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残虐王の即位

長岡更紗さんの 長岡ブッ刺せ企画 参加作品です

 マドガル王国で年若い新王が即位した。先代の王は戦場で受けた傷が完全には癒えず、まだ壮年のうちに亡くなったのだ。


 若い新王は、父を死に追いやったエルフの魔法を憎んでいた。エルフは敵にも味方にもいたので、先代の王はむしろエルフと友好的な関係を築いていたにも関わらず、である。


 新王の即位から間も無く国の方針が変わり、エルフへの弾圧が始まった。奴隷として人権を奪われ、些細なことで殺された。

 人々は密かに新王を「残虐王」と渾名した。



 15になるエルフの少年ヤンは、家族と共にマドガル王国を脱出し、山向こうの森へと向かう。


「あっ」

「ほら、気をつけなさい」


 エルフの誇りである美しい銀色の長髪が、小枝に絡まる。ヤンは落ち着いて髪の毛をほどき、一家はまた先を急ぐ。



 山に入って1時間程過ぎた頃だろうか。突然、頭上でガサガサと音がした。上から木の葉が降ってくる。ヤンは透き通った青い目をいっぱいに見開いた。


「うわっ、エヴァ?」


 驚いて避ける家族の前に、人間の少女が飛び降りてきた。


「えっ?」


 ヤンたち家族の驚きが収まるより前に、今度は木陰から何かが現れた。羽のない奇妙な飛ぶ生き物に2人乗りした少年少女である。


「よう、ヤン」

「アンにゲオルクまで?」


 短めの赤毛を撫でつけた緑の瞳の少年が、奇妙な生き物の背中から声をかける。少年と揃いの複雑な透彫のペンダントを下げた少女も、軽く手を上げて挨拶をする。


 アンと呼ばれたのは、金髪おさげの15歳くらいの少女だ。青紫色をした眼も勝ち気に光る。アンは羽のない生き物から滑り降りる。苔玉のような見た目をしたその生き物は、ソーセージ状に細長い。


 その生き物には、片側の側面に3(つい)6つのビーズに似た小さな空色の目があり、それ以外は何もない。ふかふかと柔らかそうな苔玉の中に隠れているかもしれないが、とりあえずは見えない。


「道中気をつけて。はいこれ、干し果物。ゲオルクとあたしから」

「ありがとう」


 アンは、水色と白の縞木綿の袋をヤンに渡した。ヤンの隣にいた母親が、飴の包みをいくつかアンに握らせる。


「食べ物は持っていたほうが」


 アンが断ると、ヤンの母親は首を振って、飴を載せた少女の手を包み込む。


「お餞別にはお返しをしないとね」


 エルフのしきたりなのだろう。そう理解して、アンとゲオルクは大人しく従った。



 にっかりと白い歯を見せる、縮れた黒髪に焦茶の瞳の少女は、腕から革のブレスレットをはずす。エヴァと呼ばれたその少女が身につけた白いエプロンには、一面に緑のシミがついている。枝を渡る間に染まったのだろう。


「保存の魔法、かけたから!」


 エヴァはブレスレットを突き出して、ぶっきらぼうに宣言する。


「俺の為に、魔法を覚えてくれたの?」


 ヤンの尖った耳の先にほんのりと朱が差した。


「違う。練習してたらたまたま成功したのよ!」

「そっか。でもありがとう」


 ヤンは少しがっかりした様子でブレスレットを受け取ると、緑色の金属で魔法の模様を編み込んだ、二の腕にはめる細い腕輪を差し出して言った。


「もう会えないかも知れないけど」

「うん」

「エルフのお守り。力を強くする魔法と、少しだけ身を守る魔法がついてるよ」

「作ったの?」


 エヴァは顔を輝かす。


「うん」

「凄いねえ」

「そうでもないよ」

「ありがとう」


 2人は笑い合って別れた。




 それから3年。たった3年の年月で、エヴァたちの住むヒンベルの街には、厳しい監視体制が敷かれていた。


 エルフを守ると豪語する「エルフ解放軍」は、事実がどうあろうと、支配階級の人間をエルフの敵と決めつける。決めつけて、殺戮に訪れるのだ。


 対する体制側も、容赦はしない。解放軍のメンバーは、見つけ次第即刻処刑である。血で血を洗う世の中であった。


 そのため、解放軍の最初期から参加していたアンとゲオルクの2人は、1年前の「襲撃事件」直後、森へと逃げて隠れ暮らしている。



 エヴァは領主の娘だった。1年前のその日、庭で寛ぐ家族の元へ、20名程の武装集団が現れた。彼らは大木のマークに解放という文字を金色で入れた、揃いの服を着込んでいた。


 隠そうともしない顔は、昨日まで優しく笑い合っていた友達や商人、親しく挨拶を交わした農家のリーダーたち。


「王国の犬め、恥を知れ」


 憎しみに顔を歪め、どこで手に入れたのかわからない上等な剣に体重を乗せて、エヴァの父の腹を突き刺したのは、アンだった。


「ぐ」

「浅いな」


 アンを振り払う領主の腹に刺さった剣に手をかけ、柄頭を両手で押すのはゲオルク。


「逃げなさい!はやく!」


 エヴァと幼い弟を庇う母は、逆賊に群がられて絶命した。



 エヴァは涙を呑んで、歯を食いしばる。

 友達?そんなものは、もういない。

 弟の小さな手を引いて、力の限り走る。投げられたナイフも、振り下ろされる鋤鍬も、ヤンのくれたお守りの力で跳ね返される。


 エヴァは領主館の抜け道を通り、ヒンベル騎士団の司令室へと逃げ込んだ。

 たちまち討伐隊が結成され、逆賊は瞬く間にほぼ皆殺しとなった。



「あいつら」


 ゲオルクとアンがいない。

 アンが使役する、あの魔法生物の力で逃げたのだ。王国の力が及ばないエルフの森へと、2人だけ逃れて行ったのだ。


「仲間すら見殺しか」


 そんな卑怯者たちを友と思った己を呪い、復讐を誓ったエヴァは、その場で騎士団に志願した。


お読みくださりありがとうございました。

続きもよろしくお願いします。

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