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二度目の宝物院邸来訪から一夜明け、放課後の真優良との雑談はこれが最後になった。
彼女は相変わらず如月先輩の席に座っているが、その向かいに席はなく、普通の席順になっていた。
そして僕が隣に座ったが、彼女はそれを無言で了承した。
「で、どうだった、お父さんとの会話」
「……厳しいような、優しいようなこと言われて、複雑な気分」
呟く真優良は、無表情で本当に複雑な心境に思える。
「それは厳しいから優しいんじゃなくて?」
「お前に会社を任せようと思っていないから、我儘に自由に生きても構わん、みたいなこと」
「そりゃ、確かに優しくて厳しい……というか、厳しいだけな気がする」
「だよね!? なんか、お父さんに見限られちゃったって感じがして……じゃなくて!」
突如真優良は机を叩いて僕を黙らせる。
「私じゃなくてあんた! あんたの話よ! その人生無意味主義みたいなの、どうなった?」
「ニヒリズムね。虚無主義。まあ、もうそんな考え方はしていないから、真優良の医療は完璧だよ」
「ホント!? ……でも、それって」
真優良が口ごもる。それは二人きりで喋るこの時間の終わりを意味するからだ。
「まあ仕方ないよね。これからは姉さんや工藤も一緒になるかもしれないけど、いいんじゃない?」
「仕方ないって言われたら、仕方ないけど」
「僕と付き合ってよ」
直後、真優良は顔を真っ赤にして教室の端の窓のところまで後ずさった。
「突然何言ってんのよ!?」
「ある種プロポーズ」
「冗談じゃないの!?」
「冗談じゃないよ。唐突だけど、割と真剣」
そもそも僕は昨日の段階で話をつけるべきだと思っていたのに、朝は北斗や佐藤に邪魔されて今の今まで言えなかったのだ。なんで家に行って父親と対面してまで言えなかったことが驚きだ。
「今、本当に悲しいけど、悲しみの只中にある僕は非常に哀れなことに、君に恋して君しか見えない状況なんだよ。そりゃ僕だって大人になるだろうし、しばらく経ったらこの恋から醒めて君より素敵な人を山ほど見つけるかもしれないし、今の気持ちを後悔する日がくるかもしれないけど、今は寝ても醒めても君のことばかり考えてしまうんだ」
「それ告白の言葉として最低以下よ」
「でも将来の約束ができるほど自信がないからね。未来永劫君を愛するよ、なんて、僕にはとてもとても」
正直者は馬鹿を見るものだ、ここはおとなしく馬鹿を見て真優良に断られた方が良いと思うのだ。悲しいし、寂しいけどね。
言い切ってふーと溜息を吐くと、真優良も呆れて溜息を吐いていた。
「でも、今私に夢中なのは間違いないのよね?」
「まあね」
改めて言われると恥ずかしいものだが、正面切ってそう言えた。
「それ、どれくらい持ちそう?」
「そんなこと言われても分からないよ。もしかしたら、明日にも素晴らしい別の恋をするかもしれない」
「そんなことあるわけないでしょ。和男の人生に出会いなんてそうそうないでしょうし。ま、あと一年以上は平気でしょ」
「勝手に決めるねぇ」
そもそも一年が何だと言うのか。来年僕は受験で忙しいのである。
だがそれで思い出す、来年僕は十八歳になる。
「結婚しましょう」
その言葉は静かに放たれたけど、僕の中には轟いた。
「それって、また突然」
「ある種プロポーズ」
彼女は僕の口調を真似て言うけど。
「いやもろのプロポーズだよ。っていうか、意味分かってて言ってる? 大変なことだよ、それ」
「実はね、もう許婚の人には断り入れたんだって。だからあなたが結婚してくれないと、宝物院家の顔に泥を塗ることになるんだけど」
「君ねぇ……僕が責任感の強い男だと知ってそういうことを言うなら、本当に性格悪いよ」
真優良は勝ち誇ったような笑顔を浮かべている。あどけない、子供の笑顔だ。
「あなたも性格悪いでしょ? 似たもの同士よ」
「何が似たもの同士だ。結局、君の選ぶとかいう人生は中途半端じゃないか」
「選んでいるよ、私は」
ふふん、と誇らしげな笑顔はやはり幼気だけれど、そこには確かな自信、いや確信が見える。
「私は和男を選んだ。父さんに言われたからじゃない、私も和男じゃなきゃ嫌だから、あなたが……、うん、好きだから」
そう真優良は言い切った。
少し恥ずかしそうに、けれど僕の目を見て。
「宝物院家の跡取りになるかもしれないんだから、人生に意味がないなんて言わせないわよ! はいこれで悩み解決、ハッピーエンド! いえ、マリッジエンドね!」
「いや、そんなことで人生の意味とは片腹痛い」
はしゃぐ真優良には悪いけど、また僕は断言した。
「別に宝物院家がどうなろうと、僕の元の人生にも今の人生にもそんなに影響はないんだ。だから跡取りになろうと知ったことじゃないよ」
「そ、そんなことを言っても……ってそれ、まさか……断ったり……しないよね?」
「それはしない」
無言で真優良がげしげし蹴ってくる。新しく仕立てた制服が埃で汚れるからやめてほしい。
「別に宝物院家なんてどうでもいいんだよ。でも、君と雑談を続ける必要もなくなったよ」
真優良は少し困惑しているようだけど、僕は自信を持って言った。
「君と京都に行って、いろんなことをして、凄く楽しかった。宝物院家のなんだかんだよりも、僕は君と過ごしたあの短い時間の方が意味を感じたんだ。だから、そういうこと」
そして真優良は、やっぱり呆れたように溜息を吐いていた。
「なに、その反応」
呆れられる覚えがないから言ったけれど、彼女はやっぱり呆れた風に溜息を吐くばかりだった。
「そんなごく当たり前のこと、今更気付いて、そんな自信満々に言われても、ねぇ。私の顔がないじゃない」
「うーん、僕は真優良が感動でむせび泣く姿を想像してたのになぁ」
「するわけないでしょ! そんなの!」
真優良はぽかぽかと叩いてくる。怒っているにしては、妙に楽しそうだ。
叩く真優良の手が、急に僕の服を掴む。
「……でも、その、またキスしてくれたら、感動でむせび泣くかも」
「発情しないでよ」
「馬鹿!」
言ってビンタを繰り出そうとする手を防いで、僕は強引に唇を重ねた。
そっと体を離すと、泣きそうで体を戦慄かせる真優良がいた。
「キスだけじゃなくて、それ以上のことも……って、それはセクハラになるかな」
そう笑うと、結局真優良も笑った。
当然、僕にはまだ家の問題がある。
けれど今の僕なら、それに向き合っていける、そう思えた。




