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深夜の子どもと赤い薔薇

作者: かせいち


 こうして生きることを長いこと続けていると、時々それに対する疑問をどうしても避けられないときがある。

 原因は様々で次期も様々でその深さも様々だが、たいていの人間は経験することだと知っている。

 自分もその例外ではないのだが、例えばその原因や、自分を取り囲む事実関係に押し潰されて、それに伴って息の詰まるほど湧いて出てくる激情に耐えることができなかったとしたら。

 深夜に誰もいない狭い小さな部屋で意味を持たない単語が一斉に襲い掛かってくる。

 誰の声も聞こえないし手には何も触れない。

 目に何も映らないのは極端に視力の悪いせいか。

 それとも映っているにも関わらず認識していないのか。

 こういうときに出会う感情の名前をわたしは知らない。おそらく付けられていないのだろう。

 だからひとまずわたしはそれを「子ども」と呼ぶことにした。

 わたしが子どもに出会うときはたいてい深夜であり、ひとりであり、決してわたしにとって喜ばしい出会いではなかった。

 しかし必要ではあるのかも知れない。

 わたしは子どもが憎くてたまらなくて殺してやりたい。

 わたしは子どもが愛しくてたまらなくて抱きしめてやりたい。

 子どもがしつこくわたしの手を引っ張って邪魔をするのでわたしはすっかり憔悴してしまっている。

 それでもどうにか子どもをなだめすかして眠りに付く。

 そしてわたしも眠りに付く。

 次に子どもが襲ってくるときに備えて。


 子どもが見えるのは果たしてわたしだけなのだろうか。

 他の人間は深夜に子どもに出会うことはないのだろうか。

 そう考えるとやはりわたしはおかしいのではなかろうかと思う。


 朝になり狭い部屋から出ると何やら外が騒がしかった。

 けたたましいサイレンの音と赤いランプを乗せた白いワゴン車、マンションの裏口はKEEP OUTと書かれた黄色いテープで囲われ、その中には青いビニールシートが敷かれていた。周囲には制服を着た人が大勢集まっていた。

 先を急ぐのでそのまま出かけ、同日帰宅すると、狭い部屋をたくさん持つ大きなマンションは素知らぬ顔をして静かに立っていた。

 裏口には人も黄色いKEEP OUTもなく、ビニールシートのあった場所には何もなかった。

 ただ、数日後、同じ場所に優しい白色をした可愛らしい花束が置いてあった。

 このマンションは背が高かったので、助かる見込みは無かったとのことだった。


 彼なのか彼女なのか知らないが、その人も子どもに出会ったのだろうか。

 大きなマンションの中の狭い一室で。

 子どもに襲われて、耐え切れなかったのだろうか。


 わたしの部屋には、仕事の関係で知人にもらった花束があった。

 もうだいぶ枯れてしまっていて、そろそろ捨てなくてはと思っていたところだった。

 しかしその中で一輪、眼の奥まで突き刺してくるような真っ赤な薔薇の花だけが、今でも枯れずに咲き誇っていた。

 わたしはそれを抜き取って裏口に降り、白い花束の横に手向けた。

 血の色をした花を手向けるだなんて不謹慎だとは思いながらも。

 最後まで咲き誇っていた花に、生命力燃やしてこいよ、なんて妙なセリフを吐いて、そっと置いてきた。


 その夜わたしは再び子どもに出会った。

 しかしわたしは何も思わなかった。

 ただ、その子どもをぼんやりと見ているだけだった。

 いつかもしかしたらこの子どもに負ける日が来るのだろうか。

 それともいつか子どもが去っていく日が来るのだろうか。

 あるいは一生一緒に生きていかなければならないのだろうか。

 もしも負けるときが来たとしたら、誰かわたしに赤い薔薇を手向けてくれるだろうか。


 そんなことを考えながら。

 ぼんやりと見ていた。




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