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「あんたね、本当にいい加減にしなさいよ……」

 流石にかれこれ四時間ほども歩き続けて、空が白んでくる頃には真優良もフラフラになって白い顔がますます白んでいた。

「いい加減って、まあ、そろそろ色々大丈夫だと思うよ」

 途中、ちょっと騒いじゃったりもしたけど通報されるには至らなかったようで、無事朝になるまで過ごすことができた。

「じゃあ、どこかのお店に行って服を買おうか」

「ええ? 今から? 開いてないでしょ?」

「仰る通り。でも今からお店を探せば丁度いい時間じゃないかな」

「でも疑われない? あんた学校は? みたいな」

「それは一緒に考えよう」

 言うと真優良は眉を顰めた。まあ、だるいよね。



 結局、すぐに買い物には行かず、寂れた公園で少し休むことにした。

 要は下校時刻を過ぎればいいのだ。大体午後四時くらいになったら店に行けばよいとして、それまでこの疲れた体を休める必要があった。

 ただ真優良は今にも眠ってしまいそうなほど疲弊しているのに、口からは文句がとめどなく流れている。

「お腹減った、お風呂入りたい、眠い……」

 けれど僕らは雑草ボーボーで虫がいて気持ち悪い公園で、錆びてペンキの禿げた汚いベンチに腰掛けているのだから、真優良は辛かろう。

 かくいう僕も隣に腰掛けて、辛いのだ。真優良ほど満たされた生活を送ってきた人間ならばさぞ辛いだろうという考えでしかない。

「あーあ! 僕だって京都旅行期待してたけどね! 清水寺の胎内巡り、楽しみにしてたんだからさ!」

「なにそれ?」

「知らないの? 母の体の胎内をイメージした真っ暗な場所で、そこを通って生まれ変わった気分になるってやつ」

「なにそれ……」

 同じ言葉だけど、一度目と二度目で明らかな感情の違いがある。一度目は純粋な疑問、二度目は侮蔑だ。

「真優良はさ、人を疑ってばかりの自分を嫌だと思わない?」

「そう言われると……でもそれなら、私は人にへーこら媚び諂う方が嫌。まだこれが正直な私だもん」

 そう真優良は言い切った。僕はあまり真優良の普段の姿を見ていないから言えないけれど、世間一般からすればきっと、そのへーこら媚び諂う方が良い姿なのだろうし、それで彼女はファストフードだの娯楽を楽しめたんじゃないのか、と思う。

 僕は真優良と違う。二面性なく、純粋にこの世界が無駄だと信じ切って、それが悲しいことに事実だと思っている。その真偽が分からなくても、だ。

「僕は嫌なんだ。この世界が無駄だから、何もかも無駄だからどうしても意味がなく変わらないっていう現実が嫌なんだ。だから生まれ変わりたい」

「はぁ? それってあんたの気持ち次第じゃないの?」

「違うよ。胎内を出ると世界が変わるんだ。努力次第でいろんなことが変わる世界に、きっとなっているのさ。素敵な世界だよ、それは」

「ふーん」

 真優良は胡散臭そうな一瞥を僕にくれると、そのまま目を閉じた。

 僕だって、そんなことを心から信じているわけじゃない。例えるならまあ神に縋りたい哀れな子羊だ。

 それでもこんな無駄なことを熱弁するくらいの積極性があるだけマシだと思って欲しい。本当にみんなから死んでいるみたいだのなんだの言われまくっているのに、こんなに将来に明るい展望を抱いている姿を見せたのは君ぐらいなんだから。

「ちょっと寝るね……」

 そんな僕の思考を伝える間もなく、真優良はそう呟いた。深く、泥を吐くような重い溜息の後はただ鎮まるだけだった。

 金の入った袋を持った僕らの二人が同時に寝るわけにはいかないので、つまり僕がこの重い体を起こしておかなければならないわけだけど。

 静かに青い目を隠す彼女は、それこそショーケースに飾られたアンティークドールのように美しい。

 つやつやと光る赤い唇を、ふと触れてみたい衝動に駆られた。こんなの触っても意味ないし、まあ触らない意味もないわけだろうし、つまり触ろうと触らまいと大した意味がないのなら、触ってみてもいいかもしれないわけで。

 すーすーとない胸を上下させて寝息を立てる彼女に、僕はゆっくりと人差し指をそこに触れさせた。

 ただそれだけだ。たとえ彼女が唇でも僕は指先だ。それなのに何故か心臓がバクバク音を立てて汗が出てくる。バレたとかそういう疚しさも混じっているだろうし、なんだかんだで真優良が可愛いのも原因なんだろうけど、それでも不整脈じみた不健康な僕のリアクションに不安を覚える。

 でも助かった。これで眠らずに済みそうだ。



 昼の一時頃になって、ようやく真優良は目を覚ました。

 ぽかーんと空を見上げていた彼女は、公園の水飲み場で顔を洗っていた僕と顔を合わせた。

「和男……そうだった、そうだったんだ」

「なに一人で事件の真相に気付いたみたいになってるの? 名探偵?」

 と言っても、彼女は愕然と肩を落として悲しんでいるから、そんな明るいもんじゃない。

「和男ぉ、お腹空いたぁ、ご飯食べたぁい」

 甘えるような真優良に、僕はいろんな疚しいことを思い出しつつ、けれど厳しく当たることにした。

「今の時間からこの格好でお店に行ったら計画が台無しじゃないか。分かったらおやすみ」

「もう寝なくても大丈夫よ。それならあんたが寝なさいよ、ずっと寝てないんでしょ?」

 心配する素振りを見せる真優良、確かに僕は昨日の朝七時と、学校でちょっと昼寝したのを除けば寝てないけど、その言葉に甘えるわけにはいかない。

「どうせ僕が寝たら、どこかのお店に行って食べ物買うんでしょ? 騙されないよ、僕は」

「あんた、そんな私みたいに人のこと疑って……、どうせ無意味って思うんなら別にいいじゃない」

「まあ、そうだけどさ。そんな欲望に忠実に生きるってのも恥ずかしくない? お腹が減ったから本来の使命を忘れてがっつくなんて獣だよ。そりゃ君が獣だろうと人間だろうと無意味だって言うなら僕はそれでも構わないけど……」

「分かったわよ! もううるさいわね!」

 言うと真優良は、ずどんとベンチにふんぞり返った。

 それを見て、なんだか大金持ちのお嬢様が転落した後、まだ自分の立場を知らずに偉そうにしている風に見えて、凄く滑稽だった。

 ああ、眠い。電池が切れたロボットってこんな感じなんだろうか。鉄の塊である全身がぎちぎちと音を立てて徐々に動かなくなっていくんだ。

 僕は充電するような気持ちで真優良の隣に何とか腰かけた。もう起き上がれる自信がないけど。

「君も、顔くらい洗ったら?」

 ボロい公園だけど、ここからなら歩いて十分くらいのところに大きなデパートやファストフードのお店があることも分かっている。

「……こんなに辛いと思わなかった。お腹が減っても食べるものがないなんて」

「いやそれは今だけだよ。服買って、身分をある程度偽れたらもうちょっと自由になれる」

「ほんと?」

「本当さ」

 真優良は徐々に目が覚めて、少しずつ懐疑的な側面が出てきたらしい。ネガティブな影のある表情を浮かべていた。

「……でも、捕まっちゃうかもしれないんでしょ?」

「なんで? なにに?」

「警察とか? 学校サボって」

「学校サボったくらいで警察は動きません。まあ、僕が君を誘拐したとかって風になるかもしれないけど、高校生二人だ。どうせ馬鹿な若者の駆け落ちって風に収束するんじゃないかな」

「駆け落ち!?」

 真優良はオーバーリアクションで、ベンチをひっくり返さん限りに仰け反って驚いた。

「ちょっと待って! そりゃ私も彼氏役を頼んだけどさ、そんな大それた噂が立ったら……」

「それは僕も考えていなかったなぁ」

 参った。僕はともかく真優良には雑談倶楽部以外の人との繋がりがある。親もいるし、今後がある。それなのに僕なんかと駆け落ちしたなんて噂が立てば、とても可哀想なことになる。

「ま、いいか。どうせ大したことにはならないよ。大した意味もない、僕らの人生なんてどうせ複雑な意味なんかないんだし」

「そんなこと言っても……あのさぁ! こんな地味で、最悪な生活してて、挙句嫌な感じの噂が立ってってもう最悪じゃない! それだったら……ううううう……」

 たぶん真優良は『それだったら来なければよかった』なんて言おうとしたのだろう。でも、流石にそれは躊躇われた。

 躊躇って当然だ。それを言ったら僕と、冴子さんと義三さんが真優良のためにしたことが全部無駄だってことだもの。

 まあ言ってしまえば無駄なんだと僕は思うけど、彼女はそこまで世の中に絶望していない。

 しかし真優良の不満がどんどん募るのも、僕の本意じゃない。わざわざ千沙達と別れてここまで来ているんだ、やることはやらなければ。

「じゃ、計画変更と行こうか」

「……どうするの?」

「まずは服を買いに行こうか」

 そう言って、僕は疲れた体に鞭打つことにした。



 階層全てが服のお店になっている、なかなかお洒落だけれどちょっと僕には高価すぎる。

 ひとまず真優良と一着ずつ上下を用意することにした。無論下着とかも含めて一着ずつで、やっぱり清潔感はないけれど、学生服じゃなくなればいいって考えだ。

 流石に学生服は目立ったけれど、テストの時期がほどほど近いおかげで、テストが終わった直後という言い訳を使うことで事なきを得た。

 制服も学校名もこの辺りじゃ通用しないし、そんな学校のテストの日程を調べようだとかしないし、そもそも僕らに興味があんまりない、とかで服くらい簡単に調達できた。

「悩むだけ損だったわけね……はぁ」

 そう溜息を吐く真優良は、背丈には似合わないジーンズとかコートとかを買って、これが十七万円もした。

 ふつふつとこみ上げる怒りを僕は堪えながら、真優良のアドバイスも取り入れて八万円で一張羅を揃えた。半分だよ、真優良の買い物の。

 そして、義三さんがくれたお金の半分でもある、二十五万円の支出になった。

「これでもだいぶ抑えた方なんだけどね」

 真優良はそんな風に悩んでいたけど、それは仕方なかろう。服を買うって一度に数十万くらい払う人もいるし、特にお金持ちの真優良ならそんな感じになりそうだから、二人分の服装が二十五万円で済んだことは許容範囲でもある。

 ともかくその場で着衣、そして貰った紙袋に制服を入れて、僕らはようやく自由を手にした。

 そして次にフードコートに向かって遅めのブランチ、これは僕ら揃って二千円くらいで済んだ。

 真優良は食べたいから、とお洒落なオムライスで、僕も食べてみたいという理由でフライドチキンを頼んだ。いつもファストフードといえばハンバーガーで、ちょっと割高なフライドチキンを頼んだことがなかったのだ。この貧乏人の苦悩、分かる人には分かって欲しい。

 かたん、とスプーンを置いて真優良は肉にがっつく僕を見て笑った。

「あははっ、獣、獣」

「うるひゃいなぁ……、食事中は静かに」

「ふふふっ、ごめんごめん」

 言って真優良は食べ終わったトレーを運びに行った。

 さて、計画はここからが本番だ。

 言いながら僕はフライドチキンを食べ終わった直後、失神するように眠りに落ちた。

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