵夫人に認められたのです。


 けれど順風満帆とはいきませんでした。侯爵家の嫁となるからには伯爵家程度の社交術では侯爵家を支えていけないと、それはそれは厳しくダルセーニャ様から躾けられたのですから。


 さらに追い打ちをかけるかのように、跡継ぎはいつ産んでくれるのかしら? 跡継ぎを産めない嫁は出来損ないよねえ? 侯爵夫人として認められないわ。といびられるのです。


 しかしそのストレスのせいで、わたくしは待望の最初の子供を妊娠していると気付いた時には流してしまった後でした。






 そのことがあってから、ダルセーニャ様もさすがに堪えたのか、厳しく躾けることも跡継ぎをと煩く文句を言うことがなくなり、同じ時期に結婚していた親友のソプラノニア伯爵夫人と、子供が生まれたら婚姻させようと口約束してから年が開いてしまいましたが、待望の娘を授かることができたのです。


 今度は無事に産みたい。五体満足に産んであげたいと、毎日毎日お腹の中に語り掛け、お腹をなでました。


 けれど安定期に入ってからが大変で、つわりが酷く、なんとか食べられるものがレモン水か果物だけという日々もありました。


 しかも、予定日を過ぎても一週間も出てくる気配がありません。初めての子は予定よりも遅く出産することが多い。人によっては1か月もずれることもあると医者に説明されて、やっとほっとしたものです。


 それから陣痛が始まったけど、出産時も簡単にすんなりとはいきませんでした。陣痛が始まってから2日も痛みに耐え続け、さらに途中で心音が聞こえなくなってしまったらしいのです。


 わたくしはまた一人目の子の様に失うの? 死産だったら? と不安になりました。


 なんとか痛みに耐えながらも産んだ後も産声が聞こえず一度息が止まっていたらしいのです。けれど医者が背中を叩いてやっと鳴き声を上げてわたくしの初乳を飲む姿は、産んだ時の痛みなど忘れ去れるほど愛おしくて愛苦しくて、わたくしはこの子をきっと愛せると感動に涙しました。


 ダカーポ様より淡い髪に、わたくしと同じ瞳の色。最初はこの娘を本当にずっと愛せると思っていました。生まれるまではあれだけ大変な思いをしたのに、生まれてからは手もかからず本当に聞き分けの良い賢い娘でしたから。


 ただ……次の子がつわりもなく長女とは逆に予定日よりも1週間も早く、時間も短く安産で生まれ、長女がダルセーニャ様に似てくるまでは……


 そう、フェルマータが生まれた時、ダルセーニャ様が


 『よくやったわね。ワタクシに似た孫娘を生んでくれるなんて』と仏頂面で言われたことが、ずっと気になっていたのです。


 一人目を喪失した分、二人分愛してあげたい。ダカーポと一緒に名前を考え、娘ならフェルマータがいいわ。息子ならフェルマかしら? と名付けて愛するはずだったのに……






 いつからだったのかしら?


 娘たちの服について商人と話し合っていた時、レガート……レガートリータの泣き声が聞こえ始めたので、心配になったわたくしが子供部屋に入ってみると、妹のおもちゃを手にしたフェルマータが立っているのを見て、妹からおもちゃを取り上げたから泣いているのだと思い込んでしまったのだから。


 反射的にかっとなったわたくしは、フェルマータの言い分を聞くこともなく、ダルセーニャ様から厳しく躾けられた辛い日々と一人目の子を喪失した時の絶望がフラッシュバックして……気が付くと手を上げていたのです。


 おもちゃを持つ手を叩かれ、おもちゃを拾って怒り狂ったわたくしを見た娘は驚きと恐怖で動けなくなっていました。


 わたくし自身も、はっといけないと思いましたが、2歳のくせにおろおろすることなく顔を蒼白にしても立ち尽くす娘が何事にも冷静なダルセーニャ様に重なって見えてしまったのです。


 実際には今までにないわたくしの怒りように動けなかっただけみたいでしたが、この時のわたくしは本当に子供と言うものに対して無知だったのです。


 「2度とレガートには近づかないで! 妹に母であるわたくしが奪われたから妹を殺してわたくしの愛情を取り戻そうとでも思ったのね。なんて恐ろしい子!!」 とまで八つ当たりの様に言ってしまったのですから。


 しかしその時からフェルマータに何か気に食わないことが合って近づこうとするたびに、レガートが泣き出したり、はいはいや伝え歩きができるようになってからは、レガートは何かとわたくしに付いて回るようになり、危なっかしくて目が離せなくなり、暫くフェルマータに八つ当たりすることがなくなりました。


 その代わりわたくしとレガートを遠巻きに見ているフェルマータに気付いていましたが。






 けれどレガートが成長し手がかからなくなり、またわたくしが用事で邸内を移動する途中でフェルマータを運悪く見かけると悪態や文句を言ってしまったり、家中のモノが壊れたり汚れたりする度に、フェルマータのせいね! と怒鳴ってしまうのです。


 その度に少しでもフェルマータが何かしゃべると、


 「言い訳なんてはしたない! 親であるわたくしに口答えまでするのね!!

 女だてらに出来がいいからと旦那様と事業の話で盛り上がっているようだけど? もう女主人にでもなったつもりなのかしらねえ? 生意気なのよ。妻であり母親であるわたくしを押しのけて、よく平然としてられるわねえ?」 と頬を打ってしまったり、


 「本当になんて手癖が悪い子なの?!」 と手を叩いてしまうのです。


 けれど次第にフェルマータにわたくしが近づこうとするとレガートが買い物に行きたい。街に出かけたいと可愛い笑顔で強請るようになり、わたくしは喜んでレガートの買い物や要求に付き合うのです。


 そうしてフェルマータには見せつけるようにレガートに買った物を見せびらかしていました。


 フェルマータが小さい頃は暴力を振るってしまった事に対していつも後悔していたのに、フェルマータが成長するにつれ、ますますダルセーニャ様に姿が似ていき、余計にフェルマータが気に入らなくて苦手になっていたのですから。


 それにお強請りしたり、素直に悲しんだり笑ったりするレガートの方が可愛いと思ってしまうのは親のエゴなのでしょうか?


 そんなレガートと違い、いつも遠巻きにわたくしの機嫌を小賢しく読み取って、媚を売るわけでも何か文句を言うわけでもじっと静かに見つめ続けるわたくしと同じ碧眼が、ダルセーニャ様に逆らえないわたくし自身を彷彿とさせて惨めな気分になり、余計にフェルマータを攻め立ててしまうのです。


 どうしてこの子は抵抗しないの? もっと子供らしく泣きわめいたり許しを請いなさいよ!

 

 と大人げなく理不尽な理由で怒鳴りつけてしまうのです。後で考えたら、お腹を痛めてまで産んだ実の娘が母親を慕うことはあれど、逆らわないのは当たり前のことだったのに。母としても親としても未熟で愚か者だったわたくしは、娘からのわたくしへの思慕に気付かなかったのです。


 今思えば、ダルセーニャ様の淑女教育が行き過ぎてフェルマータは言いたいこともしたいことも素直に表現できない娘になっていただけなのに、わたくしは先入観だけでフェルマータを苦手だと思い込んでいたのです。






 きちんと話し合ってみれば性格はダルセーニャ様に似ても似つかないのに、レガートだけを溺愛し、わたくしが参加したお茶会や催事の場で、


 「フェルマータは淫乱で奔放な娘なので、不出来で政略結婚以外嫁ぎ先が見つかりませんのよ?」


 「それに姉のくせに長女としての我慢もできないのよ。姉妹ででどうしてああも出来が違うのかしらねえ?」 などと噂を流したりしたせいで婚約者のアルトさんに疑われるようになり、二人がお茶会の席でぎくしゃくするようになったこと。


 それ以外でもフェルマータとアルトさんとの仲を邪魔したことを、後々本当にかなり反省しました。


 きっかけは、ダルセーニャ様の葬儀からでした。


 ダルセーニャ様が亡くなるまでは、フェルマータが小さいときに我が家を訪ねてきたとき、成長して前公爵閣下がなくなってからはすっかり意気消沈したダルセーニャ様の元へ夫やフェルマータが公爵家を訪問しに行くたびに、わたくしにとってはダルセーニャ様からうけた躾の数々が思い出されてまた同じ目に合うのではと、びくびくしていました。


 けれどそのダルセーニャ様の教育がフェルマータに向かったと知り、娘には申し訳ないけれどわたくしはほっと安心したのです。


 そのダルセーニャ様がお亡くなりになった。


 わたくしにとっては色々複雑な心境になりましたが、これで解放されたと思いました。ところが埋葬時に佇むフェルマータの姿を見て、ダルセーニャ様が若返ってそこにいると思ってしまったのです。彼女の淑女教育の粋を極めた集大成を体現した娘を、この時脅威に感じたのでした。







 その後、デビュタントのエスコートをアルトさんが申し込みに来てくれた時に、わたくしはダルセーニャ様の教えを受け継いだフェルマータを幸せにしたくない笑顔にしてはいけないと馬鹿なことを考えてしまったのです。


 それでアルトさんに告げたのです。


 「お疲れ様、アルトさん。伯爵領内での出来事は聞いておりますわ。そのような時にフェルマータのデビュタントのエスコートを申し込もうと? まあそうしていただけたらとても嬉しいのですが、あの娘ったら、婚約者以外にも親しい殿方がいるみたいで、既にその方にエスコートを頼んだみたいなのよ?

 婚約者がいると言うのに本当に勝手で申し訳ありませんわ。ですからご心配なさらず政に専念してくださいね?」 と。


 またアルトさんが多忙で毎週何通も手紙を届けた時には、わたくしの把握している範囲の分だけ握りつぶし破り捨てていたのです。さらにアルトさんに忠告まで。


 「アルトさん。フェルマータを気にかけてくださるのは婚約者として当たり前のことですけどね、あまりにもしつこいと、返って嫌われるかもしれませんわよ。ですからお付き合いはほどほどの距離がよろしいのでは?」 と。


 おかげでアルトさんからの手紙を待ちわびるフェルマータが意気消沈する姿がダルセーニャ様が肩を落としているように見えてわたくしは一人悦に入ったのでした。


 それからも、アルトさんがフェルマータのために購入した贈り物を、わたくしが渡しておくわと預かっておいて、身に着ける宝飾品のいくつかをレガートに渡していたのです。後でそれを身に着けたアルトさんが気が付き、フェルマータのことを誤解しただろうことに愉悦感さえ覚えましたから。


 アルトさんが先ぶれを出して侯爵邸に訪問する時にわざとフェルマータにどんなくだらない用事でも言いつけて追いやったり、風邪で休んでいるのよなどと嘘を吐いたり。


 さらにフェルマータが知人たちとの交流でいない時に限って少ない時間を割いて訪ねてきたアルトさんを、何ももてなさずに帰らせるのもどうかしらと、せめてフェルマータの代わりにとレガートに相手をさせました。


 いいえ。何しろレガートもアルトさんのことを気に入ってるように見えたので、浅はかだったわたくしはレガートの恋を応援しようなんて馬鹿な考えを起こしてしまったのです。


 「アルトさん。代わりに妹のレガートリータを連れて行ってくれないかしら」と。


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