冒険者ギルドは開店休業
「暇だなぁ。今日も依頼なしかぁ」
ギルド受付嬢が大きなあくびをしている。
ギルド内には、数人の冒険者が昼間からお酒を飲んでいるだけ。依頼を受けて冒険に行くわけでもなし、そもそもギルドの依頼自体が極端に少ない。
貼り出してあるギルドの依頼は隣町への配達、庭の草むしり、薬草の採集。どれも冒険と呼べるものはないし、達成金額もたかが知れている。
この世界で魔物は多く存在する。魔物は森に住み、人間世界と隔離されている。特に強い危険な魔物は森深くにいて滅多に出てこない。森の中で魔物同士が食物連鎖のバランスが成り立っているようだ。
以前は魔物が村々を襲い、冒険者ギルドは連日大賑わいだった。ただし、ここ数年、魔物は人里にほとんど出てこない。
せっかく領民が平和に暮らしているのに寝た子を起こす様な討伐依頼は控えるというのがギルドの考え方だ。
「平穏が一番」というギルドマスターの考えに賛同する者も多い。
そんな裏事情もあり、ギルド内の食堂は怠惰な雰囲気が漂よい、昼間から酒を飲むだけのおかしな連中がたむろする様になった。
だがそれより、もっとおかしな連中がいる。
「コレでどうだ!とっておきのレアカードだぞ」
少年たちがギルド内の一画のテーブルでカードゲームに講じていた。
この少年たち3人は朝から晩まで、いや深夜までカードゲームを続けているのだ。確かに深夜まで開いてるのはギルドだけかもしれないが、場所をわきまえて欲しいものだと受付の少女はいつも閉口している。
決して羨ましい訳でもなければ、混じって一緒にやりたい訳でもないつもりだ。
「おい!ニートども。ちゃんと働け!」
ドンっとテーブルが叩かれるがカードゲームに夢中の少年たちはどこ吹く風だ。
「貴方達のことよ。チビ、デブ、ガリ」
チビと呼ばれた背の低い少年がイラついた顔をあげカードゲームの邪魔をした少女を睨む。
このカードゲームマニアの3人の少年は「チビ」は剣士役兼盾役のタン、「デブ」は弓使いのテル、「ガリ」は魔法剣士のウィルだ。
そして少年たちを「ニート」と呼び、腕を腰に当て上から目線で少年たちを説教しているのが領主の娘エリーである。
「俺のことをチビと呼ぶな!今、いいところなんだから邪魔すんなよ。ペチャめ!」
「「あっ、それ禁句」」
エリーはまだ17歳の少女。
領民からは「活発で明るくて行動力のある娘」として慕われている。その一方で「もうちょっとお淑やかで、女の子らしさがあればなぁぁ……残念」と囁かれている。
エリー本人は噂など気にしないが、同年代の娘と比べ明らかに小ぶりな胸に劣等感を抱いている。
『ペチャ』という言葉はエリーにとって地雷と同じだ。
チビのタンが言葉の地雷を踏んでしまった事で『ドドドッ』という効果音が聞こえてきそうな張り詰めた雰囲気になった。固唾を飲んで見守るデブのテルとガリのウィル。
「言ったわね。ちょっと来なさい!」
耳を引っ張り外に連れ出される少年。3人揃って正座をさせられた。
「なんで僕たちまで」「しっ、黙ってろ!」
「言っとくけど、私の胸は成長期なのよ。人の身体の事とやかく言わない!わかった?」
さっきエリー自身が少年たちをチビとかデブとか言ってたのは気にしてないらしい。背の低い少年もこれから伸びると言いたそうだったが、少女が鼻先に剣を押し付けているため、反論出来ない様だ。
「だいたい、アナタ達ってカード遊びしてるくらいだから暇なんでしょ。ダンジョンに行くわよ」
「えー。やだよ。怖いし。痛いの嫌いだし」
とても冒険者と思えない言葉に頬を吊り上げるエリー。
「さっさと行くわよ。準備して来なさい。嫌なら私がこの剣で痛い思いをさせてあげようか?それと私の胸は成長期だって事をゆめゆめ忘れないでね」
そう言い放つとまだ言い足りないのか、得意の水魔法で少年たちを含む辺り一面に水をぶち撒けた。
『冷たっ!』
少年たち以外の声がした。
広範囲に飛んだ水に巻き込まれた黒猫がうっかり声を出してしまった様だ。
エリーと目が合ってしまった黒猫。場を離れようとそろりそろりと歩く出すがエリーに捕まり抱きかかえられてしまった。
エリーは少年達にダンジョン前に準備して集合する事を告げると、抱きかかえたままギルドの裏手に回った。
「で、あなたはナニ?」
黒猫に対するエリーの尋問が始まった。
黒猫は『にゃーお』と返事をする。
黒猫の鳴き声を聞いたエリーは失笑した。
「それって、人間が猫の鳴き真似してる様にしか聞こえないよ。しかも鳴き真似がすごくヘタクソ」
「吾輩は猫である」
仕方なく黒猫はそう答えたが、エリーに魔法で水をかけられた。
『冷たっ!!』
酷い仕打ちをする娘だ。
「魔物なら問答無用で斬るわよ」
人語を話す黒猫は諦めた様に話し出す。
『わかった。わかった。多分、人間の生まれ変わりだと思う』
「多分?はっきりしないわね?」
エリーは人語を話す黒猫の疑いを解かない。魔物の可能性を追及する。
『我も記憶がはっきりしないのだ。断片的には思い出せるのだが』
事実であるが、どうも疑わしい事しか言えない黒猫自身ががもどかしい様だ。
「まあいいわ。実は私もニートとかよく知らない単語が普通に思いつくのよ。前世に関わりがあるのかしら?ただ、あなたの場合、雰囲気が違う。魔王か神様が封印?されてる様な、そんな雰囲気がする」
(もし自分が神だったら、容赦無く水をかけたこの少女に天罰を与えたい)
実際、気づいたら猫だとわかった時はかなりのショックだった。なんとか記憶を取り戻したい。自分が何者か知りたい。
『ダンジョンとかに潜れば、失われた記憶が戻るかもと思っている。同行を許せ』
「なんか偉そうね。猫の癖に。私も前世の記憶っぽいのがなんなのか知りたいし、利害は一致するね。ちゃんと手助けするのよ。いいわね」
エリーと黒猫は行動を共にする事になり、少年達とダンジョン探索をするエリーはダンジョンに潜る申請のためにギルドマスターの元に向かった。
ギルドの二階事務室のギルドマスターは昼寝の最中だった。
このギルドマスターは領主の弟、エリーの叔父にあたる。
「叔父上、ダンジョン捜索の許可を頂きに来ました」
「おお、愛しのエリー。気をつけるのだぞ。怪我は絶対ダメだぞ。その綺麗な顔に傷でも付いたら兄上に申し訳が立たぬのでな」
「まあ、私、可愛いなんて。叔父さまはいつもお口が上手い」
(ウンザリである。この娘についてきたのは失敗だった)と黒猫が考えていたところ、エリーの叔父、ギルドマスターから注視された。
「その黒猫は脚4本が白いのぉ。昔から不吉とされているゾ。エリーなら真っ白な愛くるしい猫が似合うと思うが…」
(こいつにも天罰を与えよう)と黒猫は正直に思った。
「この猫ちゃんが懐いちゃって、勝手について来ちゃうのよ。気にしないで」
『おい!違うだろ』
声はエリーには聞こえる様だが、ギルドマスターには猫の鳴き声としか聞こえないようだ。
「じゃあ、黒ちゃん。一緒にダンジョン行こうね」
叔父の前では良い子に振る舞うエリーに嫌気が差した黒猫。
『ケッ』
っと毒づく。
黒猫はエリーに水をかけられた。