終焉の10【足掻く若龍】
「クソッ!クソッ!どうしてこうなった⁉︎」
アシハラ市の南方で暴れる雷龍は焦燥感に苛まれながら地上で逃げ惑う人間達を口から吐き出す竜の吐息による電撃で、感電死体や焦げた肉塊へと変えてゆく。
「分身の奴らが殺した分も含めても一万五千…まだ足りねぇ!」
儀式の遂行を命じられた若き雷龍、エジスン・サンダーバードは焦っていた。
元々エジスンは龍王お膝元の集落のチンピラであった。
龍王への襲撃も深く考えて実行したものでもなく、仲間内の賭け事に負けた腹いせと、極々低い可能性で龍王を殺せれば、自分が次の龍王となり権力を思うままに振るえるかも知れないと言う浅はかな思いからくる行動だった。
龍王の会議に呼び出された時は処断されて死ぬ事を恐れていたが、三千人の人間を供物とするだけで良いと言われてエジスンはホッとした。
だが安堵も束の間、高速度で大気圏に突入する彼の脳内に伝えられた伝達でエジスンは絶望の淵へ追い詰められた。
『供物の量を訂正、三千人ではなく三万人分の供物を用意セヨ。失敗すれば処刑。逃げれば貴殿が供物として捧げられるダロウ。』
「な⁉︎ふっざけんなよ、ゴルァ!」
エジスンの絶望を帯びた叫び声は高速移動による空気圧によって無力にかき消される。
エジスンは当初、アシハラ市の中央から暴れ回り人間達を適当に虐殺して回ると言う杜撰な計画を立てていた。
アシハラ市は人口密度が高いので、適当にやっても四千から五千の人間は殺せるからだ。
だが流石に三万人となると悠長に遊んでいれば、いくら愚かな人間でも逃げてしまうし、地下シェルターを通じて別の地域に逃げられてしまう。
儀式の約定で他地域の人間は殺せないし、他地域に逃げた人間も同様に見逃す事となっている。
「遊ばずにやっても一万人も殺せるか微妙すぎる。仕方ない、後で疲れるが魔法で分身を作ってアシハラの四方の端っこから人間どもを追い詰めてやる!」
エジスンは人龍形態から獣龍形態へと変身する。
その獣龍形態は、全体的にぬるりとした魚類や爬虫類を思わせる黄色い体表面とナマズやウナギを思わせる伸縮する身体を持つ。
角は無く頭部に兜の様な甲羅が有り規則正しく牙が並んでおり、大地を高速で這う四脚の足と空を超音速で駆け抜ける恐竜の様な翼を持っていた。
エジスンは人間から『黄色い電気ナマズ』と称される典型的サンダードラゴンであり、体長も三十メートルとごく平均的な大きさだった。
それはエジスンがドラゴンとしては平凡な強さである事も指し示しており、エジスン自身もそれを強く自覚していた。
だかこそ生き残るために全霊を尽くすと決意したのだった。
『雷龍の上位魔法・四分身』
エジスンが呪文を唱えると幾何学模様の魔法陣が四つ展開される。それぞれの魔法陣に紫電が走ると四体の自分そっくりな分身が現れた。
「「「「狩り尽くしてやる…人間どもがぁ‼︎!」」」」
エジスンは生み出した分身とともに四方向に分かれた。
更に加速して音速を遥かに超えてゆき断熱圧縮によって体表面が高熱を帯びてゆき、地上からは四つの輝く流星の様に映った事だろうが、エジスンにはそんな事を考える余裕もない。
エジスンの頭の中にあるのは、恥も外聞もない『生きたい』と言う原初の生存欲求のみであり、その心理は高位生命体であるドラゴンのソレとは言い難いものだった。
『雷龍の上位魔法・最強化大爆発』
着陸…いや、地面との激突の直前に大爆発を引き起こす雷系統の魔法を放つ。
地面と自らの衝突のエネルギーも相まって周囲に大きなクレーターを形成すほどの爆発を引き起こす事ができた。
だが状況は芳しいとは言えなかった。
「っち!既に避難が始まってやがるか。今の爆発で三千…分身の奴らも含めても一万ちょっとか!」
科学の進歩はドラゴンに対する対抗策を衰退させたと千田博魔法学庁長官は嘆くが、避難の手段やその効率化と言う意味に於いては科学の発展はまさしく大きな成果を出していた。
「仕方ない…当初の予定通り、電撃をばら撒きながら中央へと向かうか。途中で分身どもの魔力は尽きそうだが、人間どもを多少誘導することは出来るだろう。」
エジスンが出した分身の魔法は質量のない雷の魔力で作られた実体である。魔力で作られている為魔法が使えるが、魔力が尽きると消滅するのである。
ドランゴンの中では平凡な強さのエジスンにとって上位級で四体分の分身は凄まじい消耗となる。しかし自分の命がかかっているこの状況でそんな事を気にしている余裕はなかった。
エジスンは近くで最も高いビルを登り、そこから中央へと向かって電撃の魔法をばら撒きながら低空飛行する。
『雷龍の中位魔法・最強化龍の放電』
途中で視界の端にいた人間の対抗勢力から些細な攻撃を腹にくらう。
決して痛くは無いが、ドラゴンにとって下賤な人間共からの敵意や攻撃はどんなに些細で歯牙にかける必要のないものであっても、高位生命体である彼らへの侮辱と捉えるのである。
普段の儀式であれば反撃に打って出て遊んでやり、自らの行いを後悔させるのがドラゴンの矜持ではあるが、三万人と言う無茶なノルマを課せられたエジスンにとって今は人間ごとき羽虫に付き合っている余裕はないのだ。
「奴らは弱いが攻撃を避けるのがやたら上手いからな。遊びは最後に回して先ずは三万人を殺して回らねば俺の命がない!」
決死の覚悟でサンダードラゴンに攻撃を当てたフォートレスも必死だが、エジスンもドラゴンの誇りを無視せねばならぬ程に必死だった。
『雷龍の下位魔法・千連誘導貫通槍』
エジスンの口から魔法陣と電撃が展開、千本の槍に変化した電撃が地上に降り注ぎ、人間たちの心臓を的確に貫いてゆく。
ビルの足元には人間の死体が着実に量産されていく。
しかし最初の一撃による大爆発より明らかにペースが落ちており、人間達の避難が完了しつつある事が見て取れた。
「っちぃ!魔法は退化した癖に逃げ足ばかり早くなりやがって…忌々しい!」
これ迄にエジスンが殺した人間達の数は分身達の分も含めて二万二千人弱。
しかし魔力感知や高度に発達したサンダードラゴンの感覚器官をもってしても、アシハラ市の地上には数百人程度の人間しか見つける事が出来ない。
エジスンにとって更に悪いことに、分身達の魔力が尽きてしまう。
十数キロ先のビルの上にあった筈の自分と同じ姿の分身がバチバチと火花を散らせながら姿を消してしまう。
「くそっ!ここから八千人、どうやって殺せば…。」
エジスンは上空で滞空してサンダードラゴンの電磁波による物理的な感知方法から魔力による完治方法に切り替えてアシハラ市全体に感覚を広げた。
この方法なら地下シェルターの浅いところにいる人間なら掘り返して殺せるかも知れないと思ったからだ。
暴龍警報のサイレンが鳴り響き始めて、既に二十分が経過しようとしていた。
地下シェルターの通路は網目を張り巡らす様にアシハラ市の各所に存在しており、例え出入り口を一つ一つ掘り返しても蜘蛛の子を散らす様に逃げてしまった人間達を殺すのは困難であり時間がかかる。
エジスンは自らの死がいよいよ現実味を帯び、足元から冷たいものが這い上がる様な感覚に震えた。
しかし……
「___ッ!?」
悪運が尽きていなかったのか或いは龍神の思し召しか、エジスンはまだ到達していない数キロ先のアシハラ市の中心にとてつもなく巨大なエネルギーを有した人間を見つけた。
「コイツはぁ…、コイツなら!この迸る様なエネルギーの持ち主の魂ならば!きっと一万人分、いやそれ以上の供物となる!龍神は俺を見捨ててはいなかったんだぁ!」
エジスンはその人間を決して逃がさない為、自らに流れる雷龍の魔力を全身に巡らせ、まさに稲妻の様に一瞬で加速し超音速でアシハラの中央のラウンドアバウトへと向かった。
「待ってろ人間、お前の命はこのエジスン・サンダーバード様が有効活用してやる。泣いて喜び、自らの幸福に打ち震えながら、その命を献上するがいい!」
自分の命が助かったと確信し、その口からは下劣な思考と醜く歪んだ笑顔がこぼれ落ちていた。