表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

ヤンの旅立ち

 エルフの里に逃げ込んだ血だらけの2人を見て、ヤンは驚き駆け寄った。その血は返り血だ。領主夫婦を襲った惨殺の印だ。


「エヴァは?エヴァは無事なの?何があったの?エヴァはどこ?」


 ゲオルクは魔法生物からひらりと降りて、鼻で嗤う。


「エヴァ?王国の雌犬のことか?」

「なんてこと言うんだ!」


 アンも薄く笑って冷たく告げた。


「エヴァは変わってしまったのよ」

「そんなはずない」


 ヤンは、懐かしい少女の魔力が宿る革のブレスレットに触れる。


「そんなの、捨てちまえよ」


 乱暴に手を伸ばすゲオルクに反発し、ヤンはひらりと跳びすさる。


 変わってしまったのは、この2人だ。


 明るい少女エヴァがいる優しい領主一家。彼らがこの血塗れの状況を作ったとは思えない。


「いつからそんな風に思ってたんだよ」


 警戒しながら、ヤンは冷静に尋ねる。


「は?なに呑気なこと言ってんだ?」

「そんなの、残虐王が即位してすぐに決まってるでしょ」

「エルフ弾圧体制下で王国を離脱しない領主どもなんか、なに擁護してんだ?」

「あいつは卑劣な雌犬よ」


 こいつらはダメだ。


 ヤンは思った。

 そんな根拠のない憎しみを腹に隠して、エヴァとにこにこ遊んでいた。


 お前らの方がよほど卑劣で醜悪だ。



 だが、エルフの里人の見解は違った。もうかなり昔から、過激派が主導権を得ていたのである。ヤンはそれを知らなかった。


 街から里へと逃げてきた者たちは、この2年の間に半数以上が環境に適応できずに死んだ。

 思えば、みな穏健派だった。ヤンは立場をわざわざ表明したことはなく、過激派ともそれなりに上手く付き合ってきた。


 だから、気がつかなかったのだ。

 気の強い妹や、穏健派の両親が「森林域適応障害」とやらで衰弱して命を失ったとき、与えられた薬がなんであるかを。

 また、その兆しとされた目の中の変色とやらが、ヤンにはちっとも見分けられなかった理由を。



 身の危険を感じたヤンは、その場で里を逃げ出した。


 話を聞く限り、エヴァは生きている。

 良かった。


 エヴァを助けなきゃ。

 でも、どうやって?

 今街に行っても、優しい人たちに迷惑をかけるだけではないのか?


 ヤンは力を得るために、別の里へと行くことにした。そこには父の師匠がいる。父は昔、エルフの戦士であったのだ。

 隣国との戦争が終わり、父は剣を捨てて放浪した。平和な時代に生きる道を求めて。そして得た妻とともに、ヒンベルの街で飾り職人になった。


 ヤンは父の剣を学ばなかった。学ぶべきではないと教えられた。

 ヤンは剣を知らなかったし、剣を持つタイプにも見えない。だから、里の者たちも見逃してくれたのだろう。


 父は、移り住んだ森の里で、戦士だった昔を知る者と再会し、指導を請われ断った。その場には運悪く気の強い妹が父と共にいた。妹は、胸を張って平和を説いてしまったのだ。


 ヤンもおそらくは見張られていたのだろう。しかし、過激派だったゲオルクとアンの友達だったから、生かされていたのだと思われる。



 この目で世界を確かめる。


 ヤンは決意した。

 優しいエヴァを守るため。

 正しく力を使うため。


 まずは世の中を観て学びながら、父の師匠を訪ねよう。


 家に駆け戻ると、ヤンは魔法の鍵をあける。何もない床が開いて魔剣が現れた。

 見た目は無骨な鉄の平棒。握りと剣身の境目に素朴な返しがついている。何の飾りもなく、刃も鈍い、訓練用の剣である。さらに言えば、剣というよりは遠国(とつくに)鉄尺(てっしゃく)と呼ばれる小さく細長い鉄の板切れのようだ。


 しかしそれは父の愛剣。「帰らずの魔剣」と呼ばれる、魂ごと滅ぼす恐ろしい剣であった。

 その剣を掴むなり、ヤンは全速力で走り出す。




 師匠の住む谷の里を目指す道すがら、ヤンは多くのエルフと出会った。エルフたちは、殺されたり、売られたりと散々であったが、それでもなんとか逃げたり隠れたりして生き延びていた。

 人間たちにも、エルフを助ける人たちがいた。もちろんこっそりと。


 ある時ヤンは、廃墟となった古城の庭で、突然の雷雨を避けていた。そこへ、数人の集団がやってきた。血のにおいがする。雨で余計に強く感じる。ヤンは危険を感じて身を隠す。


「ひでえな」

「なんだ、屋根ねえのかよ」

「だな、意味ねえ」

「とりあえず休もうぜ」

「屋根あるかと思って走ってきたのに」


 口々に文句を言うのは、見るからに不潔で凶暴そうな男たち。1人だけ、細くか弱そうなエルフの子供がいた。

 まだ魔法が上手く使えないのだろう。雨除けの魔法も乾燥の魔法も使うことなく、ずぶ濡れである。


 売り払われるか、賞金を得るためにエルフ弾圧主義な国王派に突き出されるか。いずれにせよ子供エルフに未来はない。


 ヤンは帰らずの魔剣にありったけの魔力を乗せて、ならず者の集団へと飛び込む。エルフの子供は、魔剣の恐ろしい力を感じとったようだ。真っ青になって動かない。


 ヤンにとっては、それが却ってありがたかった。下手に逃げ回られると、子供を避けるのが難しくなってしまう。


 ヤンはまだ剣技を習っていない。魔力を纏わせた鉄塊に過ぎないものを振り回すだけだ。

 魔剣の効果を引き出す方法も知らない。

 それでも、エルフの子供は禍々しい気配を感じ取って怯えている。


お読みくださりありがとうございました

続きもよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ