表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣吼の咎者  作者: 凰太郎
~第二幕~
10/26

獣達の挽歌 Chapter.1

挿絵(By みてみん)

 スタテンアイランド区長〝ジャスプ〟は、(いささ)か厄介な相手ではあった。

 その飛行能力が……だ。

「チッ……屋外で戦うべき相手じゃなかったわね。もっとも、(てい)よく誘い出されたんだけど……」

 現状(いま)にしてみれば、最初からこれ(・・)が狙いだったのであろう。

 決闘場は、現区役所〈フォートワズワーズ〉──。

 そもそもは旧暦時代にアメリカ軍の城壁要塞である。

 スタテンアイランドの東北に位置し、城壁の外はすぐにニューヨーク湾だ。

 軍事施設として建造されたとはいえ、刻まれた歴史は叙情的な(おもむき)を懐古に(うた)う。

 周囲をぐるりと囲うコンクリート外壁には(ごう)として機能する巨窟が(ぬけがら)の集合住宅の(ごと)(いく)つも連なり、(さなが)ら〝蜂の巣〟を想起(そうき)させた。

 その敷地内は閑散息吹く芝生として()せた緑を敷き詰めているが、遊撃を立ち回るに充分な広さとは()(がた)い。

 その中庭での激戦であった。

 芝を駆けては棟窟へと隠れ潜み、頃合いを見ては応戦にまた駆け抜ける。

 その繰り返しであった。

 有効な一撃は互いに加えられていない。

「オホホホホ……さすがの〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉も、空中戦相手では勝手が違うようね?」

 躍り出た獲物目掛けて、空中から巨大なスズメバチが襲い来る!

 寸分違わず〝人間〟の頭部に、身体は〝蜂〟そのもの!

 その奇形的容貌は、悪夢を(うなが)すグロテスクさであった!

 飛来する強襲を(ころ)()わす冴子!

 少しだけ足りなかったのか、不可視が押し添える。

 言わずもがな〈戌守(いぬもり)さま〉だ。

 飛び去る細枝の鍵爪が、背中紙一重でサワサワ(うごめ)いたのを感じた。正直、気色悪い。

「こ……ンの! 正体が〈蜂女〉だとは聞いていたけど……こんなダイレクトなヤツだと判ってりゃ、絶ッッッ対乗らなかったわよ!」

 正直、旧暦特撮怪人のような〈蜂怪人〉だと思っていた。

 つまり〝人間〟のフォルムに〈蜂〉のディティールを落としたようなヤツだ。

 いや……実際、そうだった(・・・・・)

 交戦を開始した時点では。

 しかし、屋外戦へとフィールドを移した時点で、現形態へと変化したのだ!

 おそらく本性(・・)……つまり〝最終形態〟というヤツだろう。

「こンの……ブンブン(うるさ)い!」

 すぐさま体勢を立て直して発砲する冴子!

 が、回避直後の即興では敵の離脱速度に追い付かない!

 (すで)に闇空彼方を旋回だ。

 黄色い単眼に吸い込まれる敵影を(にら)み、冴子は忌々(いまいま)しく毒突(どくづ)いた。

「ったく、厄介ね。もっとも、此処(・・)の区長としては適任……か」

 スタテンアイランドは、ニューヨーク行政区(ボロウ)()いて(いささ)か特異な環境に在る。

 マンハッタン南部にアッパー・ニューヨーク湾を(へだ)てた位置に存在していた。

 早い話、本土から切り離れた島である。

 ともすれば、飛行能力を有する〈蜂〉が区長を就任するのは利に叶っていた。

「どちらにせよ〝ハズレ〟か」

 探しているのは〈獣〉だ。〝虫〟ではない。

「とはいえ、厄介ね。仮に〈鳥〉や〈蝙蝠(コウモリ)〉の特性なら、軌道取りから先手を見越して反撃の糸口(いとぐち)も見える。けれど、コイツは〈ホバリング〉が可能──つまり瞬時にして水平軌道に推移出来てしまうという事。言うなれば〈飛行機〉と〈ヘリコプター〉の差ね。もっとも〈ヘリコプター〉なんかよりも、瞬間対応力は比べ物にならないけれど……」

 (にら)()える黒月(こくげつ)から、旋回に蟲影が生まれた。

「この!」

 ダメもとで一発叩き込む!

 直進に迫り来る巨大蜂は、水平移動でスルリと()わしてしまう!

「ホホホ……また無駄弾ね?」

 せせら笑いに美貌を歪める巨顔。

 間髪入れずに手近な棟窟へと逃げ込む冴子!

 直感正しく、蜂女の特攻が過ぎ去った!

 折れた下半身から突き出された巨針……ゾッとする。

「毒針云々(うんぬん)以前に、ドテッ腹に風穴だわよ」

 身を隠しつつ、装填用弾層(マガジン)を入れ換えた。

「ねぇ? ひとつ()いてもいい?」

今更(いまさら)命乞(いのちご)いかしら?」

「此処──スタテンアイランドの()、何故か女性の比率を多くしてるわね? 何故?」

「フフフッ、よく調べましたわね?」

「ま、ね。で、何故?」

「……(わたくし)が、何故〈蜂女〉などという稀有(けう)な〈怪物〉へと変貌したか御存知?」

「転送装置の実験に〝蜂〟が紛れ込んでたりした? おっと!」

 回り込んで来た追撃を()わして、今度は斜向(はすむ)かいの人工窟へと転がり潜る!

「化学反応の副産事故(イレギュラー)……新薬の被検体となった(ため)ですわ」

「科学実験の被害者? へぇ? あなた〈科学怪物(ベム)〉ってワケ?」

「……こんなはずではなかった! (わたくし)が追い求め、開発した新薬は! 若々しい美しさを約束されるはずでしたわ! それが何故! よりにもよって、こんな醜怪(しゅうかい)な!」

「あなた、自分で開発した薬で?」

「ですから、決めましたの。せめて〝人間形態〟の方は、未来永劫の美を維持しようと……。その(ため)には、あの新薬を摂取し続けなければならない。その原材料として、若い女性のエキスが不可欠ですのよ」

「──っ!」

「その活性化コラーゲンのみならず、瑞々しい細胞ひとつとっても貴重な原材料──今後の増産をも考慮すれば、いくら有っても足りませんわ」

「……つまりは、アンタの美容(・・)(ため)?」

「それ以外に有益な活用法がありまして? あのような俗物達に?」

「ふたつだけハッキリしたわ」

「あら、何ですの?」

「ひとつ、アンタは最低最悪な醜女(しこめ)……まだ〈クイーンズ区長〉の方が数倍マシだわ」

「大変、不本意ですわね。あんな〈蛇女〉と比較されるなど」

「そして、もうひとつ──アンタを撃ち殺すに遠慮は()らない!」

「フフフ……負け惜しみを。手も足も出ない貴女(あなた)が、何を(おっしゃ)ってますの?」

「ああ、これから出す(・・・・・・)から」

 潜伏場所から飛び出して傾斜射撃体勢(ウィスパースタンス)を身構える!

 正面から特攻と真っ向勝負だ!

(勢い付いた直線軌道ならば、眉間をブチ抜ける可能性は高い……が、賭けでもある)

 そう、それは危険な賭け。

 仮に射止めても、その慣性が死ななければ刺突の餌食は(まぬが)れない。

(射殺直後、間髪入れずに回避できるかどうか……そこ(・・)が勝負!)

 そうまでしてもトドメを()さんとするのは……気に入らないからだ。

 そう、反吐(ヘド)が出るほど気に食わない。

 蛇女の()と対比してみても……。

(頼むわよ……〈戌守(いぬもり)さま〉!)

 はたして怪奇は〝餌〟へと食らいついた!

 夜神冴子(・・・・)という〝餌〟に!

 襲い来る人頭巨大蜂!

 その巨頭が邪悪な美貌を狂喜へと歪める!

「夜神冴子! 貴女(あなた)も原料におなりなさい!」

「願い下げ」

 (にら)()える瞳が照準を固めた瞬間、上空からの奇襲が蜂女へと襲い掛かった!

「ぅらあ!」

 雷撃を纏った拳!

 寸でに察知したジャスプは、左方向への水平推移で()わした!

 獲物を逃した雷拳が大地を破砕する!

 鳥人であった。

 (いかづち)()(まと)う鳥人であった。

 その姿を視認した冴子は、思わず頓狂な声を漏らす。

「ラリィガ?」

 恨みがましい目がジロリと返ってきた。

「何が『今回は共闘しましょう?』だよ! またアタシに雑兵(ザコ)を押し付けて! 旨味は独り占めかよ? 冴子?」

「いやぁ、無事で何より★ まさか、こんな早くカタを着けてくるとは思わなかったわ……って、その姿!」

「ん?」

「この間のと違うわよ! 何よ、その翼?」 

「ああ、憑霊対象が違うんだ。今回は〈雷光巨鳥(ワキンヤン)〉──アンタらの言う〈サンダーバード〉だな」

「戦況に応じて能力を変えられるって? 便利なモンね……」

「オマエもすりゃいいじゃん? その〈戌守(いぬもり)さま〉っていうのと?」

「出来るかっ!」

 ジャレ合いにも似た口喧嘩(くちげんか)を旋回に見定め、ジャスプは沸々とした(いきどお)りを噛む。

「まるで眼中に無いといった振る舞いですわね……」

「だいたい前回も、そうだ! 冴子は!」

「はいはい、悪かったわよ」

「アタシはオマエの露払(つゆはら)いじゃないぞ!」

「あー……うるさいうるさいうるさいうるさい!」

 耳を指栓で封じる冴子に、ガミガミ抗議を吠えたてるラリィガ。

 いつしか水と油な口論(こうろん)に熱を上げ始めていた。

 先までの戦況など、そっちのけだ。

コケ(・・)にしてますの? この(わたくし)を!」

 屈辱的である。

 無礼極まりない。

 たかだか〝人間(・・)〟風情が!

 たかだか〝野良獣人〟(ごと)きが!

 自分(・・)は、誇り高き〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉幹部である!

 そして、選ばれし〈スタテンアイランド区長〉である!

 何よりも〝美の頂点へと立つ者〟である!

 それを!

 それを! それを! それを! それを!

「思い知らせて差し上げますわ!」

 黄色い巨眼に見届けられ、羽音が弧を描く!

 再び獲物へと仕掛ける毒針の急襲!

「さあ、後悔を(もっ)()しなさい! 夜神冴子ォォォーーーーッ!」

「「……ウルサイ」」

 一瞥(いちべつ)さえも傾けない無造作な銃口(じゅうこう)

 同調に解き放つ無作為な雷撃!

 銀弾に眉間を射抜かれた直後、電光が消し炭と落とす!

 不敵な二重奏によって、鬱陶(うっとう)しい害虫(・・)が一匹駆除された。

 




 特に用事など無かった。

 赴く意図も無かった。

 ()れど、ジュリザは礼拝堂へと足を運んでいた。

 まるで導かれるかのように……。

 それは、はたして深遠なる意思による悪戯(いたずら)にも思えた。

 日常に慣れた通路を進む。

 体重が掛かる(たび)に、樫の床板がギィギィと軋んだ。

 一歩……一歩と奏でられる奇音は、得体知れない(あぎと)を思わせて不気味である。

 寝静まった(とばり)には、人の気配など無い。

 子供達の賑わいも夢の中へと預けられ、屋内を遊歩するのは物寂しい静寂だけ。

 唯一の活動感は(おのれ)の息遣いのみ……。

 それが、ひたすらに不安を助長する。

 やがて正面に礼拝堂への扉が浮かび上がってきた。

 鼓動が高鳴る。

 動悸が早鐘と暴れる。

 何故か?

 分からない。

 ただ「引き返さなければならない」と、脳内信号は警鐘していた。

 (きびす)を返して逃げ去りたい衝動が胸中を支配した。

 それでもジュリザは(あゆみ)を止めない。

 止められない(・・・・・・)

 何故か?

 分からない。

 意思は無力(むりょく)であった。

 そして、扉が開かれた──。

「ひっ!」

 強張り固まる!

 恐怖に!

 戦慄に!

 そこに広がるは、赤!

 赤!

 赤!

 赤! 赤! 赤!

 赤赤赤赤赤赤赤!

 (おびただ)しい鮮血が、獣神の御前を汚していた!

 散乱する死体!

 四肢を繋がぬ断末魔の形相!

 肉塊(にくかい)と化した子供達!

「ぃゃ……いや……いやぁぁぁーーーーっ!」



「いやぁ!」

「ジュリザ! しっかりなさい!」

「──ッ! ハァ……ハァ……ハァ…………」

 (みずか)らの絶叫によって、ジュリザは悪夢から解放された!

 ベッドに半身を跳ね起こせば、枕元には彼女を案じるマザー・フローレンスの顔があった。

「ハァ……ハァ……ハァ……マザー?」

「大丈夫ですか? 酷く(うな)されていましたよ? 隣室である私の部屋でも聞こえるほどに……」

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 詰まった息を荒げ整える。

 幸か不幸か、不快な脂汗(あぶらあせ)現実(・・)というものを認識させてくれた。

 だから、ホッとする。

 なけなしの安堵に過ぎないが……。

「申し訳……ハァ……ありません」

「夢を見たのですか?」

「……はい」

怖い夢(・・・)だったのですね」

「…………」

 ギュッと(くち)をつぐむ。

 言う事で、マザーへ心配を掛けたくなかった。

 言う事で、あの光景を思い起こしたくなかった。

 何よりも……言う事で、それ(・・)が〝現実〟と化しそうで怖かった。

「嗚呼、可哀想なジュリザ……」

 (ひと)り堪える美貌を、マザーは優しく抱き寄せる。

「一生懸命に〈モロゥズ様〉へと御縋(おすが)りなさい。この汚れきった世に救いとなるのは〈モロゥズ様〉しかいないのです」

 耳元で(ささや)かれる救済は、甘く安らぐ免罪符であった。

「モロゥズ……様」

 虚脱に(つぶや)く復唱。

 途端(とたん)、瞳孔は恐怖を再認識に甦らせた!

 獣神の祭壇を前に展開する鮮血の(うたげ)

 散乱する肉!

 見慣れた笑顔が貼り付けた形相!

「……どうしました? ジュリザ? 震えていますよ?」

「い……いえ…………」

 錯乱に逃げたい衝動を強靭な精神力で組伏せるも、小刻みに震える身体はどうにも出来なかった。

 そんな小鳥を慈しみ、マザー・フローレンスは愛しく頭を()(うず)める。

「嗚呼、ジュリザ……怯える事など無いのです。きっと〈モロゥズ様〉が御救い下さいます」

 そっと額に触れるくちづけは、はたして約束の証であろうか……。



 蒼き寂寥(せきりょう)に、再び(ひと)りを味わう。

 マザーが去った後も、ジュリザはベッドに半身起こしで虚しい焦燥感に蹂躙されていた。

「御願い……」

 絞り出す懇願(こんがん)が震える。

「御願い……冴子……早く殺して……あの〈()〉を……あの恐ろしい(・・・・)()〉を…………」

 絶望感がクシャリと前髪を握り締めると、青い瞳は自然と(しずく)(あふ)(なが)した。

 嗚咽(おえつ)は、噛み殺すに苦しく痛い……。





「んで? 例の〈獣〉について、何か掴んだのか?」

 並び歩くラリィガからの質問。

「何も」冴子は仏頂面(ぶっちょうづら)で答える。「どういうワケか、私が来てからは動き無し。手掛かりは(おろ)か、足取りの(つか)みようも無いわ」

 決闘場〈フォートワズワーズ〉を後に、草木が荒れ伸びる野へと()を刻んだ。

 敷き詰められた石畳(いしだたみ)の歩道は、そのままスタテンアイランドの市街地へと続いている。黙って歩いていても辿(たど)()くだろう。

 とはいえ、何もこんな離れた位置に〈区役所〉を据えなくてもいいだろうに……と思いつつ、脇の繁みから現れた不確かな体幹を無頓着に撃ち抜いた。

 言うまでもなく〈デッド〉だ。

 メンドクサイので、一撃必殺に眉間を(つらぬ)く。

 銃声で群がるなら、それもいい。

 今宵は()()らしでもしたい気分だ。

 そんな冴子の苛立(いらだ)ちを感じ取ったかは定かにないが、ラリィガは気負わぬ態度で指摘する。

「ふ~ん? だから……か?」

「何が?」

 進路への正視を外さぬまま、冴子は無愛想な応対に徹した。

 正直、このインディアン娘はウザったい。

「いや、相変わらず〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉へ喧嘩売ってんなぁ……って」

「……別に」

「とりあえず〈獣人〉達に危機感を(あぶ)って、目的(・・)(いぶ)り出す……って? ま、手掛かり足掛かりも無いんじゃ分からないでもないけどさ……だけど、それって無策無謀にも(ほど)があるだろ? 正直、先は見えないし……何より〈獣人〉に付け狙われる運命を背負い込む。仮に〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉を壊滅させたとしても……な」

「んな気なんて無いわよ。別に個人で一勢力(いちせいりょく)を壊滅出来るなんて自惚(うぬぼ)れちゃいない」

「そう言う割には矛盾してる。現状(いま)の冴子は〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉と真っ向から構えようとしている」

「うっさいなあ!」

「……何かあったのか?」

「…………」


 ──冴子さんは〈怪物抹殺者(モンスタースレイヤー)〉だから……きっと敵討ち(・・・)をしてくれると思って…………。


 脳裏を(よぎ)る想いを呑み込んだ。

 冴子の機微に気付いたか(いな)かはともかく、ラリィガの自然体が続ける。

「壊滅云々(うんぬん)は、ともかく……どちらにしても生涯〈獣人〉から狙われ続ける事になるぞ?」

「上等よ」道程を(にら)()える瞳が険しさを増す。「一匹でも多く〈獣人〉を撃ち殺せるなら……」

 その様子を横目に盗み見たラリィガは、黙して察するのであった。

 ああ、コイツ(・・・)は死に急いでいるな──と。

 とりわけ〈獣人〉だ。

 他の〈怪物〉ではない。

 夜神冴子は〈獣人〉に対してのみ、過敏な敵意を(いだ)いている。

 ()があったかは知らない。

 率先して()く気も無い。

 が、死んで欲しくはない(・・・・・・・・・)

 おそらく私怨はあるのだろうが、それでもコイツは(みずか)らを人身御供(いけにえ)と差し出す覚悟だ──守るべき子供達の(ため)に。

 憎悪を伴侶としながらも、それ(・・)に呑まれる事はない。

 自分が()すべき〝義務〟を失念していない。

 それは、つまり──心の底から〝人間(・・)〟という事だ。

 刹那的衝動に堕ちた〈(ケダモノ)〉とは違う。

 だから、死んで欲しくはない(・・・・・・・・・)

 正直、好きなヤツ(・・・・・)だ。

「付き合うよ、アタシもさ。仮に〈牙爪獣群(ユニヴァルグ)〉が相手でも、アタシ達二人(・・)なら出来るかもしれない」

()らない」

(ひと)りじゃ限界がある」

「邪魔」

「断っても、勝手にやるからな」

「どうぞ? 私は無関係だから」

「守りたいんだろ? 子供達……」

「…………」

 返事は無い。

 だが、それでいい。

 共に前を見据えた。

 緩やかに登る勾配が石道を隠していたが、その先にはまだ歩むべき道が刻まれているはずだ。

 先の銃声を蜜と感知したか、ユラリユラリとふらつく人影が(つど)って来た。

 二匹の霊獣が威嚇を唸る。

 あれよあれよと行く手を塞ぐ死体達。

 それもいい。

 今宵は()()らしでもしたい。


 先を見通せない道──。

 荒野に伸び刻まれる道──。

 有象無象な〈怪物〉が群がる道──。


 それは(あたか)も、夜神冴子の宿命そのものを啓示しているかのようであった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ