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獣吼の咎者  作者: 凰太郎
~第三幕~
24/26

銀弾吼える! Chapter.7

挿絵(By みてみん)

 誰もいない礼拝堂──。

 そう、もはや誰もいない……。

 ただ独り祈りを捧げる〝マザー・フローレンス〟以外には……。

 深淵に沈むかのような閑寂。

 神像(しんぞう)御前(みまえ)の汚れを軽く清掃したものの、事後の血痕は払拭(ふっしょく)するに多過ぎる。

 そんな血の(にお)いが(くすぶ)る中で、マザーは一途(いちず)に祈り続けた。

 惨劇に召された幾多(いくた)生命(いのち)へと手向(たむ)ける想いを──。

「……やはり、いらっしゃいましたか」

 不意に独白の(ごと)く、背後の気配へと語り掛けた。

 入口(いりぐち)に立つ殺気へと……。

 夜神冴子であった。

 その銃口は迷い無くマザーへと定められている。

「ですが、どうして此処(・・)へ?」

有能な情報屋(・・・・・・)がいてね」

 イクトミが託したメモには書いてあった──『マザーは教会付近の隠れ家へと潜伏中。煙が絶えた後に帰還し、また同様の手口(てぐち)を再開するだろう。数日待っていろ。そうすりゃ(ヤッコ)さんの方から来る。そうして、ヤツは何年も〈教会〉を維持してきた』と。

 あの警告が無ければ、血眼(ちまなこ)になって他行政区(ボロウ)を捜しに向かっていたかもしれない。

 最悪、ニューヨークを出ていた可能性もある。

 最後の最後で大きな有力情報(ゆうりょくじょうほう)を提供してくれた。

 エンパイアステートビルでの裏切りは呑み込んでやる。

 何処に逃げたかは知らないが、もう報復に追う事は許してやろう。

 それよりも……コイツ(・・・)だ!

「ジュリザは言った──〝あの獣(・・・)を殺して〟と。そう〝()を殺して〟ではなく」

「そうですか」向けられる敵意すら流水のように受け流し、マザー・フローレンスはゆっくりと立ち上がった。「では、ようやく確信を(いだ)かれたのですね? (わたくし)こそが〈獣妃(ベート)〉である……と」

 (おだ)やかに向き直る柔和な微笑(ほほえ)みは、しかし、現状(いま)となってはゾッとする戦慄を植え付ける。

「もっと早くアンタを撃ち殺すべきだった! 人間だろうと何だろうと躊躇(ちゅうちょ)()く!」

 瞳に宿る憎悪!

「何を目論(もくろ)んでいるの!」

闇暦(あんれき)()いて、あらゆる〈怪物〉が見据えているのは〈闇暦大戦(ダークネス・ロンド)〉の覇権──違いまして?」

「こんな邪教を発起して、何を企んでいるかを()いている! 何の(ため)に、ジュリザを! 子供達を!」

「救いです」

「救い?」

「この闇暦(あんれき)に、(ちから)()き者達は生き残れません。死ぬまで生き地獄を味わうか、(ある)いは強者の(にえ)(もてあそ)ばれるか……どちらにせよ〝生きる事〟は苦痛でしかありません。そして、旧暦に人々が心酔した〈神〉もいない。でしたら〈新たな神〉の庇護(ひご)(いざな)うのが、せめてもの救済ですもの」

「偽善に飾るな!」

 発砲!

 威嚇の銀弾が左頬を掠めた!

 スゥと筋を描いた赤にも怯えず、フローレンスの眼差(まなざ)しは涼やかな達観を(いろど)る。

 ()もあらん。

 その傷は、波打ち際の砂絵の(ごと)く静かに消え失せたのだから。

(コイツ? やはり並の獣人(・・・・)ではない?)

 得体知れぬ戦慄。

 冴子の心理を嗅ぎ取ったかは(わか)らぬが、余裕にたゆとう(うれ)いは粛々(しゅくしゅく)たる抑揚に語り聞かせた。

貴女(あなた)には感受できませんか? この時代に降臨された〈新たなる神〉の威光が……。事実、子育てすら(まま)ならない親御さんは、この教会の前に捨てられましてよ? (おのれ)の子を……。嗚呼、此処ならば〈神〉の慈悲に預かれるだろう──と。そうして集まった子供達ですわ」

「どんな想いで捨てた(・・・)と思ってるの……」憤慨(ふんがい)()(ころ)した銃口(じゅうこう)が、ジリジリと間合いをにじり詰める。「我が子を手放さねばならない、身を切られる想いが分かるか!」

棄てられた物(・・・・・・)をどう扱おうが、それは拾い主の自由……違いまして?」

「オマエは……オマエは〈餌〉を掻き集めていただけだ! 労せず、好きな時に好きなだけ〝(かて)〟を飽食出来るように! あの子達の純真を……思慕を利用して!」

「召されるのは〝()〟のみ……所詮〝肉体(・・)〟は器に過ぎない。でしたら、それ(・・)を無駄にしないのは、理に叶った還元(サイクル)でしょう? 彼等の〝魂〟は救済に召され、(わたくし)生命(いのち)(つな)がれる──皆が幸福の恩恵に(あやか)れるのですから。ええ、これもまた慈悲……惨めに〈デッド〉と化すよりは、余程いい」

「あなたは……あなたは最悪よ! 最悪の偽善者──まさしく〈(ケダモノ)〉だわ! あなたに比べたら、彼女は……ジュリザは〝人間(・・)〟だった! 彼女は〈生命(いのち)〉の……〈魂〉の尊さを知っていた! 自責に苦しんでいた! 良心(・・)呵責(かしゃく)があった!」

「嗚呼、可哀想なジュリザ……まだ覚醒して日が浅い(ため)に、そのような些事に苦しんでいたのですね。(わたくし)のように永い歳月を過ごせば、聖職の免罪に希薄化されるというのに……」

「邪教が! 何が〝救済の宗教〟だ! キサマは、いったい()を崇めている!」

()を……ですか」

 睨みつける正視を受け止め、マザーは物憂(ものう)げな眼差(まなざ)しを虚空に仰いだ。

虚像(・・)でも()いではありませんか……弱き心の免罪符となれば」

 煉獄(れんごく)(えが)くステンドグラスに(はば)まれた視線の先には、はたして〝何〟が見えているのであろうか……。

「ヨガミサエコ? 貴女(あなた)は〝何〟を恐れているのです?」

「な……何を?」

貴女(あなた)の銃弾には、我々(われわれ)〈獣人〉に対する〝憎悪〟が宿っている……そう、単なる〝嫌悪〟ではなく〝憎悪〟が。それも他人事(ひとごと)ではなく私怨のような──(わたくし)には、そう見える(・・・・・)のです」

「黙れ!」

 右頬を刻む銀弾!

 ()れど、効果は同じだ。

 刻み付けた銃痕は、みるみると治癒再生してしまう。

 銀弾だというのに!

(獣人である以上〈ルナコート〉が効いていないはずは無い。ただ、再生治癒が高いだけ……ケタ外れに!)

 呪われし魔物が秘めたる驚異を噛み締めながらも、冴子は平静を(よそお)って問答を続けた。

「ひとつだけ()かせて……ジュリザは()なの?」

 現実へ引き戻され、冷たい(うれ)いが(こた)える。

()……とは?」

「いまにして思えば、エンパイアステートビルの戦いは『ジュリザの完全覚醒』が狙いよね? 血腥(ちなまぐさ)い殺し合いを生で見させて、表層意識を現実嫌悪へと追い込み、深層意識を高揚させた。加えて言えば、()を殺させる事で〝ジュリザ〟を失望のドン底へと叩き落として〈獣〉の覚醒を完全なものとする仕上げ……天下の〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉が(エサ)だったってのは、間抜け過ぎて笑えるわ」

 フローレンスは涼しい微笑(びしょう)に答えない。

 それが、そのまま()だ。

 さりながら、どうでもいい。

 追求すべきは、その先だ。

「そこまでして覚醒を(うなが)そうとする……()なの? ジュリザは?」

姉妹(・・)ですよ」

「嘘をつかないで! この()に及んで!」

「いいえ、本当ですよ? 何故なら〈獣妃(ベート)呪血(じゅけつ)〉を(さず)かったのですから……洗礼の血杯として」

「なっ?」

「実験でしたの。普通の人間(・・・・・)に〈呪血(じゅけつ)〉を受け継がせた場合、はたしてどのような反応を起こすのか──それを知る(ため)の被検体ですわね」

「何の(ため)に!」

人間(・・)になる(ため)に……」

「な……にッ?」

「正直、もうウンザリしているのです。貴女(あなた)に御分かりになるかしら? 旧暦時代から苦しめられてきた忌まわしい体質が? 〈ジェヴォーダンの獣〉などと呼ばれて追われた精神苦が?」

「それだけの事をしたわ」

「食しただけ……自然の(ことわり)です」

「……ジェヴォーダン、三百六件、百二十三人」

「何ですの?」

「キサマが犯した襲撃回数と死亡者だ! (わず)か一年前後で! これだけの数を『食した』で済まされるワケが無いだろう!」

「ああ、そういえば……時には〝狩り〟へと興じた事もありましたわね……フフフ」

「鬼畜が!」

 慄然(りつぜん)めいて考察を巡らせる最中、フローレンスが動きを見せた。

「旧暦時代、何故〈人狼〉には月光(・・)が必要だったか御解(おわか)りかしら? 呪血(じゅけつ)? 細胞? それとも、呪い? いいえ、違う。獣化のプロセスは〝精神の具現化反映〟なのです」

「動くなと言っている!」

「何故、満月(・・)とされてきたのか。古来より〝満月の夜〟は殺人発生率が増加しますのよ。それは月が〝潮の干潮〟に影響しているから。そして、血潮(ちしお)高揚(こうよう)にも……。つまり満月の夜は、異様な興奮が活性化する。ああ、確か〈刑事〉でしたから御存知(ごぞんじ)ですわね? フフフ……これは出過ぎた講釈を……フフフフフ」

 メキメキと(ふく)()がる筋肉!

 ミシミシと強度を増していく骨格!

 そして、ザワザワと(おお)(しげ)獣毛(じゅうもう)

「こノ闇暦(あんれき)でハ、幸いニモ〈黒月(コクゲツ)〉ガ常駐(ジョウチュウ)シテイル! ソノ強大ナ魔力(マリョク)悪心(ヴァイス)ノ源泉トスレバ、月光ニ依存シナクテモ〈アドレナリン〉ヲ過剰分泌サセル事ガ出来ル!」

 常軌逸脱(じょうきいつだつ)の講釈に変身は続く!

 体毛逆立つ獣影(じゅうえい)巨躯(きょく)に昇華されていく!

 このタイムラグを見逃すほど、夜神冴子は間抜けてはいない!

 空鳴きするまで銃弾を叩き込むと、即座に装填用弾層(マガジン)を入れ換えた!

 続け様の射撃──が、冷静な一顧(いっこ)にて()める。

(……無駄弾)

 再生は相変わらずだ。

 むしろ変身プロセスと重なる現状は、再生力(さいせいりょく)がより高まっている。

 ならば、どうする?

(考えろ! 夜神冴子! 確実にコイツ(・・・)を殺せる手を……地獄を味あわせる手段を……)

 どれほどの命が奪われた?

 どれだけの魂が(もてあそ)ばれた?

 その片鱗だけでも身に叩き込まなければ気が済まない!

 あの子達(・・・・)の無念を!


 ──冴子さんは〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉だから…………。


 ──さーこおばたん、もんたーすれた……。


 脳裏に刻み込まれた想い……。

 (はかな)い想い……。

 無力ながらに(すが)る想い……。

 だから、自然と口角(こうかく)が不敵を刻んだ。

(……そうだぞ? 冴子お姉さんは、強い(・・)んだぞ?)

 (ゆだ)ねられた〝想い〟が、沸き上がる鼓舞(こぶ)と化す!

 私は〈()〉だ!

 理不尽に(あらが)えぬ魂の!

 無情に踏みにじられる一途(いちず)な命の!

 私は……〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉!

「ウォォォーーーーン!」

 変身完了の凱歌か……猛る遠吠えを響かせる!

 ()くして、聖母は〈人狼〉と化した!

 体高二メートル強もある漆黒の獣に!

「サア、貴女(アナタ)()サレナサイ! 永遠ナル幸福ヘト!」

 振り下ろされる鋭い爪!

 しかし、冴子は臆せずに()めた冷蔑を返すのであった。

「霊感商法は願い下げ」

 それを示し会わせたかのように、頭上のステンドグラスを割って飛び込んで来る乱入者!

 獣の脳天目掛けて雷拳が強襲を仕掛けた!

「ぅらあああーーーーっ!」

 鋭敏な本能か──後方跳躍に回避するフローレンス!

 膝つきの着地に正体を見極めれば、電光(まと)う翼の鳥獣人であった!

「チィィ……ダコタノ小娘!」

 忌々(いまいま)しく(にら)()える!

 一方で美しき弾劾者二人(ふたり)は、涼しい信頼に並び立つのであった!

「なぁ、冴子? ()(たい)(いち)は卑怯……なんて言わないよな?」

「ええ、言わないわよ? だって、これは決闘(・・)じゃないもの」

「ああ、これは──」「そう、これは──」

「「──害獣駆除(・・・・)だ!」」

 凛たる死刑宣告!

 すかさずラリィガは突進を仕掛け、夜神冴子は威嚇(いかく)発砲(はっぽう)左跳(ひだりと)びで雲隠(くもがく)れした!

 効くはずが無いのは百も承知!

 牽制(けんせい)だ!

 (つら)なる長椅子(ながいす)を盾と活用すると同時に、闇のベールを(ひそ)(すべ)(まと)う!

小細工(コザイク)ヲ!」

 無駄のない連携が舌打ちを(さそ)った。

 邪視が索敵(さくてき)(すべ)るも、迫るインディアンはそれを許しはしない!

余所見(よそみ)している余裕なんかあるのか!」

「獣人ノ()レ者ガ!」

「アタシはオマエ達(・・・・)とは違う!」

 ガッツリと組みあう両者の手!

 (ちから)(くら)べの体勢となった!

 互いの獣臭が(りき)む顔を近付ける!

生憎(あいにく)だが、ステゴロ勝負で負ける気はしない!」

「デハ、見セテモライマショウカ! 滅ビシ部族ノ無力(ムリョク)サヲ!」

「滅んじゃいない……アタシがいる(・・・・・・)!」

 拮抗!

 驚くべき事に、獣化したフローレンスは〈二重憑霊ニーシュ・マニトゥーワク〉を()げたラリィガにまったく引けを取らなかった!

「くっ? コイツ?」

 これぞ〈獣妃(ベート)の呪血〉が()せる(わざ)であろうか?

 だが、ラリィガには有って、フローレンスには無いものがある!

 それは!

「はい、ガラ空き~★」

「ギャウ!」

 背後からの発砲!

 数発の弾丸が背中に赤飛沫(あかしぶき)を噴かせる!

 夜神冴子だ!

 膠着(こうちゃく)に立つ巨躯(きょく)は、格好の(まと)であった!

「ヨガミサエコォォォーーッ!」

 憤怒(ふんぬ)

 沸き立つ激情を勢いと転化したか、その場での垂直跳びに回し蹴りを繰り出した!

 ラリィガの頭へと目掛けて!

「がはっ!」

 右側頭部へと叩き込まれた重い衝撃!

 さすがに苦悶を吐いて吹っ飛ぶ!

 着地するやフローレンスの筋肉は、再生に(ふさ)ぎ異物を吐き出した。

 致命傷は無い。

「あちゃあ? やっぱ治癒再生するか。厄介な体質だこと」

「ヨガミサエコ……小賢(コザカ)シイ小娘ガ!」

「は~い ♪  それだけ(・・・・)で生きてきました~★」

 ヒラヒラと掌を振る挑発の微笑(ほほえ)み。

「グオォォォーーーーッ!」

 渾身(こんしん)の咆哮!

 刹那〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉としての直感が危険を察知する!

「うわっと?」

 即座に体勢を屈め、長椅子(ながいす)の防壁へと潜り込んだ!

 選択は正解であった!

 (さき)()た座標を軌跡として、不可視の巨槍が(つらぬ)いていた!

 背後に据えられた装飾柱が(えぐ)り砕かれ、長椅子(ながいす)の一部も巻き込まれに粉砕している!

「アッブなー……衝撃波か」

 まるで掘削(くっさく)重機(じゅうき)による破壊(はかい)(あと)であった!

 その威力には軽く戦慄を覚える!

(基本的に〈獣人〉の特性は超身体能力という物理的()つ生物学延長のもの……。こんな特性を持つ〈獣人〉なんか出会(でくわ)した事も無いわね)

 ともすれば、やはり特別(・・)なのだ──この〈獣妃(ベート)〉という存在は!

(そういえば〈呪血(・・)〉とか言っていたわね。だとしたら〈原初怪物(デモン・クラス)〉──もしくは、その血統(・・・・)か)

 多くの〈怪物〉にはルーツたる特異存在がいる。

 それが〈原初怪物(デモン・クラス)〉だ。

 時として〈魔神〉などと称される事もあり、神話や伝説に()ける存在と化していた。

 現在、大手を振って跋扈(ばっこ)している〈怪物〉は、そうした魔神級怪物の子孫であると同時に廉価版とも呼べる。

 永い歴史の中で〈血〉や〈魔力〉が希釈する事で弱体化してしまうせいだ。

 が、稀に〈原初怪物(デモン・クラス)〉の血──(すなわ)ち〈呪血(じゅけつ)〉を色濃く継承する者もいた。

 それが〈血統(けっとう)〉と呼ばれる個体である。

 先祖返り的な能力を保持する超強力なレアモンスターだ。

 眼前の〈怪物〉は、そこはかとなくそれ(・・)と感受させた。

(でも、ま、〈獣人〉は〈獣人〉よね)

 上着のポケットを触る。

 切り札の装填用弾層(マガジン)だ。

 この決戦を見越して用意した物ではあるが、実戦には初投入──効くか効かぬかは試してみなければ判らない。

 ()してや、相手は〈呪血(じゅけつ)〉だ。

(……賭けてみるか)

 静かに咬む決心。

 そして──チラリと(かたわ)らの霊気を意識した──()は、もうひとつ(・・・・・)ある。

 魔獣が大きく息を吸い込んだ!

(また来る! 第二波!)

 即座に回避へ動けるように身構えつつ、冴子は警戒を張り巡らせる!

 と、そうはさせじと魔獣を殴り飛ばす拳!

「アタシが相手だって言ってんだろ!」

「グァッ!」

 復活したラリィガであった!

「ダコタノ小娘!」

 警戒の()()けを浴びながらも、ラリィガの臨戦意志は怯まない!

「ハァァァッ!」

 気合が種火と(はじ)け、全身に帯電を生んだ!

「いくらオマエが〈獣妃(ベート)〉であっても、雷撃でノーダメージとはいかないだろ!」

 気迫に攻める翼が、(いかづち)(まと)う拳を繰り出した!

「チィ!」

 大きく間合いを離れる後方跳躍!

 (ほとばし)る電撃と重い拳撃の二重奏──確かに喰らえば洒落にはなるまい。

 フローレンスにしてみれば、厄介な相手であった。

 異質な獣化プロセスにして、それ(ゆえ)に帯びる特異能力──謀らずも〈血統(けっとう)〉に匹敵する強さを備えている。

 ()してや〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉との共同戦線だ。

 厄介過ぎる!

 ならば、(さら)に差を開かざるえないだろう!

 敵を牽制しつつ、魔獣は切り札(・・・)を手にした!

 そのアイテムを目にした瞬間、冴子とラリィガには戦慄が走る!

「アレは……魔薬〈スティーブンソンの涙〉?」

「まさか? コイツ〈強化侵食(ハイドブースト)〉を!」

 狩人(ハンター)二人(ふたり)の驚愕を嘲笑(あざわら)うかのように、獣は魔薬注射器を首筋へと突き立てた!

 メキゴキュとした不快な骨肉音を奏で、みるみる増強されていく巨躯(きょく)

「やめろォォォーーッ!」

 変身を阻止せんと特攻するラリィガ!

 (すべ)る翼が雷拳を繰り出す!

 だがしかし──「フン!」「ぐあッ?」──無造作に()()いだ豪腕が物ともせずに払い飛ばした!

 幾多(いくた)もの長椅子(ながいす)を瓦解に巻き込み、ラリィガを残骸へと埋もれ沈める!

「ラリィガ!」

「グゥ……へ……平気だ、冴子! それより気を付けろ! ソイツ、あの〈ブロンクス区長〉よりも格段に強いぞ!」

 相棒への警告を叫びつつも、ラリィガは右脇腹を押さえている。

 その様を気取られないように振る舞ってはいたが、生憎(あいにく)と夜神冴子は観察力(かんさつりょく)()けていた。

(ああなったラリィガに、これ以上は酷……。()が決着をつけるしかない)

 三メートル弱もの巨獣が、のそりと振り向いた。

 本来の獲物──〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉に!

「ヨガミ……サエコォォォ!」

「どうやら素体が〝人間〟か〈獣人〉かで開きが出たようね? もっとも、その魔薬のコンセプトは〝下駄履き〟……となれば、基本底値の高さが左右するのは当然か」

 正面構えに〈ルナコート〉を構える!

「貴様ヲ(ホウム)ル! 〈ベート〉ノ名ニ懸けて!」

「勝手に懸けないでくれるかなぁ? 迷惑だわ」

 発砲!

 銀が鳴く!

 迫る巨獣は右肩の出血に突進を足止めされる──が「フフフ……効カナイワ」──再生に塞ぐ傷口(きずぐち)

 構わずに撃つ!

 撃つ!

 撃つッ!

 左肩! 右腿! 左腿! そして、胸板!

 その都度(つど)、衝撃に硬直しながらも、やはり傷口(きずぐち)は再生に塞ぐ!

「学習シナイワネ……無駄ダトイウ事ヲ!」

 嘲笑に体勢を立て直す黒獣!

 しかし、視界がガクンと沈んだ!

 脚の(ちから)が不足している!

 (いな)、脚だけではない!

 全身を(むしば)む不調感!

 思うように(ちから)が入らない!

「コ……コレハ? ヨガミサエコ! キサマ、一体()ヲシタッ?」

「何をしたも何も撃っただけよ? ただし特殊弾(・・・)だけどね?」

「グゥ……麻酔弾ダッタカ!」

「まさか? そんな物で、アンタを無力化できるなんて思っちゃいない」種明かしとばかりに、冴子は一弾(いちだん)薬莢(やっきょう)()まみ見せる。「トリカブト──混ぜておいたわ」

「ナッ?」

「ま、それでもアンタ(・・・)には効果薄でしょうけどね? 並の〈獣人〉じゃないし? だけど体内(・・)へ直接叩き込めたのは大きい。その〈毒〉は、遅々ながらも確実にアンタを(むしば)む」

「キ……キサマ!」

「ついでに言えば、御自慢の治癒能力も裏目に出たわね? 体外排出もさせない内に、自分から体内へと取り込んだ……貪欲にね」

「ガァァァーーーーッ!」

 憤怒(ふんぬ)依存の気迫!

 どうやら、気力(きりょく)任せに無効化を試みていた!

 重い一歩(いっぽ)が踏み込む!

 (さら)一歩(いっぽ)

 (しん)(がた)い事だが、魔狼は不可視の鎖を振り切らんと身を動かしていた!

「ヨガミサエコォォォーーッ!」

 立ち塞がる巨影が怒り心頭に(たぎ)る!

 さりながら、夜神冴子は不敵に笑むのであった。

「たいした根性だわ。けどね、アンタは、またポカ(・・)をやらかした」

「ナ……ナニ?」

「逆上と焦りに突き動かされて、不用心に()へと近付いた。(みずか)ら〈結界〉の領域へと……ね」

「結界……ダト?」

戌守(いぬもり)さま!」

 威令に呼応して、空間が違和感を染める!

 不気味な清涼と鎮静!

 霊気だ!

 堂内そのものを染め上げるだけの霊気だ!

 次の瞬間、黒狼の五体が拘束に固まる!

 まるで金縛りのような剛力(ごうりき)に!

「コレハ? コ……コレハ!」

見える(・・・)はずよ。あなたが〈神〉に仕える者なら……仮に口先(・・)だけだったとしてもね」

 ──マザー……。

「アニス?」

 右腕にしがみついていたのは、間違いなく逝った子供であった!

 いや、右腕だけではない!

 四肢に!

 首に!

 肩に!

 身体に!

 ──マザー、大好きだよ。

 ──マザー、ずっと一緒にいてね。

 ──マザー……。

 ──マザー…………。

 ──マザー………………。

 教会の子供達──そして、肉を喰らった餌共(エサども)であった!

 血を(すす)り飲んだ贄達(にえたち)であった!

「ナ……何故? 何故、コイツラガ! 死ンダハズ(・・・・・)ヨ!」

「〈精霊崇拝(アニミズム)〉──想い(・・)の前に〈魂〉は永遠(・・)なのよ。死生観念すら越えてね」

 霊界と現世(うつしよ)(むす)ぶ──それは〈神〉の本分である。

 霊力(れいりょく)憔悴(しょうすい)したとはいえ〈戌守(いぬもり)〉は〈神〉だ。

 造作も無い。

 思慕に寂しさを噛むこの子達(・・・・)を連れ戻す事などは!

 ()してや、夜神冴子という〈光〉は、この子達を呼び戻す道標(しるべ)となった。

 暗闇の中で柔らかく(とも)る街灯の(ごと)く!

「放セ! 放セ! 放セェェェーーーーッ!」

 見苦しい焦燥に荒れ狂う獣!

 それが何になろう?

 全身を拘束する(いかり)は、どんどん増していくだけだ!

 喰らった分だけ(・・・・・・・)

「ヤメロ! ヤメテ! 放セ! 放シテ!」

 次第に声音から険が失われ、威圧的な巨躯(きょく)()えていく。

 貧弱に……。

 脆弱に……。

 それは魔薬の副作用〈呵責衰弱ジーキル・フィードバック〉の発現。

 皮肉な事に、この地獄とは相性がいい。

 一気還元された罪悪感は、ますます(もっ)子供達(・・・)を惹き付ける。

 増えていく。

 奈落の(かせ)が……。

「ヤメテ……イヤ……許シテ……イヤァ!」

 フローレンス(・・・・・・)愁訴(しゅうそ)は免罪符とならない。

 死刑囚の頭部へと銃口(じゅうこう)を定め、夜神冴子(モンスタースレイヤー)は無情を宣告した。

「そんなモンじゃないわよ……その子達(・・・・)が味わった恐怖はね」

 合わせる照準に叫ぶ!

戌守(いぬもり)さま!」

 以心伝心とばかりに、霊獣が銀銃へと飛び込んだ!

「最期ぐらい〝母親(マザー)〟でいてやりなさいよね……(いのち)を拾った者の責任(・・)よ」

 決着の引き金(トリガー)

 閃火に放たれる銀弾!

 その弾丸には〈戌守(いぬもり)〉が憑依する!

 銀弾──

 霊獣──

 忌避素材(トリカブト)──

 獣人殺しの三重奏!

 処刑の銃声が轟く!

 銃声?

 (いな)、それは獣吼(じゅうこう)

 霊獣が吼える裁きの宣告!

 夜神冴子の正義を具象化するが(ごと)く!

 (くだ)すは神罰か!

 それとも刑罰か!

 鉄槌(てっつい)の熱が、裁きに眉間(みけん)貫通(かんつう)した!

「ヒッ?」

 穿(うが)つ刹那に剥離(はくり)した〈戌守(いぬもり)〉は、そのまま居残る──罪人の内側へと!

 そして、一斉解放した霊力を爪と化して切り裂いた!

 心臓を!

 動脈を!

 静脈を!

 毛細血管に至るまで微塵と切断する!

 肉体内部に駆け巡る霊気のかまいたち!

「ガッ!」

 短い痙攣(けいれん)に崩れ倒れる魔狼。

 血肉に飢えた餓獣は、次第に聖母(ひと)へと還り逝く。

「〈紐育(ニューヨーク)人狼(じんろう)〉……か」

 誰に言うとでもなく冴子は呟いた。

 看取(みと)る価値すら無い亡骸(なきがら)から関心を(そむ)け、空しさ噛んだ(きびす)を返す。

 振り向き様に、虚像の眉間へと撃ち込む銀弾!

 満身創痍(まんしんそうい)の相棒に肩を貸し〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉は礼拝堂を後にする。

 常闇(とこやみ)の現世魔界は激しい煙雨に染まっていた。

 心身を叩きつける痛みは、それでも背後の虚構(ヘブン)よりマシだ……。




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