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「なあカズ、お前って相島さんと仲良いみたいたな」
と隣の席の佐藤は体育終わりの着替え途中、そう聞いてきた。彼は他の仲間と着替えを共にしている感じなので、僕の方に集中しているのは今だけで、たぶん仲間内で北斗の話にでもなったから僕に話を振ったのだろう。
「まあ幼馴染ってだけだよ。なんか向こうはやけに絡んでくるけど」
「おーおーすげえ言いようだな」
と彼らは数人で笑う。何がそんなにおかしいのか。あまり気分が良いものではない。
また彼らは僕を無視して少し話した後、急に話を振ってくる。身勝手な態度でまるで僕が暇を持て余しているかのようだ。話す気分とか色々使い分けているのに、傍迷惑だ。
けれど彼らの話の内容は、少し興味深いところにそれていく。
「相島先輩はこれでも、俺ら二年の憧れの星なんだぜ?」
「へー。僕にはそんな感じしないなぁ」
「お前さ、放課後雑談倶楽部って知ってるか?」
「放課後、雑談、クラブ? 何それ?」
少々ミステリアスなネーミングに、キャラでもないのに色めきだってしまう。無駄なことだろうに。
けれど佐藤はむしろ話したくて仕方がない、と言う風に喜んで言う。
「放課後雑談倶楽部ってのは、この学校の美少女が集まって放課後に雑談する倶楽部だ。その活動内容は遠目で見守ることしか許されぬ男子禁制の花園、実に憧れるだろ!?」
「へー、いいね」
その何の意味もない感じが僕の思想にぴったり当てはまる。なんて無駄で無意味なんだ、凄いよ、僕の思想でも敵わないや。
「そんなに羨ましいならカズ、相島さんに頼んで入れてもらったらどうだ?」
と彼は下卑た笑顔を向けてくる。同類と思われると嫌だなぁと思いながら僕は疑問符で返す。
「男子禁制じゃないの?」
「お前な、女みたいな顔してるしいいんじゃねえか? あと、別に男子禁制って決まっているわけじゃなくて、たまたま女子しかいないって話だし」
彼は遠回しに僕の顔が子供っぽいと詰っているようだけど、その態度と話し方の適当ぶりに少し苛立つ。
「それなら君は入部しないの?」
「いやいや。メンバーに認められた奴しか入れないんだ。非公式の部活だから。でも交友があるなら頼めば入れてもらえるかもしれないだろ?」
「ふーん、なるほどね」
そっけなく答えると、彼らはおおーっと歓声を上げた。無論、そんなのに入る気はない。僕はこの世が無駄と無意味に満ちていると言うけれど、好き好んで一番無駄だろうと思うことに時間を費やすほどではない。
でも、家に帰るのも憚られる。あの家にいると、僕はますます枯れていくような気がする。体の先っぽから徐々に茶色く染まってぽろぽろと粉になって崩れていくような、心が壊れていく感覚になるのだ。
とかく着替えが終わった僕は佐藤の三人組に軽く手を振ってからすぐに教室に戻った。
で、僕の机に椅子を運んできた北斗は、お弁当箱を開けると同時にそのことを言ったのである。
「放課後にね、私と友達の何人かでただお喋りするだけの部活があるんだけど……」
「放課後雑談倶楽部ってやつ?」
「そう! 知っているなら話が早いよ! それじゃ放課後に呼びにいくから……」
「ちょっと待って。なんで参加することになっているの?」
「え、来ないの?」
「うん」
即答すると北斗の顔が歪む。ここまですっぱり断られるとは予想していなかったらしい。
「びっくりしたなぁ。なんで? 楽しいよ?」
「最近新しいゲーム買ってねぇ」
言うと彼女はうーむと唸る。
「……でも、みんなでおしゃべりする方が楽しいと思うけどなぁ」
「それはきっと人それぞれだよ」
「じゃあさ、とりあえず今日だけでも参加してみて、どっちの方が楽しいか比べて、明日私に話してよ! 絶対みんなで喋る方が楽しいよ!」
彼女ははきはきと僕に言う。自分の勝利に確信しているみたいだ。
でもそんなこと言われても困る。ゲームなんて買ってない、そんなの嘘っぱちなんだよ。
それを言ったら彼女はどんな反応をするだろうか。酷いと泣かれても僕の人生において大した意味はないだろう。ということで正直に白状しよう。
「でもゲームは買ってないから比べられないよ。だから今日は行かない」
「え、嘘なの?」
「うん」
すると、北斗は疲れた風に溜息を吐いた。流石に面倒臭くなったのだろう。
「ねえ、なんでそんなどうしようもない嘘を吐くの?」
やっぱりちょっとイライラした風に彼女はそう聞いてくる。その様子は、十年くらい前の北斗に似ていて、やっぱり逆らい難い何かがある。
「えっと、その放課後ナントカって女の子しかいないんだよね。僕、緊張しちゃうしなぁ」
「なんだか白々しいんだけど」
「……緊張するかどうかって聞かれると正直微妙だね。どんな人と喋ろうと付き合おうと最終的に意味がないって考えると、別に緊張するだけ無駄だしすることもないよ」
「じゃあ緊張しないんじゃん!」
「まあ、そうだね」
「もう! 怒るよ!」
完全にそういう北斗は怒っている風にしか見えない。そしてついに箸をがしゃーんと投げてしまった。洗わないと使えないよ、それ。
「分かった分かった、そんなに怒らないで」
「じゃあ参加する?」
「話の脈絡が繋がってないよ。参加はしないけど怒らないで」
「怒るよ!」
「もう……どうしたらいいのさ?」
「参加したらいい」
もう彼女は『怒るよ』と『参加しなよ』の二つしか言えない機械のようになってしまった。
今、彼女は箸を洗いに行った。この間に何か対抗策を考えないと駄目だ。
正直な話、意味がなさ過ぎて訳が分からない、放課後雑談倶楽部。
本当にどうしても行きたくない! って言うんなら妹を迎えに行くっていう言い訳をすればいいんだけど(それも嘘)、僕の我侭のために妹の事情を利用するのは、血の繋がっていない千沙ちゃんに迷惑だからしたくない。
うーん、行くも無駄、行かぬも無駄。ならもう流れに身を任せようか。抵抗も無駄。
箸を洗い終えた彼女はどこか覚悟の表情、って感じの顔をしていた。
「じゃあ……本気で説得にかかるよ?」
そのおどろおどろしい雰囲気に少し申し訳なさを感じつつ、僕は言う。
「いや、そこまで来てほしいなら行ってあげるよ」
「……え?」
これが拍子抜けというのだろうね。鳩が豆鉄砲を食ったような顔って奴だ。うん。
「な、何か企んでる?」
「いや、何も?」
「でも今までずっと嫌がってたのに」
「無駄な抵抗は無駄だから止めるよ。どうせ行かされる羽目になりそうだから」
「ふ、ふーん……ま、分かればいいんだよ。あんまり驚かせないで」
北斗はそのまま、結局は食事を始めた。当然のようにここで食べ始めるんだね。
僕も気にせずそれに従った。わざわざここまで来たのを帰らせるのも忍びない。
「じゃ、放課後にね」
北斗はそれだけ言うと、その後放課後まで話にすら来なかった。
放課後ってのは午後三時半だ。家に帰ると大体四時くらいだろうけど、部活に入っているならもっともっと遅くなる可能性がある。
まだお天道様が空に輝くうちから帰れるかも、と思っていたら早速北斗が僕の肩を叩いた。
「じゃ、行こうか!」
全然話しかけられなかったから帰れるかもって思ったのに。
変な人達は北斗の後ろを従順についてく僕を見てなんかひそひそしている。ああ嫌な空気、家とはまた違った嫌な空気だよ。
「姉さん、本当に行かなくちゃ駄目かな?」
「なんで今そこ!? もう決まっているの、これから二人で幸せ掴み取りに行こう!」
いまいち何を言っているかすら分からない。北斗は前で一人でエイエイオーと手を挙げている。
「ほら、カズ坊も!」
「えー……」
「ほら! エイエイオー!」
「……えいえいおー」
「うん、よろしい!」
何がどうよろしいんだろう。きっと彼女の気分に沿っただけなんだろう。はあ面倒臭い。
彼女はしばらく歩いた。廊下を渡って、階段を昇って、それで三年生の教室についた。
ここは一組、つまり普通文系コースの教室だ。
「先輩、いますかー?」
「相島、先輩って言っても同い年じゃん」
教室の中にはまだほどほど生徒は残っているが返事をした人は一目瞭然だ。
といっても見た目に大した特徴はない。っていうか特徴がない。むしろ僕は彼女をどう形容したらいいのかを真剣に考えてみたいと思うほどに特徴がない。
例えば北斗なら、子供の時から変わらぬような童顔でくりくりと可愛らしい瞳と小鼻、笑顔が似合う柔らかそうな唇の、紅顔の美少女とでも呼ぼう。背は低めで茶色い髪は首元に収まるようにくるんと曲り外側に毛を向けていない。年下だと思えば北斗はかなり可愛い方だと思う。
でもこの人は、うーん黒い髪はまっすぐで肩口にかからない程度の、ロングでもショートでもないくらい。顔は……まあどれも普通じゃないだろうか。パーツは全部あるよ。目がないとかだったら真っ先に形容して説明して小一時間それと遭遇した恐怖を無駄に感情的に伝えるよ。
彼女は胸が凄いとかないし、でも痩せぎすとかスレンダーとも言えず、でもデブとかでもないし、まあ悪い点がない分可愛く見えるけど、見た目で決めろってんなら僕は北斗を選ぶと思うね、っていうくらいの……なんだろう、目が少し小さいかな? うーん、ごめんね名も知らない先輩。
「カズ坊、このお方こそが我らが放課後雑談倶楽部のリーダーである如月夢美先輩だよ!」
「キサラギユメミ…………」
名前だけは、ちょっと印象的かな。
「なんで急にロボットみたいになっているの? まあ何でもいいけど」
如月先輩はそんな風につまらなさそうに言った。普通の人、それが僕の感想だ。
「じゃ先輩、手筈通りにお願いしますよ」
「分かった分かった、にしても相島、先輩はやめてって。今日はどういう気分なの?」
後輩っぽく、というか遠慮気味で自分を抑え気味な北斗に、如月先輩は調子を狂わされているようだ。
手筈通りが何なのか、それも少し気になったけど聞いても秘密にされそうだし、答えが返ってきても理解できなさそうなので聞かないことにした。無駄なことはしない主義であるから。
二人は机をいくらか移動させて、四つの机からなる班机と、それに付随する一つの机、みたいな形を作り出した
「そのでっぱりのところに座って」
と北斗の指示を受けて僕はそうした。
すると、それに接した机の席に、二人は着いた。
「じゃあ、あとの二人が来るまで待とうか」
「はい」
「はーい」
北斗の間延びした返事の直後にその一人がやってきたっぽかった。
「あーもうほっちゃん来てる! うわーい!」
北斗と喋ってて僕はこの子ってこんなに頭悪そうだったかなぁ、と心配したけれど、今来た人はそれ以上に頭が悪そうで僕の頭が痛くなりそうだ。
けれど振り返ってみたら、その姿は予想とかけ離れていた。
身長は僕と同じくらいだ。女子にしたらだいぶ高いほうだろう、百七十センチは超えている。
見た目は、褐色の肌と日に焼けて赤茶けた黒い髪、何より勇ましい表情は、男子から見ても女子から見ても、格好良いという称賛が来るに違いない。
「りよっち! 今日はごめんね急に予定変えてー」
「いいっていいって。ほっちゃんの頼みならみんな喜んで引き受けるよ!」
つい溜息が零れた。この人たちを相手にしなくちゃいけないと考えると、とても疲れそうだ。
「あ、そんなに気を重くしないでいいよ、カズくん。工藤が特に変なだけで、まあ相島も変だけど、私と残り一人は……まあ普通じゃないけど、えーちょっと待って」
如月先輩がカズくん、なんて親しげな呼び方をしていることに違和感を覚えつつ、歯切れの悪い言葉を僕が付け足す。
「要するに、あの二人があのテンションってだけですか?」
「うん、そう。私なんかは特に特徴もないし。でも真優良は、あ、残る一人はなかなか面倒かも」
話も進まず、メンバーの名前だけが少しずつ解明していく。相島北斗、工藤理代、如月夢美、そして真優良。
どうでもいい。意味がないことだ。
けれど工藤と北斗が何か画策するように話し合っているのが、後々面倒臭そうだけれど、待てと言われたのだから待とう。
「で、カズくんはどう? 参加できて嬉しい?」
「は? なんで?」
「いや、これでも人気だし。校内でも人気の女子が集まってお喋りする部活だよ?」
「その校内をまだ知りませんので」
「じゃあ嫌なの?」
「もしそう言ったら?」
「……どうしてほしい?」
「いやどうして欲しいとかそういう希望はありませんよ。ただあなた方が自分達と喋りたくない人と喋らなくちゃならないって言うのが嫌なら、僕は甘んじて身を引こうと思います」
一体如月先輩が何を言いたいのかは知らないけれど、うまく帰りたいと伝えられただろうか?
とか思ってたら彼女は笑う。
「いや、やる気なさそうでよかったよ。下心がある人を嫌がるのは真優良だから、そのやる気のなさなら真優良も納得してくれるよ」
「……それってどういうことですか?」
「話してやってもいい、って言うことよ。……はぁ」
突然掃除用具箱が喋り出したのである。




