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獣吼の咎者  作者: 凰太郎
~第二幕~
12/26

獣達の挽歌 Chapter.3

挿絵(By みてみん)

 中庭のベンチは、いつしか夜神冴子の考察スポットと化していた。

 眼前の噴水がサワサワとした涼感に黒水を噴き流す。耳心地だけは心地好い。

「ったく、どういうつもりよ? あの〈牙爪獣群(ケダモノども)〉は?」 

 灰色に曇る日射しの下で置き手紙へと目を通し、冴子は憤慨(ふんがい)に頭を掻いた。

 自分宛だ。

 もぬけの殻となったジュリザの部屋へと置かれていた物になる。 


『〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)・夜神冴子〉に告ぐ──。

 貴様の依頼主〝シスター・ジュリザ〟は預かった。

 帰して欲しくば、明後日までにマンハッタン拠点〈エンパイアステートビル〉まで来るが善い。

 そこで決着を着けようぞ。

 生き残るのが〈闇暦(あんれき)の都市伝説〉か〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉か……。

 シスター・ジュリザの身柄については、心配無用だ。

 あくまでも貴様を誘き寄せる餌……。

 応じれば帰してやろう。

 だが、もしも応じぬ時は……』


 不可解な手紙であった。

 諸々の点で……。

 喧嘩を売られるのは分かる──自分自身が売った(・・・)のだから。

「……どうして、此処(・・)が判った?」

 自身が〈クイーンズ行政区(ボロウ)〉へと潜んでいるという情報は、指先(ゆびさき)(ほど)も示唆していない。

 鎌掛けに際しても、それ(・・)を考慮して伏せてある。

 なのに、何故?

「初襲撃が〈クイーンズ区長〉だったから? けれど、どうして〈ホーリーアベニュー〉だと特定出来た?」

「密通者でもいるんじゃないか?」

 肩越し覗きにインディアン娘からの見解。

「密通者……ねぇ?」顎線(あごせん)へと思索のリズムを刻んだ。「だとしても、此処まで来て、何故〝()〟を襲わなかった?」

「無防備な時は護っているんだろ? その〈戌守(いぬもり)さま〉っていうのが?」

「まぁ……ね。だけど──」納得には足らない。「──それに何故、ジュリザを(さら)った?」

「依頼主だからだろ? 書いてある」

その事(・・・)は誤魔化しに隠匿してある──此処の最高責任者であるマザー・フローレンスにさえね」

「冴子の素性も?」

「ええ」

「実はバレていた……とか?」

「可能性は無くは無いけど……」マザーとの初対面時を思い起こす。露骨な化かし合いに交わした牽制……確かに易くはあった。「とはいえ、細心の注意は払っていたんだけどなぁ?」

「もひとつ。暗躍ってのも気になる」

「そうね。所在が判ったなら、群勢で襲撃すればいいだけ。物量押しの方が圧倒的に優勢だもの」

「まぁ、こっち(・・・)にしてみれば幸いだったけどな?」

「ええ……子供達が巻き込まれていたかと思えば、ゾッとするわ」

 と、ここまできて、ようやく冴子は違和感に気付いた。

「ラ……ララララリィガッ?」

「よ★」

「よ★……じゃなくて! 何で此処にッ?」

「結構前から居たぞ? まあ、誰にも見つからないように過ごしていたけど……樹の天辺(てっぺん)とか屋根の上とか」

「いつから!」

「三日前ぐらいかな?」

「どうやって!」

「つけてきた。ほら、あの〈蜂女〉の直後から」

「巻いた!」

「フリをした。居場所を()いたところで、どうせ冴子は拒否するからな。そのまま泳がせて付いて来た」

 軽く頭がクラクラした。

 ある意味では〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉よりも厄介な相手である。

「だいたいアレだぞ? オマエの〈戌守(いぬもり)さま〉っていうのと、アタシの〈シュンカマニトゥ〉は、とっくに仲良しだぞ?」

「ええッ?」

 寝耳に水とばかりに、冴子はベンチ横の気配へと驚愕を向けた。

 相変わらず弛緩(しかん)した波動……たぶん昼寝している。

(ウ・ラ・ギ・リ・モ・ノ!)

 ギンッと()()ける呪詛を涼しく流し、冴子の〈神様〉は大欠伸(おおあくび)をひとつ。

「で? 行くんだろ? その〈ナンタラビル〉へ?」

「……帰れ」

「ま、アタシも行くから何とかなるだろ……二人なら」

帰れ(・・)!」

「アタシの行動は、アタシ(・・・)が決める」

 明るい居直りにインディアン娘は歯を見せた。

「ハァ~~~~…………」

 不本意な観念に吐く長嘆息(ちょうたんそく)

 共闘の中で学習したが、こうなったらラリィガは折れない。我道邁進の頑固さがある。

「ったく、どいつもこいつも!」

 真逆の性格に(いだ)く親近嫌悪であった。




 食事前の礼拝は、この教会に住まう者達の日課であった。

 子供達も一堂に集まり、獣神像への祈りを捧げる。

「大いなる〈モロゥズ神〉よ、今日も平穏な日々を授けて下さり感謝しております。何卒、従順な我々(われわれ)〝子羊〟に、尊大なる御守護を……」

 厳粛な祈りを捧げるマザー・フローレンスに(なら)って、辿々しくも子供達が続けた。

「もろーずさま……」

「ありがとーございます」

「そんだいください……」

 宿舎に繋がる渡り廊下入口(いりぐち)へと背凭(せもた)れ立ち、冴子は軽い興醒めに眺める。

(モロゥズ……ねえ?)

 ()を崇めようが各人の自由だ。口出(くちだ)す気も無い。

 が、うすら寒い愚かしさに映るのも事実であった。

 時代が時代なら世論に斬られるカルト宗教でしかない。

 異常な世界(・・・・・)(さいわ)いだ。

(そもそも()が作り出したのかしら? あんな悪趣味な偶像? やはりマザー? それとも彼女も信徒に過ぎず、別に教祖がいるのかしら?)

 獣──モロゥズ神──牙爪獣群(ユニヴァルグ)────脳裏を(よぎ)る。

 はたして偶然にしては出来過ぎてはいないだろうか?

 共通項が多過ぎる。

 仮に〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉の領地にしても……だ。

 五里霧中(ごりむちゅう)な思考を巡らせている内に、御遊戯(おゆうぎ)が終わった。

 マザーの手前か、子供達も退室におとなしい。

 粛々と冴子の前を境界線と越す──「チビスケ達~? 今日はカレーだってよ~★」──擦れ違い様に投げた魔法の言葉に、ワッと沸いて駆け抜けるミニ怪獣達。

 本来あるべき子供らしさを見送り、優しい苦笑を含んだ。

 (ひと)(しき)(まめ)戦車(タンク)の流動が去った後、冴子は背後に待つマザーへと振り返る。

「御話があるのでしょう? ミス・ヨガミ?」

「……ええ」

 その表情は、一転して〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉としてのものであった。




 獣神像の御前になる長椅子へと腰を下ろし、冴子とマザーは意見を(まじ)わせる。

 数席分の離れた距離は、そのまま互いの警戒心だ。

 礼節を(もっ)て行儀の良いマザーに反して、冴子の態度は横柄であった。

 艶かしい美脚を組みながらに、背凭(せもた)れへと()(かえ)る。

 別段〝カルト偶像〟など恐くは無いし、崇敬を捧げる義理も無い。

「それで? 御話というのは?」

「随分と平静ね? ジュリザが(さら)われたっていうのに?」

「これでも心配しているのですよ」

「そうかしら?」

「ええ。ですが、(わたくし)狼狽(うろた)えるわけには参りません。そんな姿を見せては、子供達に動揺を与えます」

薄情(ステキ)な宗教だこと」

「それに、ジュリザには〈モロゥズ神〉が付いていらっしゃいます。いざとなったら〝救い〟が差し伸べられるかもしれません。そう、例えば〈伝説の怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉とか……」

「……へえ? そりゃ頼もしいわ」

 またも露骨な化かし合いが始まる。

 本来なら、もっと早く設けたかった席だ。

 依頼主のジュリザに遠慮して意図的に距離を置いていたが、彼女が(さら)われた現状では束縛する(かせ)が無い。皮肉なものである。

「勿体ぶっても非効率なだけだから単刀直入に()くわ……〈獣〉について」

「あら……ふふふっ」

「何か可笑(おか)しい?」

「いえ、まるで〝刑事〟のようだ……と。確か貴女(あなた)は〝行き倒れ〟と(うかが)っていましたから」

「またまた~? 知ってたクセにぃ~★」

 ヘラヘラとした牽制に、値踏みの牽制が追求した。

「何故、素性を明かしませんでしたの?」

「知らない? そういうもの(・・・・・・)よ? 〈正義の味方〉って」

 軽い挑発を(もっ)て、さらりと流す。

 非礼さを不快に感じながらも、マザー・フローレンスもまた冷静さを保って流すのであった。

 これ(・・)が、夜神冴子の心理戦に於ける武器(・・)だと看破すればこそ……。

 挑発にせよ動揺を誘うにせよ、相手の平常心を掻き乱して主導権(イニチアシブ)(にぎ)る──そうした小賢(こざか)しさがあればこそ、この闇暦(あんれき)でやってこれたというワケだ。

 乗るだけ馬鹿を見る。

「それで? 質問は〈獣〉……でしたわね?」

「そ★ 最高責任者のあなたが知らないワケないわよね? ううん、むしろ一番情報を持っているはずよ」

「確かに……施設内で起きた異常は、逐一(ちくいち)(わたくし)へと報告が上がります。ですが、あの〈獣〉については、貴女(あなた)の御満足に至るほどの情報(もの)があるとは思えませんが?」

「構わないわ。取捨選択は、こっちでするから」

 沈黙ややあって、マザー・フローレンスは静かに語り出した。

貴女(あなた)がいらっしゃってからは鳴りを潜めていますが、それ以前に()いて月一回(つきいっかい)は出没していました」

「一年前からよね? で、被害者は八人……」

 (くち)に出すのも腹立たしいが、冴子は憶気(おくび)にも出さずに(こら)える。


 ──冴子さんは〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉だから……きっと敵討ち(・・・)をしてくれると思って…………。


 その想いが頭の中を逡巡(しゅうじゅん)した。

 片時も離れた事は無い。

「約十二ヶ月に対して八人……つまりは襲わなかった(・・・・・・)時もあるって事よね? 単純に見て、四ヶ月……」

「最初の三ヶ月(ほど)は、そうでしたね。目撃されさえすれ、そのまま逃走しました。四ヶ月目に初めて実害を起こし、その次の月は、やはり逃走。以降は毎月です」

「最初の頃に集中しているわね?」

「ええ」

「手口は?」

「皆、同じですよ。頭を(かじ)られ、喉笛を喰い千切られ、四肢を(かじ)り散らかし、臓物を喰い漁られる……」

「まだ〈吸血鬼(ヴァンパイア)〉の方が上品だわ」

 ムカつく想いを呑み込む。

 早々に、ありったけの銀弾をブチ込んでやりたかった。

「襲撃場所は?」

「最初の子供は、中庭の植え込みで発見されました。行方知れずとなった事態に施設内は騒然となり、すぐさま大人勢総出の大捜索が展開したのです。翌日、植え込みの奥へと隠されるように……」

「発見を危惧する知性を持っている……か」

「その次の子供は、裏の物置小屋──その次は屋根裏──礼拝堂──そして中には、自室で殺された子もおります」

「……段々と大胆になっているわね」

 それはつまり()る事に慣れてきた事を──学習(・・)した事を意味していた。

「その〈()〉、此処以外での目撃情報は? 特に此処に出没する以前に……」

「さあ? 何せ、この地は〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉の領地ですから、()が大手を振るなんて日常茶飯事……特定の〈()〉に絞る事は不可能ですよ」

「ま、そりゃそうか」 

 顎線(あごせん)をトントンと刻む黙考。

 何か(・・)が引っ掛かる。

(|どうして屋内へと入れる《・・・・・・・・・・・》?)

 薄々とは感じていた確信めいたものが、確固たる持論へと推移していった。

(やはり内部者(・・・)か……)

 だが、そうとはしても、それ(・・)()なのか?

 用務員の爺さん?

 人好きのする料理長?

 好青年な料理人達?

 (ある)いは、ジュリザ以外の修道女(シスター)か?

 (いな)、冴子の直感は、初見から警戒を鳴らしていたではないか。

 あくまでも直感(・・)であり確信(・・)ではないが……。

(仮にそうだと(・・・・)しても、何故、こんな大掛かりな構図を敷く必要がある?)

 踏み切れない理由が、それ(・・)だ。

 孤児施設を確立する必要は無い。

 ()しんば、効率良く収集する(ため)の餌場だとしても、一過的な使い捨てで充分だ。息長く据える必要は無い。

 何よりも〈宗教〉を建前とする真意が見えない。

 だから、踏み切れないでいる。

 さりながら、これは〝直感〟でしかない。

 そう、あくまでも〝直感〟だ。

 的外れな勇み足の可能性はある。

(確証が無い限りは〝人間〟の可能性も考慮しなければならない……とはいえ、かなり食えない相手(・・・・・・)ではあるけどね)

 私情依存の先入観だけに囚われていては、真相への探究力を鈍らせてしまう。

 だから、とりあえず客観的分析へと意識を戻した。

 この相反する演繹(えんえき)を切り離した事は無い。

 均等に両立させる事こそが〝真実〟への多彩なアプローチを生む。

 結果として近道だ。

 切り換えた思索が導き出すのは、もうひとつの不可解な特徴。

「呑まれた……かな?」

 小声で零した。

「何か?」

「……別に」

 乾いた苦笑で、はぐらかす。

(最初の数ヶ月は〝人間性〟が……つまり〝良心の呵責(・・・・・)〟があった? だからこそ、最初期の三ヶ月は逃走した……実害を生まぬ(ため)に)

 これもまた根拠無き直感に過ぎない……だが、少なくとも夜神冴子には、そう思えたのである。

(が、獣性に呑まれた(・・・・・・・)(かろ)うじての防波堤が、荒れ狂う赤黒い怒濤(どとう)に決壊した。それが四ヶ月目。翌月──五ヶ月目の逃走は、おそらく最後の(わる)足掻(あが)き……残された〝理性〟と〝獣性〟のせめぎあい)

 だとすれば──良心(りょうしん)呵責(かしゃく)(いだ)くタイプだとすれば──納得に足る要素が見えた。

だから(・・・)月に一人(・・・・)……か?)

 捕食欲求を満たすだけならば、有無を言わさぬ飽食で済む。

 根刮(ねこそ)ぎ喰らえば後腐れも無い。

 にも(かか)わらず、被害者は月に一人(ひとり)

(仮に、そうだとしたら(・・・・・・・)……厄介ね)

 そう、厄介(・・)だ。

 人間としての憐憫(れんびん)ではない。

 そんな同情など(いだ)く義理はない。

 如何(いか)なる理由や背景があろうとも、ヤツ(・・)は子供を喰らった。

 脳天を撃ち抜くに充分な罪状だ。

 冴子の懸念(けねん)は、もっと現実的(・・・)である。

(つまり……知能が高い(・・・・・)

 一概(いちがい)に〈獣人〉と呼べど、大別に二種(にしゅ)がいる。

 (すなわ)ち〝知性を維持するタイプ〟と〝野性に溺れるタイプ〟だ。

 前者は上位種、後者は下等種と言い換えてもいい。

 少なくとも〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉の主要勢は前者だ──あの〈クイーンズ区長〉や〈スタテンアイランド区長〉のように。

 そればかりかヘリコプターで強襲してきた〝シオン〟ですら、そうだ。

 知性無き畜生では組織構成として機能しない。

 (ゆえ)か多くは野良であり、(ある)いは組織に組み込まれても消耗品扱いの末端雑兵が関の山だ。

 が、冴子の焦点は、そこ(・・)でもない。

 シンプルに戦闘(・・)に関してだ。

 下等種の場合は、肉体こそ〈怪物〉とはいえ、中身は〈狼〉でしかない。目撃次第、撃ち殺せば済む。

 どうせ本能任せに襲い来るだけの(ケダモノ)だ。

 ところが上位種となれば、そうはいかない。

 知略がある。

 姦計(かんけい)がある。

 腹を探りあう化かし合いがある。

 無論、()られるつもりは無い。

 ()る戦意はある。

 だが、結局はそれ(・・)も相手の知性次第。

 推測の物差しは不可能。

 総ては交えてから(・・・・・)だ。

(早い話〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)幹部〉と同ランクの敵が増えた……それも未知数なのが)



 (おおむ)()()せる情報は得た。

「さて……と」

 大きな伸びに窮屈さを解放し、冴子は席を立つ。

「ああ、またしばらく留守にするから」

「どちらへ?」

「市内観光~★」

 ヘラヘラと(うそぶ)く背中。

 と、立ち去る間際に足を止めた。

「あ、もひとついい?」

「どうぞ」

「あの〈モロゥズ神〉って、何よ?」

「……〈神〉ですよ」

「…………」

「この闇暦(あんれき)に降臨される(まご)う事無き〈神〉──世の〈怪物〉達に鉄槌(てっつい)を下される希望です」

 紡ぐマザーの仮面に薄ら寒いものを感じつつも、冴子は押し隠した。

 投げ捨てる視線に定めた〈獣神〉は、何も語り掛けては来ない。




 自室から主要な装備を整えると〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉は、死地への旅立ちへと足を運ぶ。

 これから先は総力戦だ。

 持ち前の牙は総て使う。

 装填用弾層(マガジン)の全ストックは勿論(もちろん)の事、自己調合による手榴弾に特殊弾丸──出し惜しみしている余裕など無い。

 正門手前の煉瓦舗道で、後追いの気配が背後へ飛び降りて来た。

 振り向かずとも誰かは判る。

「終わった?」

「言われた通りに……な」

 冴子の()い掛けに答えるラリィガ。

「で、アレ(・・)は何なんだ?」

 ラリィガが冴子から指示されたのは、各人──(こと)に子供──の部屋に、香料を撒く事であった。

 入口(いりぐち)や窓枠を主体として、気づかれぬように仕込みたいとの事である。

 マザーとの対話中、これをラリィガへ委託しておいた。

 事情聴取の(かたわ)ら、自身が()でもあったというワケだ。

「あなたは何ともない?」

 相棒へと振り向きもせずに、冴子は黙々と()を刻む。

「うん」

「そ」

 素っ気なく納得しつつ、やはり、この〈インディアン娘〉が特殊なプロセスに在る事を実感していた。

 おそらく〈精霊崇拝(アニミズム)〉に根を敷く〈憑霊(ひょうれい)獣化(じゅうか)〉のせいだろう。

 いわゆる〈獣人〉とは少々異なる。

 何にせよ、これで自分の留守中は子供達の身は守られるであろう。

 とはいえ、気休め程度でしかない。

 早々に茶番にケリをつけて戻って来る──そう決意を固める。

「で、()だ?」

「トリカブト」

「ん?」

「〈吸血鬼〉に〝ニンニク〟──〈悪魔〉には〝蹄鉄(ていてつ)〟──〈人狼〉には〝トリカブト〟ってね」

「よく解らないなぁ?」

「解らなくて、いいわよ? 別に」

 強力な毒花として有名な〝トリカブト〟だが、伝承に於いては〈人狼〉に対して有効な忌避素材でもあった。

 この花の英名は〝wolfsbane〟──単語を直訳すれば『wolf(狼)』『bane(破滅の基)』だ。


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