5
「じゃあ宝物院真優良さんでお願いします」
僕は颯爽と答えた。
まず如月先輩は提案してきた人だし、年上ということで少し遠慮したい気持ちがある。あと反応が普通過ぎて面白味に欠けるのも。
それにあの二人は論外だ。あの二人としばらく話せと言われても、無理、どう考えても無理。
となると消去法で真優良しかいないんだよね。まあ彼女はまだ話が通じる方だし、性格が悪くて自分に自負があるのはあの子には仕方ないように思える。
「うげー……」
本当に嫌そうな顔をする真優良だけれど、僕だってそこそこ嫌なんだから耐えて欲しい。
「じゃあ、ここは真優良に任せてもいい?」
「んー、分かりました、如月先輩」
苦い顔ながら真優良が了承を示すと、如月先輩は鞄を持って立ち上がった。
「さ、相島、工藤、ここは任せて二人きりにしよ?」
「え、でも……」
北斗は不安そうに僕の顔と如月先輩を交互に見て不満を訴えるけど、僕はそんなこと知ったこっちゃないよ。
「まあまあ、カズ君のご指名だから」
「ううー……、カズ坊、絶対に頑張ってね?」
「何をさ?」
「何でも!」
後は、もう迷いを払拭するようにまっすぐ前を向いて帰って行った。
「じゃ、ここに教室の鍵を置いておくからね」
如月先輩もそれきり、帰ってしまう。
残されたのは僕と真優良の二人だけだ。
「……私を指名したの、いかがわしいこと考えてないでしょうね?」
「あれ、覚悟の上で残ったんじゃないの?」
意地悪のつもりで言ってみたら、彼女は自分の肩を抱いて警戒を露わにした。
「冗談だって。でも別に無理して残らなくてもいいよ。君なら帰ってくれるって期待もしているし」
けど、彼女は逆に深く椅子に座り込んで即答した。
「残念だけどそれはないわ。私も先輩方の期待を受けてここにいるんだから」
その固い意志は揺るがなそうだ。仕方なく僕も座り直した。
けれど一体何を話すべきなのか。僕はそもそも他人と話す経験がそんなにない。色々あったからね。
「にしても綺麗な夕焼けだなぁ。こんな日には川原でアキアカネを捕まえたいと思わない?」
「ゆうやーけーこやけーのあかとーんーぼーってね、懐かしいじゃない」
「急に歌わないでよ、ビックリするなぁ」
多分、真優良も僕も会話が絶望的に下手なんだろう。なんでこの人は雑談倶楽部なんかに入っているんだろうか。
ああ、そうだ。そういう疑問をぶつければいいんだ。
「真優良はなんで雑談倶楽部に入っているの?」
「急に下の名前で呼ぶのね……。まあいいけど。雑談倶楽部に入ったのは如月先輩と知り合ってから」
「へー、じゃあ如月先輩もお金持ちなの?」
なんて尋ねたけれど、真優良は聞いてないみたいだった。なんか思い出してそうだ、如月先輩との過去とか、そんな感じの深くて重そうなことを。
「で如月先輩と元々知り合いだった真優良さんは雑談倶楽部が楽しいですかー?」
「え!? あ、うん。まあそれなりにね」
やっと言葉が耳に届いたけど、反応は薄くて答えも素っ気ない。やる気ないんじゃない?
僕は溜息を吐いて体を反らした。もうそのことを聞く気力もないし、この子と何を話せばいいかもいまいち考えられない。
強いて言うなら背が低いなぁ、と言う感じの適当に思いついた馬鹿にするくらいの言葉だ。真優良がハーフっぽいとか、可愛いなぁ、とか、そんなことは死ぬほどどうでもいいし無駄で無意味だから言わないでおく。
ちょっと時間が過ぎてから、僕は尋ねる。
「帰っていいかな?」
「いや、それは……」
僕を止めようと真優良は呟くけど、それ以上の言葉は出なかった。引き留める手段もないみたいだ。
また僕は溜息を吐いた。あてつけみたいだ。っていうかあてつけだ。帰らせろと暗に言っているんだ。
「ねえ、あんたから質問とかないの?」
と相変わらずのむすっとした、不満そうな顔で言われるけど、僕は気だるさを隠さずに答える。
「ないよ? 聞いても意味がないじゃない。誕生日聞いてもプレゼントなんか送らないし、君の血液型聞いたって君と僕が二人きりの時に君が大けがして輸血が必要になるなんてことないでしょ? あったとしてもまあどうせ死ぬって考えて意味ないから言わないかもしれないけど」
そもそも生徒手帳とかに血液型は載っているので聞く意味が本当にない。同じだやった、とか、B型? 予想通りぃ、とか言わないよ、僕は。
けど、むすっとした顔ながら、どんどん真優良の表情は硬くなっていった。困っているみたいだね。
「でも、知りたいことが一切ないことはないでしょ?」
「知って何の意味があるの?」
この一言にはまた言葉を詰まらせた。真優良は確か懐疑主義者。しつこく同じことを聞いてきそうでめんどくさいね。
「私、これでもかなり優秀でしょ? 学業も運動も、家もお金持ちだし見た目もこの通りじゃない」
「ちんちくりんだね」
「なんですって!?」
「ああ、ごめん。日本では低身長の人をそう呼ぶんだよ。っていうか日本語分かる?」
「馬鹿にしないで!」
ああ、しまった。つい意地悪をしてしまった。小さな子供みたいな自尊の言葉を挙げ連ねられるとつい馬鹿にしたくなってしまう。でも少し差別的な表現も混じりそうだからここらでちゃんと謝らないと。
でもそれで帰ってくれるならラッキーかも、と思ったけど、机を叩いた手はまた膝の上にちょこんと戻っていた。
「……母はアメリカ人だけど父は生粋の日本人よ。教育も日本式、むしろ英語の方が分からない」
「へー」
どうでもいい。
「……ねえ、じゃあ私から質問してもいい?」
「いいかって聞かれたら」
「嫌だって言うのね。じゃあ勝手に質問するから答えなさい」
「高慢だなぁ。そういう態度じゃみんなに嫌われちゃうよ?」
「あんたにしかしないわよ、こんな態度。……じゃあ、質問なんだけど」
一拍置いたことが気になった。まるで今までの適当な会話とはわけが違う、と示すようだった。
「……父親が死んだ時って、どんな風に感じた?」
そして、それは実際に全くわけが違う話題になっていた。
今の真優良の表情は、僕を試すような、けれどそんなに上から目線じゃなくて、純粋に聞いてみたい子供みたいな感じも持ち合わせていた。
父が死んだ時。
「それって実父? それとも義父?」
「……で、できれば両方とも」
僕が淡々としている風に見えたのか彼女は驚いているようだった。でもこれは淡々としているわけじゃなくて、単に言葉が冷たくなっただけだ。
「お父さん、等っていうんだけど、その人が死んだ時は普通に泣いたよ。っていうか実の父親が死んだって普通に悲しい経験だろうしね、世間一般的に考えてもそうだよね」
「なんか充分、言っていることが普通じゃないんだけど?」
「だってもう十年も前のことだからね。どんな感じかいまいち覚えてないよ」
正直なところ、その時既に弱っていた和女が苦しまないように強がるのに必死だった。
和女はその後七年目に亡くなったなぁ。今思えば、結構長くもったものだ。
「二人目の時はよく覚えているよ。その時にああ人間ってのはこんなに無意味なんだって悟ったから」
「……なんで?」
「あの人は、僕と和女がお父さんって呼ばないことを悲しんでいてね。結構頑張ってたんだ、お父さんって呼ばせてやる、みたいな風に。でもその前に死んじゃったから、まあ頑張っても無意味なもんだよ」
頑張っても家族の絆なんかできないし、病気だって直らないんだよ、死ぬし、愛も絆もない。そんな悲しい世界さ。無意味で、どうでもよくなる。
「それはあんた次第だったんじゃないの?」
「僕がそんなの言ったって、あの人には慰めにならないよ。どうせ和女が死んだショックを癒そうと遠慮してくれる義理の息子、みたいに思うんじゃないかな」
昔から僕は賢かった。というか敏いって感じだった。狡いとも言う。その子供のあざとさみたいな性質は、あの人もよくわかっていたから。
しばらく真優良は黙っていた。色々考えているんだろうか。考えても無駄だろうに。
考えたところで、もう取り返しがつかないこともあるのに。
真優良は、真剣な顔で僕を見た。
「それでもお父さんって呼んだ方が良かったと思う。きっとそのお父さんはいい人だから」
「……はぁ」
溜息が零れる。そんな後悔をしてどうするのか? あの幸せ組二人とは違うけれど、今を生きるって考えにはまだ賛同できる。
「そうかもしれないね。それで話は終わり?」
「なんて言ったら分かる? どうせあんたは私の言葉なんか無駄とか無意味とか思ってんでしょ?」
「あ、ご名答。懐疑主義も役に立つことがあるんだね」
「はっきり言うけど、認めることは決して無駄じゃないはず、よ」
そこには疑いを持つべきだと思うけれど、真優良の決死の表情とも言うべき顔にそんな軽口は叩けなかった。
「なんでそんなことが言えるの?」
「前に進むには縛られるだけじゃ駄目なのよ」
「またどっかの本の受け売りみたいなこと言って」
「でも、あんたどう見たって縛られてるわよ、過去に」
「知った風な口利くね」
「話せば分かる、なんて脅されてるみたいなこと言うけど、事実そういうものよ」
「ほー、話せば分かるねぇ。僕はそれを疑うけどなぁ」
話せば分かる。良い言葉かもしれない。けど話しただけで分かるほど人間って簡単じゃないと思う。
「ま、そこは如月先輩を信じて。私はそれで分かったから」
自分の体験談を他人にも活用するのか。それは上手くいくとは限らないんだけどなぁ。
「じゃ、何を話せば分かるのかな?」
「もっと家族の話、詳しくしてもらってもいい?」
「嫌だ」
「じゃあ、学校の話とか?」
「今日来たばっかりなんだけど」
「それもそうね。じゃあ相島先輩のこととか?」
「んー……これもかれこれ十年前のことなんだけど」
話せば長くなるし、思い出すのも大変なことだ。
けれど、まあ終わらせるには話すしかない。
「元々幼稚園に入った時くらいからの付き合いだったかな? 姉さんって呼ぶくらいには仲が良くて、やんちゃな姉さんを慕って僕も和女も迷惑してたものさ」
「楽しかった?」
「まあね。でも子供だから許されるけど今やったら犯罪みたいなことも結構した気がするよ」
本当に迷惑した。というかどれだけの大人に平謝りしたことか。酷い話だ。
「それは意外ね。相島先輩って最初はクールな感じだったのに」
「え?」
僕が珍しくリアクションをすると、真優良はちょっと嬉しそうに微笑みながら話し始めた。
「私が初めて会った時の相島先輩って結構クールな感じで、凄く大人びた雰囲気の美人って感じだったのよ。それが雑談倶楽部で工藤さんに会ってからあんな風になったの」
「へー、それは意外。僕にとったら今の姉さんの方が昔に近い気はするけど」
「私にとったら今の相島さんの方が奇妙だわ。そんな風に性格が変わるからこそ、まあ変というか、ある種壊れているのかもね」
「まあいい変化であることを祈るよ」
「あれが良い変化だと思うの、あんたは?」
幸せ、生きるー、というあれが良い変化かと問われれば、否。
「もっと普通の方がいいと思うね」
「まあ、普通は普通の方が良いと思うわよね。私は、相島さんの事情を知っているからあれでもいいって思うけど」
「何その事情って?」
「それは本人から聞きなさい。それじゃ話の続きだけど、えっと何を言ってたっけ?」
と言ったところで、最終下校時刻のチャイムが鳴った。
この時に生徒会の誰かの声か録音の音声か分からない声が、部活の延長手続きを取っている部活以外は帰宅して、と言っていたので、そんなのしているかと問えば、していないというので、要するに、帰ることになった。
「平和男、また明日にでも話しましょう」
「こんなの週に一回でいいよ」
「そうはさせないから。じゃ」
言って真優良は、校門のところで大きな車に乗って帰って行った。
黒くて長いあの車、本当にあるんだね。




