思い込みの激しい王子と聖女誕生の秘密
魔王討伐において残酷な描写があります。
国の外れにある魔物が住むと言われる森、通称「黒の森」。
人間はすむどころか、誰も恐れて近づきたがらない。木々は鬱蒼と茂り、空気も清浄とは程遠く澱みきっている。そこに少女は暮らしていた。
ある日、その森に見目麗しい王子が現れた。
「この森に聖女が生まれるとご神託がありやってきた」
「聖女?」
「ああ、そなたであろう」
「いいえ、わたしは聖女ではありません」
「だがこの瘴気に包まれた森で過ごせるものはそういない。私の屈強な戦士も魔導師もこの森に入ることは敵わなかった。王家の光の加護をもつ私のみが入れたのだ。ここにいることがそなたが聖女であることの証明だろう」
「わたしはここで生まれ育ったのです。聖女なんかではないのです。お願いですから帰ってください」
「そんなわけにはいかぬ。私と王都へ行き、この国をともに守ってはくれぬか」
「だから、わたしは聖女じゃない、ただの平民ですっ」
「魔物とは人間が負の感情に支配された時、誕生したものだという。この国の浄化に協力してほしい」
「……お願いだから、そっとしておいて。静かに暮らしたいの」
「ご神託では私と聖女の力で魔王を倒すのだという。聖女様。神に誓いそなたを大事にする。お願いだからこの手を取ってくれ」
「い、いやですっ……」
王子が差し出した手から逃れるように少女は後ずさった。
「……どうした、私の愛しい人」
頭上から低く冷たい声がしたかと思うと、黒い瘴気の中に赤い点が二つ光った。黒いそれはどんどん形を変えていき、人の二倍はあろうかという大きくも美しい人型をとった。
「「マーラーっ」」
「大丈夫か、愛しい人よ」
魔王が手を伸ばし少女の腕を掴もうとした。慌てて王子が光の魔法を放つ。光は魔王の手を焼ききり、千切れた腕からはどす黒い瘴気が漏れ出る。
「何をする。この子にあたるところだったではないか」
「その少女は私が守る。魔王には指一本触れさせない」
「何を馬鹿なことを。この森は私の森だ。ここにいる者は全て私のものだ。この子は、私がずっと見守ってきたのだ。誰にも渡さない」
魔王はそういうと大きな体で少女を包み込もうとした。
「魔王が聖女を守るなんてこと、あるわけがないだろっ」
王子は叫ぶと空に大きな魔法陣を展開させ、魔王に向かって光の攻撃を落とした。魔王は少女を包み込み自身を盾とした。途端、魔王の体は蒸発していくかのように消えていく。
「マーラーっ、嫌だっ、消えないで、私を置いて行かないでっ」
少女は魔王に縋りついた。
捨てられた少女は、獣によってこの森へと運ばれた。物心つく前の幼いときだ。
ほんの遊び心で魔王はその少女を保護し慈しんだ。深い森を瘴気で覆いつくし何人も寄せ付けないほどに。それが独りぼっちだった魔王と少女の家族ごっこの始まりだった。
そうして気が付けば十数年、魔王にとっては刹那の如き時間ではあったが、幼き子どもを美しい少女へと成長させるには十分な時間だった。
「マーラー、あなたは私と生きるの。私と同じときを過ごすの。お願いっ、一緒に……」
マーラーの消えゆく体を少女が抱きしめ泣き叫んだ時、少女の体はかっと光輝き、天界からはきらきらと金粉のような光が舞い降りてきた。そしてその光の粉はマーラーの体へと入っていった。
少女も王子も一瞬何が起こったのかわからなかった。
だが、マーラーの体がみるみるうちに修復されていく様を見て、ようやく理解した。
「聖女が誕生した」のだと。
マーラーの体は傷一つなく元通りになった。が、体の大きさだけが以前と違った。マーラーがゆっくりと目蓋を持ち上げて、訝し気に二人を見た。
「消えてない……」
「……ああっマーラーっ、よかった」
縋りつく少女を抱きしめると、魔王が自身の違和感に気付く。少女を横抱きにそのまま立ち上がると、違和感の正体が分かった。
「体が小さくなっている」
「ええそうね。でも、人間の男性にしては大きい方よ、きっと」
そういって向ける二人の視線の先には王子がいた。
「そうだな。どこからどう見てもお前は人間の男だな」
周りを見渡すと一面覆っていた黒い霧は晴れて、樹々の颯々とした様子と揺れ艶めく木の葉、かすかに擽る薫風に三人は目を細めた。
「ま、めでたしめでたしってことかな?聖女様を王都へお迎えできないのは残念だけど」
「……」
「後で使いの者をよこす。聖女様は褒賞を考えといてくれ。じゃあ、お幸せに」
そう言って王子様は消えていった。
後から王子の言ったとおりに使いの者がやってきたけれど、二人は「静かに二人で暮らしたい」とだけ告げたので王子は礎の魔導士を一人派遣し、二人の希望を聞きながら小さな家を「黒い森」に建てさせた。マーラーの魔力は全てなくなっていたので、小さな家を有難く頂戴し、そこで二人仲良く幸せに暮らした。
……静かに、と言いたいところだが、聖女の加護によって辺境の地は実り豊かな大地となり人々に囲まれ幸せに暮らすこととなる。二人の子はその地の素晴らしき領主となるのだが、それはまた別の話。