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獣吼の咎者  作者: 凰太郎
~第二幕~
11/26

獣達の挽歌 Chapter.2

挿絵(By みてみん)

 マンハッタン拠点〈エンパイアステートビル〉──標高三百八十一メートル、全一〇二階建ての超高層ビルディング。

 その九〇階窓越しにて、眼下の夜景を(なが)める女性の姿が在った。

 外界の暗さが下地代わりに機能し、(まど)硝子(ガラス)へ微弱な鏡面反射を帯びさせる。

 (おの)亡霊(ゴースト)と写り込む美貌は、くっきりとした鼻筋に、(うれ)(はら)眼差(まなざ)しを添えていた。

 黒に呑まれた地表で映える繁栄の光彩。

 それは、おそらく旧暦以上の美しさであろう。

 ()れど、その息吹を(なが)めていると、女性幹部〝スターシャ〟は虚無感の陰を帯びるのであった。

「……箱庭(ミニチュア)

 ひたすらに(むな)しい。

 道化舞台にすら思える。

 この華々しさは〝人間〟の(ため)ではない。

 総ては〈獣人〉の(ため)──支配層の(おご)りによる自己顕示欲だ。

 その(ため)だけに貴重な電力は、生産と浪費を繰り返している。

 たいした意味など無い。

 ただ(ぜい)(むさぼ)る事で実感したいのだ──「自分達こそが〝絶対的な権力(けんりょく)(そう)〟なのだ」と。

 その虚栄に気付けばこそ(むな)しい。

 他の〈獣人〉ならば、目を(そむ)けるであろう現実だ。

「どうした〈ブルックリン区長〉?」

 背後からの呼び掛けが、(うつろ)噛む意識を現実へと連れ戻した。

 誰かは振り返らずとも判る。

 黒く透き通る鏡面が、彫りの深い男臭さを浮かび上がらせていた。

 人間体としての年齢は四〇代といったところか。

 実齢は知らない。

「別に……どうもしないわ〈ブロンクス区長〉」

 (なか)ば、皮肉のように肩書返しを向ける。

「その割には浮かぬ顔だな」

「今日に始まった事じゃないわ」

 さりげなく肩へと回された手を、スターシャは軽く流し外した。

 いい気分ではない。

 正直、汚らわしく感じさえもする。

 軽い男性嫌悪だ。

「……〈ベート〉は?」

 夜景に瞳を投げたまま(たず)ねる。

 重なり写った渋い顔は、浅い苦笑に転じて肩を竦めた。

「もうじき指定時刻だ。現れるだろうさ。召集した本人なんだからな。もっとも、また(・・)遠隔通信だろうがな」

「……そう」

 感慨を含まぬ納得に(きびす)を返すスターシャ。

 そのまま淡々とリングテーブルの席へと着く。

「脈無し……か?」

 後ろ姿へと(ひと)(ごと)を被せたブロンクス区長〝トレイシー〟は、自嘲浸りに続くのであった。




 会議が始まると、部屋の明かりはブルーライトへと切り換えられた。

 薄暗さは()ほど変わらぬが、否応なく神秘的な沈着感が演出される。

 酔狂でやっているわけではない。

 冷静さを(うなが)(ため)だ。

 そもそも〈獣人〉という種は、血の気が多い。

 潜在する野性のせいであろう。

 だから、興奮を触発する情報でも挙がろうものなら、頭に血が昇って使い物にならなくなる可能性は(いな)めない。

 末端なら、それもいいだろう。

 さりながら〈幹部〉が、それでは(いささ)か困る。

 (ゆえ)に、微力(びりょく)ながらも沈静化効果を期待したのである。

 盟主たる〈ベート〉からの発案であった。

 輪環形状のテーブルは、幹部同士が互いの顔を見渡せるように配慮された代物(しろもの)だ。対等な立場を暗に強調する打算もある。

 とはいえ現在、座するのは二名のみ。

 ブルックリン区長〝スターシャ〟と、ブロンクス区長〝トレイシー〟だ。

 クイーンズ区長〝アナンダ〟とスタテンアイランド区長〝ジャスプ〟の姿は無い。

「時間にルーズね」

 内心、若干の軽視を込めてスターシャは(こぼ)した。

 (もと)より〈スタテンアイランド区長〉は好かぬ相手であった……オドオドとした〈クイーンズ区長〉はともかくとして。

 上座には〈盟主〉が座るのが当然であったが、肝心の〈ベート〉の姿も無い。

 代わりに卓上へ置かれているのは、金色に照る〝魔獣の彫像〟だ。大きな物ではない。せいぜい全長六〇センチ程度の代物(シロモノ)だ。しかしながら精巧に刻まれた躍動感は、(あたか)も〈ベート〉が憑依しているかのような威風を(かも)している。

 それにしても奇妙な像だ。

 スターシャにしてもトレイシーにしても、こんな奇獣(キメラ)は見た事も無い。

 狼の頭部に逆立つは、獅子の(たてがみ)。虎の胴体には蝙蝠の翼を雄々しく広げ、蛇がそのまま尾と踊る。前脚を斜に構え、獲物を(にら)()えるかの(ごと)く下方から視線を投げている。その足に踏み敷く〈悪魔〉は、はたして『闇暦(あんれき)制覇(せいは)』の暗喩(あんゆ)であろうか……。

 その瞳が赤く(とも)ると、魔獣像から声が発せられた。どうやら見た目の美術品的印象に反して、内部には通信機械が盛り込まれているらしい。

『皆、(そろ)ったようだな』

「まだ〈クイーンズ区長〉と〈スタテンアイランド区長〉が来ていないわ」

『あの二人が現れる事は、もう無い』

「どういう事?」

『〈スタテンアイランド区長〉は(ほふ)られた』

「何ですって?」

『二日前の事だ。そして、先頃には〈クイーンズ区長〉が消息不明……これは由々しき事態である」

「何故?」

『いずれも〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉による襲撃だ』

「〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉? それって、あの(・・)?」

「確か〝ヨガミサエコ〟とかいう人間か? ただの都市伝説だろう? たかが〝人間〟が、俺達〈獣人〉を──いや〈怪物〉を倒せるわけがない」

「どうかしらね」と醒めて紅茶を(すす)り、スターシャの持論を呈した。「実際、旧暦では私達(・・)の方が〝伝説〟だった。けれど、こうして〈怪物〉は実在する。そうした固定概念による(おご)りが、人類衰退の一端を(にな)ったという事実は軽視できないわ。その教訓を踏まえなければ、私達〈怪物〉だって人間達と同じ……()(まい)とばかりに、予期せず足下を(すく)われる可能性がある」

「う……それは……そうだが……」

 意気消沈ながらに自席へと鎮まるブロンクス区長。

 どうやら無自覚にも先入観へと染められていた──その短絡ぶりを達観した正論で指摘されてしまった。

 気まずさを自覚したトレイシーは、転嫁とばかりに組織の穴を責める。

「しかし、仮にも〈区長〉ともあろう者が……揃いも揃って、不甲斐ない話だ」

『そうではない〈ブロンクス区長〉よ。あの二人(ふたり)は、決して〝弱き獣人〟ではなかった。おそらく〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉の姑息(こそく)な戦術に(おとしい)れられ、(おも)いの(ほか)、本分を発揮出来なかったのであろう』

「姑息な戦術?」

 スターシャが怪訝(けげん)を染める。

『つまりは、奇襲だ。暗殺を主体とした奇襲によって群勢との交戦を避け、一対一(いちたいいち)の図式を強制させられたようだな。そのせいで(きょ)を突かれ、苦戦を()いられたのであろう。加えて、彼女に味方する者も現れた』

「味方? 何者なの?」

『ネイティブ・アメリカンの娘──〈霊獣(トーテム)の巫女〉だ』

「ああ、例の〈ダコタ〉の小娘か」

都会(ニューヨーク)へ?」

『そのようだな。それが〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉の策かどうかは不明だが』

「だとしたら〈ダコタ〉を陥落させる好機(チャンス)だろう?」

「無理ね。あの憑霊獣人が不在となれば、迎え撃って出て来るのは、伝説の〈ホワイトバッファロー・ウーマン〉──こちらも本意気で侵攻しなければ(くだ)せない難敵。最低でも(いち)区画(ボロウ)相当の兵力を注ぎ込む必要がある」

『その通りだ。()してや、現状は近隣国との均衡に加えて〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉が潜伏している。下手に国内を手薄にすれば〝獅子身中の虫〟によって、内部より食い荒らされてしまう可能性が高い』

「外も内も〈敵〉だらけ……か。一転して窮地じゃないか。あれほど盤石な優位に在った〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉が?」

「残るは、私達だけ……。今回の緊急会議召集は、そういう事(・・・・・)?」

『うむ、このままでは後手後手……好ましい流れではない。よって今度は、こちらから仕掛ける(・・・・)

「仕掛ける?」

『オマエ達には連携をしてもらい、誘き寄せた〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉を(ほうむ)ってもらう……確実に(・・・)な』

「罠……って事?」

「貧乏クジだな」

「だけど、条件的には悪くないわ」

「スターシャ?」

前以(まえもっ)て計画性を立てられるのなら、こちらに有利な体制は(いく)らでも敷ける。戦力にしても、戦場にしても……」

『戦うべき場所は、こちらに考えがある』

「私達の優位に働く場所って事? 何処?」

『それは此処──この〈エンパイアステートビル〉』

「っ!」「っ?」

 さすがに意表を突かれ、両区長は息を呑んだ。

 よもや拠点(・・)を罠とするとは……。

 それだけ〈ベート〉にしても腹に据え兼ねている……という事であろうか。

『言うなれば、これ(・・)我々(われわれ)牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉と〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉の決戦(・・)。ならば、これほど適した場所も無いであろう』

「ハッ! ソイツァ、ドラマティックだ」

 投げ遣りめいた皮肉に、トレイシーは両手を仰ぎ開いた。

「デメリットが多くなくて?」

(ほうむ)れなければ、どのみちニューヨーク内部から瓦解する』

「そのぐらいの腹積もりで挑めって事か……アンタ、エグいな?」

 奇獣(きじゅう)へと向けられた上目(うわめ)(づか)いの値踏みに、策謀の〈市長〉は含み笑いを返す。

『フフフ……(われ)にとっては、()言葉(ことば)だよ〈ブロンクス区長〉』

 そう、だからこそ歴史の闇を生き残れて来れた(・・・・・・・・)のだ……この〈ベート〉なる〈獣〉は!

「残る問題は、どうやって誘き出すか……ね」

『その点についても、此方(こちら)で手筈を整えよう。オマエ達は〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉の抹殺にのみ傾倒しておれば善い』




 会議室を後にしたスターシャは、黙々とビル内通路を歩く。

 コツリコツリと硬く刻まれるヒールの足音。

 ランタンを模した電灯が機能美的な明るさに彩っている。

 旧暦ならば一流(いちりゅう)ホテルを想起(そうき)させる無機質な高級感が、単調な迷宮とばかりに奥へ誘った。

(それにしても……何故〈ベート〉は此処(・・)を決戦場に?)

 (しこ)る違和感を巡らせる。

 会議の席では、一応、有利性を強調された。

 かといって〈ベート〉の主張は説得力に欠く。

 それは此処でなくても良い。

(拠点へと立ち入られるデメリットの方が圧倒的に大きい。そこまでして、私達の退路を断つ(ため)? 覚悟を腹に据えさせる(ため)?)

 確かに(ほうむ)れれば〝知られなかった〟も同然だ。

 仮に(ほうむ)れなければ〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉が壊滅するやも知れぬ──組織自体が消滅するならば、やはり〝知られても同じ事〟ではある。

 しかし、それでも……。

(何を見据えているの? 〈ベート〉?)

 聡明さによる共感か──(ある)いは女の勘か──裏に何か(・・)が潜んでいる気がしてならなかった。

 さりとも、それは根拠無き直感だ。

 現状(いま)は、勘繰るしかない。




 その別室が何処に在るのか──それは誰も知らない。

 少なくとも〈エンパイアステートビル〉の内部に間違いはないが……。

 暗い室内には赤色のライトが微息を喘ぎながらも、強く根を張る闇を殺す(ほど)にはない。

 (むし)ろ極彩美の共存を生み、血塗れの耽美とも感じられる魔室を演出していた。

 室内を飾り立てる装飾品の数々は、(ひとえ)に権力誇示の自己主張(ステータス)……それ以外に価値など無い。酔狂な自己満足だ。

 有閑なロッキングチェアに腰掛ける女影こそは、恐怖支配の象徴〈ベート〉────。

 大布仕切りのヴェールに閉ざされ、越して映るシルエットのみしか確認出来ない。

 会議の通信を終えた女帝は、モニターを遮断して黙想へと揺られた。

「〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)・夜神冴子〉……か」

「イヒヒヒ……だから言ったろう? 近々〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉が来る……って?」

 不意に聞こえた声に、弛緩(しかん)入口(いりぐち)から冷酷が還る。

 いつの間にやら、ヴェールの前へ一人(ひとり)の男が居た。

 小柄で卑俗(ひぞく)な男──。

 背中から伸び生えた奇怪な八本脚────。

 あらゆる面で〈ベート〉の嫌悪感を誘発する者であった。

 自然と眉間が曇る……が、それを差し置いても利用価値はある。

 だからこそ、存在(・・)を許してやっているのだ。

「こう見えても〝情報屋〟としてのオイラは優秀なのさ。情報の確実性も、その伝達スピードも……な。例え海を(へだ)てた島国の情報であろうとワケ()ぇさ」

 事実である。

 自分が知り得ぬ〈クイーンズ区長〉〈スタテンアイランド区長〉の顛末(てんまつ)を把握したのも、その男の情報収集力に依るものであった。

「いいだろう。これからも我等にとって有益な情報を収集するが善い──情報屋とやら」

「ああ、任せてくれ。けれど〈牙爪獣群(アンタら)〉の方こそ約束(・・)(たが)わねぇでくれよ?」

「無論だ。()が牙に懸けて」

「そりゃ結構。イヒヒヒ……」

 次なる暗躍へ移るべく退室に醜怪(しゅうかい)な背を向ける。

「……座頭虫(ざとうむし)が」

 呪詛に吐き捨てた一言(ひとこと)は、はたして〈獣妃(ベート)〉には聞き取られなかったようだ。




 夜闇は生き返った。

 黒き魔月は黄色い単眼に、混沌への満喫を呼吸する。

 そんな外界の異常に意識を訣別させ、聖女は礼拝堂で祈りを捧げ続けた。

 ひたすらに……。

 一途に…………。

(嗚呼、モロゥズ様……どうか御守り下さい……子供達を……弱き者を……私の弱き心を…………)

「精が出るわね?」

 背後からの呼び掛けに、黙祷が邪魔立てられる。

 振り向けば、入口(いりぐち)には砕けた笑顔でヒラヒラと(てのひら)を振る〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉の姿。

「ミス冴子?」

「あ~……そろそろ、その〝ミス〟っての取ってくんないかなァ?」

 肩を(すく)めた苦笑は、赤い敷布を歩き進んだ。

「では、何と?」

 隣に並んだ凛然さへ()う。

「冴子……それだけでいい」

 凛然は獣神像を見つめた。

「此処数日、見掛けませんでしたが?」

「ま……ちょっとね」

 沈黙が刻まれる。

 と、不意に冴子が(たず)ねた。

「何かあった?」

「……え?」

「いえ……あなたの祈り方、思い詰めた人特有のものに感じたのよね」

「……何故、そのように?」

 戸惑う瞳に、一瞥(いちべつ)苦笑(にがわら)う。

「これでも〝神社の娘〟だかんね……一応」

「巫女……と呼ばれる者だったのですか?」

「うんにゃ、刑事(・・)

 正直、意味が分からない。

 分からないが──「プッ」──思わず笑いが()(こぼ)れた。

 明るさに毒された美貌を盗み見、冴子は満足そうな微笑(びしょう)(たず)える。

 ややあって、二人の正視は〈モロゥズ神〉へと(そそ)がれた。

「最近、夢を……悪夢を見るのです」

「夢?」

「あの〈獣〉の惨劇……今度は子供達が皆殺しにされていました」

「……そう」

「冴子、進展は?」

「無い」

「そう……ですか」

「でも、終わらせる」

「え?」

「相手が〈獣〉だろうが〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉だろうが終わらせる……約束(・・)したからね」

「約……束?」

 冴子の胸中に()()いた想い──。


 ──冴子さんは〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉だから……きっと敵討ち(・・・)をしてくれると思って…………。


 ──さーこおばたん、もんたーすれた……。


 胸中に暴れ狂う慟哭を撃ち殺し、夜神冴子は修羅道への決意を確固とした。




 礼拝堂上部に据えられたステンドグラス。

 その前部に設けられた幅狭い通路に潜み、ラリィガは眼下の様子を観察していた。

「モロゥズ教……ねぇ?」

 直感、胡散(うさん)(くさ)い。

 もちろん、それ(・・)は冴子とて百も承知だろう。

 さりながら、自然神との疎通に身を置く彼女にしてみれば、この上無く(いびつ)な偶像でしかなかった。

「シュンカマニトゥ、どう思う?」

「さて……な? 少なくとも、オレからすれば何も無い(・・・・)な……アレは」

「だろうね」

「ま、内側(・・)に居る間は、そいつが〝本物〟か〝メッキ〟かなんて自覚出来ないものさ……(こと)に〈宗教〉ってヤツァな。教義めいて(かか)えさせられた価値観だけが〝真実〟になっちまう。審美眼の欠落ってヤツだ」

「盲目……か」

 自分は──そして、冴子は──(さいわ)いだと実感する。

 自分達が根としているのは〈信仰(・・)〉であって〈宗教(・・)〉ではない。

 森羅万象(しんらばんしょう)に〈精霊〉を見出して、自発的に畏敬を捧げる理念が〈信仰〉だ。

 つまりは、何処かの誰か(・・・・・・)に言われてやっているワケではない。

 これが〈信仰〉と〈宗教〉の差と言えた。

 自発的能動に崇敬する〈信仰〉は、総ての選択に()いて己自身の自由意思(・・・・・・・・)だ──善くも悪くも。

 対して〈宗教〉は、似て異なる。

 一見には自発的に見えたとしても、そうではない。

 実際は〝教祖〟によって組み敷かれた教義や理念が、絶対的価値観(・・・・・・)と刷り込まれる。

 正しく機能している分には道徳観念を促進させる素晴らしき群像(コロニー)だが、一度(ひとたび)〈宗教〉自体が歪めば信者(ひと)一生(いっしょう)を狂わせる両刃(もろは)だ。

 ありがちなのが〝美徳を偽装した私利私欲〟〝教義を盾にした主従強要(ヒエラルキー)〟だろう。

 そこに根拠も正義も無いが〈宗教〉を盾にエゴイズムの免罪符と奮う。

 そして、組織依存に従順化させられた信徒は、矛盾した苦しみのまま小飼にされるのだ。

 とかくカルト宗教は、そうした偽善に栄える。

 とはいえ、()を崇めようが、それは各人の自由(・・)だ。

 口出(くちだ)しする気など無い。

 だからこそ、ラリィガの眼差(まなざ)しは憐憫(れんびん)の想いを宿すのである。

「可哀想だな……あのシスターも、子供達も」

 ふと背後のステンドグラスへと目を移す。

 描かれた情景には、罪人も悪魔も釜で焼かれていた。





 シスター・ジュリザが〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉に拉致誘拐されるのは、これより二日(ふつか)()の事になる……。




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