終焉の11【終わり6】Lv.99
暴龍警報のサイレンが煩く鳴り響く中、僕は中央に向かって息を切らせながら必死に走っていた。
マナは頭が良い。きっと近くのシェルターに身を潜めて逃げているに違いない。
きっと、平穏無事でアシハラ市を脱出しているだろう。
当たり前のように理性ではそう確信できているのに、僕の中の暗く深い場所にある本能にも似たようなナニカが絶えず訴えかけてきていた。
『マナはいる。終わりを望み、街の中央にてその時を待っている。マナはいる。絶望に苛まれながら、希望を自ら打ち捨てながら、贖罪の時を待っている。』
「煩いなぁ!分かってんだよ!僕のせいで傷ついたマナが自棄になって避難してないって事だろ!?」
分かりにくいんだよ!
もっと分かりやすく訴えかけてこいよ!
そんな文句を言いつつ、中央に向かって走っていると左手の上空の方に大きな影と雷が大地を打つ『ダァン!』と弾ける様な衝撃音が聞こえてきた。
思わずキツく目を瞑ってしまうい、走る足が止まる。
気がつくと先程の大きな影はサンダードラゴンである事が分かった。
全身が黄色い手足と羽が生えた鰻はバチバチと電撃を弾けさせながら空飛ぶ小さな人間達と戦っていた。
呆気に取られて見ているとサンダードラゴンの体が真っ白に光り輝きながら歪んでいき、複数の雷を弾けさせながら消えてしまった。
事態が飲み込めずに呆然としていると、サンダードラゴンドラゴンと戦っていた人間の一人が僕の近くまで飛んできた。
「私は暴龍防衛に携わるフォートレスの隊員だ。少年、ここは危険だ!直ぐに付近の地下シェルターに避難したまえ!」
僕はハッとして自分がここにいる理由を答えた。
「ごめんなさい!僕の友達…大切な人がアシハラ市の中央に居るんです。迎えに行かないと!」
「学校で教わらなかったのか?どの様な事情があっても必要最低限の物だけを持ってシェルターに駆け込め。家族や友人は逃げていると信じて避難行動をして落ち着いてから連絡しろと言われた筈だ!」
「居るんです!…感じるんです!マナはラウンドアバウトで一人ぼっちで居るんだ。僕が迎えに行かなきゃ死んでしまうんだ!」
フォートレスの隊員を名乗ったお姉さんは、意味がわからず苦い顔をしながら何とかして僕に説得を試みようとしている様だった。
だがフォートレスのお姉さんの頭からアラームの様な音がしてそちらに意識が向いた。
「こちら、藤木です。サンダードラゴンの分身の一体は魔力の消失と同時に消滅しました。」
『こちら、隊長の田中だ。現在サンダードラゴンはアシハラ市南ブロックの中央で滞空している。何か探している様だ。今のうちに逃げ遅れた市民の避難誘導をしろ。動きがあれば追って指示を出す。オーバー!』
藤木さんの連絡が終わると同時に、僕の方に向き直る。
「聞いたな?今が逃げるチャンスだ。ここを真っ直ぐ五十メートルほど行くと地下シェルターに続く階段が有る。そこから必ず逃げる様に。」
フォートレスの藤木さんはそれだけ言って何処かに飛んで行ってしまった。
僕は立ち上がり藤木さんの言った道とは別の道へ走っていく。
その道は先程走っていた道と同じ方向、アシハラ市の中央へと続く道だ。
フォートレスの隊長である田中一之は、ビルの影から他の隊員と共に上空で滞空してクビを動かしながらあたりをキョロキョロと見回すサンダードラゴンを監視していた。
「アイツ、何をしているんですか?」
隣にいた由紀が一之に質問を投げかけるが、明確な答えを持っていない一之は少し考えてから推測を話し始めた。
「街を襲う暴龍は人間を襲うことに執着する傾向がある。恐らくはより多くの人間を殺すために人間の集まる場所を探しているんだろう。」
「私達が襲われないのはここにいるのが分からないからじゃ無いんですか?」
「サンダードラゴンだけじゃなく他のドラゴンもだが、優れた魔力感覚を持っている。とっくの昔にバレてるよ。」
ビルの合間から覗き込まないとバレる様な場所でない為由紀は半ば安心していたが、一を捕捉されている事を知り生唾を飲み込みながら武器を構え直した。
しばらくすると、サンダードラゴンに異変が起きる。アシハラ市中央に首を向けて動きを止めたのだ。何が起きたのか分からないが一之は長年の経験から嫌な予感がして付近の隊員全員に指示を飛ばした。
「全員!目標に一斉攻撃ぃ!!中央へ移動を始める前に意識をこちらに向けるぞぉ!」
フォートレスの隊員達はビルの合間から上空へと飛び出し一斉に魔法銃を連射する。
しかし、一歩遅かった。
フォートレス達の魔法弾が直撃する前に、サンダードラゴンは高速移動を始め衝撃波の発生による爆音と共にサンダードラゴンはその場から姿を消した。
「うわっ!」
バチバチと火花がちり、爆風によりフォートレス達は空中でよろめき体制を立て直す。
一之は一早く立て直して隊員達に指示を飛ばす。
「目標が中央へ移動した!何が有るかは分からんが、奴の好きにさせるな!アシハラ市中央に全速力で移動を開始する。俺の後に続けぇ!」
一之指示を聞いた隊員達は、一之に食らいつく様に全力で移動を開始した。
(何なんだ?この焦燥感は……嫌な予感がする。取り返しのつかない、決定的な何かが起きる予感がする。暴龍を中央に近づけてはならない!)
何故なのか、どうしてそう思ったのか、この時の一之には分からない。
だが後に彼はこの時の自分の予感が正しかったと思い知る。
最悪の形で…
千田は魔法学庁本部へと到着して降りる直前、ケータイであるニュース速報が通知できているのに気がついた。
「暴龍災害だ…。」
ポツリと呟くと、チャーリーは災害の場所が何処か尋ねる。
「いつもと同じだアージャ州アシハラ市だ。」
「またですか?多いですよね〜。此処から遠そうでひとまず安心ですね!」
「俺の故郷だ…」
「あっ…えと、すいません。」
千田はチャーリーの謝罪に「別にいい。」とだけ答えて車を降りた。
ニュースの内容から被害がいつもより大きいことを千田は察した。だが今の自分には何も出来ないことは分かっていた。
そんな無力感からか千田はチャーリーに何となく聞いてみた。
「なぁチャーリー?」
「はい、なんですか?」
「神の反対って何だろうな?」
「え?さぁ〜…何でしょうか。龍神様は唯一絶対の神ですし……。反対なんて考えられないですねぇ。」
この世界では当たり前の感覚だ、龍神に逆らう者はおらず、世界は龍神が支配する世界としてあるのだ。
暴龍や妖精達ですら人間に害をなす時龍神に伺い立てるとも言われている。
「じゃあもう一つ……神に救いを拒まれた時、大人しく死にたくないと足掻く時、我々は何に祈ればいいのだろうね?」
「いやぁ、分かんないですね。すみません。」
「いや、良いよ。」
千田が言った神が救いを拒むと言うのは、自分の出身であるアシハラ市の市民達である。
アシハラ市民のうち龍神教の信者の割合はシェオル合衆帝国最低の二十パーセントで有る。残りは祖霊信仰である。
シェオル帝国民は異端に対する差別と軽蔑の念を込めてアシハラ市を“神の見捨てた地”と呼ぶほどである。
「神には祈った……。祖霊にも、妖精にも、自分を殺しに来た暴龍にも祈ってもまだ叶わない。我々の救われる道が閉ざされつつある現状で、一体何に祈れと言うのだ……。」
晴れ渡る空に雷がいくつも落ちる音と、ビルや構造物が破壊される様なガラガラという音が遠くからこだまして来る。
警報も相変わらずうるさく鳴り響き、何処かで聞いた様な女性のアナウンスする避難指示の声もビルに音声をこだまさせながらエコーがかかった様に聞こえていた。
マナは未だラウンドアバウトのベンチに座しており、自分の死を届ける災害が近くまで来ているのを感じて静かに待っていた。
後悔はある。
未練もある。
だがもうそれらを背負って生きるのは苦しいばかりで、マオの寵愛も望めない今となっては、死がマナにとって唯一の救いだった。
だが、彼女もまだ十五の卒業前の女子中学生だ。
死を目の前にして徐々に孤独感が強くなり、寒くもないのに肩が震えてきた。
徐々に抑えきれなくなり、心中に仕舞い込んでいた願望を吐露してしまう。
「………マオ……会いたい。」
誰にも聴こえるはずもなく、聞き届ける神もいなかった。
だがマナの想いに応える様に、その人の叫び声が彼女の耳に入ってきた。
「マナァーーーーーーー!迎えにきたぞぉーーーー!!」
マナはハッとして声の方を振り向くとそこには、自分の思い人が息も絶え絶えに、青い顔でこちらに走ってきていた。
「マオーーーーーーー!!!」
初めに幻を疑った。
次に会えた悦びに打ち震えた。
最後にマオが暴龍の危険に晒されている現状に恐怖した。
「私の事は良いから、早く逃げてぇ!」
「分かってる!だから迎えに来たんだ!一緒に逃げるぞ!」
「私の事は良いから!私にはあなたの隣にいる資格も権利もないから……お願いだから、わだじをお゛いでにげでぇ〜…。」
途中からどんどん悲しみと寂しさが溢れかえって来て、マナはぐしゃぐしゃに泣き崩れながら大志にこの場を離れる様に説得した。
「嫌だぁーーー!だったら僕も、一緒にここで死んでやる!いやなら一緒に逃げっ__うわぁ!」
「マオォ!」
大志はとうとう足に限界が来て、マナの手前の道路を挟んだ向こう側で倒れてしまった。
遠くでまた雷鳴が聞こえた。マナは暴龍はすぐ近くまで来ている予感がした。
マナは説得を諦め、マオを抱えて地下シェルターに逃げ込む事にした。
急いで車の無い道路を渡り、マオに駆け寄ろうとした次の瞬間だった。
巨大な何かが雷と共に、突然空から落ちて来た。
紛う事ない。今回の災害で多くの人々を殺した暴龍、サンダードラゴンだった。
マナと大志は降り立ったビルと並ぶほどに巨大な生物に圧倒され見上げることしかできなかった。
サンダードラゴンは二人の人間を見下ろしながら口元を引き攣る様な笑顔で歪ませて、空気を震わせる様な声でがなる様に笑いながら言い放つ。
「ギャァアアアアハハハハハハァ!皿の上でじっとして待っててくれたんだね!?美味しい美味しい俺の供物がぁ!」
サンダードラゴンは腕を振りかぶり、下から掬い上げる様に二人をその発達した爪で襲い掛かる。
大志は先程まで走っていた疲労と生来の鈍さから、ドラゴンの攻撃に反応できない。
マナは咄嗟に大志を庇おうと、大志の元へと飛び出した。
普段ぼやけて使いづらい大志の目は、サンダードラゴンの爪が腹に食い込むマナの姿がくっきりと、焼き付く様に捉えてしまった。
「え?」
瞬きをするとそこにマナの姿はなかった。
あたりを見回すと空から女の子が落ちて来て、地面に肉が打ちつけられるいやな音がした。
大志は口を震わせて目の前に落ちて来たソレをよく観察した。
頭の形が変わって血が出ていた。
目から赤黒い涙が流れ出ている。
首が不自然に曲がっており、お腹の右半分がなくなっていた。
これは死体だ。出来立てほやほやの女の子の死体だ。
昨日まで笑っていて、今日泣かせてしまった大切な女の子の死体だ。
よろよろと近寄り、跪いて手を握る。
まだ暖かい。
でも死んでいる。
マナが死んだ。死んでしまった。もう死んで……
「………あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
気がつくと大志は天を仰ぎ悲痛な叫び声をあげていた。
空では黄色いデカい鰻がまた汚く笑っているのが見えた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛___」
そこで大志の意識は暗い場所へと堕ちていった。