終焉の7【収束する雷鳴】
帝国天空保安庁の暴龍対策部門、対暴龍戦闘部隊フォートレスのアシハラ区域担当基地。
ここでは災害の如く降り注ぐ暴龍の災厄から帝国国民を守るために立ち上げられた、暴龍対策のエキスパート達を集めた基地である。
暴龍達は空から超音速で高密度のやってくるので、対物理センサーと魔力センサーを展開する事で一つの都市をカバーしてそのセンサーの及ぶ範囲を一つの基地が基本的に防衛するのだ。
ただしアシハラ市は帝国で最も進んだ設備の基地となっている。
その理由はシンプルに大シェオル大陸合衆帝国全域で最も暴龍の来襲頻度と被害が大きいからである。
ただし暴龍対策と言っても現在の技術水準でできる事は一般人の避難完了までの時間稼ぎでしかない。
暴龍は龍神教に於いては神の使徒でなく『神の袂から零れ堕ちた迷える龍』という事になっているが、ドラゴンはドラゴンなので生半可な物理兵器は通用せず、核兵器でもドラゴンに傷をつけるのがやっとで殺す事も出来ない。
では魔法銃は効くかという話だが、コレも本人の保有する魔力量、つまり才能に依存する為安定した効果を発揮しづらい。
さらに悪い事に直接ドラゴンと相対する隊員は魔力量の多い才能ある隊員であることが多いが一度の出動での部隊の生存率は七割弱で、これは五回も出動すれば元の隊員は二割も生き残らない計算である。
勿論各基地の配属期間は限定されており待遇も破格だが、事が出撃回数の多いアシハラ基地への配属は死刑宣告と同じである。
それ故にここに配属される隊員は国民や市民の為に命を費やす覚悟が他地域の基地のソレとは比べ物にならない。
しかし今回アシハラ基地がキャッチしたレーダーの情報は歴戦の隊員達であっても戦慄する内容であった。
「魔力反応が四つ?」
出動までの短い時間で行われる緊急会議でレーダー管制官から報告された内容は信じがたい事実であり、まだ新人の木下由紀が恐怖するには十分な情報だった。
「落ち着け由紀。まだドラゴンが四体同時出現と決まった訳じゃない。」
出撃回数三十を超える超ベテランの田中一之隊長が由紀の動揺を諫める。
「その通りです。魔力反応は四つですが、高速移動する対物理反応は一つです。恐らくドラゴンが一体と残りは魔法による分身で有ると考えられます。それぞれの落下予測地点はアシハラ市の中心から約二十七キロメートル四方です。」
「つまりアシハラ市の端っこから中央へ集まるように暴れる可能性が大きいか……。」
暴龍は人間の地域を熟知しているのか一度の被害で別の地域に被害が生じる事は稀で有り、彼らは標的をしっかりと定めて人間を殺すのである。
「こんな行動パターン、教本でも端っこに少ししか書いてなかったのにどうやって対策すれば…」
由紀や他の隊員が悲嘆に暮れていると、隊長が檄を飛ばす。
「慌てるな!確かにレアケースだが俺は以前こういった行動パターンのドラゴンと二度遭遇したことがある。だがやる事が多少増えるだけで基本は変わらない。各個ドラゴンの本体と分身に対しそれぞれ隊員を割いて、住民の避難の時間稼ぎをする!今から班分けを発表する。非番の隊員も叩き起こして全力で事態に当たるんだ!」
「ハッ!」
(やっぱり一之隊長は頼りになる!)
由紀は内心、憧れの隊長の姿に羨望の眼差しを向けていたが一之隊長は隊員達に言ってない事があった。
それは予測される被害の大きさだ。
ただでさえドラゴンに毎回全力で立ち向かっても三分の一の隊員が死ぬのだ。
非番の隊員も出すとはいえ分身も含めて四体分のドラゴンを相手取る事になる為、予測される被害は全滅か良くて数人が重症で生き残るぐらいだ。
現に先の暴龍災害に於ける二度の分身事例を経験した隊員の生き残りは隊長を含め二名。
もう一人の英雄は今も病院のベットで寝ているだけの生活を余儀なくされているくらいである。
それ故に隊長を含めたフォートレスのベテランは既に気付いていた。
自分達全員が今日、間違いなく死ぬのだと。
班分けが済み、非番や休日の隊員も出動も完了しており、部隊は四つに分かれて作戦行動を開始した。
隊員達はぴっちりとした見た目に少し鎧がついたような特殊なスーツに身を包みジェットパックで飛行しながら目標に向かって都市のビル上空を突っ切って飛んで行く。
辺りからはアシハラ市全域に鳴り響く暴龍の出現を知らせるサイレンがなっており、既に一般の人々は避難を開始している。
飛んでいるフォートレスの隊員達の目にはビルの合間から地下の避難シェルターへと逃げ惑う人々の姿が見えていた。
由紀は隊長と同じ班に入り、アシハラ市の南方に位置するドラゴンの本体の落下予測地点へと向かっていた。
ふと空を見上げると四つの火球が落ちて来るのが見えて来た。
落下予測地点とほとんど変わらない地点に落下した様で、ドラゴンの乱暴な着陸と同時に稲妻の様な紫電の火花と大きな四つの爆発が生じる。
数キロ先からも巨大な爆発と分かる稲妻混じりの黒い爆煙が勢いよく立ち上り、遅れて爆発によって霧の様に発生して見える衝撃波がアシハラ市全域を駆け抜ける。
「対ショック体制‼︎!」
隊長が叫ぶと隊員は付近のビルに緊急着陸して急いで身を伏せて衝撃波に備える。
新人の由紀は行動が遅く衝撃波をもろに受けて墜落しそうになるが隊長が抱えて縺れながらも体制を整えて付近のビルに無理矢理伏せさせたので事なきを得た。
だが衝撃波が駆け抜けた瞬間、あちこちのビルの窓ガラスが割れ、サンダードラゴン特有の電磁パルス波によって信号などを始めとした電子機器がお釈迦になってしまった。
「まだ死ぬには早いぞ!ドラゴンに相対するまでに死ぬようなヘマは許さんぞ!」
「も、申し訳有りません!」
由紀が一之隊長に頭を下げるとレーダー管制官からの通信を受け取った隊員が報告に近寄ってきた。
「連絡です!ドラゴンの魔力解析の結果、恐らくはサンダードラゴンであるとの事です!」
「見りゃ分かるわ。そこらじゅうの電線から火花が散って信号機も全部消えちまったよ。今が昼間で助かったよ。夜なら街灯が消えて真っ暗だったろうな。」
現在は正午、天気も晴れ渡っている為サンダードラゴンが落下してきた軌道が飛行機雲のような細長い雲を描いていた。
正面の爆心地からは絶えず雷鳴が轟いておりサンダードラゴンが暴れ始めている事実をアシハラ市の全域に知らしめていた。
爆心地からは煙と稲妻が立ち上っていたが徐々に勢いが消えてゆき、代わりに周りのビル群と同じくらいの巨大さを誇る黄色く羽の生えた四脚獣が、ビルの間から這い出てきた。
「黄色い身体、目のないナマズの様な頭にツルツルとした体表、間違いなくサンダードラゴンです!」
望遠鏡を覗きながら対象を観察する隊員が生唾を飲みそうになるのを堪えながら隊長に報告する。
サンダードラゴンは四脚の他に背中についた翼竜の様な翼を広げ飛翔を始めた。
これからこちらに飛んでくるであろう脅威に対して班全体の緊張状態が徐々に上がってき、それぞれの隊員はライフル型の魔法銃を素早く構え直した。
「構えろ!射程範囲に入ったら合図と共に一斉射撃だ!」
「「「「了解ッ!」」」」
その場で羽ばたき滞空していたサンダードラゴンはバリバリとそこらじゅうに死の稲妻を撒き散らしながらアシハラ市中央に目を向けて飛翔を開始した。
サンダードラゴンと隊員達の距離が凄まじい速度で失われてゆく。
セーフティを外し引き金にかける人差し指に汗を滲ませつつも隊員達は迫り来るサンダードラゴンに銃口を向け続ける。
「まだ打つな!十分引き寄せて確実に当てろぉ!」
その時はもう後数秒の未来にまで迫って来ていた。
巨大なドラゴンが視界を覆い尽くす数瞬前に隊長の怒声が響き渡る。
「ぅてぇぇぇぇぇ!!!!!」
銃口から魔力の放射反応で光る無数の弾丸が高速で放たれサンダードラゴンのシールドを突き破り、ヌルヌルとした黄色い皮膚に吸い込まれてゆく。
ドラゴン達は誇り高い生き物であり、例え暴龍であってもそれは代わらず攻撃を受ければ間違いなく動きを一旦止めて敵対者に怒りを向けて反撃に出る。
時間稼ぎはまさにそのサンダードラゴンの反撃をどれだけ生き延び続けるかというルールのリアル鬼ごっこである。
捕まった時の罰ゲームは今回なら感電死か爪で切り裂かれて胴体が首と別れるか、虫の様に潰されて終わりか。
選ぶ事すら許されない結末が待っている___はずだった。
「はぁっ⁉︎」
「何だと?」
その場の隊員が悲惨な未来を夢想して覚悟を決めて銃弾を直撃させたが、信じられない事態が起きたのだ。
なんとサンダードラゴンは直撃した銃弾を意に介さず地上の人間を電撃で焼き殺しながらアシハラ市の中央へと飛び去ってしまったのだ。
全員が事態を呑み込めずに呆然としてしまい、数秒間その場の空気が止まった後に由紀隊員がポツリと呟いた。
「助かった?」
ハッとして我に還った一之隊長が由紀隊員の頬を引っ叩き、胸ぐらを掴み上げ、怒鳴り声をあげて叱責した。
「助かってどうするんだ!地上を見てみろ!俺たちが不甲斐ないばかりに既に死体の山だぞ⁉︎俺たちが盾になり守るべきもの達を犠牲にして生きる理由は何なんだ⁉︎」
「も、申し訳……」
由紀隊員は涙目になりながら、先程の己の発言を恥た。
暴龍の被害は既に数千人単位で広がっており、逃げ遅れた人々の亡骸が道路のあちこちに散らばっている為、ビルの下は凄惨な光景が広がっていた。
あのドラゴンには確実に攻撃を当てた。
プライドの高いドラゴンがそれを無視して殺戮を優先すると言うのは例は少ないが稀にある話で、そうゆう暴龍による被害は通常より大きくなることが多い。
「何故、あのドラゴンは我々に攻撃されたのに無視して中央へと飛び去ってしまったのでしょうか?」
「ドラゴンの事情は俺には分からない。だが俺の経験上、あの手のドラゴンは異常な迄に殺戮に執着して地下シェルターの破壊にまで手を出す危険が有る。シェルターは地下道で他の地域に通じてるから、住民がアシハラ市を越えれば殺されるリスクがぐっと下がる。」
「それまで我々が引きつければ良いんですね。」
「……ああ。」
隊長は言わなかった。
これが既に負け戦で、暴龍は徹底的にフォートレスの攻撃を無視し続ける。
彼らに対抗する術はなくサンダードラゴンを追いかけ続けた末、広がってしまった被害に惨めに打ち拉がれながら最後にフォートレスの部隊が無惨に殺されるのだ。
一之隊長は班員を伴い再びジェットパックで飛翔して飛び去った稲妻の嵐の中心に追い縋る。
一之の心中は断頭台の階段をゆっくりと登らされてゆく死刑囚の様な恐怖と絶望で満たされていたが、彼は長年無力感に苛まれつつもフォートレスを続けてきた信念によって自らの弱い方に行こうとする心を奮い立たせた。
(俺たちは今日サンダードラゴンに殺されて死ぬのだろうな。だがせめて、暴龍に一矢報いてから死んでやる。人間を…俺たちを舐めるなよ!)