第42話! 王の頼み!
リィは走った。
ライラクを探すべく、ひたすら城の廊下を走った。
王のやつ、これが目的だったのか!
ルゥを使って自分を大人しくさせながら、偽物とすり替える準備をしていたんだ!
リィは研究室までたどり着くと、思いっきり扉を開いた。
「ライラクさん!」
肝心要のライラクは机に突っ伏し、居眠りをしていた。
机には何枚もの粘土板があるあたり、ずっと何かを書いていたようだ。
「ライラクさん! 起きてください!」
「……ん〜悪い、寝てないんだ。新しい教えを作るのに」
「お、教え?」
「王の部下に海まで行ってもらって、そこから見える星を観測してもらった。これを元に、神は目印として星を作ったが、季節によっては……」
言い掛けながら寝てしまったライラクの肩を、リィは懸命に揺すった。
「お疲れ様ですと言いたいですが、それどころじゃないんです! 私の偽物ですよ!」
「……寝ながら聞くから詳しく」
「さっき城の中で見たんです! 私にそっくりなロットエル人を! たくさんの護衛を引き連れて! 王は、反抗的な私の代わりに、その子を神にするつもりなんですよ!」
「あるかもな」
「ど、どうすれば……」
「そうだな……」
「……」
「……」
「ライラクさん?」
「……もう食べられないよ〜」
「ちょ! もう」
ずいぶんお疲れのようである。
叩き起こしても碌なアイデアはくれないだろう。
「どうしよう……」
研究室をあとにし、心を落ち着かせるためにルゥの部屋に行ってみる。
部屋が近づくにつれて、大きな笑い声が聞こえてきた。
なんだろうと、こっそり扉を開けてみれば、ルゥやミーラが王子と王女の子供と楽しく遊んでいた。
貰った杖で足元を確認しながら部屋中を歩くルゥを、ミーラと幼い王女がくすぐったりしてイタズラし、その周りを番犬がグルグルと走って尻尾を振っている。
なんとも幸せそうな光景。ボロボロの我が家にいた頃では、あり得なかった景色。
「ルゥ……」
「あ、お姉ちゃん」
ミーラがリィに気づき、部屋の中へと手を引いた。
ルゥは待ってましたと言わんばかりの興奮した様子で、リィに杖を見せびらかす。
「見てください姉さま! これさえあれば安全に外を歩けます!」
「す、すごいね」
「王子のカルマくんがくれたんです。お友達にもなってくれて、すっごく嬉しいです」
リィは強引に笑ってみせた。
これではとてもルゥと二人っきりの時間を堪能し、心を落ち着かせることはできない。
そもそも、何なのだあの少年と少女は。
王子と王女、ルゥの友達。本当に?
ミーラのような、王が仕向けたルゥの監視役ではあるまいな。
きっとそうだ、王ならやりかねない!
「私、お城に住めるようになってよかったです。姉さまのおかげなんですよね? ありがとうございます」
「……ちが」
リィの意志ではない。
「ご、ごめんねルゥ。忙しいからまたあとで」
姉として喜びを共有すべきなのに、リィは目の前の現実が受け入れ難くて、逃げ出した。
ルゥが、幸せになっている。
王の城で、王側の人間たちによって。つまり、王の力で。
ルゥに教えてないからわかっていないんだ、王がどんな人間なのか。
心のない冷酷な肉の塊。
あんなやつによってルゥが笑顔になるなど度し難い。
やつは、ルゥを利用しているのに。
ルゥを騙しているのに。
「ルゥは私の……」
憎悪が湧き上がる。
ペリオのときもそうであった。
リィは、自分よりルゥの心を満たす者が許せないのだ。
それが忌まわしい相手なら、なおさら。
「私の妹なのに」
瞬間、リィはとてつもない吐き気に襲われ、膝をつくなり吐瀉した。
食べたものだけじゃない、大量の血が逆流して廊下を汚す。
「あっ……あっ……」
胸が苦しい。体が熱い。
意識が飛びそうになる。
病が苦痛となってリィを蝕んでいく。
このまま死んでしまうかもしれない。
「だれか……」
そのとき、リィの前に何者かが立ち止まった。
「大丈夫か、神」
必死に見上げた先にいたのは、
「王ッ!」
神をも屈服させる絶対権力者であった。
「死にかけているな。医者を呼んでやろう」
発言とは正反対の冷めた眼差しがリィを見下す。
「聞いた通り、不治の病を患っているようだな」
「死んでたまるかッ! 私はまだッ!」
「安心しろ。お前が逝ってもリィ・ライラク教は滅びない。神は現在の肉体を捨て、新たな体に宿るのだ」
「あんな偽物は、神じゃない! 神は私ただ一人だ!」
「ほう、知っていたのか。誰から聞いた?」
やはり、入れ替わりを企んでいたらしい。
立ち上がりたくても、まったく力が入らない。
王に伏すような形になっているのが、余計にリィの神経を逆撫でる。
「なにが不満なのだ。お前はこの国に奇跡を起こした。慈愛の精神は次の者が継ぎ、この国は永劫愛と優しさに包まれる。愛する妹にしたって……ライラクが頼むならずっと城に住まわせてやってもいい。たかが取るに足らない子供一人だ。ライラクへの人件費と思えば安い」
「ルゥは……支配させない……」
「おかしなことをいう。彼女が親の腹に宿った瞬間から、その命は王たる私のものだ。もちろんライラクや、お前もな」
「キサマッ!」
「実際、あの娘は我が城にいた方が幸福であろう。我が息子たちも喜んでいる」
「お前ごときがルゥを喜ばせるな!」
「……イカれているな。お前は本当に危険な女だ」
王は自らしゃがむと、リィの頭を鷲掴みにした。
「もうじきお前はいらなくなるのだが、殺してしまうとライラクが去ってしまう。故に神よ、頼む、善良なデハンス人の願いだ、頼むから早く死んでくれないか」
「ッ!」
殺してやりたい。
殺してやりたい!!
私を誰だと思っているのだ。
積み上げてきた神という立場だけじゃなく、ルゥまで奪わせてたまるか。
神は私だけだ。ルゥを幸福にするのは王の悪意ではない、私の愛だ!
デハンス神話でもペリオでも王でも友達でもない、ルゥに人生を捧げているこの私の覚悟だけなのだ!!
「役に立たぬ神に要はない」
こいつを野放しにしているとルゥが不幸になる。
国が狂ってしまう。
信者を集めて殺してやる。
引きずり回して殺してやる。
それでは戦争に駆り立てるのと一緒か?
ライラクだって怒るだろう。
ならどうやって殺せばいい。
わからない。思いつかない。
自分では不可能なのか。神なのに、全知全能の神なのに!!
「わ、わたしは……」
そこでリィは視界が真っ暗になり、気を失った。
王への怒りは良心からでも善意からでもない、単純な一個人としての嫌悪である。
ルゥへの独占欲を無意識に『愛』と『平和』で偽っていることに、リィは気づいていなかった。
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数時間後、ライラクは気絶したリィの様子を見るために病室を訪れた。
リィはまだ目を覚ましていない。側ではルゥが心配そうに泣いていて、それをミーラが慰めている。
リィはあとどれくらい生きられるのだろう。
不治の病は二年で死ぬとされているが、それより前に死ぬ者もいる。
ふと、ライラクは父が気になって城を出た。
ちゃんと寝ているだろうか、食べているだろうか。
「父さん」
ボロ屋に入ってみると、父は口から泡を吹いて死んでいた。




