幸せを掴み取れ
気づけば腕輪を貰った場面であった。
繊細な腕輪を受け取って、あの日のエヴァは山の中に立っていた。
時が戻っている。
憎い2人は、平気な顔で笑っている。
この嘘つきめ。
ヤンを見る。
鋭い目をして、ヤンはゲオルクとアンの2人を見据えていた。
「ヤン?」
エヴァが声をかけた次の瞬間、ヤンは驚きの速さで2人のネックレスを奪った。複雑な透かし模様の、木でできたお揃いのネックレスだ。
「なに?」
「は?」
2人は唖然としているだけで、奪われたペアネックレスを取り返そうとはしなかった。
ヤンは何事か呟き、ネックレスは砕け散る。
「2人とも、今のネックレスをどこで?」
「え?露天商で買ったけど」
「エヴァ、2人は犠牲者だ」
「なんのこと?」
ゲオルクとアンは、まだキョトンとしている。
「ネックレスの模様は、支配の首輪と呼ばれる、古代エルフが使った魔法の模様だ」
「え?支配?古代?」
「くそ、なんで気づかなかったんだ」
ヤンは悔しそうに呟く。
「エヴァ、おじさんに伝えて。露天商に気をつけるようにって」
その様子を見たエヴァは、そっとヤンに近づいて囁く。
「ヤンも、戻った?」
「うん」
「帰らずの魔剣は」
「発動してない時代に戻ってきた」
2人は、腕輪の暴走が起こった時に生きていた。魂は滅びず、時の渦に巻き込まれて戻ってきたのだ。
「ヤン、もしかして、みんな助かるの?」
「希望はある。過激派が古代エルフの模様で支配されてるだけならば、頭を叩けばすぐ潰せる」
はにかみやだったヤンの殺伐とした物言いに、ヤンの両親もゲオルクとアンも仰天した。
2人は一度修羅場を潜っていた。その感覚が異様であることは、2人にはわからなかった。
ヤンとエヴァは、すぐに行動を起こした。
「エヴァ、必ず1年以内にまた会おう」
元の時間軸では望めなかった再会を、ヤンは力強く約束する。
「うん。街は任せて」
ヤンは、エヴァを引き寄せ情熱的な口付けをした。自分の両親と、幼馴染み2人の目の前である。死線を越えた2人には、そんなことはまるで気にならなかった。
今この時、悔いなく生きる。
それが2人の思いであった。
幸いエルフの歴史と文化に詳しいエヴァの父は、娘の荒唐無稽な話を信じてくれた。
それどころか、秘蔵の古文書を取り出して、エルフの模様の勉強会を始めた。
悪質な魔法から身を守る為である。
前の時間軸ではともに血霧を浴びたカレルとペトルには、真っ先に声をかけた。彼らはまっすぐな人間であったから、勉強会にも真剣に取り組んだ。
同時に、ヒンベル騎士団は怪しい露天商の調査を進めた。ヒンベルの街では、その露天商から例のネックレスを買った人が5人ほどいた。
領主の娘やエルフの少年と親しいゲオルクとアン。農家を束ねるリーダーと街の人から頼りにされている商人、それに尊敬されている教師であった。
見つけたその場でネックレスを取り上げて、この時間軸では既に入団して女騎士となったエヴァが砕く。エヴァは、エルフの呪文を使えないが、ヤンの腕輪の力があった。
単に力が強くなるだけではない。エルフの魔法が加わった力なのだ。
露天商は、やがて素性が知れた。ヤンが元の時間よりも2年早く旅に出て、沢山の情報を得たからである。その露天商は、中央から派遣されたエルフだった。エルフの古代魔法に精通した裏切り者である。穏健派の領主を潰すための駒として国王の下で動いていたのだ。
残虐王と呼ばれるエルフ殲滅主義の現国王は、穏健派であるヒンベル領主が邪魔だった。単に捕まえるだけではなく、内紛で領地を荒廃させたかった。見せしめである。
勉強会の成果はめざましかった。そうして過激派への対抗手段が確立された後の、ある日のことである。ヒンベル騎士団の司令室には、騎士団長と領主、そしてヤンとエヴァが集まっていた。
「団長、ご決断を」
領主が騎士団長に敬語を使っている。騎士団長は前王の弟であり、現王の叔父だった。兄弟のいない現国王にとっては、自らの玉座をもっとも脅かす存在だ。
それもあって、残虐王はこのヒンベル領を滅ぼしたかったのである。
ヤンの提案は、こうだ。
「過激思想が蔓延る前に穏健派が手を結べば、世論を味方につけられる。エルフの魔法も伝承を集めて知識を深め、残虐王に力を貸す愚かなエルフに対抗しよう」
領主は大人なので、更なる可能性を知っていた。
「独裁政権に不満を持っている大臣たちの協力を得よう。団長はあの世代に絶大な人気があるからな」
謙虚に田舎都市の騎士団長として、こっそり生きる道を選んだ前王の弟王子。高い地位にいれば、人望も軍事力もある彼を謀叛の旗印にしたがる輩が五月蝿かろうと、なかば身分を捨てたのだ。
この地を選んだのは、領主が王国きっての平和主義者だったからだ。
こうして無血開城が叶い、王は離宮に軟禁生活となった。幸い王はまだ若く独身であり、類の及ぶ妻や子はいなかった。
一方騎士団長は王となり、仲良し家族とともによき時代を作った。
さて、ヤンとエヴァはどうしただろう。
「破滅の魔剣はどうするの?」
エヴァは、木苺をつまみながらヤンの肩にもたれかかる。
「さてね。エルフのみんなは模様の力に影響を受けやすいからねえ。なんかあったら必要になるかもな」
ヤンは、エヴァの縮れた黒髪を梳きながら言う。エルフらしい中性的で麗しい顔立ちの中に、一度は地獄を覗き見た荒々しさが潜んでいる。
「魂を滅ぼすほどのことってある?」
木苺の汁をぺろりと舐めて手を拭くと、エヴァもヤンの髪に触った。サラサラの銀髪が心地よい。
誇りを取り戻したヤンの髪は、真っ直ぐに長く垂れている。木漏れ日にまだらに染まる銀髪は、爽やかな風を含んでエヴァの頬をくすぐった。
「君が言うの?」
復讐の鬼と化し、魂ごと集落ひとつを滅ぼし尽くした、あの時のエヴァは、ヤンの心を締め付ける。
もうそんな目には合わせない。そう決意はするものの、今の幸せに悲痛な思いは似合わないのもまた、事実であった。
だからヤンはわざと戯けて問いかけたのだ。
「やあね、忘れて?」
「嫌だよ」
「意地悪ね」
「だって、あの時俺たちは、初めてのキスをしたんだからさ」
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