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獣吼の咎者  作者: 凰太郎
~第三幕~
25/26

銀弾吼える! Chapter.8

挿絵(By みてみん)

 ()が厄介なのか判らない。

 判らない(・・・・)という事自体が厄介なのだ──。

 この〈ベート〉なる獣妃(じゅうき)は──。



 マンハッタン拠点〈エンパイアステートビル〉──。

 存在するが存在しない──

 存在しないが存在する──

 そんな十三階に、彼女の部屋は在った。


 夜神冴子が最後に放った銀弾により通信機能は損傷し、モニターがブラックアウトに沈黙する。

「事の顛末(てんまつ)は見届けた……もう不要だ」

 薄い紅が、ほくそ笑む。

「マザー・フローレンスは弾劾(だんがい)に処され、飼育していた子供達(エサ)も尽きた。あの教会に、もはや利用価値は無い」

 豊かな金糸を()()く。

「とはいえ、存分に役立ったが……な。鮮度のいい(にえ)を喰らう事で、潜在に休眠する〝(われ)〟は思いの外に早く覚醒する事が叶った」

 唇を湿らす(した)()()りが反芻(はんすう)するのは、血肉の味──柔らかな食感──断末魔のスパイス────。

 嗚呼、早く次なる養育場を作らねば……。

姉妹(・・)……か。フフフ、嘘ではないぞ……夜神冴子よ? 確かに〈血杯〉は授けた──(われ)がな」

 そう……マザー・フローレンスは、確かに〝嘘〟など言っていない。

 故意に誤解を生む言い回しをしただけである。

 どちら(・・・)が〝姉〟か〝妹〟かは告げていない。

 ただそれだけ(・・・・)の話だ。

「マザー・フローレンスに〈ジュリザ〉を預けたのは正解であった。(われ)に心酔するヤツだからこそ、(おの)が身を惜しみ無く捧げた。まさに影武者には打ってつけ……」

 最期まで従順な信徒であった。

 夜神冴子を前にしても、真相(・・)隠匿(いんとく)する(ほど)に……。

 自らの〈()〉と直面しても、微塵たりとも情報を漏洩(ろうえい)せぬ(ほど)に……。

 下らぬ虚像〈モロゥズ神〉などの信徒ではない。

 彼女──〈獣妃(ベート)〉の……だ。

 だから何だという?

 所詮は〝道具〟──惜しくはある利便性ではあったが、代わりなど(いく)らでも利く。

 有能であるが(ゆえ)に重宝しただけの凡百だ。

「しかし〈ジュリザ〉が〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉へと依頼した時には、内心ヒヤリとしたぞ……。おかげで〝()〟としても鳴りを潜める必要が出てきた」

 水割りが(のど)(うるお)すと、置いたグラスがカランと奏でる。

「まったく……あの小娘、博愛にも(ほど)があろうに」

 飽きたかのようにソファを立つと、壁の一角(いっかく)を押し開く。

 隠し部屋だ。

 とはいえ、身を隠す(ため)のものではない。

 (われ)は〈獣妃(ベート)〉──。

 不敗の魔物──。

 (くだ)す事はあっても、(くだ)される事など無い────。

 なれば、身を隠す必要などあろうか?

 そう、此処は娯楽部屋(・・・・)だ。

 何人(なんぴと)にも邪魔されぬ(ため)の……。

 自室と同等の広さを敷き詰める石室。

 大理石を積み重ねた壁面が、ランタンの朱に照り染まる。

 異臭──。

 常人には嘔吐感(おうとかん)()いる不快臭。

 血と腐肉の臭い。

 彼女には心地いい。

 壁には入手したての黒豹の毛皮──二対。

 かつては〈区長〉などと仮初(かりそ)めの栄誉を授けたが、思いの(ほか)に使えなかった。

 どうでもいい。

 所詮(しょせん)は酔狂な遊びだ。

 珍しさに拾った玩具に過ぎない。

 あの〝魔薬漬けの猿〟同様に……。

 それよりも、現在関心を惹き付ける玩具で遊ぼうか。

 沸き立つ加虐心が(はや)る。

 一番奥の壁に、それ(・・)は飾ってある。

「まだ生きておろうな?」

 目的の手前に立つと、蔑みと好奇心の眼差(まなざ)しを涼しく(そそ)いだ。

「──ンン! ンー! ンーーッ!」

 猿轡(さるぐつわ)に邪魔された抗議……いや、それ(・・)命乞(いのちご)いやもしれぬ。

 黒髪の蛇女──ようやく探し出したレア玩具だ。

 両腕は黒鉄(くろがね)の鎖枷で壁面へと(つる)()げ、下半身の蛇体は巨大な重石(おもし)()(つぶ)してある。ギョロリと大皿のような目は不快なので(つぶ)した。

「ンンーーッ! ンー! ンーーッ!」

「何を言うておるか解らぬわ。もっとも、その(かせ)(はず)しても同じか。舌は抜いてあるからな……フフフフフ」

「ンンンーーーーッ!」

 ジャラジャラと乱れる金属音が、ベートの支配欲求を悦に浸らせる。

 紛れる嗚咽(おえつ)も心地好いソプラノだ。

 その不様(ぶざま)さを(さかな)として、手近な卓からブランデーを()ぐ。

「喜べ、裏切者? キサマが肩入れしている〈夜神冴子〉は勝ったぞ? 本来なら疲弊(ひへい)した事後を潰しても良かったが……享楽(ゲーム)享楽(ゲーム)だ。今回は見逃(みのが)してやろう。それに〈()〉の復活に一役(ひとやく)買った褒美(ほうび)もやらねばな? フフフフフ……」

 一縷(いちる)の希望に依存させた上で、絶望の奈落に叩き落とした。

 だからこそ〈ジュリザ〉は死んだ。

 その魂は壊れた。

 夜神冴子の存在は、結果として〈ジュリザ〉を(ほうむ)るに大きな要因(ピース)として利用できた。

「フゥ……フゥ……ンンンンッ!」

「フフフ……死にたい(・・・・)か? 死にたいであろうなぁ? この生地獄(・・・)から解放されたかろうて?」

 景気付けとばかりに酒を()()すと、獲物の眼前まで歩き進む。

ならぬ(・・・)な」

「ンンンンンンーーーーーーッ! ンンンンンンンンンンンンーーーーーーーーーーーーッ!」

 室内反響に奏でられる(こも)った絶叫!

 獣妃(ベート)の五指は、鋭い爪を虜囚(りょしゅう)の腹部に突き立てていた!

 濁々(だくだく)と伝わり落ちる赤黒い生温(なまあたた)かさ。

 高揚を(さそ)う。

「フフフフ……別に〈区長〉としての不甲斐なさを責めているワケではないぞ?」

 (さら)に深々と食い込ませる!

「ンンーーーーッ! ンンンーーーーッ」

 悲鳴と赤が比例に増した。

「オマエはオモチャ(・・・・)だ……命果てるまでな。なぁに、楽には殺さん。ギリギリで生を体験させてやる……(すべ)は心得ているのでな」

「ンンンンンンンンンンンンーーーーーーーーーーーーッ!」

「アハハハハハッ! アハハハハハハハハハハッ!」

 残虐な至悦が狂喜めいて笑う!

「この〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉とて、一時(ひととき)(たわむ)れに過ぎぬ。〈闇暦大戦(ダークネス・ロンド)〉の覇権? 獣人達による天下? クックックッ……知った事か。たかだか暇潰(ひまつぶ)し……下等な畜生(ちくしょう)(ども)が滅ぼうがどうしようが知った事ではない。このニューヨークとて、ただの遊技場に過ぎぬわ」

 そう、(われ)は〈暴君(ベート)〉──。

 思うがままに生き、思うがままに(もてあそ)ぶだけ……。

 その命も、血肉も、魂さえも…………。

「さて……次は、どの地で遊ぼう(・・・)か?」

 かつて〝ジュリザ〟と呼ばれた聖女は、その相貌(そうぼう)に対極の冷笑を(はら)んでいた。




 ()まわしき決戦から一ヶ月後──。

 夜神冴子はダコタで養生の日々を過ごしていた。

 言うまでもなく、ラリィガの手配だ。

 ティピー内での寝たきり生活は退屈極まりない。

 何よりも(しょう)に合わなかった。

 しかし、それもそろそろ終われる。

「だいぶ回復したわね」

 左手をグッパッと(にぎ)り確かめ、冴子は自分の具合を推測する。

 に、してもキツイ。

 左肩から(さらし)のように巻かれた大仰な包帯は、彼女の胸をギュウギュウに圧迫していた。

 ラリィガの手当てだ。

 問答無用の慌ただしさに、無理矢理締め付けられた。

 粗雑なあの娘らしい。

「……結構ある(・・)んだぞ? アンニャロー」

 さりとも、その想いを汲めば、軽い苦笑も()れるというものだ。

 ややあって寝床から起きた冴子は、トレードスタイルの上着へと(そで)を通す。

「ま、後はコイツ(・・・)で何とかなるっしょ? 傷口(きずぐち)は、だいぶ回復してるし」

 ハリー・クラーヴァルの〈錬金術〉は伊達ではなかった。

 そのノウハウを注ぎ込んで新生させたこのジャケットは、耐寒耐熱や防弾といった基礎性能を備え、尚且(なおか)つ微々たる治癒効果を付加されている。

 つまりは〝着ているだけ〟でも遅々と回復していく寸法だ。

 とはいえ、いずれも高い効果を及ぼす(ほど)ではない。

 あくまでも補佐(サポート)レベルの付随(ふずい)性能であり、結局は冴子自身が自衛に万全を期する必要がある。

 それでも有り難い代物(シロモノ)ではあった。

 即時即興的とはいえ、状況好転の助力とは機能している。

 この〈闇暦(あんれき)〉では大きい。

 たかだか〝人間の小娘〟が生き残れてきた要因のひとつだ。

「あ、冴子? 起きたか……って、何やってんだよ!」

 入ってくるなり、ラリィガが保護者風を吹かせた。

(まったくお節介というか何と言うか)

 だから、(あき)れ気味ながらも心地いい苦笑が浮かぶ。

 この娘と出会えた事そのものが〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉にとっては大きな報酬にも思えた。

「ボチボチ行くわ」

「まだ回復してない!」

「したわよ?」

「してない!」

「した」

「し・て・な・い!」

「し・た!」

 突き合わせた意固地がいがみ合い──ややあって、どちらともなく吹き出していた。




 暗黒世界への地平と広がる荒野……。

 荒涼とした風は吹き昇る。

 夜神冴子とラリィガは(そび)える崖に並び立ち、立ち込める不穏を道標と(にら)み据えていた。

「次は何処へ行くんだ?」

「さて……ねぇ? 現状は依頼も無いし、当面は気の向くままかなぁ?」

「ふぅん?」

 会話は途切れる。

 互いに想いはある。

 ()れど、それを集約する言葉を見つけられなかった。

 (いな)()らぬのやもしれぬ……。

 死闘を共にした二人(ふたり)には……。

「んじゃ、行くな?」

 インディアン娘の方から背を向けた。

 正直、見送り届ける自信は無い。

 湿っぽいのは嫌いだ。

 置かれた異邦人の背が、変わらぬ楽観に手をヒラヒラと振る。

「〈ホワイトバッファロー・ウーマン〉にヨロシク~★」

「あ……と、そうだ。オイ、冴子!」

 思い出したかのように、ラリィガは足を止めた。

「うん?」

 互いに振り向き交わす素直な表情。

 本音を言えば、見たくはなかったが……。

 双方、後ろ髪を引かれるから。

 ややあって、ラリィガは前向きな微笑(びしょう)に捧げる。

「生まれた時、オマエは泣き、世界が笑った。だから死ぬ時は、オマエは笑い、世界が泣く人生を生きろ」

「何よ? 唐突に?」

「チェロキー族の言葉だ」

「…………」

「…………」

「……そっか」

「じゃあな」

「じゃあね」

 気高さは互いの背中を磁石のように引き離した。

 だが、その想いは……。




 (しば)しの余韻を噛み締めながら、夜神冴子は愛銃へと見入る。

「結局は誰も救えなかった。築いたのは死人の山……か」

 アニス──

 アントニオ──

 教会の孤児達──

 そして、ジュリザ────

 何ひとつ守れていない。

 (ふた)を開けてみれば、滑稽(こっけい)道化(どうけ)だ。

 無力(むりょく)にも(ほど)がある。

「ハリー・クラーヴァルは言った。〈怪物〉に(あらが)える存在を知らし示せば、闇暦(あんれき)に生きる人々の〝希望〟にも成り得る……と」

 だからこそ、生きてきた。

 だからこそ、死線に臨んできた。

 そして、だからこそ殺して(・・・)きた。

 だが、仮に巨悪(ベート)(ほふ)ったところで、それが何だ?

 望んだのは、そこ(・・)ではない。

 その先だ。

「〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉……か」

 非情の白銀(しろがね)は、ただ彼女の迷いを反射するだけであった。

「こんなんで、生きる価値あるのかな……私」

 心に甦るのは〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉として新生した原点たる言葉──。


 報酬は、君自身の生き方(・・・)……その軌跡を贖罪(しょくざい)の証として──。


 その瞬間(とき)が来ないならば、修羅地獄をさ迷えばいい……君自身が償えた(・・・)と思えた時まで──。


(仮にどうあろうと闘いは続く。死と隣り合わせの日々は続く。()生きている(・・・・・)限り……()生き続ける(・・・・・)限り……)

 心が冷える……。

 荒涼に……。

 虚無感に……。

 その時、一際(ひときわ)強い突風が叱咤(しった)とばかりに()()った。


 ──やっぱり、お姉ちゃんは〈正義の味方〉だね。


「ッ! 舞?」

 風圧に含まれる懐かしい声音!

 その姿を求めて、思わず振り返った!

 ()れど、そこには誰もいない。

 妹の姿は無い。

 ただ閑寂(はら)む風が、荒野に吹き抜けているだけであった。

(そうよね……()にしか出来ない)

 (むな)しさを鼓舞に押し殺し、改めて使命感を噛み締める。

 きっと、この闇空(そら)の下では待っている。

 救いを望む弱き魂が……。

 だから、冴子は顔を上げた。

 残酷な明日へと。

「……行こうか〈戌守(いぬもり)さま〉」

 歩み出す。

 心に定めた信念に……。

 人々の牙と化して〈怪物〉へと抗う修羅地獄に……。

 白き霊獣は宿命を共有すべく後へと続いた。

 その背中を見送る〝少女〟の姿は、哀しくも夜神冴子には見えていない。

 巫女姿の幽体であった。

(そうだよ……お姉ちゃんは〈正義の味方〉なんだから、生きなきゃ……生きて闘い続けなきゃ……これからも〝苦しむ人〟の(ため)に〈怪物〉と闘い続けなきゃ…………)

 嗚呼、大好きだったお姉ちゃん──。

 まっすぐで──

 不器用で──

 それでも優しく誠実なお姉ちゃん────。

(どんなに(つら)くても……苦しくても……生きて……生きて……生き続けなきゃいけないのよ…………)

 きっと他の生き方なんて出来はしない──。

 その〈使命〉を投げ棄てる事など────。

殺した私の分も(・・・・・・・)!)

 一転、ゾッとする呪詛を微笑(ほほえ)み、妹の幽魂は掻き消えた。

 その愛憎を見定めるは、振り向き去る〈犬神〉だけであった……。



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