血戦
囲いから一歩手前に出た2人の若者には、見覚えがあった。アンとゲオルクだ。仇敵が率いるエルフに武器を向けられながら、エヴァはすらりと剣を抜く。
「友達に剣を抜くとは、とんだ恥知らずだな」
集団で武器を向けながら、ゲオルクはそんなことを口にした。
「お前たちは友人でもなんでもない。表面しか見ぬ愚か者め」
エヴァは怒りのあまり冷静になり、落ち着いた声で話し始めた。
「ヒンベル領主である父は、逃げ出すエルフを見逃していたのだ。エルフ殲滅命令が発令されてすぐ、王の討伐隊が来る前に、情報をエルフたちにリークしたんだよ。助けたのさ。それなのに。お前たちは。お前たちの浅はかな行動は、一体誰の得になったんだ。よく考えろ。」
憤るエヴァの声には凄みがあった。里の人々はエヴァの気迫に怯む。しかし、ゲオルクとアンは聞く耳を持たなかった。
「開戦だ!」
ゲオルクの掛け声で戦意を取り戻したエルフの弓が飛ぶ。魔法が放たれる。ゲオルクとアンの剣と魔法は激烈だった。ヒンベル騎士団の3人は防戦一方である。
「こんなに凄い力を持ちながら、なぜわからない」
「腐った女に話すことなんかねえよ」
ゲオルクはかつての明るい様子をすっかり失くして、残忍な笑みを見せた。
アンが無言で魔力を膨れ上がらせる。
ゲオルクの剣が鋭く風を切って、カレルの喉元へと襲いかかる。
アンの魔法が、ペトルに幻覚を見せて足を止める。
その激しい攻撃でついに傷つきはじめる3人に、エルフたちの攻撃も追い討ちをかけた。
カレルとペトルは、足や背中に傷を負い、血を流して倒れ伏す。エヴァはヤンの守りがまだ効いていて、傷つきながらも立っていた。
「恩知らずのエルフども、真実を見ようともせず、助けとなる者を殺すとは」
低く唸り、集団へと切りかかるエヴァ。片手で斜めに剣を降ろして先ずは正面の敵を払う。それから両手で掴んだ剣を返して切り上げ、振り切り、また横様に薙ぎ倒し、4人、5人、と纏めて切り飛ばす。
もう、エルフを守る気もなくしてしまった。敵はゲオルクとアンだけではなく、過激派全てと決めたのだ。
そこへヤンが到着する。里の血生臭い光景を見て、慌てて子供を木の洞に隠した。それからすぐに、戦いの真ん中へと飛び込んでエヴァを止めようとする。
ヤンの髪を束ねる紐が切れた。バラリと長い銀の髪が解けて広がる。
「貴方もか」
激昂するエヴァ。この惨状が始まって以来、声を初めて荒げた。否定しないヤン。
それで君の気が済むならば。
ヤンは思った。復讐に我を忘れたエヴァが痛ましく、つい止めようとしてしまったのは、悪手であった。猛攻していたエヴァが押され始めている。
「くっ」
エヴァの剣がアンの魔法で脆くされ、ゲオルクの重たい一撃で折れる。折れた先は回転して高く飛び、遥か頭上の枝に刺さる。
このままではエヴァが死ぬ。
そんなのは嫌だ。
だったらエヴァには、思いを遂げて親の仇を討ち果たさせてやりたい。それから邪魔をしてしまったヤンのことも殺して欲しい。
ヤンは自己流で帰らずの魔剣を振り回す。エヴァを守るようでもあり、エルフたちを守るようにも見え。その場の者たちは戸惑った。
「ヘボ野郎!」
「邪魔しないで!」
ゲオルクとアンが吠える。
エヴァは、子供の隠された大木をチラリと見た。ヤンは、はっとする。
「あの木の洞に隠した子は、君の復讐と関係がない。無事に育つようにしてやりたいんだ。見逃してくれ」
ヤンは必死で訴えた。
「知るか!勝手なことを抜かすな!」
エヴァには最早、復讐しかない。そもそもエルフを庇ったから、両親はむごたらしく殺されたのだ。エルフなんかに構わず、エルフと交流のある連中を全て排除しておけば、油断して襲撃されることもなかった筈だ。
エヴァはヤンの腕輪が与える腕力を活かして、襲いかかるエルフたちから次々に剣を奪う。
あるいは突き刺したまま捨て置き、或いは投げて刺し、或いはまた折れて投げ捨てる。
エヴァの鋭い剣先がヤンに向けられた。仕方なく応戦するヤン。
激しい剣戟が始まった。ヤンは自己流だ。
エヴァの力は、ヤンの腕輪で増している。そして、正式に騎士団で修行している。復讐の一念で打ち込む剣は、誰よりも鋭く重い。
その上エヴァには魔法の才能まであった。ヤンが付け焼き刃の魔法剣もどきを繰り出すのとは違う。本格的な魔法剣術だった。
ヤンが不利なのはすぐに気づいた。
それでもヤンは、あの腕輪を身につけていてくれるのだと知り、とても嬉しかった。
しかし、ただ殺されたのでは、あの子供まで命を落とす。最後の1人まで生き延びて、エヴァを説得しなければ。
剣風がヤンの頬を裂く。髪の先が切れて飛ぶ。
エルフの誇りである長く繊細な銀髪が、エヴァの剣とエルフたちの弓、それからアンの繰り出す魔法によって、四方から削ぎ落とされてゆく。
地面では土がえぐられ、足元の小枝や小石が目潰しとなって巻き上がる。
「死ね」
ゲオルクがエヴァの背後に回った。
ゲオルクの動きに気を取られたヤンに一瞬の隙ができる。その隙を見逃さず、エヴァはヤンの腹を刺す。
ヤンはそれでも大地を蹴った。しなやかな動きでエヴァの背中に覆い被さる。
「え?」
首をひねって、エヴァは背中を見た。エヴァの戸惑い見開く焦茶の目には、にこりと笑う幼馴染みの少年が映る。
エヴァを狙うゲオルクから庇い、ヤンは背中に致命傷を負う。
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