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 赤い油麺を口の中に全て突っ込まれると、お華さんから最初にあった逃げ出したいような雰囲気がなくなっていた。

「ご主人様、いかがでしたか?」

「味は良くなかったけど、メイドさんって意外と良い感じだね。正直好感持てるよ。こんな僕みたいなつまらない人間にも真面目に相手するんだから」

 それにお華さんは、少し怒った風に言う。

「ご主人様はつまらなくなんかありません! 深く物事を考えることができる素晴らしいお方です。是非、ずっといて欲しいです」

 そう固く手を握られた。その真剣な目を見ていると、僕に殺気を送ってきたお華さんとはまるで別人のように思える。

 そう、本物のメイド。

「……それでは、お下げしますね」

 名残惜しそうに彼女はナポリタンと、とっくに食べ終わっていた鯛茶漬けの皿をもって裏へ行った。

「……随分楽しそうだったじゃん」

「どっちもどっちかな。お華さんと喋るのは楽しいけど、ナポリタン本当に不味いから」

 正直な感想を言うと、ますます真優良は不機嫌そうに目を細める。

「ふーん、もう正直に言うんだぁ。メイドさんとラブラブできて良かったって思うんだぁ?」

「別に彼女とかそういうのじゃないし。なんだろ、放課後雑談倶楽部ってのもそんな感じなんじゃないの?」

「どうしてそこでその名前が出るのよ?」

 自分の倶楽部とこの際物喫茶を同じ扱いをされて、真優良はますます不機嫌な顔をした。

「だってほら、他愛もない話をして相手を癒してあげるんだから、おんなじだよ。雑談倶楽部って本来はそういう目的でしょ?」

「まあ、でももっと深い話もするし」

「そうだね。じゃあこっちは現実逃避くらいしかできないわけだ」

 似ているようで、二つは全く非なるものらしい。ただ目を逸らすか、目を向けるか、していることは似ているのだけどなぁ。

「……でもさ、和男も多少はマシになったんじゃない? なんでも無意味って思うんじゃなくて、無意味なりに頑張ろうみたいにさ」

「それってマシなのかな? 考え方は何にも変わってないんだけど」

「私から見たら変わっているけど。少なくとも良い感じになった」

「ふーん。それならいいけど」

 真優良が僕に対してどう思っているか、というのもどうでもいい話だけど。

「ところでさ、あれ、見て」

 真優良が指さす方向は壁の一部で、チラシが張ってある。

 そこに書いてあるのは高校生でも未経験でも大丈夫、泊まり込みで三食昼寝付、女子は給料が高い、というようなことが書かれてあった。高校生の泊まり込みはどう考えても大丈夫じゃないんだけどね。

 つまりアルバイト募集。泊まり込みで三食昼寝付がなかったらなんだかいやらしい気がする。

「見たけど、何?」

「まだ募集しているかな?」

「してたら、何?」

 嫌な予感がするけれど、真優良の徐々に輝く瞳を見ると、結局聞かされるのだろう。

「泊まり込み、ありだよ!?」

「それは……助かるけどさぁ……」

 そんなバイト昨今ないと思うし、珍しいし、都合が良いにもほどがあるけれど。

 ここで泊まり込んで働くことになると、少し考えねばならないことがある。

「まず第一にさ、そうすると君はここでメイド服を着て見ず知らずの男にご主人様だのお嬢様だの言わなくちゃいけないわけだ。敬語とか使える? 武士言葉は? そもそもバイトしたことはある? トレーとか片手で運べるの?」

「じゃああんた一人で働けばいいじゃん!」

「怒らない! そういう時でも丁寧な対応をしなくちゃメイドなんてなれないよ!」

 心底、一体何の会話をしているのか分からなくなってきた。でも僕には到底真優良が立派に働ける様子が想像できない。

「じゃあ、あんたはできるの?」

「無理だね。そもそもここ、男の人は働けるの?」

 女性が給料高いってんなら、まあ男性は給料低いなりに働けるんだろうけど、その事実には黙っておく。

「……じゃあ、どうしよう?」

 真優良があの媚びたような目、どうやら自信がない時にそんな顔をするらしい。そんな顔で僕に助け船を求めてくる。

「やめよう、ちょっと楽しかった、それだけで充分さ」

「少々お待ちください」

 そこに割り込んできたのはお華さんだった。

「そのお話、是非奥でもう一度……」

 そして、お会計の前に僕らは店の奥へと導かれた。



 和室と和服の組み合わせは宝物院邸でも見たけど、違うのはそれを着ているのががっしりとした体格の外国人であることだ。

 茶色い目と金色の髪、浮かべる表情は凄い満面の笑顔。

「ゴキゲンヨウ、サムライボーイ!」

「へ、へーい」

 テンション高く握手を求める彼に、僕は同じように握手して無理矢理挨拶してみる。

 しかしその間彼は、

「君はどこ出身?」

 と真優良の方には流暢な英語で尋ねるので、真優良がしどろもどろで答える。

「えっ、あの、アイムフロムジャパン」

「見た目はともかく、彼女も日本人です」

「オー、ヤマトナデシコ! 嬉しいデース!」

 と彼は態度を一変させて真優良にも激しい握手を交わした。

 誰もが想像つく日本かぶれのアメリカ人、そんな感じの人だ。楽しそうで何よりです、って感じ。

「彼は店長のマーク・デイビッドさん。日本が好きで日本料理を勉強したんだけど、なんか間違った勉強したみたいで、それでできたのがこのお店」

 そう説明してくれるのはお華さんだ。まあ京都に店を置いたり、日本らしい武士と、サブカルチャーなメイドを合わせたり、っていうのは、日本人より日本かぶれの外国人が考えそうかもしれない。分からないけど、いやもう本当に分からない。冷静に考えてこの店は分からない。

「ただ、オムライスやナポリタンみたいなメニューは店長には作れなくて、しかも恥ずかしい話、このお店には料理ができるメイドが少なくて……猫の手も借りたい、って状況」

 そうお華さんが僕を見る。どうやらこの哀願は余程長らく続いていた宿命を断ち切るためのものだったらしい。僕がその因果の綱を断ち切るのだね?

「だってさ! ほらあんた、あんだけ自慢げに言ってたんだから腕を振るってよ!」

「いや、うーん、この店に手を貸すのは少し気が引ける……」

 こんな風情もへったくれもない店を京都の古き歴史ある街並みから歩いて数十分ほどの場所に存在させることは僕のプライドが許さない。

「いい、和男? こういうの、無駄な抵抗っていうのよ」

「どうか、よろしくお願いします」

「ヤマトボーイ! ぜひ作ってくだサーイ!」

 三人から求められても、僕はひかない。

「いいかい、無駄だからこそ……」

「いいからやろうってば! 元々私に付き合ってくれてたんでしょ!?」

 真優良のその言葉はちょっとずるい。けど、歯向かえないんだよね……。



 チキンライス、チャーハン、焼きそばにナポリタン、などなどとお店のメニューにある洋食と僕の得意料理を作ってみると、これが意外と好評だった。

「本当だ、お店で食べるのと同じくらい美味しい」

 真優良にそう言われると、正直舞い上がる。彼女にとってのお店とはファストフードか僕の想像もつかない高級料理店だろう。それと同じくらいって、彼女の舌が馬鹿になっているか、僕の料理が普通以上に美味しいかのどっちかだろう。

「……このナポリタン、本当に運命の赤い糸のよう」

 お華さんこと姫華さんは感動的に表現してくれた。ただね、この店のナポリタンが本当に、本っ当に不味いだけだから。洋食は僕も得意じゃない。

「三ツ星デース!」

 マークは元気そうにしてくれればそれでいいよ。

 店長から契約書も交わさない物凄く適当な許可をもらった僕らは、しばらくの間この店で泊まり込み、働くことにした。

 朝九時から夜八時までの開店時間のうち、入りたい時間を記入させられるのだが、それは真優良だけで僕には用意されなかった。

「ごめんね和男くん、洋食を作れるのが君しかいないから」

 これは姫華さんではなく、この店のメイド長だという宮子さんの言葉だ。大学生で剣道をしていて、その道で姫華さんと出会い、この店に誘ったとかどうでもいい話も聞いた。

 お店には奥以外に二階のスペースもあり、僕と真優良は、宮子さんとマークが住んでいるところに住むことになる。



「私も木製のお風呂は初めてだよ」

 と湯気を立てながら真優良は旅館の一部屋のようなそこに入ってくる。

 部屋の都合上、僕と真優良は布団を並べて眠ることになる。それが少し、悩みの種だ。

「こんなちゃんとした感じのところで休めるなんて、世の中って本当になるようになるもんだね」

「ホントホント! こんなことなら、一生ここで働いて暮らしてもいいかもっ! そしたら、あんたと結婚でもして、店長からこの店を受け継いで、うんうん、幸せな未来だ」

「この店を家業にしたくはないなぁ。そうするなら日本食の作り方も習わなきゃいけないし……」

「私と結婚するのは?」

 真隣に寝転がって、真優良はそんなあどけない顔を僕に向けていた。

 心臓がくっと掴まれる感じを抑えながら、なんとか答える。近い近い。

「嫌じゃないけど」

「へー、ふーん、メイドなら誰でもいいんだ?」

「誰でもいいってわけじゃ……」

 ああ、なんか何を言っても自分から泥沼に足を突っ込んでいるようだ。

「うふふ、まあ? あんたみたいな平凡な変人じゃ? 私みたいな深窓の令嬢とは付き合えないもんねぇ? そりゃ、この美貌だけで好きになっちゃってもおかしくはない、うん」

 真優良は上から目線で偉そうに語ってくる。くそう、腹立たしい。

 というか、状況を分かっているのだろうか? 姫華さんは僕らのことをカップルかなんかだと思っているから何も言わないし、店長は馬鹿っぽいから何も言わないけど、僕と真優良はそもそもそういう関係にあってはならないのである。

「あんまり調子に乗るなって。僕はただ君に付き合ってあげているだけ、僕が君をどう思おうが、やらなきゃいけないことをするだけで、必要以上のことはしない」

「ふーん、面白くないなぁ。自分の意志とかないの?」

「あっても無駄だよ。今僕がすべきなのは、君の要望に応えるだけだからね」

「なるほどね。まあいいわ。せいぜい私の隷として付き合ってよ」

 言って、真優良はちゅっと接吻の音を鳴らして隣の布団に潜った。

 やはり小柄でお子様じみた真優良に、そういう大人びた仕草は似合わない。ドキッとしたのはたぶん気のせいだ。

 さて、ここで調子に乗らせておくのはあまり大人としていけない。いかに僕が無駄だ無駄だと言っても、義三さん達の行動まで無駄にしてはいけない。

 自宅で我儘を言うのも、ここで僕に我儘を言うのも変わらないようじゃ僕の責任だ。

 少し叱りつけるべきだ。

「真優良」

 小さな声で呟くが、真優良は答えない。

 仕方なく僕は溜息を吐き、電灯の紐を引っ張って消すと、彼女の布団を引っぺがした。

 驚いた真優良はすぐに真上の僕を丸い目で見つめているけど、開かれた口に左手をかぶせて、更に彼女の身体に僕は馬乗りになった。

 彼女は足をばたつかせ両手で僕を振り払おうとするが、悲しいかな、年下の温室育ちのお嬢様じゃ僕を押しのけることもできない。

「静かに。これ以上暴れたら、痛いよ?」

 うわぁ、僕って変態だったのか。うすうす気づいていたけれど、これはちょっとやりすぎたかもしれない。真優良はますます暴れちゃってるし、やっぱり柄じゃないね、こういうの。

 暴れる腕をなんとか掴んで、強く握りながら、手早く済ませようと思うも、けれどゆっくりと僕は囁いた。

「あのね真優良、僕は君のことが嫌いじゃないけど、だからこそこういうことをするかもしれない。それに、あんまり生意気を言ってたら、君を見捨てるかもしれないよ?」

 直接的な表現で苛めるみたいだけど、まあ実際苛めみたいなものだ。

 真優良はまだ暴れつつも首を縦に振っている。

 これ以上は流石にまずいか。何ならこの時点でも通報されたらもうおしまいだ。諦めて一人帰って千沙に料理でも振る舞おう。

 口を塞いだ手はそのままに、まず体を起こす。そしてその後に手を放した。

「分かった?」

 念押しで僕が聞くと、真優良は呼吸を整えながらなんとか言った。

「それで?」

「うん?」

「結局あんたはどうしたかったの? 私を見捨てたいの? それとも襲いたいの?」

 僕の脅し文句は明らかに相反していた。それが真優良の疑問だったらしい。細かいことを気にするね、この子は。

 でもここでの答え方はちょっと考えた方が良い。ここで正直に『いやこれは例えだから、別に僕の意見なんて無意味だから付き従うよ?』なんて言えば彼女はこのまま増長し続けるだろう。

 けど見捨てたい、と言って『ふーんあっそ、じゃあ一人で帰れば?』って言われたらそうなるし。

 襲いたい、と言って『嬉しい! あなたのことが好きだったの! 抱いて!』ってことになっても真優良の態度は横柄なものになるかもしれない。

 ここは間をとって、どっちとも受け取れるようにするべきだ。襲われて不安な真優良はきっと嫌な方をイメージしてしまうはず。

「僕だって意志のある一人の男だからね。ただ真優良の言うことを聞いているだけじゃないさ」

 我ながらよくできた短文、ゆっくりと布団に潜って健やかな気分で眠りに落ちれそうだ。

 が、その前に意外と重い物が腹の上にのしかかってきた。

「うぐ!」

 今度は逆に馬乗りになった真優良が両手で僕の口を塞いできた。

「それ、答えになってないんじゃない? どうせ行き当たりばったりなことを言っちゃったから適当にごまかしているんでしょ?」

 真優良の疑いというのも、なかなか的を得ているものだ。ぐうの音も出ない、口を塞がれていることはともかく。

 けれど僕は、片手で真優良の両腕を押しのけて、そのまま押し倒した。この体勢はまた、ヤバい。

 両腕をまっすぐ伸ばさせて、まだ僕の片腕が残っている。この腕でどうしようか、口塞いだ方が良くないか? なんて考えていたらますます変態じゃないか。ショックだよ、自分自身が。

「誤魔化しているのは確かだよ。でもね、君のことが嫌いじゃないのも、これ以上のことをしてしまうかもしれないのも、見捨てるかもしれないのも、事実だから」

 バクバク鳴る心臓は口から跳び出そうだけれど、こんな風な恥ずかしいことを言っていると少し落ち着く。

 けれどやっぱり恥ずかしいから、僕は真優良を放り出すようにして布団に潜り直した。

 静かな暗闇の中で僕の心臓の拍動だけが音を立てる。

「ねえ」

 そんな真優良の声が聞こえて、再び心臓は音を立て続けた。

 僕はそれに対する返事を持たず、ただ静寂の深遠の中へと潜り続けた。

 やがて真優良が移動する音だけが聞こえた。

 彼女はすぐに眠れたのだろうか。

 僕には無理だった。

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