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獣吼の咎者  作者: 凰太郎
~第二幕~
15/26

獣達の挽歌 Chapter.6

挿絵(By みてみん)

 散々、明るい環境に目が慣らされていた!

 だからこそ、いきなり陥った暗闇は改めて深く吸い込む!

 現状にして思い起こせば、途中から屋内照明が常灯化したのは、これ(・・)を見据えた下準備であったのであろうか?

 ともあれ辺りは視線を貪欲に吸収し、冴子は気配察知に依存した応戦を余儀無(よぎな)()いられた!

「ったく、あの蜂女(・・)といい〈ベート〉といい……アンタら〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉ってのは小賢(こざか)しいわね!」

 癇癪(かんしゃく)(まが)いの発砲!

 暗闇に弾けた火花が床を噛んだ!

 当てずっぽうではなく、鋭敏に気配を感じとればこそ……だ。

 つまりは、そこ(・・)いた(・・)

 が、優に()わされた。

 ともすれば、相手(・・)には見えている(・・・・・)

「ま、当然か」と、軽く自嘲。

 そうでもなければ、こんな罠など敷きはしない。

(……ったく、どんな〈獣人〉よ?)

 生憎(あいにく)と〈獣化〉は闇と染まってからだ。

 視認してはいない。

(夜目が利く……(フクロウ)? じゃないか……羽ばたいてはいない。それに屋内は不利過ぎる……そこまで馬鹿じゃないでしょうよ)

 (むし)ろ、俊敏()(ちから)(づよ)く地を()っていた。

 物音を忍ばせようとも、そのぐらいは気配で察知できる。

(……段々見えてきたかな?)

 視野の話ではない。

 相手の正体(・・)が……だ。




「ウオォォォーーーーーーッ!」

 野人の猛り!

 その巨拳は流動に空気を裂き、憑霊(ひょうれい)獣姫(じゅうき)の腹を打ち飛ばす!

「かはっ?」

 重い苦悶を吐き漏らしながらも、瞬間的な後方跳躍を離脱慣性に加味するラリィガ!

 自発的な防御であった。

 下手に踏み止まれば、砕骨重傷は(まぬが)れない──それを本能が察知したが(ゆえ)に。

 ともしても、衝撃は凄まじい!

 宙を泳ぐままに、背中から壁へとめり込ませられる!

「ぐはあ!」

 磔刑(たっけい)(ごと)く刻み縛るクレーター!

「ぅ……ぁ……」

 朦朧(もうろう)とする意識を直訴と受け入れたか、大顎(おおあご)に咬む壁が解放した。

 崩れ落ちる獣姫(じゅうき)

 その無様さを眺めながらも、野人に優越は無い。

 醒めた獣瞳(じゅうどう)に宿るは、憐れみと達観の混在であった。

「愚かな……実力差も嗅ぎ取れないとは。無謀──(ある)いは、若さが(おとし)める慢心か」

 緩和されていく殺気。

所詮(しょせん)〈科学〉の前に遺物(・・)は無力だ! オマエのような〝前時代の亡霊〟はな!」

 巨拳の痛みを余韻に噛み締める。

「……しかし、分からんな。何故オマエは、あの女(・・・)に加担する? 仮にも〈獣人〉に属するであろうオマエが? 何の得がある?」

 沈む肢体に返事は無い。

「いくら〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉などと粋がったところで、たかが〝人間〟──社会的弱者に過ぎない! たった(ひと)りで、何が出来る? この世界の社会構図を引っくり返せるとでも? 夢想(はなは)だしい! この〈闇暦(あんれき)〉では〝人間〟に未来など無い! 有るのは、永遠に約束されし隷属のみだ!」

 いつしか虚空を仰ぎ眺めながら、トレイシー(・・・・・)は紡ぎ続けた。

 自問のように……。

 遠き吐露のように……。

「なればこそ〈怪物〉と生まれ変われた()が身は、感謝にも値しよう。そして〈獣妃(ベート)〉により、こうした絶対的集団(コミューン)に預かれた事も……」

 浮かび微笑(ほほえ)む師の姿は、はたして記憶が見せるまほろばか……。

 回顧の呵責(かしゃく)……。

 初めて知った生殺与奪の快楽……。

 悪徳と暴力(ぼうりょく)の味……。

 追われし流浪の始まり…………。


 ──トレイシー、この〈魔法薬〉が完成すれば……。


 (うるさ)い! 黙れ!

 消え失せろ! 過去の亡霊が!


「もはや〈怪物〉は〝迫害されし弱者〟ではない! 旧暦から一転した〈強者〉だ! 絶対的な〈強者〉なのだ! もはや〝人間〟ではない! 我々(われわれ)〈怪物〉こそが、世の支配層なのだ!」

 見遣(みや)る。

 返事は無い。

 だから、巨獣は(きびす)を返した。

獣人(・・)の情けだ。トドメは見過ごしてやる。おとなしく寝ていろ」

 向かうべきは〈ブルックリン区長〉の(もと)

 早々に加勢してやりたい。

 と──「下らない……」──背後からの揶揄(やゆ)に足を止められる。

 振り向けば、死に体が起き上がっていた。

「弱者とか強者とか……下らないんだよ」

「キサマ?」

「その先に()がある? 無理解の果てに()がある? んなモン、イヤってほど体現してんだよ……アタシの血(・・・・・)は!」

 よろめきを殺して立ち上がる。

 フラつく体幹は、()れど死体共とは違って生気と意気を振り絞っていた。

「バッフィーは言っていた──この世総てのものは、繋がりあって存在する(・・・・・・・・・・)って……だからこそ、互いを尊重した共存こそが〈真理〉の在るべき姿だって! 獣も、人間(ひと)も、どちらも〝自然〟の一部だ! どちらが上か下かなんて関係無い!」

相容(あいい)れると? 泡沫(うたかた)だな! 我等〈怪物〉は、その〈真理〉とやらからも除外された存在だ! 旧暦の闇史実を見ろ! どれだけ拒絶と排斥の荒波に揉まれた! 人間共が受け入れたか?」

「生きとし生けるものに敬意を示せば、彼等は敬意を持って答えてくれる!」

 気概に吼え返すは〈アラパホ族〉の訓示!

「異端視に拒絶する! そういう存在(・・・・・・)なのだ! 人間とは!」

 思い出す!

 思い出してしまう!

 (こぼ)()きぬ失望を味覚(スパイス)とした()(なまぐさ)さを……。

 その享楽(きょうらく)に酔いしれるままに溺れた()が愚かしき浅ましさを……。


 ──この〈魔法薬〉が完成すれば、人々を……。


 (うるさ)い! 消えろ!

 消えろ消えろ消えろ消えろ!

 もはや〝良心〟など無意味!

 免罪符にもなりはしない!

 それが〈闇暦(・・)〉だ!


だから(・・・)冴子だ(・・・)!」

 毅然(きぜん)たる瞳が、拒絶の逃避を呑み返す!

「アイツは〝痛み〟を知っている……例え相手が〈怪物〉であろうと、内に秘めた〝人の痛み(・・・・)〟を()()れるヤツだ!」

「人の痛み……だと? 我等〈怪物〉に? 下らん!」

 ならば、心に生まれる波紋は何だと言う?


 ──この〈魔法薬〉が完成すれば、人々を救う事が……。


 下らん!

 下らん! 下らん! 下らん!

 なればこそ、不快と唾棄(だき)しよう!

 過去(・・)など些事(さじ)()()ろう!

 師よ! 過ち(・・)は、貴方(あなた)の方だ!

 (ちから)は行使する(ため)()る!


「だから、寄り添ってやれるんだ……あの〈戌守(いぬもり)さま〉ってのも……アタシも!」

 よろめきを殺して立つ憑霊(ひょうれい)の娘!

「満身創痍に立って、何をするという?」

「ブチのめす……アンタ(・・・)を!」

「まだ学ばないか! 俺には勝てんと!」

「倒すッ!」

 意志を定めた気合が呼気と猛った!

「ハァァァァァーーーーーーッ!」

 小娘の内へ流動と集束していく気!

 ラリィガは覚悟していた──奥の手(・・・)を出す!

「|我に繋がる総てのものよ《ミタクエ・オヤシン》!」

 虚空からの雷光が、彼女の肢体を(つらぬ)く!

 眩い閃光は鳥と化し、帰巣とばかりに巫女の肉体へと飛び込んだ!

「何……だと?」

 野獣の瞳が驚愕に見開く!

「フゥゥ……」

 浄め鎮めるかのような呼気を吐き、少女は白を拡散した。

 眩む霊気の鎮静に祝福されしは、初めて見る〈獣〉の姿であった!

 先刻までの獣人形態を素体(ベース)としながらも、四肢や急所には〈鳥〉の皮膚を想起(そうき)させる部位外装が(まと)われている。

 身に逆立てる体毛は、はたして〈獣毛〉か〈羽毛〉か……。

 その毛色は神々しいまでの金色(こんじき)を染め、パリパリと微弱な帯電を白く踊らせていた。

 何よりも大きな変化は、翼だ!

 その背に生まれた優美な巨翼だ!

「何だ……何だ(・・)! その姿(・・・)は!」

「……二重憑霊ニーシュ・マニトゥーワク

「な……何?」

「アンタらにも(わか)(やす)く訳すなら『二つの魂』って意味だ──アタシの中に〈シュンカマニトゥ〉と〈ワキンヤン〉の獣精(トーテム)を同時に宿した」

「グゥゥ!」

 静かなる威圧感を前に、野人は後退(あとずさ)った。

 無自覚に。

 本能のままに。

 肌で感じたのだ!

 一転して強大に芽吹(めぶ)いた(ちから)を!

 その絶大な戦闘力を!

 ともすれば、自分さえも凌駕する驚異であった!

 こんな形態は知らない(・・・・・・・・・・)

「悪いが、覚悟しておいてくれ……こうなった(・・・・・)アタシは、異能力(ちから)制御(セーブ)が出来ない」

「ほざくなァァァーーッ! 旧暦の亡霊がァァァーーッ!」

「オオオォォォォーーーーッ!」

 互いに地を蹴る!

 猛りに上げる意気は、凱歌への執念か!

 それとも、獣の咆哮か!





 黒い湖面と静まる闇──。

 暗殺獣の奇襲を見極めんと、夜神冴子(モンスタースレイヤー)(まぶた)()じて(たたず)んだ。

 即座に反応できるように両手持ちの愛銃を下げ構えながらも、全身の筋肉からは緊張を解放する。弛緩(しかん)的な瞑想が、さりながら不思議と警戒本能を鋭敏と研ぎ澄ませていく。

(息吹──(しの)(あし)──殺気──移動──観察────感じる)

 朧気(おぼろげ)ながらにも、大凡(おおよそ)の位置は察知できた。

(来る!)

 左後方からの跳躍!

 鋭爪が身に触れるタイミングに同調し、右脚を軸とした回転を回避行動とやり過ごす!

 それは同時に相手の背後を取る反撃体勢と転じ、好機を活かした発砲が甲高い白花を咲かせた!

(速い!)

 刹那に弾丸が(はず)れた事を察知する冴子!

 獣は着地と同時の横跳びで、再び闇へと(まぎ)れた!

 暗殺劇は一進(いっしん)一退(いったい)牽制(けんせい)を化かし合うだけで、戦況に進展は無い。

(間合いを取ったわね……)

 気配で察知する。

 距離を置いた。

 動いてはいる。

 獲物を囲い狙うかのように、周囲を(すべ)っている。

「驚いたわね」

 闇が(しゃべ)った。

「何がよ?」

 獲物が返す。

「この奇襲戦法で、仕留められなかった相手はいない。どうして的確に把握できるの? 夜目(よめ)が効く?」

「そうでもないわねぇ? 暗いトコで本を読むから★」

 持ち前の茶化しで憤慨(ふんがい)を誘ってみたが、スターシャは「フッ」と軽い苦笑に涼しく流すだけであった。

 乗っては来ない。

(会話をしたのは迂闊(うかつ)ね)

 冴子は含む。

 思いがけないラッキーだ。

(おかげで確信できた。声の出所は上方ではない。襲撃時の跳躍以外は地面にいる(・・・・・)!)

 考察材料は、それだけではない。

 幾度(いくど)かの奇襲を回避した際に、冴子の(さか)しい観察力は少しづつ情報を拾っていた。

(襲撃に擦れ違う体躯は人間大──小型獣ではない。気配(・・)だけとはいえ、着地の際にはどっしり(・・・・)と地を踏み締めていた──つまりは四足獣。鼻腔を不快にさせる独特の鈍い異臭は、肉食特有の口臭(こうしゅう)。そして、何よりも完全なまでに闇と瞬間的同化(・・・・・)をできる体色──)

 だとすれば、先の推測通りだろう。

(──黒豹!)

 それが〈ブルックリン区長〉の正体だ!

 だからこそ〝闇〟を()いる!

(はてさて、どうするか?)

 確かに現状は()わし続けている。

 それは〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉として(つちか)った経験技能の賜物(たまもの)だ。

 が、限界はある。

 此処は相手にだけ有利を生む底無し沼だ。

(いずれはジリ貧……かと言って、見逃してはくれないっしょ)

 考察を邪魔立てる強襲!

 今度は右後方から!

「んにゃろ!」

 先刻の再現(よろ)しく回避直後に発砲!

 ()わされる!

(今度は左へ逃げたか)

 冴子が気配を追った直後!

「嘘でしょッ?」

 すかさず右前方から飛び掛かって来る獣影!

 獲物に噛みつかんとする蜜を垂らした白き牙が、赤き口腔(こうこう)を広げて迫っていた!

 咄嗟(とっさ)に腕で(かば)おうと試みる冴子!

 条件反射であった!

 が、(さいわ)いにも〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉としての判断が愚策を止める!

戌守(いぬもり)さま!」

 叫ぶと同時に下から突き上げる妖気!

 槍のような刺突を壁とされ、黒豹は弾き飛ばされた!

 ダメージを負いつつも、しなやかな空中回転で着地に成功する!

 憤慨(ふんがい)を込めて四足(しそく)を踏み締め、(しば)し忌々しそうに冴子を()()けていた。

 と、そのまま右方向への横跳びで闇へ溶け込む。

「……早いっつーの」

 挙動観察ながらに皮肉を愚痴るも、正直、命拾いをした。

 九死に一生だ。

 頬を伝う冷や汗が、彼女らしからぬ動揺を証言している。

(確かに左へ逃げたはず! どうして?)

 これまで以上の警戒心を……(いな)、慄然を鳴子と張り巡らせ、夜神冴子は分析した。

(タイムラグも無しに逆方向から? まさか〈瞬間移動〉の魔力でも備えている?)

 馬鹿馬鹿しくもゾッとする可能性に囚われる。

 そんな〈獣人〉など聞いた事も出会った事も無い。

 そもそも〈獣人〉の特性は〝獣化変身〟という体質そのものだ。

 仮にいた(・・)としたら別物(・・)──例えば〝魔女や悪魔が魔術変身した姿〟等になる。厳密には〈獣人〉ではない。

 が、冴子の脳裏には不穏な情報が想起(そうき)されていた。


 ──種々様々な〈獣人〉を傘下へ加えて、此処数年で急成長した群勢ですよ。実態は多種多様……ああ、でも最低限の共通項はあります。それは〝人間〟になれるという事。つまりは〝変身体質〟ですね。だから〈ミノタウロス〉や〈ケンタウロス〉なんかは含まれない。


 ヘリコプターで襲撃してきた〝シオン〟なる〈獣人〉から得た情報である。

(最低限重視している共通項が〝変身体質〟ならば、そのプロセス(・・・・)自体は些末(さまつ)か……別に〝種族〟でなくてもいい)

 先程の〈ブロンクス区長〉を思い起こした。

 彼は〈魔薬〉によって変身した。厳密には〈獣人〉ではなく〈科学変異体〉だ。

 それでも、こうして〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉に据えられている……それも重役として。

 だが、腑には落ちない。

 闇暦勢力は、盟主の〝眷族(けんぞく)〟にて構成されているのが定石(セオリー)だ。

 当然である。

 自己種族による覇権こそが共通した目的意識なのだから。

 あまりにも雑多過ぎては、この組織の根底理念(アイデンティティー)が無い。

(ま、相手は狡猾な魔性〈ベート〉だしね……常識は通用しないか)

 つくづく腹立たしい相手を向こうに構えたものである。

「ねえ?」と、再び闇が問い掛ける。「さっきのは、何? 武器武装の(たぐい)には見えなかったけれど?」

「伝説の〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉は、実は〈超能力者(エスパー)〉だったので~す★」

「……フフッ、つくづく食えないわね?」

「そりゃそーでしょうよ? 喰われる気は無いもの?」

「フフフ、本当に面白い人」

「そりゃどーもぉ~★」

「……別な形で出会いたかったわね」

「何がよ?」

「……貴女(あなた)とは〝友達〟になりたかった。きっと毎日が楽しかったと思うの。不毛な怨嗟(えんさ)鬱積(うっせき)した、こんな世界でも……」

「やめてくれない? これから殺し会うのに……()りにくいから」

「……そうね」

 抑揚は暗く沈んだ。

 それを感受しながらも、冴子は対照的な朗々ぶりを(たも)つ。

「ねぇ? 私からも、いいかな?」

「……何?」

「〈魔女王〉は御元気かしら?」

「フランスの? 知らないわ。他国勢力の内情には、それほど興味無いし……必要になれば別だけど」

(ハイ、ありがとさん 。これで多少ハッキリしたわ)

 フランスに君臨する〈魔女〉の勢力は、絶大なる〈魔女王〉の支配力によって統治された一枚岩(いちまいいわ)である。

 そこの所属でなければ〈魔女〉の可能性は低い。

 つまり〈魔術〉の(たぐい)である可能性も低いという事だ。

(無論、何事にも例外はあるけどね。例えば勢力に属さない〝はぐれ魔女〟の可能性とか……。けれど、そんな半端者(・・・)を、あの〈ベート〉がスカウトするとは思えない。()してや〝区長〟なんて重要ポストに……)

 やはり〈獣人〉──物理的な特性しか備わっていないはずである。

(だとすれば、このトリックは……)

 (かす)かな糸口(いとぐち)が、考察の出口(でぐち)と明かりを()した。

(……はは~ん? そういう事かしら?)

 少し見えた気がした。

 冴子が、そう踏んだ直後、またもや再演される奇襲!

 四方八方から襲い来る獣影は、休む間も無く繰り出される!

 その様は、まさに矢の(ごと)し!

 持ち前の体捌(たいさば)きで()わし続け、(およ)ばぬ(さい)には〈戌守(いぬもり)さま〉の守護を併用!

 そして、冴子は体感を確信(・・)へと変えた。

(なるほど……やはり(・・・)ね)

 (ふく)む分析に口角(こうかく)が上がる。

(だったら、まずはこの状況(・・・・)から離脱!)

 ポケットから取り出した薬球を、足下へと叩きつけた!

 爆散に広がる白煙!

 濛々(もうもう)たる煙幕は、その場に居合わせる総ての者(・・・・)から視界を奪った!

「な……何? コレ(・・)は!」

 ()んだ獣撃が戸惑いの色を浮かべる!

 動揺を誘うのは、戦況の一転だけではない。

 (いな)(むし)それ(・・)些事(さじ)だ。

 仮にも自分は〈ブルックリン区長〉──その程度の事で狼狽(うろた)えるほどヤワ(・・)ではない。

 問題なのは異臭(・・)だ!

 鼻を鈍い甲高(かんだか)かさに()まむ異臭(・・)

 息苦しさと嘔吐(おうと)を誘発させる不快感(・・・)

 いったい()だというのだ! この成分(・・)は!

 あの女(・・・)は、いったい()を混ぜた?

「へぇ? (いち)(ばち)かの御試し(・・・)だったけど……一応、効果はあるんだ?」

 白い濃霧が明るい抑揚に冷徹な分析を示す。

 気配は探れない。

 それどころではない。

「ケホッ! ケホッ! 御試し? ケホッ!」

「ま、目眩(めくら)まし目的だったんだけどね? 効けば(もう)けかなぁ……って ♪ 」

「ケホッ! な……()なの! コレ(・・)は!」

「てれれれってれ~ん ♪  トリカブト~★」

「なっ?」

「いやぁ~〈人狼〉には鉄板の忌避素材だけど、まさか〈猫科〉にも有効とは思わなかったわぁ★ うん、こりゃ『怪物常識』に新たな一頁(いちページ)が追加されました★ 冴子ちゃん、エラ~イ! 大・発・見!」

「ケホッ! あ……貴女(あなた)は!」

「どうやら、大なり小なり〈獣人〉には効果があるみたいね。ま、そうは言っても〈人狼〉よりは効果薄だけどね……死んでくれないし」

 一転して冷酷な声音。

 この時、改めてスターシャは再認識した──コイツ(・・・)は〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉だ!

 無慈悲に〈怪物〉を殺せる死神だ!

「ケホッ! ケホッ!」

「ケホッ! ケホッケホッ!」

 狂騒する咳き込みが隠行(おんぎょう)御破算(ごわさん)にする。

 上出来(じょうでき)だ。

 それ(・・)を確信したからこそ、夜神冴子は迷い無く発砲した!

 白の毒霧に銀弾(ぎんだん)が飛び込む!

「ギャウ!」

 短い悲鳴!

 経験から致命傷の足掻(あが)きと悟る!

 だからこそ、撃つ!

 撃つ!

 撃ち重ねる!

「ギャ! ギヒィ! ギァア!」

 悲鳴が踊る!

 絶命のワルツを!

 やがて途絶えた憐れを(さら)すべく、白い幕が開く……。

 横たわるは赤に(まみ)れた黒……。

「ぃ……ぃゃ……いや! 姉さぁぁぁん(・・・・・・)!」

 (われ)を見失い、スターシャが亡骸へと駆け寄る!

 その様を眺める〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉の眼差(まなざ)しは、はたして冷徹な達観か……(ある)いは、噛み締める憐憫(れんびん)か。


 黒豹(ケモノ)は、二匹(・・)いた。




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