終焉の4【終わり3】Lv.6
『返事はまた今度ね!』
そう捲し立てて僕は自分の通うアシハラ中学校を足早にさり帰路にたった。少し駆け足で走った為に疲れてしまいラウンドアバウト前の広い歩道のベンチで休憩する事にした。
ここは丁度アシハラ市の中心に位置する場所でもあり、住宅地や商業区画などをつなぐ道に繋がっている他、地下鉄などの公共交通機関も充実している為、よく人が集まってくる。
今日も様々な種類の車や人間で賑わっており、どちらかと言えば騒がしいとすら感じる程だ。
適当なベンチに座り、カバンの中から出した水筒のお茶を飲んで一服する。
「ゴクッ…ゴクッ…っぷはぁ!あ゛ぁ〜……結婚かぁ。」
おおよそ中学生の悩みじゃ無い。高貴な生まれとかなら政略結婚の許嫁との関係で悩むんだろうが、僕は親なし家族なしの孤児の一般人だ。
公共に生かされているだけの無能の穀潰しだ。マナには普通に親がいてしかも馬鹿馬鹿しいほどに優秀な人材だから将来を約束されている。
彼女が許しても親がそれを許さないだろう。
「釣り合うわけないもんなぁ。」
「何が釣り合わないんだい?」
「うおおおおぉい⁉︎」
突然いつの間にか隣にいた声かけられた。僕はあまりに唐突な出来事に驚きすぎて変な声が出てしまった。
こ、この声は?
「た…勇義?」
目元の上半分隠れる特徴的な白髪で中性的顔つきの同級生、勇義が座っていた。
「ごめんごめん、そんなに驚くと思わなくて。お詫びにこれいるかい?」
気配もなしに横に座られていたらそりゃ驚く。あと男の食べさしのアイスキャンディなんて食べられたもんじゃない。
「丁重にお断る!」
「ありゃりゃ、断られてしまったねぇ。」
「何残念そうな顔してるんだよ!」
「弾正くんは喜んで食べてくれたんだがねぇ。」
弾正、何やってんだよ…。
いや確かに見ようによっては勇義はマナと同じぐらい美人で何処か儚げな雰囲気を身に纏う不思議な魅力がある野郎だ。
そう野郎だ!
名前からも分かる通りコイツは野郎なのだ!
「断じてお前の魅力には屈しないぞぉ!」
「いったい君は何と闘っているんだい?」
勇義は中学生からの友達で収容施設は別だが僕と同じ孤児だ。
ただ孤児仲間だと気付いたのはつい最近で、勇義は同じクラスの隣の席から徐々に仲良くなっていった普通の友達なのだ。
「___で、何が釣り合わないんだい?ボクに良かったら聞かせてくれないかい。」
「え、なんで?」
「君がとても苦苦しい表情で口にした言葉だ。ただ事じゃぁないのだろう。僕は大志の友達だから、友達が悩んでいるなら力になりたいんだよ!」
コイツはこういう奴だ。鳥肌が立つ様な臭い台詞をなんの躊躇いもなく真っ直ぐな目で堂々と言い放つのだ。
言葉だけならまだ良いのだが、コイツの場合は本気で心の底から思ったことを言って自分の言った事に責任を持って自らを犠牲にしてまで行動するから質が悪い。
いや質は良いのだろう。
コイツが実行に移した事はその成功や失敗の遺憾を問わずほぼ確実に良い方向に着地させる。
それ故に勇義は僕に限らず心からの友達と言える相手は多いし、何なら敵対する相手も勇義には心を許す節があるくらいだ。
言いたくない。
言えば良い方向に向かうのは何となく分かるが、すごく面倒くさい目にあうのが分かる、でもこんな真っ直ぐな目で見つめられると言わなかった時の罪悪感が大きくなるが後々面倒臭い目に遭うが絶対いい感じの結果に落ち着くのはすごく分かるんだけどやっぱり面倒くさいから言いたくないが純粋な勇義の心を踏み躙りたくないけど___
いかん!頭の中で無限ループし出した。
「凄い。さっきの表情を上回る酷い苦悶の表情だ!」
「オメェの所為だよ!!!」
ああもういい!
どうせ僕が心無い台詞で勇義を突き放したとしても絶対に食い下がってくるに決まってる(三敗)。ならせめてささやかな嫌がらせをしてから聞いてやる。
「良いだろう勇義くん。チミに僕の悩みを聞かせてやろう。ただし…」
「大志、ひどく悪い顔しているよ?」
「お前の職業適性カードを見せやがれぇ!」
「なんだそんな事か。はいどうぞ。」
「即答!?」
(プライバシーの侵害だとか喚いてくれればいいのに。コイツさては結構良い結果だったな?)
そんなふうに思い少しがっかりしてしまったが、好奇心も相まって勇義の職業適性欄を覗く事にした。
「はいぃ!?」
ある意味本日二度目の悪夢。何処かで見た様な綺麗で真っ白な職業適性欄がそこにはあった。
「驚いたよね。何の職業適性もないってさ。面接官のおじさんにも笑われちゃったよ。」
しかも僕より酷い目にまで遭っている。普通恥ずかしいとか考えるのに、よく何の躊躇いもなく出せたな。
僕は色々思うところはあるが、悩みの原因の一つである自分の職業適性カードの適性欄も勇義に見せた。
「おやおや、君もか。仲間だねぇ。」
「ハハハ……まあ嬉しい様な、悲しい様な。なんかでもちょっとホッとした。」
結構こういう人間は多いのだろうか?
「面接官のおじさん曰く、健康体で白紙になる人間は10万人に一人だそうだ。」
「適当に石投げて鳩を捕まえる方が簡単そうな確率だな。」
やっぱり絶望的だった。そこまで数が少ないと一般の理解が得られるかも分からないからいよいよ老後どころか働き始めるのもキツそうだ。
「でも大志は完全な白紙じゃないじゃないか。」
「そうだけど、魔王って何か全然分かんないからさぁ困ってるんだよ。」
というまたレベルが上がってる。今度はよく見ると『魔王Lv.15』と表記されていて一気にレベルが上がっていた。
「それが大志の悩みかい?」
「いやそれだけじゃ無く、全く関係ない訳じゃ無いけどさぁ。」
僕はマナに求婚された事の経緯を、混乱して整理できていないが出来るだけ順番に話してみせた。
勇義も最初は真顔で聞いていたが、マナのトンデモ理論とその結論を聞いて眉間に皺を寄せた。
「こう…何というか……ボクも大概他人から頭がおかしいとか言われるのでそんなボクが評するのは客観性を欠いているやも知れないがぁ〜、そのぉ……」
「僕しか聞いてないからはっきり言ってくれ。」
「とても個性的な、価値観…を前面に出した、面白い発想?その、考え方だと…思う。」
だいぶ言葉を選んだな。
「まぁでも、一つ疑いようの無い事実が有る。」
「何さ?」
「彼女は君を好いている。君はそれに答えなければならない。」
僕は言葉に詰まる。
マナが僕を好きだと言い始めたのは小学校高学年の時期からだ。当初の僕はその感情をうまく理解できなかったし、小学生特有の恋や性に関わる同級生のからかわれる事をよく思わず、何となく有耶無耶にしていた。
それにそもそもの話になるがマナがなぜ僕を好きなのか、何故僕にそこまで執着するのか理解できなかった。
「そもそもマナは本当に僕が好きなのか?」
「それは口が裂けても言うべき言葉じゃ無い!」
勇義は先程よりも鋭い眼差しで僕を強く叱りつけた。
公衆の面前でいきなり大声を出した為に周りから注目を集めてしまうが構わず勇義は僕に捲し立てた。
「大志にとってのマナはどうかは分からない。君が態度を明らかにしなければ知りようが無いからね。ただマナは違う。ボクの知る限り中学に上がった三年のあいだ大志に言葉と態度で好意を示し続けていた。その好意を疑うなら大志に対してマナが求める物は何だい?」
僕はマナが自分に求めるものを考えるが何も浮かばない。
「大志は…ボクもそうだが孤児で親無しだ。財産は期待できない。将来性も今回の職業適性でボクと同じく断たれてしまったも同然だ。」
境遇の被りがあらゆる意味でひど過ぎて一瞬思考が横に逸れそうになるが、グッと堪えて勇義の話を聞く。
だが全て事実だ。疑いようもなくマナは俺から物質的な利益を求めていない。
残る可能性は…
「残る可能性で恋愛という概念で君を陥れるという可能性も彼女の性格上から極めて薄いぞ。」
「…え?」
「大志を好きだと言って勘違いさせて陥れている可能性も彼女の性格上否定出来る。」
勇義は自信を持って断言した。
そうか、マナは距離感を知らずいつも周りを気にせず行動する節があるがとても優しい女の子だ。(時々怖いけど。)
優しい彼女が僕に向けた純粋な好意を疑うなんてこの上なく残酷で卑劣な行為だ。僕はかぶりを振り自分の抱いていた愚かな感情に自戒の念を抱いた。
「言っておくがマナが凄まじく優しいのは大志に対してだけだぞ?」
「はぇええ⁉︎」
僕は勇義が冷たい目で放った一言に、予想も今まで信じていた先入観も全てをひっくり返されてしまい、奇声を発してしまった。
勇義はため息をつきつつも勇義から見たマナの性格を淡々と冷静に話してくれた。
「あくまでボクから見た主観でしかないが、どちらかと言えばマナは他人に興味を抱く事が出来ない人だと思う。」
「他人に興味を持てない?」
「言い方が悪いけどそう思うよ。大志やその周辺の人物としか会話してるのをあまり見た事がない。それだけなら友人の少ない人間とも取れるが、彼女はその他の同級生とも必要最低限以上に話さない。そして恐らくその極端な周辺に対する無関心は、副次的に他人を攻撃するという選択肢も彼女から奪っている筈だよ。」
「そんなまさか…」
「大志と友人になる前無理矢理話そうとしたボクも悪いけど、マナは『私の人生にお前は要らない』とまで言われた訳だけど大志君はどう思う?」
「……」
言葉を失うしかない。
勇義は滅多な事では人を悪く言わない。頑ななまでに嘘は言わないし他人の評価も凄まじく甘いのだ。
去年、勇義に対してカツアゲをしてボコボコにして来た不良に対して『彼を許してやってくれ。お金に困っているのは間違いないし、きっとそうせざるを得ない境遇が有ったんだよ。』と言ってのけた時はドン引きしたくらいだ。
その勇義の言う事だからマナの性格は甘く見積もってもそのまま真実、或いはさらに恐ろしい事になっている可能性もある。
って事は今までの僕に対するマナの態度はどうなるんだ?何故僕にそこまで優しく接してくれるのだろうか?
「簡単だろう?マナは君が好きなんだ。マナにとって烏丸大志その人こそが世界の全てなのさ。」
そう簡単な話だ。
人間に無関心な彼女が僕を好きになる理由は定かではない。しかし他人を攻撃もしない彼女が、利益を得られない僕に言いよる理由は勇義のいう通り一つしかないのだろう。
「だからボクは君に、マナが君を愛する気持ちを疑うなと言ったのさ。そして前言を撤回する様で済まないが、ボクは大志の力にはなれない様だ。君がどう判断するかは君自身で考えるべきだ。それが大志が負うべきマナの気持ちに対する責任だ。」
そう言うと勇義は立ち上がり軽く挨拶を済ませてその場を去っていった。
「僕の…責任…。」
中学最後の夏休み。
卒業式直前に訪れた青春の大きな課題は、自ら将来の問題と共に大きく肩にのしかかり僕の胸を締め上げる。
「はぁ…」
ため息を吐きながら見た何となく眺める職業適性欄には魔王Lv.20と書かれていた。
『まだだ…だが同じこと。手に入れれば全て同じ事だ…。』
あの時聞こえた不気味な声はよりは大きな声で、嬉しそうに独り言を呟いていた。