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第2話! 覚悟決めました!

「え? すみません、もう一度いいですか?」


「だから、お前には創造主になってもらう」


 ポカーンと、リィは思考を止めてアホのように口を開いた。


「安心しろ、大まかな設定は考えてある。世界を作ったのは創造主。この超常的な存在が人を生み、言葉や狩りを教えた」


「ちょっと待ってください! なに勝手に話を進めてるんですか!! なりませんよ紹興酒なんて!」


「創造主な」


「だいたい、私は今を生きるのに必死なんです! 毎日食べ物の心配をして、デハンス人にいじめられないかビクビクして、妹と一緒に寝る、この生活を繰り返すだけで精一杯なんです!!」


「信仰されて崇められたら、お前へ貢ぐ者も現れるだろう。みんなパンや魚を持ってきてくれて、豊かになるぞ」


「うそっ!?」


 などと思わず飛びついてしまったが、それでもやっぱり不安はつきない。

 こんな遊び人の無職を信用していいはずがないのだ。

 いつの世も、ロクでもないイケメンに騙された女の末路は悲惨である。


「ていうかなんで私なんですか!」


「頼めそうな女のなかでお前が一番可愛いからだ」


「……キュン」


「美人は人に好感をもたれやすいからな」


「だ、だったらライラクさんでもいいじゃないですか。かっこいいし、私より頭いいんだから」


「男だからダメだ。俺は女性を大切にするよう人々に教えたい。そのためには、創造主は女性である方が効果的なのだよ」


「な、なのだよって……」


 そんな口調で話すやつ、イキってる自称インテリの意識高い系だけである。

 いつの世も、イキってる自称インテリの意識高い系に騙された女の末路は悲惨である。


「そもそも誰も信じちゃくれませんよそんな話。ていうか、すでにその手の話はロットエル人にもあるじゃないですか。ほら、嵐を起こすのは人間の足が生えためちゃくちゃデカイ鳥の怒りだって」


「ペンキット様か。そのへんは上手いこと取り入れるさ。ペンキットは創造主の使いだってね」


「そ、それにみんなも私と一緒で、生きることに必死なんですから、話を聞く暇すらないですよ。さっきライラクさん自身が言ってたじゃないですか」


「あぁ、でも『いまは』だ。デハンス人がはじめた『農業』によって変わる。まだ害獣や土の影響で安定しないが、いずれ安定するようになれば大量の食料に溢れ、不安が減り、考える時間が増える。死や、世界のあり方に思いを巡らせるようになる」


「まるで未来からやってきた物言いですね。だいたい、デハンス人に反抗しようと扇動すれば、死刑ですよ? 敵に回しちゃいけないんです。ママの顔より先に覚える常識です」


 数年前までは、ロットエル人の中にもデハンス人に反抗する者たちが大勢いた。

 あんなやつらに従うのは恥だとか、心を許すなとか、血気盛んな男たちは口を酸っぱくして唱えていたが、そんな者たちもみんな殺された。

 いまでは、たとえ家族の仇だろうがデハンス人を敬い、恵みを頂くのが、ロットエル人の当たり前になっているのだった。


「反抗するんじゃない。ロットエル人のプライドを取り戻し、デハンス人と共に平和で清らかなより高い次元へ成長するんだ」


「ど、どう違うのかさっぱりです」


「それは君がまだ低い次元にいるからさ」


「イラッ!」


 ああ言えばこう言うライラクに、言葉で拒絶するのは無理なようである。

 リィはデカデカとため息をつくと、黙って踵を返した。


「どこに行くんだ」


「帰ります。一秒でも長く妹をなでなでしていたいので」


「興味が湧いたら会いに来い。俺はしばらくここにいる。なんせ親から縁を切られて家がないからな。あっはっは」


「無職なうえにホームレスかよ」


 と小声で呟き、リィはライラクと別れた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 帰る頃にはすっかり暗くなっていて、リィは周囲を警戒しながら野原を歩いた。

 この辺には狼や凶暴な猿がウヨウヨしている。

 リィは貧相な胸をしているがお尻が大きいので、ぷにぷにお肉が食べられないか心配であった。


「まったく、あんな人の話なんか聞くんじゃなかった」


 それからテクテク歩いていると、舗装された砂利道で誰かが蹲っているのが見えてきた。

 苦しそうにうめき声を上げている。単なる腹痛ではなさそうだった。


「あの、大丈夫ですか?」


「あぁ……」


 どうやら男のようである。

 男が面を上げると、リィはギョッと身構えた。

 黄色い目に細い眉、デハンス人だ。


「あ、えっと……」


 男は咳き込むと、黒い血を吐いた。

 流行病だ。患うと二年で死ぬらしい。

 最後の半年になると小便も黒くなり、全身に激痛が走るようになるのだとか。


「たいへん……。お家はどこですか? 私の家に来ますか? かかって一年ならお湯を飲めば咳が落ち着くって聞きましたけど……」


「その小麦色の肌、ロットエル人か」


「ま、まあ……」


「ちょうど良かった。医者に行きたいのに金がなかったんだ」


 そういうなり、男はリィに覆いかぶさった。


「ちょっ!」


「服をよこせ!」


「やめっ!」


「ロットエル人が逆らうんじゃねえ!」


 先程までの苦悶が嘘だったかのように、男はリィの服を強引に引っ張る。

 抵抗など、リィか細い腕では無意味であった。

 ただ恐怖になされるがまま、リィは服を剥ぎ取られた。


「汚いが、足しにはなるか。ご苦労だったなロットエル人、俺のために服を着ていてくれて」


 男はリィの服を握りしめると、苦しそうに黒い血を吐き、街へ歩き出した。

 リィは息を切らし、高鳴る鼓動を感じながら、蹲る。立ち上がりたいが、力が入らない。


「はぁ……」


 ダメだ。こんなところにいたら、狼に食べられてしまう。

 犯されなかっただけマシだと思い、すぐに帰るべきだ。

 気を強く持って、帰ろう。

 ルゥの顔をみたら、きっと元気が湧いてくるはずだから。


 リィは踏ん張って立ち上がり、家に帰った。


「なんなのよ、もう」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 自宅の扉を開けると、リィはいないはずの母と目があった。


「リィ! どうしたのその格好!」


「あ、えっと、狼に服だけ食べられて……。お母さんこそ、お仕事は?」


「……安心してリィ、これからは怯えずに暮らしていけるわ。服を奪われる必要もない」


「え?」


「デハンス人になるのよ。マリド様が、一緒に暮らそうって。家族になろうって。私たちは、デハンス人になれるのよ!」


 母は嬉し涙を流し、リィを抱きしめた。

 戻ってきたのは、必要なものを取りきたからだ。

 貯金や、愛娘を。


「さあ、行きましょう」


 リィは手を引かれ、外に連れ出されていく。


「ま、待って! ルゥは!?」


「……先に行ってるわ」


「うそっ! ルゥが一人で歩けるわけないじゃない!」


 寝室へ向かうと、ルゥは耳をふさいで丸まっていた。

 まるで、自分はこの世界にいないと表現しているように。


「ルゥ!」


 ルゥに駆け寄ろうとするリィを、母が呼び止める。


「ほっときなさい!」


「ほっとく!? 娘でしょ!?」


「でも、でもね、目が見えない子は……なにもできない。仕事も、婚約も」


「……なにが言いたいの?」


「体を売るしかないけど、マリド様は売春を嫌っている。どのみち、マリド様の家族になれないのよ」


「だから?」


「世の中は、生きる力のある者だけが生きていける。生まれてくるべきじゃなかったのよ」


 リィの頭が熱くなった。

 冷静な思考力が失われ、敵意だけが湧き上がる。

 このときリィは、生まれてはじめて殺意を覚えた。


「いいんです、姉さま」


「なにがいいの?」


「行ってください。私は、ここに残ります」


 残ってどうする。どう生きるつもりだ。

 空き家同然のこの家に誰かが住み着いて、ルゥはおもちゃにされて、死ぬだけじゃないか。


「私はどこにも行かない。ルゥを見捨てるなんて、絶対にしない! お母さんは間違ってるよ!」


「リィは子供だから理解できないのよ。私たちが安心して生きていくには、その子は……邪魔なのよ!」


「邪魔はお母さんの方だ!!」


 母は怒気混じりのため息をつくと、


「勝手にしなさい!」


 娘たちを捨てて出ていった。


 一瞬にして静けさが家を包む。

 これからどうすればいいんだろう。本当に母はもうデハンス人になるのか。

 リィがいろいろ思考を巡らせていると、ルゥが泣き出した。


「ルゥ……」


「ごめんなさい、姉さま。私のせいで……」


「そんなことないよ」


 リィはルゥを抱きしめて、優しく頭をなでた。


「大丈夫。大丈夫だから」


「……どうして」


「ん?」


「どうして世界は、こんなにも残酷なんでしょうか」


 差別がなくなり、暴力がなくなり、みんなが正しく生きていければいいのに。

 そんなの所詮はくだらない願望。夢見るだけじゃあ、世界は変わらない。

 ただの少女のままでは。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 翌日、リィはトンガリ岩で野宿をしていたライラクの元へ訪れた。


「ライラクさん、本当に平和で優しい世界が作れるんですよね」


「もちろん。断言できるよ」


「なら、私やります」


「お! そう言ってくれると思ったよ」


「ルゥのために、創造主でもなんでもなります!」


 その決意の直後、リィは胸が苦しくなって咳をした。

 黒い血が、手のひらを染めていた。

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