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第21話! 無慈悲なる神!(前編)

 翌日、リィとライラクは城の前に召喚された。

 ペリオとテドも同様である。

 彼らの周囲には、自分たちの信じる正義の行く末を見守ろうと、多くのロットエル人及びデハンス人が集まった。


 城から政務官と近衛兵が登場する。

 どうやら裁判は城の前で行うらしい。いくら政府が問題を請け負うとはいっても、当人たちを城に入れるまででもない、というわけだ。


 加えて、擁護や調査をする第三者も存在しなかった。

 自分たちが弁護士かつ検察官なのだ。

 いまのところこの拙い制度に難色を示しているのはライラクのみで、デハンス国ではこれが伝統的で確実なやり方であった。


 政務官はリィ側とペリオ側を交互に見やると、さっそく本題に入った。


「昨日の騒ぎ、聞くところによるとテドが引き起こしたとなっているが」


「俺じゃありません。すべて代弁者ペリオの指示です」


「それは本当か?」


 ペリオは虚ろな瞳で答えた。


「はい。この世界に真の人間はデハンス人だけ。その事実を多少荒っぽくなりましたが、ロットエル人に教育したのです」


 ライラクが鼻で笑う。


「お粗末な選民思想だ」


 政務官がペリオに問う。


「それは君らが掲げるデハンス神話上の設定だろ」


 テドが代わりに答える。


「いいや、我々の神話は事実ですよ。だいたい、デハンス人が優れた民族なのは疑いようがない真実ではないですか」


「うむ。確かに」


「それに、今回の件の発端は、リィ・ライラク教にあります。彼らはロットエル人は神が生み出した選ばれし民族だと嘘を吐き、デハンス人に反抗するよう洗脳した」


 ライラクが口を挟んだ。


「事実無根です。我々が作成した石版をご覧いただければわかるはず。リィ・ライラク教の理念は『平和』と『調和』。差別を撤廃したい意志はありますが、反抗などほのめかしたこともない。むしろ、デハンス神話側の過剰な意識こそ、この国を腐食している」


「君らの石版は読ませてもらった。実に独創的かつ道徳性に富んでいる。説得力もある」


「でしょうね。それに比べてデハンス神話は嘘まみれだ。あんなにたくさんの神がいるにしては、実際に神を見た者、会話した者が代弁者ペリオだけなのはおかしいでしょうに。加えて、神話によると雷のあとに海や湖、すなわち水が誕生している。が、現実的ではない」


 ライラクは政務官だけでなく、傍聴者にも向けて語った。


「みなさん、雨雲がないのに雷が落ちたところなど、見たことありますか? ないでしょ? そして雨雲は大量の雨を降らせたら無くなるところから、雨雲とは霧のように、小さな水の集合体だと推察できる。まあ、少々小難しい専門的な話ですが。……つまり、水がなければ雨雲は発生しない。そして雨雲がなければ雷は落ちない。この時点で、神話に矛盾があるのです」


 みんな、ポカーンとしたまま硬直していた。

 リィでさえ、『なにいってんだか』と情報の整理を諦めている。

 しかし以外にも皆、雨雲に関する知識は本当であるように思えていた。

 丁寧で自信満々な口調が、不思議と強い説得力を持たせていたのだ。

 さすが口先が立派だな、とリィはライラクに感心する。


 ライラクのペースになってしまい、テドは慌てて発言した。


「矛盾ならお前らにもあるだろう。なにが平和だ、この殺人鬼が!」


 リィの肩がビクッと跳ねた。


「政務官、この女は自分の口から告白したんですよ。デハンス警備兵を殺したとな。証人ならたくさんいる。いかなる理由があろうとロットエル人がデハンス人を殺すのは死罪! こんな茶番はさっさと終わらせて、こいつを死刑にしていただきたい」


 痛いところを突かれてしまった。

 あぁ、なんであんなこと言っちゃたんだろうと、リィは深く深く後悔する。


「ごめんなさい、ライラクさん」


「心配するな、俺がどうにかする」


「どうやって……」


「話をすり替える」


 政務官は訝しげにリィを睨んだ。

 ライラクが手を挙げる。


「彼女の主張によると、あれはデハンス人が襲ってきたから抵抗したまでのこと。正当防衛だ。……だいたい、そこのテドの方が大勢のロットエル人を殺している」


「ふん、俺はデハンス人だ。ロットエル人を殺してなにが悪い」


「悪いね。何故ならロットエル人だろうがデハンス人だろうが、その命はすべて、デハンス王の所有物だからだ。ですよね、政務官」


「まあな」


「そう、我々は王の財力と、武力を安定させるための労働力であり、資産。人が無駄死にすれば、そのぶん被害を被るのは王! ロットエル人が迫害され、結果的に死ぬのは現在の社会的なシステムとして致し方ない。だが、それにしたってテドは殺しすぎている。明らかな故意によって。……以前忠告したはずだが?」


「ちっ」


 王の名を出されては、無闇やたらに反論はできない。

 テドが次なる手を考えている間、ライラクは矢継ぎ早に続けた。


「最近発生した暴行殺人も昨日の乱闘も、デハンス神話に触発されたのは明らか。王の資産を勝手に殺すような男、テドがいなければ、街のバランスは保たれていたはずだろう」


「俺の指示じゃねえ! 神の意志、民衆の意志だ!」


「民衆ねえ。民衆を使えば罪を逃れられると画策したのだろう、浅はかな男だ。そもそも、おこがましいとは思わないか? デハンスの神デンスが、自らの意志や歴史を伝える代弁者として選んだのが王ではなく、そこの一般市民などとは」


「くっ!」


「いいか? もし仮に、百歩譲って本当にデンスが実在するのなら、代弁者にするのは王だ。何故なら我々人類の頂点に君臨し、最も民衆を動かす力があるのは王ただ一人だからだ! 理論的にも、効率的にも、無名の坊やを選ぶのはありえない。王への冒涜だ」


 ライラクに王への忠誠心など欠片もない。

 それでも現状を打破するために平気で媚びへつらった。

 

 ライラクの言葉に、政務官は満足そうに頷いた。


 二つの宗教間のトラブルで解決すべきは、どちらが嘘で真実だとか、どちらの神が偉いかなどではない。どちらが実際の最高権力者に好かれるかである。

 その点をテドは気づいていなかった。

 ペリオを神の代弁者と認めることこそ、王の威光を脅かす不埒な侮辱なのだ。


「だ、だったらお前たちだって! お前たちの神も王を無視しているじゃねえか!」


「とうぜんだ。神はまずロットエル人たちに彼らの歴史を伝え、善なる精神を鍛えさせながら誇りを取り戻させようとしている。ロットエル人たる少女の肉体を使い、ロットエル人たる俺を従えるのは筋が通っているだろう。何故なら、ロットエル人の問題なのだから」


 デハンス人も巻き込もうとしているのに。とリィは脳内でツッコんだが、もちろん口にはしなかった。


「こいつ、ペラペラと屁理屈ばかり……。おいペリオ!」


 ペリオはハッとしてテドと顔を見合わせた。

 完全に上の空だったようだ。


「な、なに?」


「もういい。この茶番はお前が責任を取れ。お前の代わりを見つけ出して、すぐにあいつらをぶっ殺してやる。わかったか」


「……あぁ」


 テドではないが、ペリオにとってもこんな裁判は、茶番であった。

 誰が悪いだの嘘つきだの、もうどうでもよくなってきた。

 

 リィ・ライラク教が勝てば、自分は投獄されるか処刑される。

 ルゥとは二度と会えない。

 

 自分が勝てば、リィは絶対に死ぬ。

 ルゥは何日も泣きじゃくって心が壊れるのだろう。


 この裁判の結果がどうなろうと、もはや同じだ。


 どうして自分は、いまここにいるのだろう。

 パリオとして、ルゥの隣にいたいのに。

 ずっとずっと、兄を恐れて生き人形のように生きてきた結果がこれなのか。

 たった一人の少女を愛しぬくことすらできず、憎い男を庇って死ぬ。

 こんな人生を歩むために生まれてきたのか。

 誰も自分を救ってはくれないのか。


 瞬間、ペリオは理解した。


 あぁ、神なんてものは実在しないんだ。


「ほらペリオ、俺を助けろ。『全部自分が悪いんです』といえ」


「うん」


 もういい。もうたくさんだ。

 せめて、傷ついたロットエル人たちへの誠意として、正直になろう。

 もう疲れた。楽になりたい。


「ごめんね、母さん」


 ペリオは政務官に向かって、告白した。


「一つ公表したいことがあります」


「なんだ?」


「私の体には、デハンス人とロットエル人の、二つの血が流れています」

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