番外編! 大きらいな妹のために法律変えることになりました! それで、法人ってなんですか?
時代はいきなり飛びまくって三〇〇〇年後。
ネット小説でよく見る中世っぽい時代の、とあるお屋敷にて。
「ちょっとお姉さま! いつまで寝てるんですか!」
幼い少女がベッドでぐーすか眠っている女の子を怒鳴りつけた。
「ん〜、なによウル、まだお昼じゃない」
「もうお昼なんですイリ姉さま!! 一四歳のくせして働きもしなければ礼拝もしない。こんなんじゃリィライラク教の修道院に送りますよ!」
「わかったようるさいな〜」
イリは小煩い妹にうんざりしながら起き上がった。
「しっかりしてくださいよ姉さま。お父様もお母様も亡くなって、この家を継ぐのは姉さまなんですよ!」
「えぇ〜、めんどくさいな〜。私には無理だよ〜」
「はぁ……こんなプー太郎が姉さまなんて、最悪です。神よ、これは試練なのですか?」
「神なんかいるわけないじゃん。リィ教なんてロットエル人がデハンス人から独立するために作った嘘っぱちって、誰かが言ってたよ」
途端、ウルはみるみる顔を赤くしてベッドの枕を投げつけた。
「神に対するなんたる冒涜ですか! 恥知らず! 姉さまなんて大嫌いです!」
「いいもーん私だって別にウルのこと好きじゃないし」
イリは部屋から出て、なが〜い廊下に出た。
妙な違和感がイリの眉をひそませる。
いつもなら数人のメイドがお掃除しているのに。
「ねえウル、メイドさんたちは?」
「辞めましたよ」
「え?」
「屋敷の当主が事故で亡くなって、馬車事業を任されたのがこんなアホ姉さまですもの。辞めたくもなります。いま屋敷には、私たち姉妹しかいません」
「うっそ〜ん」
「ホントに、嘘だったらどれだけよかったことか」
ウルはトホホとがっくり肩を落とし、庭の手入れへと向かった。
イリは、馬車の荷車製造業で成功した父のおかげで裕福な生活を送っていた。
だがそんな父が母ともども急死し、イリと妹のウルは一気に貧乏姉妹になっちゃったのである。
しかも……。
「うっ、ケホッ、ケホッ。……はあ、夢なら、か」
口を抑えた手を黒い吐血が染める。
ウルには告げていないが、イリは不治の病に侵されていたのだった。
と、ウルが何かを思い出したかのように戻ってきた。
「言い忘れてました姉さま、ライラースが出所したらしいですよ」
「あの凶悪犯罪者の?」
「はい。気をつけてくださいね。お父様の縁で、この家を頼りに来るかも」
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イリは気晴らしに街を散歩することにした。
レンガ造りの町並みを大勢の人が往来している。
馬車も走っているのが見えるが、その荷台はイリの家の事業で作られたものだろう。
「家業を継ぐってもねえ」
毎日ぼけーっと生きていたせいで、イリには荷車製造業の知識がまったくない。
いまから勉強しても、一人前になるころには姉妹は餓死していることだろう。
そもそも、病のせいでイリには時間がなかった。
「私、いつ死ぬんだろ」
そのとき、
「見つけたぞ、イリ」
フードを被った何者かに腕を掴まれ、路地裏まで強引に連れて行かれてしまった。
「な、なんですかあなたは!」
「俺だよ、イリ」
男がフードを脱ぐ。
そこには、吐き気がするほどの醜い顔があった。
「あ、ライラース」
「久しぶりだな、イリ」
バッと、イリは恐怖のままに距離を取った。
「詐欺師がなんの用ですか!」
「親戚相手に酷いじゃないか」
「あなたは我が一族の恥です! いくつもの家から大金を奪って、皇帝すら騙した極悪人!」
「……俺は才能のある恥。お前は才能がない恥だろ」
「うぐっ! て、ていうかなんで出所したんですか! 皇族から金を騙し取ったら死刑のはずです!」
「俺の交渉術を舐めるなよ。ところで、お前の家、いまヤバいらしいな」
「だからなんですか」
「俺が手を貸してやろうか? お前の親父さんにはさんざん世話になったからな、恩返しに助けてやらんこともない。もちろん、身を隠す場所が欲しいって理由もあるが」
刑期を終えても、その人相は国中に、いや他国にまで知られていた。
似顔絵が描かれた指名手配書のせいである。
ライラースは特徴的な顔をしているので、人の視線を集めやすい。いくら才能を活かして再起しようにも、元重犯罪者だとバレてしまえば肩身が狭くなってしまうのだ。
「嫌ですよ、あなたなんかに関わりたくありません」
「それで、これからどうするんだ? 立て直せるのか? 荷車を製造している工場の土地は親父さん名義だ、お前のものじゃない。また契約し直さなくちゃだぞ? 職人や、木の仕入れの契約、販売権利書の再発行、そのほか経営も……」
「ままま、待ってください! え、家業を継ぐってそんなに大変なんですか!? そんなの、当主が死ぬ度にいちいちやるんですか!?」
イリの疑問の連続を耳にすると、ライラースはニヤリと笑った。
「だが俺は、一つ良い方法を思いついた」
「良い方法?」
「人ではなく、事業そのものに人と同じ権利を与えて、権利者にするんだ。そうすれば事業主がいなくなっても、事業に必要なあらゆる権利が、金がある限り未来永劫続く」
現代でいうところの、『法人』のようなものである。
ライラースの言う通り、事業組織を人に見立てることができれば、事業主の負担は大いに減る上に、権利を守りやすくなる。
「そんなの、認められるはずが……」
「法律を変えてやればいい」
「バ、バカ言わないでください! 法律は、リィライラク教の教えを基準にして作ってます。ライラースさんの案ってつまり、人じゃないもの人に見立てる。架空の人間の存在を認めさせるってことですよね? そんなの、無理に決まってます! リィ教が許すはずありません!」
人は神が創造したとされている。
人の定義は、男女が子作りして生まれたものである。
目に見えない人など、子作りで誕生したわけじゃない人など、神は創造していない。
『私たちの事業は〜、神が作った人間とは違いますけど〜、人として認めてくれませんか〜? 書類仕事が面倒くさいんで』
なんてお願いしても。
『それってつまりお前が人の概念を作り直すってことか? 神にでもなったつもりか! この異教徒め!』
と怒鳴られるだけである。
『だいたい事業そのものが人ってどういうことだ。意味わからんぞ。意味わからんやつは異教徒だ! 死刑決定!!』
とも言われるかもれない。
「神だって架空の存在だ。神が邪魔するなら、理屈でねじ伏せる」
「で、できるわけないです! 商人は社会的地位が高くないんです。金持ち貴族や司祭たちに罵詈雑言浴びせられて終わりです!!」
イリはそう吐き捨て、走って逃げ出した。
あんな詐欺師を信じたら、絶対ロクな目に遭わない。そう確信して。
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屋敷に帰ると、庭からウルの嗚咽が聞こえてきた。
美しい花畑に囲まれながら、蹲って泣いている。
「お父さま、お母さま、私どうしたら……」
キュッと、イリの胸が締め付けられる。
ウルのことは、やっぱり好きじゃない。口煩くて、生意気で、可愛げがない。
でも、たった一人の家族なのだ。できればこれ以上悲しんでほしくない。
瞬間、イリは胸が苦しくなって、また黒い血を吐いた。
「私も、もうじき死ぬのかな……」
そしたら、いよいよウルは一人になる。
ウルはまだ一二歳だ。家業を継ぐには幼すぎる。
仮に継ぐとしても、先ほどライラースが教えてくれたような、大変な作業が待っている。しかも、一人でやり遂げなければならない。
「そんなの、あんまりだよね」
妹は嫌いだ。でも、幸せになってほしい。
もし、いま自分が頑張って会社を立て直し、ライラースの言う策も成功させれば、ウルは苦労せず大企業を継ぐことができる。
大金があれば、一人でもどうにかなるかもしれない。
「はぁ……」
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深夜、イリは街外れの居酒屋で酒を飲んでいたライラースに告げた。
「やりましょう」
「ほう?」
「神をねじ伏せて、法律を変えましょう! 神が信じられたように、架空の人間を認めさせるんです!」
これはまだ、商人が蔑ろにされていた時代の話。




