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「オムライス四つとナポリタン二つ入りました!」

「省略してるじゃないか!」

 信じられないことにお客はネットワークを通じて人を集め、更に恐らく真優良という新たな美人が参入したことでますます客が集まっている。人が人を呼ぶインフレスパイラルである。

 今日が土曜日であることが幸いして、マークが今日は来ない予定だった宮子さんなども呼び、開店以来の大繁盛らしい。

「ほんとだ、美味くなってる!」「プロでも雇ったのか?」なんて声を聞くと顔が綻ぶが、まあここのゴミ飯に慣れていた人ならではの感想だろう。流石に料理までプロ並みだったら、天が二物くれたことになる。

 けどてんてこ舞いの忙しさに僕も限界が近い。しかも材料が足りなくなって、メイドさんも足りないから店長のマークが自ら買い出しに行くほどだ。普通繁盛しないもの、こんな店。

 真優良や姫華さんにも疲れの色が見える。そもそもメイドさんの数が足りないのだ。

 こんな状況でも僕が頑張れるのは、真優良の可愛らしいメイド姿が見れるからだ。

 あともう一つ。

「あいや待たれいお侍さま! 釣り銭の数をお間違い申し上げまする!」

 姫華さんの面白可笑しい言葉遣いが聞けるからこそだ。働くのはともかく、またここに来てもいいと思える。僕を笑わせるって、滅多にないんだから。

 そしてまた客が来た。

「よくぞ戻られたお侍さま! いや、生憎今は満席……」

「客ではない」

 若い声だが、いやに凄みがあって僕は顔を出してみた。こげ茶色の髪を短くした、眼鏡の燕尾服を着た男だった。切れ長の瞳が妙に刺々しくて、敵意を露わにした様子だ。

「そうでしたか、申し訳ございません、店長のマークは今外出しておりまして、すぐに戻ると思いますので奥の方でお待ちを……」

「城田!? なんでここに……」

 そんな頓狂な声を上げたのは真優良だった。なんでここに、と真優良は疑問を呈しているようだが、理由は明白だろう。

「あなたがいるからですよ、お嬢様」

 そりゃそうだ。連れ戻しに来たに決まっている。やはりネットのせいだろうか。でも宝物院家の力ならそんなのに頼らなくても場所なんかすぐに分かりそうなものだけど。

「さあ、帰りますよお嬢様」

 城田はつかつかと真優良の方に近寄ると、その腕を取って引っ張る。

「いや! 放して!」

 なんとも様式美じみた光景に体が硬直するけど、姫華さんがそれを止めるのを見てやっと僕も動き出した。

「困ります、話は後で……」

「そうだそうだ、嫌がっているじゃないか!」「帰れよイケメンは!」「執事って店員じゃないの?」と客のざわめきも大きくなっている間に、僕も厨房から出て彼に対面した。

 なるほど背が高い。ちょっと萎縮するくらいには体格も近くで見るとしっかりしている。

「あなたは……! 元はと言えばあなたが!」

 城田は明らかに僕に敵意を向けていた。まあ、僕以外に向ける相手もいないだろう。

「すいません、せめて閉店まで待てませんか?」

「いつですか?」

「夜の十時でしたっけ?」

 と姫華さんに聞くと

「八時です」

 と返ってきた。そこは嘘でも遅めに言って欲しかったけど。

 それで城田は腕時計をちらりと見ると、無表情で言う。

「待てません」

「そこをなんとか」

「いえ待てません」

「何時までなら待てます?」

「もう一秒たりとも待ちません。さ、お嬢様」

 城田はまたぐいっと真優良を引っ張るけど、真優良はそれを振り払おうとしているけれど、相変わらず彼女は弱い。

「まあそこをなんとか、十秒くらいは」

「十秒待って何になるんですか!? 意味ないでしょう!?」

 僕の言葉に、城田は丁寧に答える。無茶苦茶だけど真面目な人なんだろう。

 そう言っている間に僕はゆっくりと真優良を掴む城田の腕を引き剥がした。

「ほら、お逃げ」

 真優良の頭をぽんと叩いて、僕は城田と真優良の間に体を挟んだ。

「なっ! お前何を!?」

「五秒くらいでも意味あるでしょ?」

 実に有意義な十秒である。今までの人生の中で最高の十秒だという自信がある。

 ああ、僕の人生にも意味はあったのかもしれない。いやこんなとこで引き剥がしても何の意味もないし、結局真優良は連れて行かれるだろうけど、この充足感、これが意味なんだろう。

 本当に意味がなくても、何も変わらなくても、僕が意味を感じられれば、それが生きる意味なんだろう。

「和男、待ってよそんなの……」

「僕には時間がないんだ!」

 言われて城田は僕を裏拳でぶんなぐって吹き飛ばした。

 顔面の皮が剥がれるかと思うほどの勢いで、でも頬の上の方だから歯はたぶん何ともなくて良かった。

 テーブルに激突したらしく背中と脇腹を強く打った。息を吸うと凄く横っ腹が痛む。

「和男!」

「行きますよ、お嬢様!」

 案の定、意味がなかった。結果悪ければ全て悪し、あの十秒も無意味だったと思っちゃうね。

「ま、って」

 痛いから動きたくないんだけど、無意味にも僕の体は動いて言葉を発する。

「嫌がっているじゃないか。執事が、それで、いいの?」

 倒れたテーブルに手を着いて、脇腹を抑えながら立ち上がって、なんとか言った。もう少し体を鍛えていたらいいのだけれど、情けない。僕はいつも情けない。

「……お嬢様のためを思えば、嫌われようとかまいません」

「そう。義三さんと、反対、だ」

 驚いて城田は目を見開いた。そして、真優良を放って僕の方に近づいてきた。

 ぐいっと、マークに用意してもらった割烹着の襟元を掴まれた。モロにお腹辺りに響いて呻き声が漏れる。痛いものは痛いんだ。

「お前に何が分かる!」

 僕が人生で見たこともない剣幕だった。映画とかであるような真剣なシーンだ。僕はそれに正面から対峙するのが怖くて、顔を反らして後ろの真優良を見た。早く逃げればいいのに。

 また城田は何か喚いた後、僕を乱暴に降ろして、真優良を引っ張って行った。

「和男! 私は、私は……」

 城田が真優良を更に強く引っ張って、どこかへ向かって行く、真優良の叫びはもう聞こえない。

 店内は静寂に包まれていた。そりゃ声も出せないし動くこともできないよ、こんな状況。

 かくいう僕は最後降ろされた時の衝撃で尻と腹が痛くて、もう動きたくもない。

 そんな状況で姫華さんが竹刀を持ってやってきた。

「あの男は?」

「右、行ったみたい」

 僕がかろうじて呟くと姫華さんは走ろうとするけど、急ブレーキでまた僕の前に立つ。

「君は!? 来ないの!?」

「痛くて……」

「それでも日本男児か!! 来い!!」

 強引に引っ張り上げられた。この人って元々が野武士みたいな人なんだね。

「ちょ、ちょっと姫ちゃん……」

 宮子さんが何か言うと、僕を掴み上げた姫華さんの震えが伝わる。けれど彼女は笑って言う。

「宮さん、後、頼みました」

 そして僕は彼女に引っ張られて走ることになる。絶対折れてる。絶対に骨、折れてる、これ。

「い、痛い、痛いですって」

「弱音吐くな! 大事な女なんだろ!?」

 何を知った気になっているんだこの人は。でもまあ、好きだということには僕も気付いている。

 もう文句も言わずにただ連れられていると、やがてパーキングエリアで真優良があの黒い車の中に入れられるのを見つけた。

 メイドと割烹着姿の男が対峙するは執事、B級映画のワンシーンだ。

「追ってきたんですか?」

「ご、ご覧の、通りにね」

 ぜえぜえ僕が息を切らしていると姫華さんは竹刀を袋から取り出して、構えた。

「義に厚い武士として、このまま見逃すわけにはいかない」

 悪目立ちしてしまい、観光客とかはサムライガールだのなんだのと徐々に野次馬が集まっている。映画の撮影じゃないんだよなぁ、これ。

 城田は車の中から長く、先の細く鋭い傘を取り出して、同じように構えた。

 車の中に運転手がいないから城田が運転するんだろう。だから、追手は振り払う必要がある。

「加藤姫華、おして参る!」

 そう勇ましく言うけれど、戦いは一瞬だった。

 けれど、なんて逆接を使っているから察するだろう、竹刀はあっという間に弾かれて、素手の姫華さんが立っていた。

 姫華さんは信じられない、と言った様子で竹刀を持っていない自分の両手を凝視していた。竹刀を落すなんて剣道の試合じゃそうそうないことだろう、それが今、目の前の敵にそうされたことが屈辱である以上に、信じがたいのだ。

「お話になりませんね」

 そう言って城田が車に入るところで、僕の横に落ちた竹刀を拾う者が居た。

「待ちな」

 城田が振り返った。僕もその人を見た。

 今度は、武士メイド服で般若面をつけた、姫華さんより高身長の女性。

 あの般若面は確か店内の壁に飾ってあったものだ。

「何奴?」

 城田が言う。なんで城田もそんなそれっぽい雰囲気を出しているのだろう。

「一つ、人の悪意を、二つ、二人の道を邪魔する者を、三つ見事に叩き斬る! 私呼んで般若仮面!」

 人呼んで、ではなく私しか呼んでいない辺り、ちょっと几帳面が過ぎる。

「み、宮子さん……」

「宮子さんですよね」

 姫華さんと僕が同時にツッコミを入れるけど、般若仮面は答えない。

 城田も傘を構えなおして得体の知れない般若に対面した。律儀な男だ。

「何者でも構わない。せいぜい剣の道の誇りを折られるがいい」

「新田宮子、押して参る」

「言ってるじゃん……」

 そんなユーモア溢れる場面だけれど、今度の戦いは拮抗していた。

 宮子さんは流石大学生ということもあって、姫華さんを一蹴した城田に引けを取らない。

 微妙な距離感からすり足をし、打ち込む城田の攻撃を逐次受け止める宮子さん、防戦一方のようだったけれど、城田の表情は焦りに包まれていった。

「どういう、状況、ですか?」

「宮子さんの圧勝だ。ただ、敵が防具をつけていないから攻撃をしないのだろう」

 姫華さんはそう推測した。その言葉通り、やがて宮子さんの一撃が城田から傘を叩き落とした。

「ば、馬鹿なっ!」

 傘を落とされた城田が狼狽すると、その首元に竹刀が突きつけられた。

「今日はおとなしく帰りなさい」

 苦渋を表情に浮かべた城田は、その竹刀を掴んだ。

「……今日じゃなきゃ意味がないんだ!」

 その竹刀は、あっさりと宮子さんの手から離れて明後日の方向へ飛んでいった。

 城田は既に落ち着きを取り戻していた。

「……ステゴロは慣れていませんが。あなたこそお戻りなさい、女性に暴力を振るうほど俺は義理を失くしていないつもりだ」

 そう呟く城田の構えはどう見ても素人じゃなかった。ボクシングスタイルだろうか、頭の両側を守るように腕を立てる姿は、武器を失った僕らを萎縮させるには十分すぎた。

「姫ちゃん、お店に店長が戻っているから呼びに行きなさい。その時までは持たせるから」

「それには、及びません、宮子さん」

 言って、ようやく僕は動き出した。女性二人に任せて情けないことこの上ないけど、呼吸もままならなかったのだから仕方ない。

 二人を抑えて僕が前に出る、城田はまだ構えを解かないけど、僕はそのつもりはないと両手を挙げた。

「大丈夫、いずれ帰らされるだろうと思ってましたから、素直に諦めますよ。ただ、ちょっといいですか?」

「……なんでしょう?」

 さっき不意打ちで真優良を解放したから、彼も警戒しているのだろう。ああいうことができるのは無害そうな僕ならではだ。

「車の窓ガラス越しでいいですから、話、してもいいですか? 真優良と」

 言って、僕は城田が車に入るのを見過ごした。

 そして窓ガラスが下に下がると同時に、エンジン音が鳴り響く。

「和男!」

「真優良、旅はここまでみたいだ」

「あんた、血が……」

 言われて気付いた。顔からポタポタと血が流れている。どこから? 鼻? 目? でも出ているとしたらたぶん殴られた時からだろうから、今更気にする必要も意味もないだろう。

「さっき連れて行かれた時に何か言ってたけど、何?」

「それは……来年、来年になったら、あんたも十八でしょ? そしたら」

 エンジン音がけたたましくなったので僕も用件を言う。

「真優良! 悲しいけどさ! 僕は君のことを好きになったみたいだよ! やんなっちゃうよね! なんかさ……」

「和男っ!」

 そして車は走り出した。

 僕はその場に座り込んだ。

 なんとも刺激的な経験だった。

 刺激的な経験・メイドイン京都。

 暖かい涙が頬を伝った。

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