表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣吼の咎者  作者: 凰太郎
~第三幕~
21/26

銀弾吼える! Chapter.4

挿絵(By みてみん)

(私は、死んだ(・・・)の?)

 暗闇の仰臥(ぎょうが)に、彼女の意識は自問自答を投げ掛ける。

 長い走馬灯を味わった。

(確か、背後からの奇襲を喰らって……銀銃(ルナコート)を構えるのが間に合わなくて……獣の目が爛々(らんらん)と…………)

 真っ赤に開いた口腔(こうくう)を思い出してゾッとする!

「獣ッ!」

 身の毛もよだつ戦慄に叩き起こされ、夜神冴子は覚醒した!

「ッ!」

 左肩の痛みが、不安定な意識を手荒く現実へと投げ飛ばす。

「噛まれた……か。だけど、()千切(ちぎ)られていない? 何故?」

 傷の手当てが(ほどこ)されている。

 先の左肩を押さえる形で、包帯が豊かな胸を締め付けていた。まるで〝(さらし)〟だ。

感染(・・)は……するはずもないか」

 通常〈人狼〉に噛まれた者は〈獣の呪い〉に感染し、(みずか)らも〈人狼〉と化してしまう。

 が、それは常人に限った話。

 夜神冴子は、こう見えても〈戌守(いぬもり)の巫女〉──神力(しんりょく)の加護下に()る。

 加えて、衣服だ。

 ハリー・クラーヴァルの錬金術によって新生したこの衣服(・・・・)は〈魔性依存による感染〉を防いでくれる。

 だからこそ〈デッド〉戦に()いても、平然と身を(さら)せるのだ。

「……何処よ? 此処?」

 滲む汗ながらに周囲へ目を滑らせれば、質素ながらも整った生活環境であった。さりながら、かなり香木(こうぼく)臭い。

 テントであろうか?

 民芸的で簡素な造りではあったが……。

 その中で寝かされていた。

「……まったく!」

 疲労感が吐かせる()(いき)に、前髪をクシャと握り締める。

 まだ思考が本調子ではない。

 再起させる観察力(かんさつりょく)(もっ)て荒げる動悸(どうき)を調えている間に、入口(いりぐち)の布幕が開いた。

「あ、目が覚めたか?」

 知った朗々が顔を(のぞ)かせる。

「ラリィガ?」

「いやぁ、心配したぜ? それなり(・・・・)に」

「このテント、あなたの?」

「テントっていうか〈ティピー〉だな」

「……ああ」

 軽い納得に至った。

 つまりは〈インディアン〉の簡易住居だ。

 見た目には〈テント〉に酷似しているが、やや民芸的な素朴な造りである。

 そもそも〈アメリカン・インディアン〉とは、複数の部族を統括した総称であり、特定の単一民族を指すものではない。

 そうした構図(ゆえ)に、一部には〈農耕民族〉から〈狩猟民族〉へと推移した部族もおり、夏期に()いて遊牧民としての生活を基盤と敷いた。

 その仮住居としての役割を果たすのが、この〈ティピー〉である。

 要するに映画などでステレオタイプの〈インディアン〉として描写される〝あのテント(・・・・・)〟だ。

「……何処から持ってきたのよ? こんな大きいの?」

「有り体の材料集めて即興。布と木材さえ有りゃあ何とか作れる。此処(・・)は、それ(・・)には事欠かさないからな」

「……何処よ?」

「フラッシング・メドウズ・コロナ・パーク──身を隠すにも丁度いい」

「……ああ」と、二度目の軽い納得。「私、どうしたんだっけ?」

「血溜まりでぶっ倒れてた。アタシが駆け付けた時にはな。だから〈ワキンヤン〉との憑霊(ひょうれい)変身で、空から運んだ。有象無象の獣達(ギャラリー)が群がる下層からは逃げきれないしな」

「そうか……ッ!」

 戦慄の記憶が──真っ赤な口腔(こうくう)が、偏頭痛と化して冴子を襲う!

「アイツは!」

「アイツ?」

「私を襲った〈()〉は──」

 興奮の激情を鎮めるのは、その身に(まと)われた修道衣の襤褸(ボロ)

 ──間違いない、アレ(・・)は。

「……〈()〉は何処よ」

 抑揚は噛み締めに沈む。

「獣ねぇ?」と、薬草を(せん)じながら、ラリィガは関心薄く答える。「いなかった」

「え?」

「獣どころか(ひと)()一人(ひとり)いなかった。ただ血溜まりに倒れ込んだオマエ以外は」

(見逃した? 何故?)

 芽吹く疑念。

 (むさぼ)るに格好の好機だったはずだ。

 確かに冴子が無意識下の(さい)には〈戌守(いぬもり)さま〉が結界と化して守護していてくれる。

 そして、その(さい)に於ける〈神力(しんりょく)〉は、通常時とは比較にならないほど強くなる──冴子自身の霊力も還元されているのであろうが。

 だからこそ、多くの〈怪物〉達も、夜神冴子の寝首には易々(やすやす)と手が出せなかったのだ。

 が、そうとはしても、あの状況ならば如何様(いかよう)にも()(かた)があった事は想像に(かた)くない。

 掌中(しょうちゅう)雛鳥(ひなどり)だったのだから……。

 それを、何故?

(まさか……)

 良心の呵責(かしゃく)──。

 人間(ひと)の残り香──。

 そう結論付くに時間は要さなかった。

 何故なら、普段の〝ジュリザ〟を知っているから……。

 その強き博愛(・・)を…………。

(けれど、それも時間の問題……このままでは本能に呑まれるまま堕ちる!)

 (うず)く。

 (たま)らなく痛みが(うず)く。

 傷口(きずぐち)などではない。

 ()が!

「ラリィガ! 私は、どのぐらい寝てた!」

「一日半……いや、もうすぐ二日か」

 バカが!

 何をこの程度(・・・・)で、のうのうと昼寝してんだ!

 怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)


 ──お願い、冴子! アイツ(・・・)を……あの()を殺して! 貴女(あなた)にしか殺せない! 〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉である貴女(あなた)にしか!


 脳裏に甦る愁訴(しゅうそ)

 思えば、あの段階でジュリザは自覚していたのだ……朧気(おぼろげ)ながらにも。

 だとすれば、あの異様な忌避嫌悪(きひけんお)も納得できる。

「そうだ! 〈戌守(いぬもり)さま〉は!」

 ふと気付いた。

 常に(かたわ)らに()る波動が、何故か微弱になっている。

 いつもの力強(ちからづよ)い波動が感じられない。

 まるで憔悴(しょうすい)に苦悶しているかのように……。

「〈戌守(いぬもり)さま〉?」

(ちから)疲弊(ひへい)しまくっている」(せん)じ汁が入った木椀(もくわん)を差し出しつつ、ラリィガが分析を伝える。「おそらく、オマエを守るために惜しみ無く〈神力(しんりょく)〉を開放したんだろうな……自分自身の〈存在〉そのものすら消費してまで」

「そんな? 何故……」

「そりゃ、オマエが好きだからだろ?」

「え?」

「その〈戌守(いぬもり)さま〉だけじゃない。アタシも、シュンカマニトゥも、ワキンヤンも……オマエ(・・・)が好きなんだよ。だからきっと、アタシだって同じ事をした」

「どうして?」

「ん?」

「どうして、()なんかを!」

「理由要るか? それ(・・)?」

 歯を見せるインディアン娘。

 その屈託の無さが、常に自棄的だったモチベーションを溶かし()ぐ。

(ああ、そうか……私は──)

 意識的に投げていた。

 自分は闇暦の不条理に喘ぐ人々の希望〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉だ。

 一縷(いちる)の希望となるべき〝都市伝説〟だ。

 そのためには、強くなければならない!

 頼られる存在(・・・・・・)でなければならない!

 そして、いつしか失念していた。

 誰か(・・)頼る(・・)という事を……。

 その大切さを……。

(──私は、頼ってもいい(・・・・・・)んだ)

 (ひと)りではない。

 (ひと)りで強く()る必要はない。

 心を更迭(こうてつ)していた鎖枷の重さが、スッと紙細工のように軽くなった。

 だから、自然と(くち)に出せたのであろう。

「御願い、ラリィガ……(ちから)を貸して」

「……分かった」

 ラリィガは淡い心地好さを(ふく)んで(うなず)いた。

 事情は知らない。

 詳細も知らない。

 さりとも夜神冴子の(がん)とした正視は、それを上回る理由に(あたい)した。




 車道を爆走するスポーツカー!

 運が良かった。

 ()ほど無駄な時間を掛けずに、機能する投棄車をゲットできたのだから。

(お願い、間にあって!)

 (はや)る焦燥を(くちびる)に噛む冴子!

 ジュリザは何処へ向かったのか?

 その足掛かりは無い。

 少なくも〈エンパイアステートビル〉には、もういない。

 ラリィガの話では、()(たい)の自分を放置に転がしていたのだから。

 では、何処へ?

 ひとつだけ……夜神冴子には、たったひとつ(・・・)だけ有力な判断情報があった。


 ──最近、夢を……悪夢を見るのです。あの〈獣〉の惨劇……今度は子供達が皆殺しにされていました。


 彼女(・・)は、そう吐露した。

アレ(・・)は悪夢や予知夢なんかじゃない……深層意識が見せた未来像。つまり──願望!)

 ハンドルを握る手に(ちから)が入る。

 曇る眉根が残酷な運命(さだめ)への嫌悪を刻んだ。 

(それに、イクトミ。まさか……というか、やはり敵に通じていた。いつから監視されていたのかは判らないものの、少なくとも日本を発つ直前からはヤツに把握されていた。ううん……もしかしたら、それ以前(・・・・)からかもしれない)

 だとすれば、大なり小なりシナリオ修正を(はか)られていた可能性もある。

 ヘリコプターでの襲撃は、その一例(いちれい)だろう。

 つまりは、そういう展開(・・・・・・)になるように根回しをされていた。

 面白くはない。

 手玉と転がされていたのだから。

(だけど、目的は何?)

 少なくとも、ラリィガ達は〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉を、心底から敵と見定めている。

 ともすれば、それはダコタに陣取る〈インディアン勢力〉の総意と見て間違いない。

 でなければ、彼女が〈刺客〉と乗り込んで来る流れにはならない。

(金? 買収された裏切り? ううん、そうは思えない。インディアン達が〝白人〟へ(いだ)く不信感は、そんなに安くない……もっと根深いものよ)

 フロントガラスから、上空の雷鳥娘をチラリと盗み見る。

(これまでの様子からは、思い詰めた感じなど微塵(みじん)(うかが)えなかった。気づいていない……か)

 はたして伝えるべきか──冴子は思案した。

 が、やはり頃合いを見る事と結論する。

 最悪の場合、自分自身が裁いても良い。

 無垢な魂に同胞殺しは残酷過ぎる。

(どちらにせよ後回し……現状(いま)ジュリザ(・・・・)が最優先!)

 小者など、いつでも殺せる。

 だがしかし、そんな瞬間は訪れないであろう──夜神冴子は、何故かそう感じていた。

 無自覚にも〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉としての直感であった。

 クイーンズ行政区(ボロウ)・ホーリーアベニュー……。

 焦れるほどに遠い…………。




 教会用務員〝パトリック爺さん〟は、(よわい)八〇歳となる。

 雑務が仕事とはいえ、正直、老齢には(きび)しい。

 とはいえ、腰も曲がらず寝たきりにもならずに、こうしてハキハキとした健康を維持できているのだから、その恩恵には感謝している。()して生きていく事自体が逆境となる〈闇暦(あんれき)〉なる世界で、こうして寝食の確保と(つな)がる仕事へとありつけた。幸運である。感謝こそすれ、不平不服など(こぼ)そうものなら(バチ)が当たろうというものだ。

 スタート地点だった裏庭をゴールとし、パトリックは「う~ん!」と腰を伸ばした。

 軽い疲労感の解放と同時に、宿舎を(あお)ぎ眺める。

「しかし、ワケの分からんイタズラをするもんだ。マザーの指示通り、建物中の窓枠やドア枠が何か(・・)の粉やら液体やらでザラザラじゃないか? 普段の清掃よりも手間が増えて仕方なかったわい。どの子のイタズラかは知らんが、きっちりと叱ってもらわんとな」

 背後の繁みに(ひそ)(なま)(あたた)かな息遣(いきづか)いは、欲望に濡れる瞳で見定めていた。

 忍び迫る黒。

 その存在に老人が気付くのは、赤の悲鳴を上げる瞬間であった。




 教会へと到着した!

 (はや)る気持ちのままに飛び降りると、冴子は一目散(いちもくさん)と礼拝堂へと駆け出す!

 (さえぎ)る樫戸!

 渾身を乗せた美脚が蹴り開ける!

 開かれた光景を前に、冴子は愕然(がくぜん)とした!

「こ……これは!」

 血!

 (おびただ)しい血!

 四方を染め尽くす血痕!

 充満する血臭が鼻腔の拒絶を強いる!

 無造作に散乱する衣服は剥ぎ裂かれ、その内に包まれていた未成熟な身体は何処にも見当たらなかった!

 (わず)かに血溜まりへ(まぎ)れた肉片が、総てを暗に物語る!

「そ……んな?」

 呆然自失とした足取りに、堂内へと吸い込まれて行く。

 (しん)(がた)い……(いな)(しん)じたくない現実に、冴子の心は慟哭(どうこく)を染めた。

 見渡す事後は寂寥(せきりょう)の蒼に晩餐(ばんさん)の赤を散らし、その陰惨な光景(ビジョン)を擬似的な体感に味わせる。

 子供達は──無邪気な笑顔は、一人(ひとり)として生き残っていなかった。

「どうやら無理してでも喰らい尽くしたみたいだな……普通なら、いくら何でもこんな飽食はしない」

 背後に追い付いたラリィガは、淡々とした口調(くちょう)に分析した。

 さりながら、その声音は彼女らしからぬ沈痛を帯びてはいたが……。

救えなかった(・・・・・・)……また(・・)…………」

「……冴子?」

 虚脱に崩れ落ちる膝。

 赤いビロードカーペットを悔しさに握り締め、冴子は大粒の涙に吐露(とろ)する。

今度こそ(・・・・)(まも)るって誓った! 心を! 魂を! その未来を! だからこそ〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉なんて汚れ役を続けてきた! (つら)くても! 苦しくても! 逃げ出したくても!」

「オ……オイ、冴子!」

 弱さ(・・)であった。

 これまで心底に封殺し続けてきた〝自分自身(・・・・)〟であった。

「結局、(まも)れてないじゃない! 旧暦から、何も成長していない! ただ〈殺しのテクニック〉を身に付けただけじゃないの!」

 狂ったように床を殴り荒れる!

 悔しさを……悲しみを……自分への怒りを、その拳へと憑依させて!

「フ……フフ……何が〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉だ……何が〈闇暦の都市伝説〉だ…………こんな物ォォォーーーーッ!」

 癇癪(かんしゃく)に支配されるまま、かぶり(・・・)を振った!

 役立たずの〈銀銃(ルナコート)〉を叩きつけんと!

 その瞬間、腕を(つか)み止める力強(ちからづよ)さ!

 ラリィガであった。

そいつ(・・・)を捨てたら、もうオマエ(・・・)じゃなくなる」

「ッ!」

「……まだ、あるだろ? やるべき事(・・・・・)は」

「……ぁ……」

 潮と引いていく(ちから)……。

 揺るぎない意志力を宿す瞳は(くさび)と化し、冴子の心を現実へと(つな)ぎ止めた。

 この救いの無い現世魔界へと……。

 



 教会内を(くま)()く探索した。

 何処もかしこも血の海だ。

 血の臭いが立ち込めている。

 一人(ひとり)……また一人(ひとり)遺骸(いがい)を見つける(ごと)に、冴子の脳内では〈人員ファイル〉へ赤バツが増えていった。

「生存者無し……か」

「だな。片っ端から喰い散らかしている。子供も大人も関係無く」

「そうね」

 一人(・・)いない。

 が、そこ(・・)は問題では無い。

 予想通りだ──腹立たしくはあるが。

 だが、おかげで容疑(・・)確信(・・)へと推移した。

 問題と見据えたのは、何処へ逃げたか(・・・・・・・)……だ。

(のうのうと逃がしゃしないわよ……脳天をブチ抜いてやる! 絶対!)

 胸中に荒れ狂う憤怒(ふんぬ)の炎を閉じ込め、冴子は冷静な考察を続けた。

 現状(いま)は〈ジュリザ〉だ。

「追うぞ、冴子。コイツ(・・・)は、人肉の飽食を覚えちまった。もう歯止めは利かない。次々に〝人間〟を襲い始める」

「分かってる。けれど、何処(・・)へ?」

「それは……」

「手掛かりも足掛かりも無い。かといって、闇雲に行政区(ボロウ)を駆け巡ったところで、遭遇できる保証は無い。そうなりゃ時間と労力(ろうりょく)の浪費。最悪、その擦れ違いのまま他行政区(ボロウ)にドロンされる可能性もある」

「だけど、このままじゃ!」

「だから、考える(・・・)

「冴子?」

 顎線(あごせん)をトントンと刻む指先。

「おそらく、この付近か……(ある)いは、まだ(・・)教会内へと潜んでいる」

「何で?」

「時間経過。然程(さほど)()っていないはず……下手をすれば、半日も」

「何で言える?」

「血……まだ乾ききっていない。それから、厨房(ちゅうぼう)。床がビシャビシャだった。アレは寸胴鍋(ずんどうなべ)()()……おそらく襲撃された際に引っくり返した。それが乾かずに残っている」

「どうして調理の煮え湯だって言える?」

「床には、(ひた)した具材が(まば)らに散乱していた」

「……ああ」

「加えて、腕」

「腕……って、裏庭で見つけた喰い残し(・・・・)か」

「そ。アレ(・・)は〝用務員のパトリック爺さん〟に間違いない。(しわ)()れていたもの。この教会に男性老人は、あの爺さんだけ。ついでに言えば、だから(・・・)喰い残した……肉付き悪くて、()(ごた)え無いもの」

「グルメ気取りかよ? で、それが?」

「死後硬直ってね、始まるのは(およ)そ二時間後なの。最初は後頸部(こうけいぶ)(あご)──続いて、肩や(ひじ)──股と(ひざ)──手指──足・(かかと)──って具合に広がっていくのよ」

「ふぅん? それで?」

「切断されている上に末梢(まっしょう)部位(ぶい)とはいえ、多少の(ちから)を込めれば指を折り曲げる事が出来た。つまりは死後硬直が始まって、()ほど時間は経過していない」

「……もしかして、やったのか?」

「やったわよ?」

 サラリと告げるトンでもない肯定に、ラリィガは苦虫顔へと染まる。

 同時に思うのだ──コイツ、抜け目が無い。

 もっとも冴子にしてみれば、拾える情報は遠慮無く収拾するだけだ。

 この闇暦(あんれき)では、別に〈鑑識課〉に義理立てる必要も無いのだから。

「もちろん死後硬直後に筋肉は再び弛緩するから、関節が軟らかくなる現象もある。けれど、先の条件と照らし合わせれば、|まだそこまでは経過していない《・・・・・・・・・・・・・・》」

「なるほどな」

アレ(・・)が、どの程度の駿足かにも()るけれど……少なくとも自動車より速いはずは無い。二時間弱での活動範囲は限られてくる」

「だから、クイーンズ行政区(ボロウ)内……か?」

「そ。けれど、それ以上に教会内(・・・)の可能性が高い──私は、そう見ている。理由は、ふたつ(・・・)。ひとつは〝満腹〟って事。これだけの飽食をすれば、(いや)(おう)でも満腹感は生じる──もっとも、これだけ(・・・・)でも異常な飢餓感だけどね。となれば、腹ごなし(・・・・)の時間ぐらいは欲するわよ」

「もうひとつは?」

「それは──」

 そこまで言い掛けて呑み込んだ。

 それは〝ジュリザ(・・・・)〟だからだ。

 この教会に……宗教に依存した献身な魂だからだ。

 だが、それでも──。

 夜神冴子は〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉としての使命を噛み締める。

「──ともかく、まずは教会内を徹底的に洗いたい」

「そうは言っても、これまでに全部回ったろ?」

「それは……そうなんだけど……」

 釈然(しゃくぜん)としない思いに黙考を刻んだ。

 |まだ引き上げてはいけない《・・・・・・・・・・・・》──直感が警鐘を掻き鳴らしている。

 と、その時であった。


 ──さーこおばたん。


「ッ!」

 一瞬にして湖面は乱れた!

「アントニオ?」

「え? 何だって?」

 どうやらラリィガには聞こえていない。


 ──さーこおばたん。


 ──冴子さん。


 いる。

 すぐ近くにいる。

 アントニオも……アニスも…………。

 ならば、迷う必要は無い!

 あの子達(・・・・)(みちび)くのならば!

「あ、オイ? 何処へ行こうってんだ?」

 フラリと歩き出した冴子に、ラリィガは困惑を向けた。

 返事は無い。

 (さなが)ら夢遊病者の(ごと)く不確かながらも、刻む意志力(いしりょく)は確固たるものであった。

 愛しい声に(いざな)われるまま、夜神冴子は決着の場へと歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ