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 途中から道案内するように真優良が前を走り、無事玄関にまで辿り着いたところで、義三さんと冴子さんが待ち構えていた。

 二人を確認すると、真優良はすすすっと僕の後ろに隠れた。

「どうしたの?」

「どうしたの、じゃないわよ。こういうのは男の仕事でしょ?」

「そういう差別的な考えは良くないなぁ。二人ずつなんだからこう……」

 と僕らがコントしていると、義三さんは困った風に呟く。

「お嬢様、別に私どもは邪魔しようというわけではございません」

「ほんと!?」

 すると真優良は現金にも、笑顔を輝かせて義三さんの方へと向かって行った。

 義三さんの嘘だったらどうする気なんだろう? やっぱり、社会に出てもやっていけなさそうだ。



「私どもは真優良お嬢様が幸せになれるように行動しろ、と仰せつかっていることは以前も申した通りです。それで、どこか行きたい場所は?」

 運転席で義三さんが優しげな眼差しで言う。

一方助手席の冴子さんはまだ困惑というか、迷っている様子だった。

恐らく義三さんに付き合わされたんだろう。そりゃお嬢様が家出するのを手伝うメイドなんてクビだもの。

「京都! 暮林、京都に向かって頂戴!」

 真優良は感激したように叫ぶ。楽しそうで何よりだけど、車があるっていうのは良いことだ。電車とかだと駅に張り込まれたらすぐ捕まるからね。車でも検問されたらお仕舞だけど。娘のちょっとした家出に一個人がどこまでするかが問題だ。

 喜央氏は大企業の社長だが、公権力を行使できる立場にある。だって娘が誘拐されたと言えば警察動くし。それを彼がどこまで、いつまでに行うかが問題だ。

 でも、今は気にせずに京都を楽しみたい。

「京都ですか……そんなところで良いんですか?」

 困惑気味の義三さんに、真優良が不審を尋ねる前に僕は言い切る。

「そんなところ!? そんなところですって!? 日本で千年以上天皇がいて数々の重要文化財とか世界遺産がある着倒れの町京都がそんなところだなんて……まあ義三さんは宝物院家の筆頭執事として世界中数々の歴史建造物とかを見てきたからそう言えるんでしょうけど」

「いえ、お望みならば、京都にも」

 言うと車の速度が一段階上がったようだった。目的地が決まったという意志表示だろうか。

「にしても京都かぁ……京都に、四人で」

 真優良が感慨深そうに呟く。確かにこんな不思議なメンバーで旅行に行くとは思わなかった。

 と思いきや、それはあっさり冴子さんが否定した。

「私達はお嬢様を無事お届けしたらすぐに帰る予定になっております。申し訳ございません、お供できなくて」

「え、なんで?」

「様々な事情がありますが、是非お嬢様の胆力と地力を発揮してください。そして和男様、どうかお嬢様をよろしくお願いします」

 その言葉は誠心誠意向けられたようだったけど、さっきの悩んでいる様子が微塵も見えなかったから、なんだか演技臭く聞こえた。冴子さんはいまいちよく分からないなぁ。

 車はどんどん進んでいくけど、やがて全員無言になった。

 真優良にとって、これは自由になるための旅立ちであると同時に、長年親しんだ義三さんや冴子さんとの別れなのだ。嬉しい気持ちがありながら、別れなのに嬉しいという背反で自分が許せなかったり、みたいな複雑な感情の渦巻に囚われているのだろう。

 僕にしてみたら、まあ真優良のちょっとした小旅行に付き合うって感じだから、全然悩ましくないのだけど、その辺りが義三さんや冴子さんの悩みなのだろう。

 彼らにしてみれば、真優良の小旅行を成就させるためだけに、自分の職を失う覚悟なのだ。それも主人である喜央氏を裏切るのだ、付き合いが長いという義三さんに取ったら、馬鹿な子供の願いを叶えるためにそうまでするのだ。心中察しきれないほどに痛ましい。

 願わくは真優良が京都で一生懸けても得れない何かを得られますように。

「……ねえ」

 向かいに座った真優良が不意に呟く。まるで世界の破滅を前に下みたいな、不安そうな顔だ。

「どうしたの?」

「これから、本当に二人きりで行くのよね?」

「そうらしいね」

 言って義三さん達に目をくれてやると、二人は無言で小さく頷いた。真優良はその間一心に僕の方を見ていてそれを見ていないので、僕が代わりに肯定の意味で頷いた。

「不安なの?」

「……まあ」

 彼女はそう言った。

 不安ということは、やっぱり、というかようやく現実的な問題の数々に彼女は気付き、それに少なからず恐怖したのだろう。

 その目算の甘さに加えて情けない姿に、僕は溜息を吐いてから言った。

「まず僕から言えることは、一つ、何が不安かは知らないけど、その不安は遅すぎる」

「……あんたがエスコートしてくれると思って、任せたんだけど」

「じゃあ二つ目、今の言葉の返事にもなるんだけど、考えるだけ無駄。無駄無駄、無駄なんだよ」

「またそれ……ちょっとは安心させてあげようとか、そういうのはないの? あ、そう言いつつも実は計画バッチリ決まっているとか?」

「相変わらず変な希望を持ちたがるね。なんでもかんでも選択してもらえる事の楽さを味わって、お父さんに謝ることになるかもね」

 僕が意地悪く笑うと、真優良は真剣に黙考していた。

 この心の弱さを見ると、僕の方が不安になってくる。まあ彼女がここで引き返そうと、進もうと、大した意味はない。

 ただ僕は、僕ができることを精一杯やるだけだ。



「つきました」

 そう言われて辿り着いたのは、お寺なんて本当にあるの? っていうくらい田んぼに包まれた長閑な風景だった。

「つきましたって……暮林?」

「ご武運を!」

 彼はそう言って僕らを追い出して、高級そうな車からは想像もできないほど下品なエンジン音を嘶かせて去って行った。ああさらば麗しいメイド服の冴子さん。

 茫然とする真優良を余所に僕は周りを見回した。

 一体義三さんと冴子さんがどういうタイミングで僕らを放り出したのかは知らないけど、周りに田んぼが、そしてちょっと遠くには線路や大きな建物も見える。

 ただ京都と言っても、京都市ではなくだいぶ田舎の方みたいで、なんと表現したらいいのか、鹿も大仏もない奈良というか、寺も歴史もない京都というか、食べ物のない大阪というか、北じゃない北海道、は海道だね。

 ともかくそんな、県のイメージにある物を取っ払ったような僻地で、その場所にいても何のアイデンティティも感じない、ただ日本という場所の一つとしか感じられない無個性な場所だった。

 そんな風に思っても、ここに住む人達は自分達を歴史ある京都府民とかって思うのだろうか。まあ、これは僕も京都に対して過度な期待があったと言わざるを得ない。ごめん、京都市に住んでいない人達。

 そんな風に僕は自分の気持ちに整理をつけて謝罪するまで至ったけれど、真優良はそうじゃなさそうで、むしろ憤慨している。

「何よ暮林も! ここどこよ!」

「京都府のどこかじゃない?」

「イメージと違う! なんかこう……もっとお寺とかが乱立してて」

「それはタイとかインドに行った方がいいんじゃないかな? ってかそんな場所はこの世に存在しないんじゃない?」

 なんで僕はこんな当たり前のことを言っているのだろう。意味なし。

 でも真優良もそれを察してくれているから、むむむと唸るだけだった。

「でも、これからどうするの?」

 言われて時間を確認すると、既に深夜の一時を回っていた。

線路が見えていても電車が動いていないし、この辺りでは泊まることができる店があるかどうか。

「さて、先立つものが必要なのは間違いないね。さて真優良、先立つものってなんでしょう?」

「サバイバルナイフとか?」

 真優良は正解! と言われることを期待して瞳を輝かせていた。この娘は本当に田舎者というか、世間知らずにも程があるようだった。

「お金だよ。どうして無人島に一つ物を持っていくとしたら? っていうのと同じレベルの答えが来るの? 君にとって世間って……」

「ああもう分かったわよごめんなさい! これでいい!?」

「怒らないでよ……」

 外国では謝るとは自らの罪を認めることで、安易に謝ったら全部悪いということにされるというが、真優良は不用心に謝った。この小娘、本当に適当なことを言ったら騙されてしまいそうで不安になる。

「とまれ、金だ。何はともあれお金が必要なんだよ。真優良は今どれくらいお金持ってる?」

 自分でも最低の発言だと思うけれど、それが世の中。世の中ね、金があれば何でもできるんだよ、宇宙旅行だって、死にかけの父親の手術台を払うことで命を助けることだってできる。実質人間の時間と行動だってお金によって買えるんだ。

「冴子に渡されてたのがこれ、私個人のはないよ?」

 そう、媚びた風に言う真優良が手渡したのがジッパーのついた袋で、中には一万円札が山ほど入っている。数えてみれば五十枚、一日にATMで卸せる限度額だから、義三さんが配慮したのかもしれない。

「君自身は無一文? やれやれ、これだからお嬢様は」

「違うって! 私だって友達に誘われた時とかは持っていくんだけど、急だったし……。そ、そういうあんたはどうなのよ!?」

「僕? この通りさ」

 鞄の中に入っている財布を取り出すと、七千九百六十七円を懇切丁寧に見せてやった。五千円札一枚、千円札二枚、百円玉八枚、五十円玉一枚、十円玉十一枚、五円玉一枚、一円玉十二枚。

「……全然少ないじゃない」

「それは君の金銭感覚が狂っているだけだよ。僕みたいな地味な高校生が手持ちで歩く分にしたら、七千円もある方がおかしいと、むしろ思うね。普段は三千円くらいあれば充分さ」

 真優良は訝しげに僕を見てくるが、少なくとも僕はそう思う。けれど世の中は金だと断言していた僕にしては、それはこれからの逃避行には心許なさすぎる金額だった。

 ともかく僕らは、今非常にまずい状況だ。

 真夜中の一時、学生服の二人が歩いていては、警察に見つかれば補導間違いなしだ。

 深夜過ぎるから警察も早々会わないだろうけど、真優良が非常に目立つ外見をしている分、声をかけられればもうおしまいだ。

「これからどうするの?」

 不安げもなく、純粋な疑問を浮かべる彼女に僕は苛立ちを覚えながらも、展望を考えながら言う。

「そうだね。僕らは未成年だからカラオケとかネカフェに泊まることも簡単じゃないし、服も目立つから変えたい。けど今の時間じゃそれができない。つまりそこら辺の施設に頼ることもできないわけだ」

「じゃあ、どうするの?」

「歩く」

「え?」

「夜が明けるまで歩こう」

「目的地は?」

「さあ。とりあえず線路伝いに歩いて、それなりに大きな都市を目指そうか」

「えー? 電車には乗らないの?」

「この時間には走ってないよ」

 本当に何も知らないんだなぁ、とどうでも良いことを考えながら、僕は真優良の手を引いて歩き始める。願わくはこの方向が都市へ向かっているように、と。

「ちょっと待って、本当にそれだけなの!?」

 何故か彼女は怒り出す。ここは僕を怒るんじゃなくて、そんな風に無責任な場所で突き放した義三さん達を怒るべきだと思うけど。

「仕方ないでしょ。誰か知り合いの家に泊めてもらうのが一番だと思うけどさ、僕の知り合いはこんなところにいないし、君の知り合いは君のお父さんの味方だろうし。今はとりあえず歩こう」

 尚も不服そうだけど、僕の手を振り解かないということは、真優良も不承不承に納得したのだろう。

「……あんたなんか信じるんじゃなかったわ」

「今更そんなこと言っても無駄だよ。疑う主義の君が信じるからさ。それに、ほら、えっと、姉さんとか工藤を見習って、もっと楽に考えたら?」

「馬鹿じゃないの? はーあ、私って本当に愚かだわ。何が正しくて間違っているか分からなくなっちゃった」

「だから疑うんだろうね。まあいいじゃない、一緒に空でも見ようよ。田舎だから大きな星が見えるよ。ほらオリオン座」

「えっ、どこ?」

「ほら、あの砂時計みたいなの」

 僕が指さすと真優良は一所懸命目を凝らして、背伸びをしてみようとした。背伸びなんてするだけ無駄だと思うけど、僕はぴょこぴょこ跳ねる彼女が可愛らしくて、黙って見ていた。

「あー、本物だ」

 そう言うと、真優良は見れた嬉しさよりも、必死に見ようとしていたことを恥じているらしく、急にそっぽを向いた。

「その取り繕いも、無駄だと思うけどなぁ」

「うっさい!」

 彼女は言って赤い舌をちろりと見せた。

 それが愛らしくて、僕は頭を撫でてやるのだった。

「触んなー!」

 怒って殴ろうと走ってくる真優良から逃げながら、僕も走って逃げる。

二人夜間の逃避行、さてどれくらい持つだろうか。

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