終焉の6【終わり4】Lv.24
今日は職業適性カードの配布があった翌日。卒業式前の最後の登校日である。
卒業式の予行演習も終えて荷物をまとめてさぁ帰ろうという時になって厄介な人物に絡まれた。
武者小路導侍。僕ほどじゃないが少し長めの髪でいかにもなチャラい見た目をした所謂不良というやつである。
帰ろうと席を立とうとした瞬間、机に手をついて声をかけられ席の周りも数人の取り巻きで囲まれて逃げれない状況になった。
「よう、ワカメくん!相変わらず気持ち悪いツラだな。」
出会って早々、いやらしい笑顔で僕の髪の毛を掴み頭を振り回しながら罵ってきた。
因みに、ワカメくんは導侍が僕のヨレヨレの挑発を揶揄した悪口だ。
「いった…!や、辞めろよ!」
「ヤ、ヤメロヨォ〜!」
「ギャハハハハハハ!」
下手くそでわざとらしい僕の真似をして取り巻きどもと下品な笑い声を教室内に響かせる。
期待はして無いし、やはりと言うか、僕がいじめられていても周りにいる人間は遠巻きに見て助けようともしない。
友達も少ないし当然と言えば当然だが悲しく惨めな気持ちになる。
「僕を痛めつけても金はないぞ。今日持ってるのは定期券だけだ。」
そう言ったら鼻頭を殴られて鼻血が出た。
「釣れないなぁ〜ワカメヘッド。でも今日はお前に金を借りに来たんじゃないんだ。聞きたい事があってきたんだよ。お前で遊ぶのはその後だよ。」
導侍は気持ち悪い手つきで頬と頭をわざとらしく撫でながら、僕が鼻血を出して涙目になっていることなどお構いなしに続けた。
「お前、適性無しだったんだってなぁ?」
誰から聞いたんだコイツは?
そんな事でいじめられっ子のコイツに今更弄られても痛くも痒くもない!
……やっぱり痛いし痒いので触れないで欲しい。
だってまだこの絶望を突きつけられてから一日しか経っていないのだ。飲み込み切れるわけがない。
僕は結局何も答えられず、俯くことしかできなかった。
「マジかよ?ダッセェなぁ、おい!」
うるさい!
「じゃぁこれもほんとか?」
「え?何が…」
導侍は笑いを堪えるようにいやらしい目つきの笑顔で嘲笑しながら僕の耳元で囁いた。
「無能のお前を憐れんだ夜野マナと結婚するって話だよ。」
「〜〜⁉︎」
一瞬頭が真っ白になり「何でそれを?」と問い詰めようとしたがあまりの驚きと恥ずかしさに声がうまく出なかった。
「おいおいおいおい!マジかよ⁉︎嘘だろお前ぇ?」
「っち、違う!」
「何が違うんだよ。能無しが女に稼がせて養われるとか救いようがねぇ屑じゃねぇかよ!お前いつから海藻類辞めて家畜になったんだよ?なぁブタくん!」
「ぶ、豚⁉︎」
「女に飼われるだけのゴミなんざ豚以下じゃねぇかよ。ほぉらブタくぅん、ぶーぶー鳴いてみろよ!」
手を叩きながら僕を馬鹿にして煽ってきた。
「ぶーたぁ!ぶーたぁ!ぶーたぁ!ぶーたぁ!」
遂には取り巻きどもと一緒にリズムに乗せて声高々に合唱までし始める始末だ。
僕は耐えがたい屈辱と怒りで拳を握りしめるが、同時に僕がコイツらに力で勝てないのが分かっているため手を出す勇気も湧いて来ない。
何処までも情けなくて、みっともなくて、同時に言われた言葉に反論する頭もなく、それがまた自己嫌悪を誘って、どうしようもなくて、唇を噛み、眉間に皺を寄せ、ただただこの状況が早く終わる事を願うことしか出来ない。
本当に……
『情けない』
胸の奥底から聞こえた声にハッとして顔を上げると背後から蛙が潰れるような悲鳴と肉を叩きつける音が聞こえた。
「ギャべっっっつ!!!」
ふと振り返ると椅子に叩き潰されたような格好で地面に張り付く取り巻きの一人と、怖いくらいに深く冷たい顔をしたマナがいた。
どうやら騒ぎを聞きつけて隣のクラスから慌てて駆けつけてくれたようだ。
「って、テメェ何しやがる!マナぁ!」
「マオ、大丈夫?鼻血が出てるじゃない…。すぐに保健室に行って直してもらおう?」
「…う、うん。」
マナは導侍の言葉をまるで何事も無かったかのように無視して殴られて鼻血を出す僕を心配して駆け寄ってきてくれた。
しかし駆け寄ったわざとらしく踏み超えて来た、今しがたマナが椅子で叩き潰した取り巻きの方がよほど重症に見えて素直に喜べなかった。
「無視すんじゃねぇよボケェ‼︎」
無視された事に怒った導侍はそこら辺にあった誰のものか分からない分厚めの教科書をマナの頭に投げつけた。
しかしマナは意に介さず、後ろを向きながら投げつけられた教科書をキャッチした。
「……っう!」
「導侍ぃ、あなた私の愛しいマオに何をしたの?こんなに辛そうな顔をしてマオの綺麗な顔に傷まで付けてくれちゃってぇ…。もしマオが許してくれるんならこの場にいる奴ら全員潰してあげるんだけど……」
そう言ってマナは僕に可愛らしい笑顔で首を傾げながら同意を求める。
勿論、そんな事を許可すれば導侍だけじゃなくマナまで傷ついて仕舞うかもしれないし、卒業前のこの時期にそんな事をすればマナの進学にも影響が出る。
それは僕の望む所ではないので全力で首を横に振りマナが暴れるのを全力で止める事にした。
「マオぉ!いつも私の心配ばかりしてくれて……そんな優しいところも大好きぃ!」
マナは周りの目も気にせず凄い勢いで僕に抱きつき頬ずりをする。
僕は抱きしめ返すこともできず、両手を所在なげにわたわたと迷うように動かし、マナと接触して昂りそうになる体を、理性で持って必死で押さえ付けて意識を逸らす。
逸らした意識と視線が導侍のほうにふと向くと、奴が僕らを見てニヤニヤと笑うのが見えた。
「いやぁ、お前ら本当に仲が良いんだなぁ?」
「なに?あんたの事は見逃してあげるから、さっさとどっかに行けば?私とマオの逢瀬を邪魔しないでくれる?」
「公衆の面前ですが?」
ともあれ、導侍はマナから向けられる冷ややかな目も言葉も意に介さず更に煽るような言葉を重ねて来た。
「あぁ悪い悪い!お前らの馬鹿を邪魔するつもりはないが、一つだけマナに質問させてくれるかい?」
「何?」
「お前は家畜を飼って喜ぶ人間をどう思う?」
僕はぞくりと体の中心から温度が消えて寒くなるのを感じた。
導侍は先程よりも口角を上げて、より嫌らしい笑顔でマナに質問を続ける。
「そいつは飼っていて金になる訳でも役に立つ訳でもないただの穀潰しなんだが、そんな奴を好き好んで飼う奴をオマエはどう思うかって話だよ。」
この場合の導侍の言う家畜とは間違いなく僕の事だろうが、明言した訳でもないのに僕が言い返して食ってかかるのも違う気がする。
だけどマナは先程の僕と導侍のやり取りを全て見ていた訳ではないので導侍の質問の意図を正しく読み取る事は出来ない。
僕はそれを深く考えずに理解してしまい、そんな筈はないのに、あまりにも無造作にソレをマナの思いと理解してしまった。
「役立たずの家畜を飼う人の気持ち?面白いからじゃない?役に立たず何も出来ない、明らかに自分より劣った獣に餌をやって世話をして、理由なんて、生殺与奪の権限を握って優越感に浸って楽しむ以外の理由なんてないじゃない。」
それ以外に何かある?そう言いたげに事も無げに、当たり前のようにマナは冷たく言ってのけた。
僕は知っていた。
導侍の言った家畜が僕の事だって事を。
僕は知っていた。
マナは僕が家畜呼ばわりされていた事を知らないと。
でも僕は耐えられなかった。
他人に見下されるためだけに飼われる愛玩動物としての未来を馬鹿正直に想像してしまったから。
「そうか!その言葉が聞けて良かったよ。じゃあまた卒業式でなぁ。」
僕の凍りついていく心とは裏腹にさわやかな口調と笑顔で手を振り、導侍は取り巻きを連れて教室をさって行った。
「なんなのアイツ?ねぇ、マオ。……マオ?」
凍りついた僕の心に火が入る。
屈辱と劣等感をくべて小さな篝火は爆発的にどす黒く重い怒りの炎として燃え上がり、目の前の幼馴染にぶつけてしまう。
「ボクは豚じゃない……!」
「え?…っあ!」
マナは僕のその一言を聞き、自分が致命的なミスを犯したと瞬時に察した。
「っち、違うのマオ!アレは何も知らずにアイツの質問に答えただけで、べつにマオの事を馬鹿にした訳じゃ。」
「そうだね、今のはマナは知らなかったかも知れない。だけど内心では僕の事を馬鹿にしてんだろ!」
いつもなら回らない頭も口もスラスラと回る。
「違うのマオ!私はあなたのことを見下したりなんかしてない。マオは誰よりも凄い勉強も運動も努力をして上を目指しているって知っているよ?」
「それで努力が実らず足掻いても何一つ身に付かない僕とマナ自身を比べて優越感に浸って笑ってたんだろ?挙句、結婚なんかして僕を部屋で飼い慣らして、一生馬鹿にして生きていくつもりだったんだろうが!」
頭では分かってる。
マナがそんな事を思うはずもなく言うはずもない事を。
だけど心と体が、燃え盛る無意味な怒りの矛先を探して目の前のマナの心を抉り続ける。
マナは僕の言葉に傷つつけられ涙ぐみながら、嗚咽を押し殺して、しまいには悪くもないのに謝り始めた。
「ごめんなさい!マオ、ごめんなさい!私の言葉が知らず知らずのうちにあなたを傷つけてしまったんだよね?私の無配慮で馬鹿な行動でマオに辛い思いをさせたんだよね?ごめんなさい……謝って済む問題じゃないけど本当にごめんなさい!」
跪き、僕の両腕を掴みながら、縋り付くように、必死で悲鳴のような謝罪を繰り返す。
僕は目の前の光景に、先程から来る怒り、まだまだ言い足りない傷つけたいと言う衝動、そして大切な人を傷つけたと言う締め付けるような罪悪感に耐えられず、手を振り解いて目を逸らして吐き捨てた。
「どっか行ってくれ!……顔も見たくない。」
マナは黙って涙を流し、悲しみに顔を歪めながら友達に支えられながら教室を去って行った。
そして僕はポツンと一人、惨めな負け犬らしく教室に取り残されていた。
「僕は……最低だな。」
そして分かりきった事実で自分を罵る事しか出来なかった。