終焉の16【約束】Lv.1
気がつくと全てが終わっていた。
サンダードラゴンは肉が燃え尽きて白骨になっており、マナも初めての体験に疲れたのか僕を膝枕で寝かせながら眠ってしまっていた。
ラウンドアバウト周辺は全てが瓦礫になっており、少し離れたビル群も窓ガラスが残らず無くなっていた。
コレは僕がマナを生き返らせた結果の帰結だ。自分が原因で引き起こされた大惨事の痕跡にも関わらず心の中はどちらかと言えば晴れやかで清々しい気分だった。
「すぅ〜はぁ〜〜…」
深呼吸をしてマナの膝枕を惜しみつつもその場から起き上がり自分の足で立つと、目の前には僕がいた。
「よぉー!うまくやったみたいだなぁ。」
「ハッピーエンドには……ほど遠い気がする。」
確かめようはないが、ドラゴン以外の僕らが広げた被害によって死んだ人間もいた筈だ。
僕の願いの為に沢山の人を犠牲にした後ろめたさが少しだけあった為、大団円と称することに抵抗があった。
「なぁに言ってんだよ、大切な人は生き返らせた。ムカつくドラゴンも殺せた。街の被害はぁ〜……、まぁしゃーない。コラテラルなんとかって奴だ。目的達成の為のいた仕方ない犠牲だよ。」
「仕方ない…、そうだよな仕方ないよな。」
僕に毒されたのか、元々の僕の性格がそうだったのかは計り知れないが、今僕は軽い気持ちでコレらの犠牲を仕方ないで済ませてしまえている。
まったくもって度し難い人間になったもんだ。
「俺達はもう人間じゃねぇよ。邪で悪徳なる混沌の主、恐怖と狂気の根源、世界の敵対者で有り冒涜の支配者、魔王!それが俺達だ。」
「僕は魔王。」
そうか、あの職業適正カードは僕がそうだと指し示していたのか。しかし世界の敵対者かぁ。
「何で世界の敵対者に僕がなるんだ?僕はそんなつもりは無いぞ?」
「ん?あ、そうだそうだ、そうだよなぁ?お前に言うのすっかり忘れてたぜぇ!」
手を叩き、僕は思い出したと言わんばかりにあの世界で言い忘れていた話をしてくれた。
「願いだよ願い。俺の願い…叶えてくれんだろ?」
「え?あぁ!」
思い出した。話の内容も聞かずに取り敢えずマナの事を生き返らせに行ったんだった。
すっかり忘れてた。
「で、その願いと『世界の敵対者』がどう言う関係があるんだ?まさか僕が『世界の敵対者』に事が願じゃ無いだろうな。」
「いやいや違う違う!『世界の敵対者』はあくまで願いを叶える過程で絶対そうなるってだけでそれそのものが目的じゃないから安心しろ。」
「より悪いわ!」
世界の敵対者が過程で済ませられる願いって何なんだよ!怖すぎるだろうが!
「俺の、俺達の、お前の願いはシンプルだ。ククク。」
「なんだよ覚悟なんか絶対決まんないからさっさと言ってくれよ。」
「世界征服だよ。」
「え?あぁ〜…。」
この願いを聞いた瞬間の僕の中を満たした感情は驚きや困惑ではなく納得だった。自分の中の何かがストンと、腑に落ちてしまったのだった。
世界征服だ。
そりゃ世界を支配する過程で、全方位から反撃されるし敵対もされる。
『世界の敵対者』どころの騒ぎではなかったのだ。
だけど僕は僕が言った願いに対して、やっぱりあっさりと答えを返してしまうしかなかった。
「いいよ。」
「は?」
「だから良いって、世界征服。それがの望みなら良いよ。やってやるよ。」
僕があっさりと承諾するものだから僕は逆に僕の言葉を疑ってかかってきて胸ぐらを掴む。
「簡単に言ってくれるじゃねぇか。簡単じゃあねぇんだぞ!最悪の場合は全人類を皆殺しにしなきゃならないかも知れない、或いはまだ見ぬ大いなる敵に殺されるかも知れない。それどころか星そのものを壊し尽くしてしまっても達成できない様な絶望的な目的なんだぞ!それでも良いのか!?」
かつて、いつの頃に、何故そう思ったかも思い出せない。だけど、それが不可能である事を悟り、理解して諦めたはずの願い。
それを何故か僕はずっと覚えていて、焦がれる様に願い続けていたんだ。
「僕は臆病で、頭も悪いし、我儘で、泣き虫で、嘘もつくし、そのくせ自尊心ばっかり大きくて、碌でも無い無能だけど、これだけは自信があるんだ。」
「何だ?」
「一度決めた事はどんなに時間がかかってもやり遂げるんだ。」
目的地の目の前で立ち止まることもあるだろう。
だけど僕は決して引き下がらない。
「ただ前を向いて歩き続けて見せるさ。」
僕がそう言うと僕は穏やかな表情で胸ぐらを掴んでいた手を離し、代わりに左の小指を差し出した。
一瞬間を置いて指切りをするのだと気付いた僕は慌てて自分の左手小指を差し出された指に引っ掛けた。
僕はそれを見て満足そうな笑みを浮かべて言った。
「……約束だぜ?」
お互いの腕を振った瞬間、激痛と共に目の前が激しく明滅して数秒の間何も見えなくなってしまい、たまらず僕はその場で膝をついてしまった。
「痛っつ!……指が。」
ふと見上げると目の前には誰もおらず、足元には僕と僕の二本の左手小指が転がっていた。
痛みと疲労で朦朧としながらその二本の小指を拾い上げて、いない筈の自分に向かってもう一度誓いを立てた。
「あぁ……約束だ。」
そう言ったのを最後に僕は意識を手放した。