第1話 勇者一行から抜けた少年は父の形見が世界を救う鍵だと知る
――“災厄の鬼神”は目覚めた。いずれ世界は鬼神の力に蝕まれ滅びる。しかし「勇者」がこれを討ち滅ぼすであろう――
フォルトット王国で最も高名な大賢者に予言された勇者、ユリオロイダ。
「サーシャさあ、お前本当に役に立たねえな。『勇者』の仲間にふさわしくねえ」
彼女は――昔はそんな言い方をする奴じゃなかったのに。
オレの人生は、「期待」という言葉に悲しいくらい縁がない。商家の次男坊で、後継者は優秀な兄貴にほぼ確定。弟のオレは嫌われてはいないけど注目もされていなかった。一方、幼なじみであり親友のユリオロイダは、「勇者」として幼少期から今日にいたるまで世界中から羨望と期待の目を向けられてきた。「勇者」という肩書きが人々の注目を集めたのはもちろんのこと、彼女は外見も優れていたのだった。整った顔立ち、陽の光を紡いで糸にしたかのように美しい金の髪、鍛えあげられたしなやかな身体、宝石のように澄んだ赤い瞳――それら全てが、人々の心を惹きつけた。
劣等感に苛まれながら暮らしていたある日、オレは突然ユリオロイダから旅の仲間にならないかと言われた。多少魔術の勉強をした程度で世界を救うための準備など全くしていなかったオレは、旅の中で何の役にも立てなかった。それでも今までついてきたのは、旅に誘われたことで「ユリオロイダはオレに期待してくれているんだ」と自信を取り戻せたからだった。彼女の期待を裏切ったのだから、暴言には耐えよう。オレ自身よりも、ユリオロイダの行く末が心配だった。故郷を旅立ってからのユリオロイダは、行く先々で期待の声をかけられ――悪く言えば、持ち上げられている。そのせいか、最近は「勇者」の肩書きを鼻にかけ、粗暴な言動が目立つようになっていった。このままでは、いずれ人々から見放されてしまうだろう。
「オレより君だ、ユリオロイダ。最近、ちょっと調子に乗りすぎだと思う。いつか、その驕りに足下をすくわれるかもしれない。そのまえに――」
「おいおい、ポンコツがいっちょまえに忠告なんかしてるぜ。この勇者様によ! 笑っちまうな。なあ、ティネマ、ラミー」
ユリオロイダは粗野に笑って、二人の女の子に目を向ける。
「そうね! 足手まといのフォローはいい加減疲れたわ」
強い口調で話す彼女はティネマ。攻撃魔術を得意とする魔術師だ。
「ユリオロイダ様に……諫言なんて……身の程知らず……」
ぼそぼそと喋るのはラミー。彼女はティネマとは違い、癒しの魔術を扱う魔術師である。どちらも旅が始まったときに出会った仲間で、オレは彼女たちとはあまり親しくはない。
「まだ、反論する気になれるか? 言ってみろよ」
ユリオロイダだけではなく、彼女たちもまた「勇者」の仲間であることで得意になっているようだ。もはや、何を言っても無駄なのかもしれない。
「そうか。じゃあオレ、抜けるな。今まで迷惑かけてごめん」
「えっ……」
ユリオロイダはぽかんとした顔で目を見開く。まるで、オレがそう言うことを全く予想していなかったかのように。オレは呆然とするユリオロイダに背を向け、立ち去った。
「はぁ……」
これからどうしようかな。
今オレが滞在している町は、故郷からまだそう遠くない。これから家に帰るという選択もできる。ユリオロイダはオレを役立たずと罵りながらも分け前を均等に分配したため、帰る資金は十分ある。どうせ、送り出した家族だってオレが勇者の旅に最後までついていけるなんて思っちゃいない。「たまには故郷の外に出て見聞を深めてこい」以上の気持ちはないだろう。……もう帰ってしまおうか? なんだかむなしくなり、またため息をつく。
「はあ~~……ん?」
とぼとぼと歩いていると、家と家の隙間に大きな毛玉のようなものがつまっているのを見つけた。
「これはひょっとして……ネ・コ?」
ネ・コ。モフモフとした毛並みの動物だ。かわいらしい見た目から愛玩動物として人気があり、よく飼われている。実のところ、オレはこういった、モフモフとした生き物に全く目がないのだ。
「……挟まっちゃったのか~? 今助けるからなぁ」
オレはネ・コに小声で話しかけ、そっと毛並みに触れる。ネ・コが痛がらないように気を付けながら、ネ・コを壁から取り出した。
「……あれ?」
抱き上げると、腕の中で目があった。思いの外恐ろしく鋭い目付き。額に埋め込まれている青い石。やけにずんぐりむっくりとしたシルエット。
「……こいつ、もしかして猫目石獣か……?」
猫目石獣。ネ・コによく似た生物だが、ネ・コではない。人(?)相があまりにも悪く、ネ・コと違ってあまり人気はないらしい。
「うお~~、可愛いなぁ」
だがオレは好きだ。この顔がむしろ可愛らしいと思う。オレが猫目石獣を愛でながらぶつぶつとつぶやいていると、猫目石獣はオレの足に長い尻尾をからめた。人を好かないらしい猫目石獣がこんなにくっついてくれるのも珍しい。この子は人なつこい子なのかもしれない。
「ニィー」
猫目石獣は一声鳴くと、尻尾をオレの足から離した。そして、まるでどこかを指し示すかのように尻尾を揺らめかせた。
「……オレをどこかに連れていきたいのか?」
オレがそう問うと、猫目石獣は腕から抜け出して、トトト……と街道を歩いていった。
「あっ、待ってくれ!」
不思議な猫目石獣を夢中で追いかけていると、いつの間にか町外れの原っぱに出ていた。猫目石獣はひらけた場所までオレを誘導すると、前足でとんとんと地面を叩く。
「……座れってこと……かな?」
猫目石獣の意図を推し測りつつ座り込む。すると猫目石獣は突然オレの鞄に飛びかかり、中身をあさりだした。
「あ!? ちょっ、ちょっと! やめろ! 鞄! オレのかばーん!」
猫目石獣は器用に鞄を開け、細長い袋に入った短剣を取り出した。
「だめだっつの、危ないだろ!」
オレはあわてて短剣を取り返した。そして、猫目石獣が前足を切っていないか確認する。よかった、特に傷は見当たらない。
「全く……折れてるとはいえ刃物なんだぞ? ケガしたら大変だろ……」
折れた短剣――これは、父さんの形見だ。大賢者が予言した当時まだ四歳だったユリオロイダに代わって“災厄の鬼神”を倒すため、フォルトット王国は「勇戦士団」を結成した。討伐は残念ながら失敗し、団長だった父さんのほか数多くの戦士が命を落としたらしい。その時まだ赤子だったオレは、又聞きでしか知らないが。
オレは短剣を鞄にしまった。父さんは立派な人だったそうだが、オレはこの通りポンコツ。自分が嫌になってため息をつくと、不意に視界がくるりと回った。
「へ?」
目の前には猫目石獣の特徴的な顔。どうやら、猫目石獣の巨体に押し倒されたようだ。次の瞬間――
《……聞こえるか、サーシャよ》
頭の中で何か聞こえてきた。人間の言葉で喋っている。
「ん、ん? えっ!?」
《我が名はニコディロ・オリディ・シルタ。その剣の化身なり……》
「ニコ……? 何……?」
突然の急展開に呆然とする。ニコなんとかはそんなオレに構わず話を続けた。
《それはただの折れた短剣ではない……“災厄の鬼神”を打ち倒す鍵、『五つ星の剣』なのだ……!》
「……えぇ……?」
《サーシャ貴様、信じておらぬのか!?》
オレが不審に思う気持ちをあらわにすると、ニコなんとかがクワッと目を見開いた。そのあまりの剣幕にオレは思わずおののく。そうは言っても、明確におかしい点がある。
「それが本当なら、何でオレが持たされてるんだよ? そんなに大事なもの、とっくの昔に、勇者のユリオロイダに預けられてるんじゃないのか?」
ぶすくれるオレに対し、ニコなんとかは苦い顔で返答した。
《あの勇者は――ダメだ》
「だめ」
ニコなんとかのあけっぴろげな言い方に、つられて思わず復唱する。
《あれはダメだ。見込みがない。勇者であることで無条件に尊敬、賞賛されて育ち……故郷を出て開放的な気分になった今――とんでもなく調子に乗っている。“災厄の鬼神”の力は大陸の半分にまで及んでいるのだ。もはやあんな者に任せている場合ではない》
重苦しくため息をついたニコなんとかの言葉を聞き、旅立ってからのユリオロイダの姿を思い浮かべた。旅立ってからの彼女は、粗暴な言動――特に、戦う力のないオレや町の人々への罵詈雑言が増えていった。
「……やっぱりそうだよな!? あいつ、さすがに調子に乗りすぎだよな!?」
誰も彼もが「勇者」と持ち上げるばかりで、どこへ行っても彼女をいさめる声はなかった。オレがおかしいのか? とすら思ったが、やはり、故郷を出てからのあいつは明らかに増長している。ようやく同じ意見を分かち合える他者に出会えて、オレは喜びを覚えた。
《それに、サーシャは勇者を羨んだことはないか? 周囲からちやほやされていた勇者を》
次にニコなんとかが放ったその言葉に、胸がどきりと鳴った。苦い思い出が頭をよぎる。
「……あ、あるに決まってるだろ! みーんな、口を開けば勇者、勇者って! オレの初恋のマリンちゃんだって『あたし勇者様が好きなの! あんたみたいな凡人じゃイヤ!』ってこっぴどくフラれたし!!」
勇者はすごい、勇者に比べてお前は……オレの人生はそんなのばっかりだった。恨みと羨望と物悲しさがこもった感情をぶちまけると、ニコなんとかはさすがにたじろいだ。
《苦労を……、苦労をしたのだな》
ニコなんとかが悲しそうにオレの頭を肉球でぺたぺたと撫でる。
「そうだ……ユリオロイダのやつ……!」
悲しみが怒りへと変換されていく。世界中から期待を背負っていることを忘れ驕り高ぶるクズ勇者に、世界の命運は任せられない! このまますごすご帰ってなどやるもんか!
「よーし、決めた! オレがユリオロイダよりも早く“災厄の鬼神”をぶっ倒してやる!! そんで、あいつの目を覚まさせてやる!!」
オレはニコなんとかを抱き上げ、気合いを入れるため拳を大きく突き上げた。
《よく言った! 我も剣の化身として全力で力を貸そうぞ!》
「ありがとう! よーし、これから頑張るぞー!」
へらへらぼんやり屋なオレの一大決心。待っていろ、ユリオロイダ! 必ず君に一泡吹かせてやる!
一息ついたところで、ニコなんとかに気になっていたことを伝える。
「ねえ、ニコって呼んでいい? 名前が長すぎて覚えられないよ」
《まぁ、構わん》
「ありがとな!」
《それよりも、サーシャにやってもらいたいことがある》
オレは話を聞きやすいようにあぐらをかき、膝の上にニコを乗せた。
「何?」
《『五つ星の剣』を掲げ、『青の宝玉よ、あるべきところへ』と唱えてみよ》
「……青の宝玉よ、あるべきところへ」
オレは気恥ずかしいながらも言うとおりにしてみた。すると、ニコの額に埋め込まれている青い石がキラキラ輝き、光の粒となって短剣に吸い込まれた。慌てて短剣を見ると、鍔にある五つのくぼみのひとつに、不思議な紋様が刻まれた青い宝玉がはめこまれていた。
「おおっ!?」
《大昔に散逸してしまったが……これには本来、自然神が司る五属性の力を宿した宝玉があったのだ》
「あっ! 五属性のことは魔術の勉強で習ったぜ! 確か、赤、緑、黒、白、青だよな! 相性だってちゃんと覚えてるんだぜ!」
胸を張るも、ニコは無視して話を進める。
《それらを集めることで、剣は真の姿を取り戻すのだ》
ニコが咳払いをするかのようにプスプスと鼻をならす。
《青の宝玉は、形を操る力を司っている。基本的には流動的、不定形なもののかたちを操る力だ。青に属する魔術『水流魔術』『動作魔術』などを強化させたりもできる。しかし、最初から何でも操れるなどと思わないことだ。何事にも、鍛錬は必要だ。宝玉の力を使うときは、剣を掲げて『青の宝玉よ、我に力を与えたまえ』というふうに言うのだ》
「なるほどなぁ」
色々応用がききそうだ。これから模索していこう。
「さて、これからどうしようかな?」
正直なところ、ユリオロイダにくっついていくつもりだったので、詳細な道筋はよく知らない。
《我らが住まうフォルトット王国の中心……そこにはズサーク岩山がある。ここを抜けた先の未知の領域に、“鬼神”の本体があるようなのだ》
「ふむふむ」
故郷を出る際に買った世界地図を鞄から取り出し、広げた。
「ズサーク岩山……これか。ここに行くには……」
《この町『カシドス』は、フォルトット王国の西部に位置する。これから首都ルワーノに行ってゴルラッタ峠道を通るヴェニルワの砦が最後の補給場所だ》
「なるほどなー!」
ニコがすらすらと経路を提示する。さすが「五つ星の剣」の化身なだけあって、物知りだ。
薄暗さを感じてふと顔を上げると、空はすっかり夕暮れ色。いつの間にかだいぶ時間が経っていたようだ。
「まあ今日は遅いし、もう休もうかな!」
《……言っていなかったが、この近くに『賢者の館』というものがあってな。我とこうして会話できるのは、その館の近くで、我の体に触れている時だけだ》
「賢者の館? 王国に仕えている偉ぁい賢者の人たちが集まってるっていう、アレか?」
《ああ、そうだ。賢者の館は、フォルトット王国の各地にある。カシドスの賢者の館は……ここから西の方だ》
西の空を見ると、塔のような影が見えた。おそらくあれが「賢者の館」だろう。
「いつでも話ができるわけじゃないってことか。不便だな」
《仕方あるまい。さあ、宿を探しに行くといい。真っ暗になる前に部屋を探した方がいいのではないか?》
「っと、そうだな!」
オレ達は急いで町まで戻った。昼間食堂だった店が酒場となっているようで、人々のにぎわいは日が沈んでもおさまりそうにない。
「人が多いな……。ニコ、抱っこするよ」
足下を歩くニコは通行人が気づかず蹴飛ばしてしまいそうで危なっかしい。オレがニコを抱き上げると、ニコはニィ、と猫目石獣の鳴き声で鳴いた。ここから賢者の館は大分距離があるため、もう先ほどのように会話することはできないようだ。
「……あ」
宿探しを再開すると、ユリオロイダ達とばったり出くわした。
「てめぇ、まだこの町にいたのか」
ユリオロイダは眉間にしわを寄せた。ティネマとラミーはどこか気まずそうに顔を見合わせている。
オレはそんなユリオロイダ達に真正面から向き合った。
「ユリオロイダ。君がオレに言ったこと、そっくり返してやるよ。『君は勇者の名にふさわしくない』。だから――オレが“災厄の鬼神”をぶっ倒してやる」
そう啖呵を切って立ち去ろうとすると、ティネマが引き留めた。
「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ! 何考えてんのよ! あんた、 あたし達よりずっと弱いじゃない!」
ティネマの言うことは事実だ。だが――、
「……分かってるよ。でもな、オレにだって引き下がれない時はあるんだ」
そう言って、今度こそ行こうとした。しかし、ユリオロイダがオレを引き留めた。
「待ちやがれ」
「……何?」
「身の程知らずにもほどがあるが……どうしてもやるっつうんなら、ここから北の森に住む賢者カウォ様の元を訪れてからにしろ。勇者ユリオロイダと賢者キルシュラ様の紹介っつったら、門前払いはしねえだろうよ」
賢者キルシュラ様。その名前は、歴代最年少で賢者になったという超エリートだと噂で聞いたことがある。しかし、「カウォ」という名前は初めて聞いた。
「賢者カウォ様……?」
思わずオレが聞き返すと、ユリオロイダはフフンと鼻をならした。
「彼女がてめぇを認めたら、何かしらの力を授けてくれるだろうさ。ま、お前のことなんかどうでもいいけどな。それに、どうせ見込みなしって言われるのがオチだろうしな! ハハハ!」
ユリオロイダはひとしきりオレを嘲笑すると、右手でマントを握ってばさりとマントを翻し、去っていった。あいつ、オレが抜ける前はあんなマントしてなかったが……新しく装備を買ったのだろうか。黒みがかった赤色のマントには随所に金の刺繍が施されている。腰に下げた剣の鞘と揃いの模様のようだ。かっこいい。颯爽と歩いていくユリオロイダはわざとらしいのに絵になる。とても腹立つ。あっ、よく見たら町の人達の目があいつに釘付けだ! 見た目だけであんなにモテるなんてやっぱ世の中おかしい! あー腹立つ!
ムカムカしながらも、オレはなんとか宿を見つけた。部屋で一息つき、首都ルワーノへの道を確認するため地図を広げる。
「ニィ、ニィ」
ニコがしきりにたしたしと地図上の北の森がある位置を叩いた。今は鳴き声としぐさだけでしか表現できないニコだが、その動作から何を言いたいのか何となく分かった。
「賢者の家に行った方が良い、ってことか?」
「ニィー!」
ニコは今までにないくらい大きな声で鳴いた。ユリオロイダのすすめ通りに動くのはシャクだが、ニコがここまで言うのなら、寄ってみるのもいいかもしれない。
「あー……分かったよ。ルワーノに行くついで、でな」
「ニィ」
ニコは一言鳴くと、今日はもう話すことはないとばかりにオレから離れ、部屋のすみで丸くなった。オレはニコの体が冷えないよう、毛布でニコの体をくるみ、抱き上げる。
「寒くないか?」
「……ニィ」
ニコはぶっきらぼうに答えるように鳴いた。しばらく抱っこしていると、やがて寝息が聞こえてきた。ちょっと重いが、柔らかくてあたたかい。
「君が現れてくれたおかげでやる気が出たよ。ありがとう、ニコ」
オレはこっそりそう言って、ニコをソファーに寝かせた。
部屋が静かになると、嫌な記憶が呼び起こされるものだ。つい、先ほどのユリオロイダとのやりとりが頭に浮かぶ。彼女の言い草には本当に腹が立つ。だが――
「……前はあんなんじゃなかったのにな、あいつ」
ユリオロイダとは最初から面識があったわけではない。幼い頃は、勇者として有名だった彼女をオレが一方的に知っていただけだった。
ユリオロイダと関わるきっかけになった出来事がある。
故郷にいた頃、お使いの帰りにユリオロイダを見かけた。橋の上でぼんやりとしていた彼女が何となく気になって、オレは声をかけたのだった。
「どうしたの?」
ユリオロイダは、疲れ切った顔でため息を吐いた。
「……疲れた」
“災厄の鬼神”に敗れた勇戦士団は、オレやユリオロイダが住む村の近くに拠点を置き、彼女を勇者にするための指導者となったそうだ。ユリオロイダは毎日訓練をしていた。時には遠征として町の外へ行き、何日も留守にするほどだった。ボロボロになって帰ってくるユリオロイダは、傍目から見ていても大変そうだった。
「世界のため、人々のため……私はそんな、偉い奴にはなれない。“災厄の鬼神”を倒した私を恐れて遠ざける皆に、『やっぱりな』って嘲ってやるのが――私の唯一のやる気の源なんだ。……私、だめな勇者だな」
ユリオロイダは、自嘲的な笑みを浮かべる。その表情に、オレはどうしようもなく胸が苦しくなった。頑張って帰ってきた彼女を迎えるのが「歓声」でも「賞賛」でもなく「拒絶」だと思っているなんてあんまりだろう、と。だから、言ってやったんだ。
「オレは君を怖がったりしない。約束するよ。絶対に、君を笑顔で迎える」
そう――ユリオロイダは、最初から驕り高ぶっていたわけではない。
オレは彼女と友達だったがために嫌な思いをした経験がたくさんある。幼い頃からずっと、誰もが期待するユリオロイダのことが羨ましくて仕方がなかった。近くにいたがゆえに、彼女と比較されてばかりなのもつらかった。そんな苦い思い出から、昼間のように文句を言いたくなるときもある。それでも、縁を切らずにいたのは。これまでずっと友達でいたのは――努力する彼女の姿が、尊敬に値するものだったからだ。なのに、どうしてああなってしまったのだろう。
《勇者であることで無条件に尊敬、賞賛されて育ち……故郷を出て開放的な気分になった今――とんでもなく調子に乗っている》
昼間のニコの言葉がよみがえる。勇者といえどもまだ青く、行く先々で持ち上げられれば調子に乗るのも仕方ない――理屈としては、理解できる。
それでも、どうしてもオレは解せなかった。あの日見た彼女の苦しげな笑みを、忘れることができないのだ。