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獣吼の咎者  作者: 凰太郎
~第一幕~
7/26

潜む牙 Chapter.6

挿絵(By みてみん)

 蛇体の怒濤(どとう)()わしつつ、冴子はしてやったりの挑発を興じる!

「まさか(ユー)ターンして来るとは思わなかったでしょ?」

追手(オッテ)ハ! 追撃(ツイゲキ)ハ、ドウシタ!」

「ん~? 今頃、頑張ってくれてるかな?」

「ナ……(ナニ)?」




「冴子は何処行ったーーっ!」

 憤慨(ふんがい)(まが)いの拳が、敵陣の一体(いったい)を沈める!

 畏縮を押し殺しながらも、獣の陣形が後退(あとずさ)りを見せていた。

 憑霊(ひょうれい)変身したラリィガの強さは、並の獣人では歯が立たない!

 此処に(つど)いしは選抜された精鋭ではあったが、それでも鬼気と発散される凄味には、おいそれと手出しが叶わぬ実力を嗅ぎ取っていた!

 それぞ、まさに野性の本能!

「まったく……何処行ったんだよ! 冴子は!」

おいてけぼり(・・・・・・)だよ』

「シュンカマニトゥ?」

 内在する意思から(たしな)められる。

『アイツは、オマエが使える(・・・)と解った途端(とたん)、トンズラをコキやがった……利用された(・・・・・)んだよ!』

「じゃあ、冴子は?」

『しゃあしゃあと、クイーンズ区長の(もと)だ』

「……そうか」

 噛み締めるかのように()らすラリィガ。

 さぞかし消沈しているだろう──そう同情つつも、コヨーテは「しかし、これでいい」と心を鬼にするのであった。

 ラリィガは(いささ)か世間知らず過ぎる。

 人間(ひと)と接する機会が皆無であったせいか、簡単に他人(ひと)を信用し過ぎる。

 荒野ならばともかく、そんな事では〈都会〉という悪環境ではやっていけない。

 そう、悪意と思惑が交錯する〈都会〉では……。

 都会という魔窟は利己主義の温床だ。

 霊獣なりの父性である。

『これで分かったろ? ラリィガ? アイツは〝友達〟なんてタマ(・・)じゃ──』

「じゃあ、気張らないとな!」

『はぁぁあ?』

 さすがに面喰らった。

 落ち込むどころか、その抑揚は快活すら帯びている。

 一念の迷いも無くラリィガは言う。

「だって、冴子は|アタシを信頼してくれた《・・・・・・・・・・・》って事だろ? こんなヤツラには負けない(・・・・)って!」

『オマエ? 何言って……?』

「とっとと片付ける! そんでもって、早いトコ冴子を助けに行くよ! 今頃、苦戦しているかもしれないしな!」

『どんだけ前向きだよ……オマエ』

 無二の相棒ながらも呆れるしかない。

 さりながら、同時に何故か誇らしくも思うのであった。

 そう、これ(・・)が〈ラリィガ〉だ。

 とことん希望にしか目をくれない娘だ。

 だから、父性は誇らしくも思う。

「やるよ! シュンカマニトゥ!」

『まったく……。余力は残しておけよ? この後〝区長戦〟がある』

「にひひ……わかってる」

 屈託なく歯を見せる。

 そして、ラリィガは気合いを吠えるのであった!

 飛び込むは、(けもの)(むら)がる黒波!

 (ひら)くは、活路!





「狼に虎にライオン──さすがに〈クイーンズ動物園〉の園長(・・)だわね? いやぁ、久々にを楽しませてもらった ♪ 」

『シャアァァァーーーーッ!』

 横跳びの脇を大蛇が滑り過ぎた!

 擦れ違う刹那に、振り向き様の一発!

「至近の方が標的(マト)はデカイのよね」

 脇腹へと命中!

 穿(うが)つ穴から血飛沫(ちしぶき)が散った!

『グウゥ!』

 蛇が苦悶を鳴く!

「効くでしょ? 鱗に覆われていない箇所だものね?」

 濁々(だくだく)(こぼ)れる赤い激痛が、アナンダの動きを鈍らせる!

 すかさず冴子は後ろ首を()()いだ!

 美脚による延髄(えんずい)()りだ!

『ガハッ?』

 息が詰まる!

 意識がトびかける!

 (いな)、その(いとま)も無し!

 衝撃は(しだ)()つ上体を暴力に押し飛ばした!

 吹っ飛び崩れ倒れる!

 その無様さを不敵に見据え、着地の冴子は口角(こうかく)を上げた。

「銃だけじゃないんだなぁ……これが」

『ハァ……ハァ……』

「およ? 元気ですかーーッ!」

 ()()きようとする蛇怪へ、朗々と茶化す。

 優位性に裏打ちされた余裕であった。

 根拠は──連戦という事だ!

(ぐぅぅ……き……傷が……!)

 回復しない。

 そのもどかしさはアナンダに辛酸を()めさせる。

 先の戦いで受けた銃痕(じゅうこん)は、確実に(かせ)と蝕んでいた。

 動きの鈍さを自覚出来る(ほど)に……。

(せめて後日なら……いや、半日さえあれば!)

 口惜(くちお)しい。

 よもやコレ(・・)を狙ったが(ゆえ)の退却であったか?

 いや、それは無い。

 あの時の状況は、夜神冴子にしても予想外(イレギュラー)であったはずだ。

 十中八九(じゅっちゅうはっく)、この再襲撃は場当たりであろう。

 だとすれば、追撃は(あだ)となった!

 放置しておくべきだったのだ!

 この危険分子は!

 (いたずら)に刺激して、その矛先を引き戻してしまった!

「グゥゥ……!」

 ダメージを(こら)える大蛇が、応戦に起き上がろうと(ちから)を絞り出す。

 この危険な女(・・・・)を前に、いつまでも足掻(あが)いてはいられない!

 すぐさま臨戦に構えなければ、その(すき)が〈死〉へと直結する!

 そう決した直後、視界の隅に何か(・・)が飛んで来た!

「クッ?」

 咄嗟(とっさ)に腕で防ぐと、甲高い粉砕音に割れ砕ける!

 濡らし(したた)る液体は、異様に冷たい!

 瞬時にアルコール特有の冷却感だと理解する!

「コ……コレハ?」

 ウイスキーボトルだ!

 夜神冴子からの投擲(とうてき)であった!

 それが次々と投げられて来る!

「ゴチになりま~す★」

小細工(コザイク)ヲ!」

 総て割り砕く!

 子供の駄々のような攻撃が〈怪物〉に通じるはずもない!

 いや、待て?

 ならば、何故やる(・・・・)

 夜神冴子ともあろう者が?

 百戦錬磨の〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉が?

 見えぬ姦計(かんけい)に背筋がゾッとした!

 ()を企んでいる?

 最後の一瓶(ひとびん)を手にした冴子は、不敵な微笑(びしょう)を浮かべていた。

「……コレ、ラストオーダーね」

 足下へ叩き割った!

 広がる中身が張力に(つな)がり合う!

「マ……マサカ?」

 アナンダが察した直後、冴子はウイスキーへと発砲した!

 引火!

 (たちま)ちにして轟炎が生まれる!

 周囲を支配に取り囲むは、盛る灼熱と紅蓮の宴!

「ギャアアア!」

 導く液体を伝い、蛇女へと燃え移る!

 慌てて転げ消した!

 索敵に見渡せば、熱探知の視界は朱に埋め尽くされている!

「ド……何処(ドコ)ニ?」

「見えないでしょ? 蛇特有の熱探知ですものね? 忍法・熱隠れ……な~んてね ♪ 」

 底知れぬ恐怖がアナンダを戦慄へと呑む!

 首を巡らせたところで、不定形な熱波形(サーモ)が踊り狂うだけだ!

 体温(・・)の人影が探知できない!

(変身を解く? ダメ! 焼け死ぬ! それ以前に〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉には相手にならない! あっという間に殺される!)

 ──銃声!

 蛇女の右腕が赤を弾かせた!

「ギャアァァァーーッ!」

 左肩!

 右腿!

 左脚!

 蛇尾!

 そして、背中!

 出所も不明な牙が、いいように(にえ)(なぶ)り痛ぶった!

 容赦は要らない!

 情けも要らない!

 現在(いま)の彼女は──〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉だ!

「ギヒィ! ヒィ! ヒィ!」

 のたうつ蛇怪!

 それを()いるのは〝痛み〟か……それとも〝恐怖〟か!

 非情の死神は、(あわ)れみさえも帯びずに装填用弾層(マガジン)を入れ換える。

 これで、またも全弾装填(フルチャージ)だ。

「ヒィ……ヒィ!」

 無様に()い逃げようとする右手を射ち抜いた!

 情に(ほだ)される義理は無い!

「ィアアアァァァーーッ!」

「とりあえず、あなたはポカ(・・)をやらかした」背後に歩み来る冷たい靴音。「あなたを単身相手取れる〈刺客〉──それも二人(・・)。それを仕止める(ため)に、有力な兵を惜しみ無く注ぎ込んだ。おかげで此処は手薄……雑兵(ザコ)しかいない」

「ヒィ……ヒィ……ひぃ……ひぃぃ……!」

 泣き濡れながらに解けていく変身。

 軽度の火傷がヒリヒリと噛み付く。

 四肢の自由は(つぶ)されていた。

 にも(かか)わらず()(のが)れようとするは、はたして〈死〉を確信したからこその〈生〉への執着か。

 それでも、処刑の銃口(じゅうこう)は無造作に近付いて来る……微塵の同情すらも(いだ)かずに。

「もうひとつはね……私に目を付けられた(・・・・・・・)って事よ。この〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)・夜神冴子〉にね」

(たす)け……(たす)けて……」

 クシャクシャに崩れた哀願の表情。

 心の底から恐怖が(にじ)んでいた。

 (なみだ)(うる)む瞳に、(ほつ)れ乱れる(おく)()

 先刻までの優麗さは欠片も無く、ひたすらに無様で憐れな弱者と堕ちていた。

 だから(・・・)何だ(・・)

 この憐憫(れんびん)なる愁訴(しゅうそ)に冴子は重ね見るのだ──〝人間(・・)〟を!

 なればこそ、誘発されるかのように怒りが込み上げる!

 尽き果てぬ憎悪が暴れだす!

 その激情に支配されるがままに黒髪を掴み上げ、突き付けた顔面に殺意を()()けていた!

怪物(アンタら)が、そうした人間(・・)に温情を掛けたか! 虫のいい事を言ってんじゃないわよ!」

「仕方なかったの! 生きる(・・・)(ため)には! |食べなければ生きていけない《・・・・・・・・・・・・・》! 貴女(あなた)達〝人間〟だって、そうでしょう!」

「弱肉強食……って? だったら、いい事を教えてあげる」冷徹な殺意のままに、眉間へと銃口(じゅうこう)を押し付けてやる。「〝狩られる側〟には抵抗する道理(・・・・・・)がある……そして時として、それ(・・)は〝狩る側〟を殺す事もある!」

「嗚呼ッ! 許して……許してぇ!」

 子供へ返ったかのように悲鳴を()(わめ)くアナンダ!

 だから(・・・)何だ(・・)

 赤い衝動が荒れ狂う!

 その(たぎ)りに呑まれて、処刑具に(ちから)が入る!

「いや……いやぁ……うう……」

「フウッ! フウッ! フウゥゥッ!」

 憤怒に荒ぶる呼気!

 歯噛みに(こら)えた鬼気迫る表情は、もはやどちらが〈獣〉か判ったものではない!

 それでも、冴子は何とか自制を試みていた。

 そして、(かたわら)の〈犬神〉もまた、黙視に見定めようとするのだ──この女の〈正義〉が、はたしてどこまで本物(・・)かを。

「ホントはね! いま此処で撃ち殺してやりたい! アンタ達〈獣人〉なんか一匹(・・)残らずね! 人間(ひと)を……子供達(・・・)(エサ)と喰らうアンタ等なんてね! こんな時代でも懸命に生きようとする命を、何故、無慈悲に踏みにじれる! 奪われた未来を考えた事があるか!」

「ぅぁぁ……ごめ……ごめんなさい……ごめんなさぃぃぃ……」

 もはやアナンダには、ボロボロと泣き崩れるしか(すべ)が無かった。

 ただひたすらに……。

 止めどない雫が、懺悔か絶望かは定かにない。

 (いな)、もはや当人にも分からぬであろう。

 それほどまでに脳内は混乱を極めていた。

 が、惨めな嗚咽(おえつ)は、冴子の心を()(なだ)めるに充分であったようだ。

「──だけど、私は……闇暦(あんれき)に生きる人々の都市伝説(きぼう)怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉だ! 私情より優先しなきゃならない事がある! 私の虚影(きょえい)(すが)る人達の(ため)に!」

 (かろ)うじて冷静さを取り戻し、夜神冴子は静かに牙を鎮める。

 投げ捨てるかのように獲物を解放すると、冷ややかな威嚇に見下した。銃口(じゅうこう)は向け据える。

「……話してもらうわよ。有益情報を洗いざらい」

「こ……殺さないで……」

「……それ(・・)は、これから決める」





 焼け煤けた室内には、もはや区長室としての尊厳は無い。

 一度目の戦闘で大破した瓦礫も手伝って、荒廃のジオラマだ。

 ソファへと腰を沈めた冴子は、対面に座るアナンダへと威嚇(いかく)的な()()けを送り続けた。

 手には銀銃〈ルナコート〉──少しでもおかしな動きを見せれば撃ち抜く。

 とはいえ先の経緯もあってか、(すで)にアナンダからは抵抗の意思が(うかが)えない。

 ただ憔然(しょうぜん)眼差(まなざ)しを伏せるだけであった。

 時折、脂汗に苦痛を浮かべるのは銃痕(じゅうこん)のせいだ。知った事ではないが……。

「まずは〈領主〉である〈ベート〉の詳細──」

 値踏みのような視線に、折れた心は従順に答えた。

彼女(ベート)は、かつて旧暦時代に〈ジェヴォーダンの獣〉の異名で恐れられた獣人です」

「……知ってる」

 空いた左手で水割りを(ふく)み、喉を潤す。

 銃口(じゅうこう)と値踏みは外さない。

「旧暦十八世紀にフランス・ジェヴォーダン地方へ突如として出現し、国民を震撼させた魔獣〈ジェヴォーダンの獣〉──神出鬼没に市民を襲い喰らった怪物。その正体は不明。一応は常識的見解として〈野生の狼〉もしくはハイエナ等の〝その他の獣〟とされたものの真偽は怪しい。それと言うのも、証言の(ほとん)どが〈人狼〉もしくは〈獣人〉を暗示するものであった(ため)……」

「よく御存知ですね」

こんな生業(・・・・・)してりゃ、イヤってほど耳にするっての」

 溶けた氷がカラリと鳴く。

「最初の目撃談は一七六四年六月一日。だけど、この女性は幸運だった……農場の雄牛達が追っ払ってくれた(・・・・・・・・)んだから。最初の犠牲者(・・・)と呼べるのは同年六月三〇日、十四歳の少女──内蔵を喰い荒らされて発見された」

 その子供の事を想うと、再び冴子の憎炎は盛った。

 さりとも、それは強き平常心で()(ころ)す。

 現状(いま)は情報収集に専念せねばならない。

「以降、無差別な強襲が続く。当時の公的記録では、襲撃回数一百九十八件、死者八十八人、負傷者三十六人。一方で非公的記録を参照にするならば、襲撃回数三百六件、死者百二十三人、負傷者五十一人……。いずれにしても史上最悪の獣害だわ」

「ええ。そして、その被害は止まる兆しを見せませんでした。時の国王〝ルイ十五世〟も(つい)には看過出来ぬ(ほど)の治世問題となり、討伐兵士がジェヴォーダンへと派遣される流れとなったのです」

 補足するかのように続けるアナンダ。

 別に共感したわけでもないが、この〈ベート〉なる存在の不透明さには常々(つねづね)好奇を惹かれていた。

 直属部下の〈獣人〉である自分でさえも……。

 だからこその同調であったのだろう。

「その〈獣〉も、最初の死(・・・・)を迎える。一七六五年九月二〇日にね。仕止めたのは、ルイ十五世から勅命を請けた〝フランソワ・アントワーヌ中尉〟だった。その際に仕留めた〈獣〉は、体高八〇センチ、体重六〇キロもの巨躯(きょく)をした灰色オオカミ……」

(おっしゃ)る通りです。そして、その剥製は武勲として〈ヴェルサイユ〉へと送られています」

「でも、終わり(・・・)じゃなかった……」

「ええ」

「同年十二月二日、再び〈獣〉は現れた。繰り返すかのような惨劇による死亡者は十二人──。だけど、コイツ(・・・)も仕止められる。今度は軍人じゃなく、地元猟師による急造狩人集団によって……ね」

「はい。その剥製も、同じく〈ヴェルサイユ〉へと飾られています」

「……めでたい現実逃避だわね、ウケる」

「え?」

 皮肉めいて鼻で笑う冴子に、アナンダは怪訝(けげん)を返した。

 乾いた嘲笑は、正直意外ではある。

 終始〝人間〟に(くみ)する〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉が……だ。

 思いの外、ドライな達観であった。

「結論から言えば、ソイツら(・・・・)は〈ベート〉の影武者に過ぎない。国軍による討伐を察知して〈怪物〉が用意した人身御供……いいえ、獣御供(・・・)よ」

貴女(あなた)は看破していた……と?」

「当然だっつーの。そもそも特色が〈狼〉じゃない。証言()わく『牛のような巨躯(きょく)』『尻尾はライオン』『赤い獣毛』──仮に〈狼〉がベースだとしても、何処が〈狼〉よ? それに捕食生態。普通〈肉食獣〉が狙うのは、脚や喉……四足獣の体型からして仕止め易いしね。ところがコイツ(・・・)は、それらを無視して頭部そのものを狙う。要するに〝頭部を苦も無く狙える〟って事。そして、最初(ハナ)っから〝人間〟を標的にしている──牛や家畜ではなくてね。人間と家畜が居合わせている状況が幾度もありながらも、必ず襲うのは〝人間〟──つまりは目的意識と状況分析能力に〝知恵〟が有る──(ある)いは〝知性〟が」

「動物の生態に御詳しいのですね」

詳しく(・・・)はないわ。否応無く、頭へ叩き込む必要(・・・・・・・・)があっただけ」

 潤す二口目(ふたくちめ)に酔えぬまま、冴子は前のめりに威圧する。

「で? どんな〈獣人〉よ?」

 距離が詰まった銃口(じゅうこう)に内心怯えつつ、アナンダは答えた。

「その姿を見た者は〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉にもいません」

「バカにしてる?」

 少しばかり銃に金音を立てる。

 途端(とたん)、捕虜から血の気がサァと引いた。

「い……いえ、滅相もない! 本当です! 常に〝指示のみ〟で、姿を見せないのです!」

「同席するでしょうよ、会議とかあれば」

「そうした際でも、基本的には〝声〟のみです。(ある)いは同席していても、別室からの通信参加……しかも、ヴェールで覆い隠すという徹底ぶりです」

「……そんなんで、よく忠義を誓えたものね」

(ちから)の差は……感じますから」

「〈獣〉だから……か」

 分からぬではない。

 それこそ〝野性の本能〟というヤツだろう。

 だから、おそらく嘘ではないはずだ。

 (しゃく)だが……。

「……他の〈区長〉は?」

「マ……マンハッタン区長〈ベート〉を除けば……」

「それでいい」

 空になったグラスを滑り渡し、二杯目を作るように(あご)で指示する。

 無言の命令であった。





 延々と脅迫をチラつかせた尋問が終わった。

 ようやくの解放を確信し、安堵するアナンダ。

 さりながら、拭えぬ後ろめたさを負わされたのも事実である。

 当然だ。

 所属組織の内情を余す事無く漏洩してしまったのだから。

 それも、最悪の害敵に……。

 それは〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉への決定的な裏切り行為であり、同胞を生贄(いけにえ)と差し出した事と同義である。

 最悪、組織から命を狙われるかもしれないだろう。

 新たに課せられた危険(リスク)は大きい。

 目先の〝生〟を得る(ため)に、生涯分の〝死の影〟を(かせ)()められてしまった。

 今後を思うと、やるせない。

「さて……だいたい聞き出せたようね」

 ソファから立ち上がると、冴子はチャキリと銀銃を定めた──アナンダの眉間へと!

「ヒッ! こ……殺さないって……?」

「それは、これから決める(・・・・・・・)と言った」

「そ……そんな! 情報は開示しました!」

「でしょうね」

「御願いです! どうか命だけは!」

(もと)より〈獣人(アンタら)〉に温情を掛ける義理は無い」

「あぁ……ぅぁぁ……」

 徹底した冷淡さに、アナンダは確信する──「この非情なる処刑人の前には、如何(いか)なる懇願(こんがん)も無意味なのだ」と。

 だから……ひたすらに慟哭(どうこく)するしかなかった。

「どうして……こんな…………」

 止めどなく頬を濡らし染める涙。

 それが〝懺悔(ざんげ)〟か〝後悔〟か〝無力なる呪怨〟か──〈夜神冴子(モンスタースレイヤー)〉には、どうでもいい事だ。

「どうして……お父さん…………」

 恐怖への直視に脅え、アナンダは(かたく)なに目を()じていた。

 胸元で両手を握り組む様は、(さなが)ら祈りを捧げ続けているかのようだ。

 (あたか)も〈神〉へと(すが)るかの(ごと)く……。

「普通に……普通の人生を…………」

 嗚咽(おえつ)(まみ)れの吐露。

 涙は枯れ尽きぬ。

 心が暗闇へと堕ちていく。

 深く暗い深淵(しんえん)に呑まれていく。

 もはや受け入れるしかない……この理不尽を…………。

 (あらが)(すべ)は無い。

 それでも、アナンダは祈り続けた。

 魂の救済を……。

 ただ、一途に……。

 ひたすらに……。

 祈るしかなかった……。


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