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side父親ダカーポ・カルテット侯爵視点?


◆side父親ダカーポ・カルテット侯爵視点?

 ── 自分は父のセプテット公爵から侯爵家を託されたと言え、たまたま次男だったからだ。


 普段は人の好さそうな優男にしか見えないが頭脳明晰で人よりも十歩も百歩も先を見据える出来の良い兄のスタッカートや、飄々として人の食えないような気の抜けた顔をしているくせに実は騎士団長と同等かそれ以上の騎士としての才能を持つ弟のラルゴたちと比べると、正に平々凡々を行くのが自分だったから。


 父や兄たちの下で鍛えられた執事のセバスチャンや、家庭と社交で支えてくれる愛しい妻のトレモロリアがいなかったら、自分には到底侯爵家を維持し続けることなどできなかっただろう。







 そんな自分には初めて生まれた上に、妻に似た海の様に深い瞳と母に似た髪色、それと自惚れではないが容姿だけは美形で若いときはそれなりにもてた自分に似た顔を持って生まれた腕に抱いた長女のフェルマータは、過ぎた娘だと思う。


 そんな目に入れても惜しくないほど可愛い娘に、一目惚れしたから婚約させろだと?


 いくら妻の親友の息子だろうと、娘たちの幼馴染だろうと、兄に公爵位を譲り悠々自適な隠居生活を送っていたはずだった父の突然の葬儀で、7歳の娘の姿を見て一目惚れ?


 そんな小僧は未だたった12歳の若造だった。


 しかしどうしてもだと? 自分が士官学校に入る前に、入っている間に他の誰にも奪われたくない。だから婚約させてほしいと懇願されれば……確かに自分もどこの馬の骨にも可愛い娘を渡すつもりはない。


 それなら妻と親友がお互いの子供たちが生まれたら是非にと結婚前から言い合っていたという相手に嫁か入り婿にするのが断然ましか?


 しかし残念ながら、実はフェルマータが生まれるまでは一度目の子を失っているせいで、なかなか次の子をとは言い出せなかった。


 初めての妊娠で不安だっただろうに、母からは自分がいない時に跡継ぎをさっさと産めときつく言われ続けられたのも知っている。


 だから二人目にフェルマータを生んでくれたのは本当に嬉しかった。跡継ぎ跡継ぎとうるさかった母も、その頃にはさすがに反省したのか


 「よくやったわね。ワタクシに似た孫娘を生んでくれるなんて」と仏頂面だったが、実は照れ隠しだったのは知っている。ただなあ、いつも一言余計なんだよ母さんは。


 そんな待望の長女で、大事に育ててきた娘を簡単に嫁にやるわけにはいかない。いや入り婿に来てくれるのか? それでもダメなものはだめだ!


 それで小僧に、自分が認めるような、例えば士官学校での成績を首席で取り続けるとか、騎士団で功績を残すか、もしくは小さい事業でもいいから自分で金儲けで成功するか、どれか1つでも成し遂げた後で娘への気持ちが変わっていなかったら縁談を考えると条件を出してやった。






 すると小僧は、6年かかる士官学校を飛び級でたった4年で早期卒業し、騎士としての才能を見込んだ先輩騎士に拾い上げられた騎士団の中で見習い騎士として扱かれながらも、卒業見込みの目途が立った15歳から2年間は、父親のトリオ伯爵の下でも勉強と事業を覚え、輸送関係の仕事を遂に成功させたのだ。小僧の開いた輸送事業は、自分の鉄道事業にも大いに貢献できる代物だった。


 それに騎士としても17歳の最年少騎士として王太子の覚えも目出度く、文句のつけようもなかった。


 だから小僧が17歳、娘が12歳の時に、婚約することを苦渋ながらも許可してやったのだ。


 未だ母でセプテット公爵夫人のダルセーニャが健在でそれから2年後に亡くなるなど露知らず、娘を執務室に呼んで伝えることにした。


 「喜べフェリ。お前の婚約者が決まったぞ」


 ああ、フェルマータは12歳になった途端、さらにますます美人になったじゃないか。それをあの小僧めに良い様にされるかと思うとはらわたが煮えくり返る。いやいや待て待て落ち着け。


 「あー ……相手はお前もよく知っているだろう。アルト・トリオ伯爵令息だ」


 自分としては不本意だが、最初に生まれた娘を、入り婿とは言え娶る相手だ。苦汁を飲み込み嫌ではあったが、今直ぐ嫁に出すわけではない。それに男の約束に二言があるのはおかしいと自分を律すると娘に対峙した。


 しかし娘の様子を観察してみると、気心の知れた幼馴染であったはずだし、妹と一緒に野山を転げ回って擦り傷や怪我をさせられた時はさすがに自分も大人げなく叱りつけてしまったが、仲はよかったはず?


 ところがどうやら娘は見当違いの方向でこの縁談の意味を探っているようだ。おいおい、優秀過ぎて真面目過ぎるのも困ったものだな。しかし恋愛のことばかりは親の自分でもいい助言はできないな。だから案の定、娘は


 「なるほど……承りました。政略結婚ですね」


 と。娘は緊張した表情で、完全にこれが自分の利益に値する縁談かどうかと思い込んだようだ。そのまま母たちに鍛えられた綺麗なお辞儀を返すと、理由はどうあれ「是」の返答をしてくれた。


 「う……うむ。まあ、あながち間違いではないが……しかしフェリはそれでよいのか?」


 自分なりに、娘の幸せを思わない親はないはずだと高を括っていた。だからこの婚約が、小僧が5年も前から娘のことを思い続けているからとは思わないのかと問いたかった。そうしてせめてできれば娘にも相手のことを信頼し好きになって幸せになってもらいたいとも。


 しかしそれを告げる相手は小僧の特権だろうと、いらぬ親心で考えてしまった。それに小僧に対する嫉妬で意地でも言いたくなかった。


 だから娘は、また恐らく全く見当違いの返答を、しかし貴族令嬢らしい模範的な返答をしてきた。


 「御心配には及びませんわ、お父様。

 曲がりなりにもカルテット侯爵家の娘として生まれたからには、侯爵家を盛り立て、その一員として使命を果たすべきものと、幼少の頃より祖母や家庭教師たちからよくよく骨の髄まで刷りこまれておりますから」 


 おいおい娘よ。本当にどうしてもお前は芯まで淑女として鍛え上げられてしまっているようだな。父は逆にお前が娘らしからぬ成長具合で驚いたわ。まあこれ以降は小僧に同情するが、娘の気持ちを向かせるのは大変そうだぞ? ふうーっと一度息を吐き出して父としてはこれ以上できることはないなと、頭を侯爵らしく切り替えることにした。


 「そうか……フェリがそのように理解しておるのならもうよい。ではこの婚約の話は、トリオ伯爵家の方にも快諾との返事をしておくが、本当にこのまま進めてもよいのだな?」


 「お父様がお決めになった事に、何の不満がございましょうか。

 ましてやデビュタントを済ませたとはいえ、まだまだ我が家の経営に関しては若輩で未熟者の私が。元よりお断りする理由もございませんでしょう?」


 そのまま娘が少しばかり誤解したまま執務室を出て行くのを確認した自分は、さっそく伯爵家への書類を認めた。


 さて、娘にはきちんと伝えたことだし、伯爵家で待ちわびてる小僧に吉報を教えてやらんとな。


 だが可愛い娘のことだ。小僧にはさらに条件を追加した。節度ある付き合いをするようにと。


 執事のセバスチャンにも、小僧が侯爵邸に訪問の際には不埒な真似ができないように健全な範囲と適度な距離を保つように監視しておけ。と命じた。


 しかし逆に伯爵邸に娘が訪問した時は、小僧にも同じ条件を告げたために、のちに厳しく言い過ぎたと後悔することになるとは……






 それもそうだ。何しろ自分が鉄道事業に夢中になっている間に、4年間も婚約者として交流しつづけたのだから、お互い情が移っているだろうと思い込んでいたのだから。


 それがフェリが16歳になったある日、婚約を解消してほしい。これ以上小僧を自分の為に縛り付けるのは本意ではないし、小僧も納得した上での解消だから、すぐに手続きをしてほしいと訴えてきた。


 「そうか……残念だがフェリがその方がいいと言うのなら急いで書類を用意しよう。それに娘の望みを叶えることしか親に出来ることはないからね。

 しかし解消した後はどうするね? 次の婚約者を直ぐに用意することは……フェリが望むなら頑張ってみるが、そう簡単にはできないよ?」


 娘の幸せを願って受け入れた婚約だったはずなのだが……苦しそうな娘の顔を見ると、あれほど是非にと頼みこんできた小僧が納得しただと? 何処かで行き違いがあったのでは? と訝しみつつ、可愛い娘があまりにも切羽詰まって頼むので、婚約を解消させ白紙にさせる手続きをできる限り素早く行った。


 けれど小僧を義息子として迎えることができなくなったのか。……期待していただけにとても残念に思えた。


 「私の我が儘でお手を煩わせて本当に申し訳ないと思いますわ……トリオ伯爵家との手続きや、婚約時に交わした条件については全てお父様の良い様に。

 それと……次の婚約については、当分考えられませんわ。侯爵家の長女であり貴族の娘としては失格かもしれませんが、他の貴族家から打診されても暫くはお断りしてくださいませんか?

 それでは失礼いたします」


 娘の言う通りに、手続きと書類を伯爵家に速達で送ると、翌日、早朝から出仕先まで小僧を伴ったトリオ伯爵が訪ねてきた。息子のしでかしたことで迷惑をかけたと2人そろって平謝りしてくれた。


 意気消沈した2人を見て、自分も怒るに怒れず、縁談は上手くいかなかったが、長い付き合いの間柄として今後も付き合っていただくと嬉しいと告げた。


 するとその代わりと言っては何だがと、事業の資金支援についてはトリオ伯爵は友情心で継続すると確約してくれて、鉄道事業は無事に軌道に乗った。






 しかしそれから1か月後くらいに、……娘が自殺!?……否、未遂で済んだようだが、拒食症にまでなり、すっかり姿が様変わりしていたことに気付かなかったのだから。


 だから、もう一人の可愛い娘のレガートリータや執事のセバスチャンの報告から、娘が自殺未遂から立ち直ったらしい様子を確信した後、久しぶりに娘と父親としての時間を取った時に娘の気持ちが初めてわかったのだから。


 洗いたての布団を敷いたベッドから半身を起こした娘は、ここ最近は食欲が戻ってきたようだと報告を受けたが、それでも親の自分でも苦しくなるほどの痩せようだった。


 しかも自分のせいで、娘は一生結婚できなくていい。だから修道院に行くのがいいかもしれないなどと訴えてきた。さらに娘は、


 「お父様。お父様がせっかく見つけてくださった元婚約者のアルト様のことですが。

 私は、侯爵家のお父様の事業の為に、伯爵家の支援目当てで打診してくださった縁談であり、侯爵夫人と伯爵夫人との以前からの約束だということも重々承知しております。

 ですが、4年という年月は決して短くなく、私はアルト様をいつからか心からお慕いしておりました。ところがアルト様から手を繋ぐのさえ厭がるほど嫌われていたみたいなんです。

 親友たちから聞いた婚約者や恋人との付き合いは、頭をなでたり抱きしめてくれたり。膝に抱っこしてくれたり。食べ物や飲み物をあ~んをしたり、膝枕したり、軽いキス程度までなら最低でもしてるのに、アルト様だけは何もしてくれなかったのですから」と赤裸々に泣きながら訴えたからだ。


 それで自分は、


 「なんだと!? ……それはすまないことをしたフェリ。……自分の説明不足で。フェリにも本当に恋愛結婚をしてほしくて、伯爵家から申し込んできたこの縁談を受けたつもりだった。

 もちろん、支援の話こそが、どうせ縁を繋ぐならとついでにと後から出された条件なのだよ。

 自分は父親として小僧……アルト殿に大事な娘のフェリを大切に扱うようにと厳しく言い含め過ぎたようだ。

 自分がアルト殿に、節度をきちんと守って付き合うようにと頼んだせいなのだよ。それにセバスチャンにも命じて不埒な真似ができないように健全な範囲と適度な距離を保つようにとも頼んでいたのだ。

 だから全ては自分のせいだ。そのせいでアルト殿のことを誤解しないであげてほしい」と謝罪した。


 「……お父様……では、……では! 侯爵家であるこちらからではなく、……本当にアルト様が? ……

 ですが過ぎたことを今さら言われても困ります。でもそうね。少なくとも端から嫌われていたわけではなかったと言うことがわかりましたわ。

 でもだからと言って、新しい恋愛はできそうにありません。お父様、修道院に行くとかどうするとかは妹や友人にも止められたので、よく考えてみます。

 その代わり、侯爵令嬢の務めから外れてしまいますが、私の我が儘で暫く自由に生きることを許してくださいな」


 「ああ……ああ、もちろんいいとも。フェリの気の済むように何でもするといい。不甲斐ない父だが、自分に頼みたいことがあるなら、遠慮せずにいつでも頼んでいいのだからね?」


 「ありがとうございます。お父様……その……大好きですわよ」

 

 「自分もだよ。可愛いフェリが大好きだよ」


 久しぶりにお互いに照れながらも笑顔を向け合った。もう娘は大丈夫だろう。


 「……それにしてもお父様はアルト様のことを小僧呼ばわりしてましたの?」


 「あっ! ……いやそれは……」


 「まあっお父様ったら」


 まあしかし、娘の笑顔が母が死んで以来見れたからと自分は、わははと豪快に笑って照れを誤魔化した。


 するとフェリも笑う自分が珍しいのか目を見開いて驚いたようだが、くすくすと可笑しそうに笑ってくれたので、笑顔が出るのならきっと立ち直るだろうと確信した。







 しかしその後、自分のせいで、娘がこんなに嫁き遅れるのなら二人をもっと信用すればよかった。婚約解消までさせなければよかったと、かなり? ……否、とても後悔した。娘の小僧に対する気持ちを誤解していたのだと思い知ったが、今さら後悔しても遅すぎたのだろうか……


 だから今後、娘が独身を貫こうとも、平民などの身分違いの相手だろうとも、例え障害を患っていようとも、誰を結婚相手に選ぼうと今度は拒絶しないと反省した。


 ただなあ。


 「ただなあ、フェリ。もし今後結婚したいか、結婚までいかなくとも付き合いたいと思う相手が現れたら、あ~んや膝抱っこや膝枕や軽いキスまでならなんとか譲歩するが、それ以上は親に知られないように、できれば結婚するまでは清い関係でいてほしいのだがね」と。父親として恥ずかしながら顔が熱かったが、なんとか娘にいい恋愛ができるように、幸せになってほしいと願い、祈る気持ちで告げた。


 娘も顔を赤らめて恥ずかしそうに頷いてくれた ──


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