終焉の8【終わり5】Lv.89
『実に愚かで稚拙な精神性だな。どちらにせよお前が無能の役立たずであると言う事実には代わりないと言うのに。ならばより良い結果を求め合理的に判断すれば良かったのだ…。実に愚かだ。ああ……愚かだ。』
「黙れ……!」
僕の心の中で僕自身が僕を苛む声が聞こえる。
そうやって自分を責め立てる事で罪悪感を必死に消そうとしいるんだ。
そうやって学校と駅の中間ぐらいに有る小さな公園のベンチで、もうかれこれ一時間ほど意味のない反省会もどきの自問自答を繰り返して頭を抱えている。
『マナを傷つけた罪は消えない、罪に罰をいくら与えても無意味だ。やってしまったと言う事実は世界の歴史に刻まれ未来永劫残り続ける。例え全ての知性体の記憶から消えようとも事実は変化できないのだ。お前の行動の全てが取り返しが不可能なのだ。』
「うるさいぃーーー!」
『償おうと償うまいと同じ事……だから、』
「う゛ぅぐぅぅ……!」
自分を苛む心の声に耐えきれずうめく様に叫び声を上げる。
真昼間とはいえそこそこ公園の道には人通りが有り、僕を刺す様な視線を感じてそんな感覚がより僕を追い詰める様な気がした。
実際にはチラチラと見る人間はいるが関わらない様に僕と距離をとって歩き去る人間が殆どなのだろうが……。
そんなふうに涙目で呻きながら頭を抱えていると、ザッザッと何者かが近づく渇いた足音が聞こえてきた。
「おやおや可哀想に…。何をそんなに嘆いているのですか?少年よ。」
自分を心配する様な不審な声が僕の頭の上から聴こえてくる。
ふと顔を上げて声のする方に目を向けると、やけに背の高いもうすぐ夏だと言うのに外套に身を包む分厚い本を抱えた男がやけに穏やかな笑顔を浮かべながら立っていた。
「あ…あなたは?」
「私の名前はハワード・フィリップ・プロヴィデンス。冥導派と呼ばれる妖精教の新派閥の教祖をしております。」
「……はぁ。」
ヤバい人だーーー!と叫びたくなるのをぐっと堪える。
新興宗教だと言ったのでまず間違いなく勧誘だろう。
しかもシェオル帝国では邪教と名高い妖精教の更にその新派閥と来た。
間違いなくヤバい系の人だろう。
目算で訳二メートルを越えそうなやたらデカい身長も僕の中の恐怖や危機感をより掻き立てる要因となった。
とにかく呑気に話していたらヤバいので目の前の新興宗教の教祖的おじさんから一目散に逃げる算段を立てる。
周りを見渡し障害物の有無や逃亡ルートを考えているとプロヴィデンスさんはなんの許可も出していないのに勝手に僕の隣に「よいしょ!」と言って座り僕の肩をガッチリと掴まれた。
逃 げ ら れ な い 。
きっとマナに対する仕打ちの罰なのだと絶望した気持ちで涙を流していると優しそうな声でプロヴィデンスは語りかけてきた。
「さぁ、悩みを打ち明けてください。大丈夫、コレは加入などではなく純粋な親切心です。嫌なら名前も聞きません。私は聞き役に徹するのであなたが語りたい様に語って構いません。」
「……………………………………………………はい。」
僕は全てを諦めて自分やマナなどの個人の名前を伏せつつ洗いざらい全てぶち撒けた。
昨日白紙の職業適正カードを貰い絶望した事。
その直後ネットにも載ってない奇妙で役に立たなさそうな職業が一つだけ書き記された事。
友達や女の子の幼馴染に打ち明けると幼馴染に求婚された事。
次の日いつものようにイジメにあって幼馴染に救われた事。
救った幼馴染にいじめっ子に言われた事に反応して幼馴染の方に罵詈雑言を浴びせかけ当たってしまい傷つけてしまった事。
何もかも自分の恥も全部吐き出した。
プロヴィデンスはそれらの長い話を本当に何も聞かず、うんうんと頷きながら最後まで静かに聞いてくれていた。
「……で自己嫌悪に浸って今に至るって、こんな感じです。」
「そうですか…話してくれてありがとうございます。いやぁ青春ですねぇ。私も若い頃はよく妻とすれ違いつつも愛を育んだものですよ。」
「……は、はぁ。」
そんなドラマチックな話には思えなかったが。
ドラマの主人公はもっとカッコいいし無能でもない。
アニメや漫画の主人公だって、隠された力が有ったりもっと上手く立ち回ったりできる筈だ。
それが僕には出来ない。情け無い。
「同じ事ですよ少年。」
「はい?」
同じ事?何が同じ事なんだ?
「容姿がいくら優れていようと、どんな素敵な能力が有っても、アニメっぽい超能力があっても、君が自分で言う様に情けなくて無能な人間でも、何でも同じです。最初は同じで、何をやりたいかなんですよ。」
何をやりたいか?
僕のやりたい事が何かそれが重要だと言うのだろうか。
「でも僕が何をやりたいか考えたところで無能な僕に出来るこ事なんて何も……」
「君のやりたい事に能力が必要なのでしょうか?確かに普通の人間よりも取れる選択肢は少ない様に思える。だがよく考えて下さい。君がやりたい事が分からなければいくら選択肢を増やしても無意味なのです。リンゴを手に入れると言う目的の為にわざわざ畑を手にれる事まで選択肢に入れる必要は無いのですよ。まずは考えるのです。今君がやりたい事は?」
「今僕のやりたい事……。」
僕は自分の劣等感や恥辱から一番大切にしなければならない人を傷つけた。
許されない事であり、自分を愛して心配して求婚までしてくれた彼女に対する仕打ちとしては余りにも酷い結果である。
僕は意を決して、僕のやりたい事を全身に力を込めて万感の思いをこめ覚悟を決めて口にする。
「僕は幼馴染に謝りたいです。」
それを聞いたプロヴィデンスは先程よりも大きな笑みを浮かべて僕の背中を叩いた。
僕は衝撃でベンチから弾き出される様にその場から立ち上がる事になった。
「よく言いました!ならば後は簡単です。」
「いや、簡単では…」
簡単では無い、僕のその言葉を遮る様にプロヴィデンスはたたみかけた。
「簡単でしょう?貴方には彼女の元に向かう足がある!その後で謝る為の口もあるじゃないですか!」
「……あ。」
そうだ、なんでそんな簡単な事に気が付かなかったのだろうか。
悔いるなら、恥も外聞も気にせず謝って仕舞えばよかったんだ。
もとより僕は無能ななのだ他に選択肢がないならそれれしかしなければ良かったんだ。
始めからわかっていたじゃ無いかどちらでも同じ事だと。
『違う…。』
「え?」
何かが僕の中から僕の考えを否定した。
今このタイミングで否定を受けた理由が分からず、ひょっとしたら周りに誰かいたのかと思いキョロキョロとあたりを見回した。
「ん?どうしたのですか?」
「あ…いえ別に。」
あたりを見回すが公園だと言うのに近くは不気味なくらい閑散としており、誰の姿も見当たらなかった。
気のせいだったのだろうか。
わけが分からないが僕がやる事に変更も変化もないマナの元へ行き一刻も早く謝るのだ。
例え嫌われていたとしても僕は彼女に謝罪しなきゃならない。
「どうやら決心がついた様ですね。なら早く行くといいですよ。きっと彼女もソレを待っているでしょうからね。」
「はい!」
僕が駆け出そうとするとプロヴィデンスは何かを思い出した様に慌てて立ち上がり僕を引き留めた。
「あ?あーーーー!ちょっと待ってください!」
「はい?なんですか。早く行きたいんですけど。」
僕はその場で駆け足をしながら顔だけをプロヴィデンスの方に向けて用件を聞く。
「行けと言ったのに引き留めてしまいましたね。申し訳ない。手短に済ませるので少々時間を下さい。」
「あぁ…何ですか?」
僕は立ち止まりプロヴィデンスに向き直って一応聞く姿勢を取る事にした。
やっぱり勧誘だろうか?
さっき話を聞いてくれて的確なアドバイスを貰えた以上変に断りづらくなってしまったなぁ。
どうやって断ろうか悩ましい。
「いや、勧誘では無いのです。でも怪しい話には違いないので嫌なら断って下さっても結構ですよ。」
「はぁ、まあそれなら…。」
僕は今すぐ駆け出したい気持ちを堪えて少し話を聞く事にした。
何だかんだプロヴィデンスは自分が怪しいのは理解しており話している感じでは一定の常識も持ち合わせてるので無茶は言わないだろうと思っての事だ。
「私は妖精教冥導派の教祖と言うのはお話ししましたが、私は毎朝日課として儀式と占いをやっております。」
やっぱりきな臭そうな話だなぁ。
幸運の壺でも売りつけられるのだろうか…。
「その占いの結果、神託を賜りましてなぁ。内容は『アシハラ中学校付近の公園に変わった職業適正の少年がいる。』と…。コレだけでは何の事かわからないので職業適正の内容でどうこうはする事も出来ないのですが、我々冥導派にとって重要な事だとは思うのです。そもそも君が神託の少年かも分からない。宜しければ君の一つだけ出たと言う職業適正を聞かせて頂いても?」
職業適正を聞くだけ?
よく分からないがそれだけで良いらしい。
先程洗いざらい全部話してしまったので恥ずかしい話でもない。
「まぁそれぐらいなら…。」
そう言って僕は職業適正カードの職業適正欄を財布から取り出して裏面には名前も書いて無いのでそのまま見せた。
「はい、最初は魔王Lv.1だったんだけど、何故かどんどん上がってって今は…はっ?魔王Lv97⁉︎」
確か最高表示レベルは99だけど人類史上最も高い職業適正レベルは89じゃなかったか?
意味が分からない。
このカードは僕が何かの天才であると物語っているが僕には魔王が何か分からず、自分の中に明確な変化があるわけでも無いので何故どんどんレベルが上がってゆくのかも理解できないのだ。
僕が頭を抱えて混乱しているとプロヴィデンス真顔で目を見開きながら肩を震わせ何かをぶつぶつと呟いている。
「え?どうしたん……」
「ぃあああああああああはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはぁ‼︎!」
プロヴィデンスは大きく体を震わせたと思ったら天を仰ぐ様なポーズをとり、金切声の様な悲鳴を彷彿とするけたたましい笑い声を上げた。
僕はあまりに衝撃的な出来事に声も出せないくらい驚いてしまい吹き飛ばされる様に尻餅をついてしまう。
「そぉおおおかぁ!そういう事だったのですね?星の冥王よぉ!彼が…彼こそが預言のお方だったのですね?魔王…魔王!魔王様ぁああああ!!!」
「ひぃいいい!」
僕は恐怖で涙目になりその場から逃げ出したい気持ちでいっぱいになったが、必死で頭を整理して震え声でプロヴィデンスに尋ねた。
「ぷ、プロヴィデンスォ!あぁアンタは知ってるのか?魔王が何か、僕に備わっている才能が何なのか!」
俺の声を聞きプロヴィデンスは目線を空から地面に座り込む僕に落として、丁寧に起き上がらせてくれた。
少し落ち着きを取り戻した様だが顔の表情からは歓喜の感情が未だ滲み出ており、不気味な笑顔を見せた。
「まだです!今日の私は貴方様を導く為に小言をいう下世話で頭の可笑しいオヤジでしか有りません。」
「そこまで卑下しなくても…」
頭が可笑しいは否定しづらいが…
「全てをお話しするのは簡単ですが、今はその時では有りません。今日やるべき事は恐らく全て終わりました。そして今日!これ迄の秩序が終わりを告げる事になる!誠に勝手ながら今日のところは退散させて頂きましょう。」
「はい?」
そう言ってプロヴィデンスは身を翻してこの場から去ってゆく。
「ちょっと待ってよ!僕はまだ何も!」
魔王とは何なのか、何故レベルがどんどん上がっていったのか、何故プロヴィデンスが魔王について知っているのか。
他にも聞きたい事はいっぱいあるのだ。
「いずれまたお会いする事になるでしょう!その時が来れば私も貴方様に今一度全てをお話しさせて頂くと約束いたします。それではまた、邪悪なる根源の主よ!」
そう言ってプロヴィデンスは、足元から魔法陣の様な幾何学模様が光るとともに何処かへと消えてしまった。
後には地面に焦げる様に焼けついた魔法陣の跡だけが残された。
こんな時代に本業の魔法使い?
結局どうする事も出来ないのだと知り、まずプロヴィデンスに先程教えてもらった出来る事をやる事にした。
「また会えるなら聞くのはその時でいいや。」
ふと片付ける時に見えた魔王のレベルは99を超え100にまで到達していた。
どうでもいい!
僕はマナに会う!会って謝るんだ!
例え目の前にどんな障害が立ち塞がろうとも!
マナが家に帰るならまずはラウンドアバウトの方に有る地下鉄に乗る筈だ。
僕はラウンドアバウトの方へ走り出す。
空には四つの大きな流れ星が落ちてゆくのが見えていた。