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第1話! イケメン無職お兄さんとの再会!

 遡ること一ヶ月前。


「はぁ〜、今日も豊作だ〜い!」


 太陽が燦々と煌めく真っ昼間。

 リィは大きな籠を両手で抱え、るんるん気分で帰路を歩いていた。

 籠には山菜やキノコ、ぷりっぷりの幼虫に木の実と、山の幸がこれでもかと詰め込まれている。

 あとはこれを家に持って帰れば、今日の仕事はおしまいである。


 念の為補足しておくが、ぷりっぷりの幼虫も大事な栄養源として処理される。

 楽しいディナーのデザートだ。


「おっ」


 前方から、人の列が近づいてきた。

 前後には木製の槍を握った男がいて、その間には手を縛られた若い女性たちが浮かない顔で歩いている。

 おそらく、他所の国で売られる奴隷たちだろう。


 リィは咄嗟に草陰に隠れ、彼らが通り過ぎるのを待った。

 見つかったら、自分まで奴隷にされそうである。


「ロットエル人の、奴隷……」


 奴隷たちの中に見知った顔があった。

 名前は知らないけれど、生理について教えてくれた女性であった。

 確かデハンス人の王の城にて、住み込みで働いていたはずなのだが。

 おそらく、王や親近者に粗相をしでかし、怒りを買って奴隷に落とされたのだろう。

 そういうロットエル人は、少なくない。


 槍を持っているのはデハンス人だろう。後ろを歩いている男は、女性奴隷をいやらしい目付きで眺めてニヤニヤしていた。


「おら、もっと元気よく足上げて歩きやがれ! 俺は女の子が地面を踏む瞬間を見ると興奮すんだよ!!」


 なんて特殊な性癖を女性にぶつけているのだろう。

 きっと自分が踏まれる姿を想像しているに違いない。


 リィはドン引きしながら、


「どうかあの女の人たちが長生きしますように」


 そう願い、帰路に戻った。


 リィたちロットエル人はもともと、大きな川が流れるこの地域の原住民だった。

 狩猟と採集で得た食料をみんなで分け合う、共産主義の理想形みたいな平和的民族だったのだ。


 しかし川を目当てに移住してきたデハンス人に占領され、いつしかデハンス国の下級市民として迫害されるようになったのである。

 一応、形だけの人権は保障されている。それでもデハンス人に危害を加えたら即逮捕、下手をすれば死刑だし、富裕層の機嫌を損なえば奴隷となって人権すらなくなる。

 ロットエル人は、負け犬民族に成り下がっちゃったわけなのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 泥に動物の糞を混ぜて固めた小さな家が、リィの住まいである。

 デハンス人から伝わった建築技法によって建てられた家で、大多数の国民が似たような家に住んでいる。


 リィの家は都市部から離れた位置にあるため、彼女が存在していることすら知らない人も少なくない。


「ただいま!」


 帰宅すると飼っている子犬が「ワンワン」と吠えながら尻尾を振って駆けてきて、リィは頭を撫でてやった。

 おすわり一つマトモにできないアホなワンちゃんだが、不審者にはよく吠えよく噛み付くので、番犬として飼っている。


 籠をテーブルに置き、奥の部屋に向かう。

 木造のベッドの上で、小さな少女が横たわっていた。


「ただいま、ルゥ」


「姉さま、おかりなさい」


 閉じられた妹の瞳には視力がない。

 生まれつき目が見えず、ルゥは12年間ずっと寝たきりで暮らしている。

 番犬を飼っているのは、この子のためであった。


「変わったことはなかった? 大丈夫?」


「はい。私ことより」


 ルゥが腕を動かすと、リィの腰に当たる。

 そこからルゥは手探りでリィの頬に触れ、親指で肌を撫でた。


「今日も姉さまが無事に帰って来たことが嬉しいです」


「えへへ、すぐお姉ちゃんを喜ばせること言うんだから」


「姉さまが大好きですから」


「ん〜、わたちもだいちゅき! たくさんちゅーするね! ちゅーちゅっちゅっちゅー」


「ふふ、くすぐったいです」


「ちゅちゅちゅのちゅー。ぺろぺろ」


「私もお返しのちゅーしてあげますね。……ちゅっ」


「あ、そこは……」


 最愛の妹とちゅっちゅしまくっていると、玄関の扉が開いた。

 誰が来たのかと様子を見に行ってみれば、


「お母さん!」


「あらリィ、帰ってたの」


 リィとルゥの母であった。


「お母さんこそ、帰るの早くない? 仕事サボっちゃったの?」


「これからまたマリド様の家に行くわよ。ちょっと荷物を取りに来たのよ」


 母はデハンス人の富豪の家で家政婦として働いている。

 一度家を出れば一週間は働き詰めで、その間家はリィとルゥの二人だけになる。

 父はいない。デハンス人が侵略してきた際、勇敢に戦って死んでいる。


「お母さん、ありがとうね。私たちのために頑張って働いてくれて」


「いいのいいの。マリド様は優しくてね、ロットエル人の私にも美味しい野菜をくださるんだから。いつかリィも紹介するわ」


 母が収税に備えてお金を稼ぎ、リィが食べ物を調達する。

 そんな生活も、もうじき二年になる。


「あぁそれと、ライラクくんが帰ってきてたわよ」


「え」


 ライラクはロットエル人の知人である。

 幼い頃からメールにあれこれ知識を教えてくれたお兄さんなのだが、長らく旅行に出ていてここ最近は顔を合わせていなかった。


「いまさらどうして帰ってきたんだか」


 ロットエル人の男はみな、デハンス人がもたらした『農業』に従事し、懸命に働いている。

 なのにライラクという男は、働きもせずに遊んでばかり。正直、リィは彼が好きじゃなかった。


「リィに話があるから、トンガリ岩に来てくれって」


「ふーん」


 母は着替えをまとめるなり、家から出ていった。

 リィは飼い犬にルゥを託し、トンガリ岩がある近くの森へ向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 地面から突起した大きな岩。名前の通りの尖った岩に、若い男が腰掛けていた。

 背が高く、スラッとした体型の美青年。彼を嫌っているリィでさえ、少しドキッとしてしまうほど整った顔立ちをしていた。


「お久しぶりです。ライラクさん」


「や、元気だったか?」


「いつ旅から帰ってきたんですか?」


「ついさっきだよ。いろんなところへ行った。実に有意義な経験になったなあ」


 ライラクは一人旅の思い出に浸り、満足そうに笑みを浮かべた。


「東に面白い武器を使う民族がいたよ。青銅、っていう素材で作られた剣だ。丈夫だし、加工がしやすい。それと、馬に乗って戦う部族もいた」


「馬? 馬って乗るものなんですか?」


「青銅と馬、広く伝われば戦争が変わるな」


 うんうん、と頷くライラクに対し、リィは酷くつまらなさそうに相槌を打った。

 武器だの戦争だの、リィにとってはどうでもいい話である。

 どうせなら綺麗な服とか可愛い置物とか持ってきてくれたらよかったのに。

 高値で売ってやる。


「そんなことを伝えるために呼んだんですか? すべての女性があなたと話せてハッピーにはならないんですよ」


「その前にリィ、お前はどうやって世界が生まれたかわかるか? 俺たちは何故生まれ、死んだらどうなるのか、考えたことあるか?」


「なんですかいきなり。知りませんよそんなの」


「だろうな。みんなそうだ。なんせ今を生きるのに必死だから。今日の食い物を心配するばかりで、過去や未来のことなど考えている暇はない。……この地域では」


「考えている地域があるってことですか?」


「そういう民族を見てきた。面白いぞ。この世の始まりは光と闇、つまり善と悪だけだった。それが交わり、やがて混沌が生まれ、それが爆発。散らばった混沌は命や自然となった。……人は死ぬと混沌の中で新たな生命となる。って考え。……興味深いだろ?」


「うーん、それなりに」


 興味深くはあるが、明日にでも忘れてそうな話である。

 だいたい、世界が生まれた経緯なぞ知ったところで人生に何の影響もない。

 これで永遠に死を怯えずに生きていけるわけでもあるまいに。


 まあ、ルゥとの会話のネタにはなりそうではあるが。


「俺はこの教えを大幅に変更し、詳細に設定を詰めて、ロットエル人の道徳的性、強いては民族のアイデンティティを確立する教科書を作りたい」


「そ、そうですか」


「自分たちが生まれた理由。歩んできた歴史。世界との関係。それを知ることでロットエル人の誇りを取り戻させる。デハンス人の支配を甘んじて受け入れている屈辱を晴らすのだ。しかも、上手くいけばデハンス人とも思想を統一し、より大きく強力、そして誠実な国となるだろう」


「う、うん?」


「悪意に満ちたこの世界を、善に満ちた世界に変えるのだ!!」


 急に話が壮大になって、リィの脳みそは置いてけぼりをくらってしまった。


「この計画にぜひ参加してもらいたい」


「あの、すみません。意味がわからないんですけど。旅先で母国語忘れちゃいました?」


「つまり、世界の創造主を作る。そしてお前が、その創造主になれ」


「……はい?」

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