旧きの魔王の回顧録-2
「…ふうぅ!ようやく全てに片がついた。」
僕は自分のために用意されていた魔界一豪華なこの玉座に数年ぶりに体を投げ出す様に預けた。
「掛けなくてもいい労力を掛けるから疲れる羽目になるんですよ?マオ様。」
玉座の隣に控えていた淫夢魔の女王であるマナが、数年ぶりの主人を目の前にして労いでなく敬意もへったくれもない小言をかけてきた。
いやまあ正論なんだが……。
「そのあだ名も懐かしく感じるよ。」
「結局どうだったんですか?今回の勇者は。」
今回の勇者…。
僕はいつも真の勇者が産まれるたびに遠方から千里眼系の能力で眺めたり、今回の様に仲間や協力者に扮して近くで冒険を体験したりして勇者を観察している。
一応真面目な目的もあるが、主な理由はシンプルに趣味だ。
「いや、今回もダメだったよ。国家の傀儡を完全に脱却出来てないし人類の希望と言えるほど世界にも認められない。俗物なのは構わないがぁ…こう、輝く様なカリスマ性と言うのかね?足りんかったねぇ、あと強さもいまいち。」
「じゃあ3日も戦う意味ってあった?」
足元の僕の影から実際に戦わされるハメになったヴァルプルギスが抗議する様に疑問を投げかけた。
「いや、まぁ…覚醒する可能性もあったし……。」
「覚醒に至る根拠は?」
「貧乏農家から成り上がった…根性?」
「何故疑問符が付いてるんですか?」
何故僕はここまで詰められなければならないんだ?
そもそも僕は魔皇帝!世界を征服した魔族の長なんだぞ!
「不服ならもっと原初の魔王としての自覚を持った行動をして下さい。愛するマオ様に何かあれば私は世界を蹂躙してしまうかもしれないので。」
「何その束縛の仕方!?僕がせっかく緩ぅく平和気味に支配してる世界を勝手に人質にとらないでくれます?」
どんな脅迫方法だよ。怖すぎるわ!
そんな風に、古くからの側近の二人とわちゃわちゃ話していると玉座の間の大扉を小気味良くノックする音が響いてくる。
僕は話しを逸らすべく佇まいも整えず急いで玉座の間を訪ねてきた来訪者を向かい入れる事にした。
「は、入りたまえ!」
「お忙しいところ失礼します。」
入ってきたのは元勇者パーティの魔法使い、アンジェリカ・マーリンだった。ただし先程とは違う姿形をしていた。褐色がかった肌が雪の様に白くなり、髪は燃える様な紅色に。瞳も赫く輝き白目は黒く染まっていた。アンジェリカも妹と同様魔族へと変わったのだ。
「おお、待っていたよアンジェリカ!もう家臣達が僕達の旅路にケチをつけて来て困ってたんだよ〜〜!」
「は、はぁ…」
アンジェリカは旅路のメンバーだった事もあり、答えに窮している様で困惑していた。
「あぁ、アンジェリカさん貴方に非は無いのでご安心を。私達はマオ様の趣味に振り回された事に対して御忠言を述べさせて頂いてるだけですから。」
「え?趣味っ!?」
「違う!違うゾォ〜アンジェリカ!あの旅は確かに私の独断と私情が多分に盛り込まれていたがそれは勇者に対してであって君への救済はまた別の話だ!」
まるで僕が遊び半分で他人の運命を弄ぶ外道みたいに思われるじゃないか。マナの発言でアンジェリカに対して要らぬ誤解を与えぬように僕は慌てて事実関係の訂正を行なった。
しかし……
「たとえ私達の救済が魔皇帝陛下の戯れであっても私自身の忠誠には微塵の揺らぎもないと今一度誓いを改めて述べさせて頂きます。」
「あ、うん。…よきにはからえ。」
ダメだった。
しょうがないので僕は咳払いをして本来の用事を手早く済ませる事にした。
「あぁ時にアンジェリカ。『新生』を経た新たな肉体の調子はどうだ?」
「はっ!まるで生まれ変わったかの様です。勇者ヴィクトを遥かに上回る魔力と人間だった頃とは比べ物にならないくらいの力を感じます。」
「魔力操作も人間だった頃とは比べ物にならないわ。脳の作りから骨格や筋肉、臓器に至るまで遥かな強靭さを持つ様になった筈よ。魔皇帝陛下のご期待に添える様に励むのです。」
「はい!」
マナの激励にアンジェリカは強い意志で持って応えた。
「まずはシェオル魔皇連邦帝国内のエギリ魔導都市国家群へ向かい勇者との戦いで空白となった魔王の座を自らの身で補完。その後は役目をまっとうし僕の忠誠に応えよ!あ、寂しいなら妹も連れて行くと良いよ?」
「……相変わらず締まらない皇命だね。」
僕の足元からヴァルプルギスがボソリとツッコミを入れた。いいんだよ、下手に格式ばらなくても事実僕が一番偉いんだから僕の好きにすれば良いんだよ。
アンジェリカ・マーリンは恭しくお辞儀をして王座の間を後にした。
「いやぁ〜くたびれたね!」
「マオ様は何もしていらっしゃらないでしょう。」
「いやまぁ……そうなんだけどさ。今回の旅のことに関してさ。」
僕は今回の旅で見てきた勇者の姿に想いを馳せる。
今代の勇者は歴史上の勇者達の中でも特段強いわけではなかった。俗っぽい出世欲を持ち、変身していたとは言え僕の尻に向かう目線は気持ち悪い限りだったし、カリスマもないヤツだった。
しかし…
「優しさは人一倍だったかねぇ?」
「いや私は知らないよ?」
ヴァルプルギスは一緒にいなかったからね。
どんな小さなトラブルも見過ごさずに顔をツッコミ、自分の稼いだ金は必要分以外は出身の村に貢ぎ込んでいた。そう言う点は評価できる勇者だったのだ。
「まぁでもやっぱり初代勇者には及ばないかなぁ。」
「結局そこに落ち着くんですね。」
マナは呆れた様子で僕の言葉をサラリと受け流す。
そう……こんな会話をもう二万年も続けているのだ。呆れられもするよね。
「呆れてるわけじゃありませんよ。ただ私は…いえ、私達はもっとずっとお側にお使えしている私達にも想いを馳せてほしい。そんな寂しさを感じているのです。」
「本当だよ!パパは何かあればいつも『初代勇者は偉大だった。』『あいつがいたから今の僕が有る』とかばっかり言うんだもん。妬ましいったらありゃしないよ。」
そうか、ずっとそんな風に思っていたのか。
今は亡き者に思いを馳せるあまり、知らないうちに僕は最も大切な仲間達を蔑ろにしていた様だ。僕にとってかけがえの無い半身とも言える者達だというのに。
「……すまなかった。」
「大丈夫ですよ。私達を思って下さってる事も承知しておりますから。」
「ありがとう……いやそうだな?よし!今日はここに子供達を呼ぶことにしよう。」
「え、はい?」
思い立ったが吉日。僕の思いを明確に、そしてはっきりと家臣や国民に理解して貰う為に。
「今日は僕の人生について自分語りをさせて貰う事にしよう!」
僕がこの世に生を受けた絶望、君達と出会った喜び。世界を支配せしめた悦楽、それらの思いを感謝を込めて今夜語り尽くそう。
「いやいやいや!パパ、どれだけの人を集めるか知らないけどいきなり言って集められるわけないじゃん。」
「大丈夫だ!僕は原初の魔王、この世界の支配者だ!不可能はない!__っと言うことでマナ、ここに人を集めてくれるかな?」
「おい!」
ヴァルプルギスは影を伸ばして僕の頭を鋭くはたいた。
僕が痛みに悶えているとマナは嬉しそうにクスクスと笑いながら僕の命令を聞き入れてくれた。
「……まったくマオ様は勝手なのだから。」
そう言うマナの口元は少し笑っていた。
懐かしい気持ち。彼女も僕と同じく青春に想いを馳せ懐かしんだのかもしれない。
僕の最側近たる七つの大罪達は既に僕の人生の殆どを共にする家族も同然だ。長く生きるとどれだけ前を向いて生きようと振り返った時にどうしようもなく懐かしい気持ちになるのは仕方がない事だ。
或いは僕も長旅で少し寂しかったのかもしれない。
マナは僕の思いつきに従って、魔界の子供達や僕の話を聞きたがる有志を集めに行ってくれた。
「マナだけじゃ手が足りないから私も行ってくる。」
ヴァルプルギスも僕の足元から離れてマナを手伝いに行った。
玉座の間に一人残された僕は煌びやかな見慣れた遠い天井を見上げながら懐かしい記憶の海に想いを馳せ、今夜話す過去の出来事を整理する。
「あの頃の僕は人間だった。いや、人間だと思ってただけかな?」
一つの絶望から生まれた小さな歪み。僕は無力にも嘆く事しか出来ずにいた。
「そうだな僕の人生の…あの時の大きな変化の始まりに題名をつけるとしたらこうだな!」
___魔王Lv.1___
それが分かったその日、其れまでの人生が終わりを告げたのだと気づいた。