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 欠点を人のせいにしていると、状況に甘えて我儘を言っていると、真優良は僕にそのように言う。

 じゃあ僕の欠点ってなんだ? ワガママって? 誰にどういう風に甘えているのか? どう僕が悪いのか?

 自分でも捻くれているところがあるとは思う。けれど正直者だし性格だって悪くはないはずだ。人の幸せを喜び、不幸を悲しめる人間のはずだ。

「僕はいい人だ」

 呟いて目を開ける。既に千沙は布団から出て行ったみたいでちょっと捲れていた。

 朝日が目に染みるけれど心は全く痛まない。嘘を吐いていない、嘘と思っていないということだ。

 僕の心は僕がいい人だと思っている。だから今は、僕は僕自身を信じたい。



「おはようカズ坊!」

「また来たんだね……」

 玄関から顔を出すとすぐに北斗は笑顔を見せた。

 昨日のように自転車に乗って大したこともない話を少し交わすと、やがて話題は真優良のものになった。

「昨日はどうだった?」

「別に、大体普段通りだけど」

 泣かせたり罵られたりはあったけれど、会話の内容は普段からそんなものだったと思う。

 そもそも綱渡りみたいな会話だった。互いの本音や本性に近づく会話というのは、人の心の大事な部分に触れることだ。一歩間違えれば互いに取り返しがつかないことになるっていうのは分かっていたはずだ。

「何かあったの?」

「何かって?」

「大体普段通りの、大体じゃない部分」

「あー……」

 北斗は僕の想像以上に耳ざとかったみたいだ。嘘がつけない人間っていうのは困ったものだ。

 僕は何を話すべきか少し考えて、とりあえず印象に残ったことだけ全部話すことにした。

 内容は僕の家庭事情を一切合財知られて文句を言われたことと、売り言葉に買い言葉で僕も真優良の事情や決意をけなすような発言をしてしまい、最後に泣かせて一人帰った、というくらいだ。

 これだけ言うと僕がかなりのクズみたいだけれど、北斗は何も言わずにただ黙って聞いてくれた。

「でも、とりあえず謝った方が良いよね」

「なんで?」

 もう自転車を降りて、二人で教室に向かっている最中、そんなことを話した。

「だって泣かせちゃったら謝るしかないよ」

「もう小学生じゃないんだから、自己責任だって。真優良だってそんな情けで謝られても嬉しくないよ」

「嬉しいよ! カズ坊もまゆっちを喜ばせてあげたいでしょ?」

「いや別に。そんな一時の喜びに何の意味があるの?」

「冷めてるなぁ」

「僕だって無意味に悲しませるようなことはしないよ。でも無意味に喜ばせるのもねぇ」

 もっとしっかりした話し合いで解決すべきことだろう。適当な謝罪で済ませたいことではない。

 その後も様々に問答を続けたけれど、教室の前に来たところでそれは止まった。

 真優良が立っていたのだ。

 手持無沙汰で侘しげな表情を浮かべながら、僕をちらっと見ると視線を逸らした。

「なに、どうしたの?」

「ううん……なんでもない」

「なんでもないなら来ないでしょ。何の用?」

 僕はごく当然のことを言ったのだけど、それが彼女には大層驚くことであったらしく、きょとんとこっちを見ていた。

「あの……いや」

「歯切れ悪いなぁ、君らしくもない。昨日みたいにバンバン言っちゃってよ」

 と言ったら北斗に後ろ頭を叩かれた。ちょっとデリカシーがない言葉だったかもしれない。

 僕も頭をぽりぽりと掻いてフレンドリーな雰囲気を作り出す。うまく笑顔ができていたら幸いだ。

「その……昨日はごめんなさい」

 頭の両側面で結われた髪を手でくるくると梳きながら、真優良はしおらしく言う。

「何が?」

「何がって、酷いこと言ったから」

「うーん、でも半分くらいは事実だからね。そんな改まって謝ることじゃないよ」

「……そう」

 真優良はやっぱり悲しそうに呟いた。

「……あの、相島先輩、少しいいですか?」

「うん、いいけど……」

 言って北斗が僕のことを気遣うので、僕は気を遣わせないように先に教室に入って席に着いた。

 二人で何の話をするかは知らないけれど、知る必要もないことだったろう。



 が、そのことを北斗は休み時間に再三注意してきた。

「まゆっちが放課後の会話をすることに悩んでいるんだよ!」

「はあ」

 ふーん、そうなんだ。って感じで僕が呟くと彼女はますます声を荒げるのだ。

「どうしてそんなに素っ気ないの!? 不安なんだよ! 励まさないと!」

「それ僕がすることじゃないよ。如月先輩とかの方がいいよ」

「そんなことないよ! まゆっちはきっとカズ坊のことが好きなんだよ!」

「すごい適当なこと言うね」

 ちなみにその台詞のせいで、佐藤含む男どもが僕のことを親の仇を見るような目で睨んできた。それは北斗を睨んでほしい。

「お互いに大切なことを知り合った仲だよ! とっても深い絆で結ばれているんだよ! その二人ならきっとどこまでも行けるよ!!」

「姉さん、言葉には気を付けて」

「それはこっちの台詞だよ」

 気付けば、北斗の表情は真剣そのものになっていた。

「ひどいこと言ったよね。真優良ちゃんはしっかりしているけど、しっかり者だからこそいろんなことを気負っちゃうの。たぶんカズ坊も一緒だけど、必要以上にいろんなことを悩むのはよくないでしょ? 蟠りは解消しなきゃ」

 それは僕にも充分理解できることだ。必要以上にいろんなものを背負い込む必要はない、僕は僕自身の問題だけを解決したいのだ。

 けど、それを北斗に言われるとは思わなかった。

「話し合いで解決できるかな?」

「カズ坊は昔から頭が良かったから、きっと大丈夫だよ」

「楽天家め」

「オプティミストと言ってくれたまえ、あっはっはー!」

 北斗は笑って僕から離れていった。

 彼女のつかみどころのなさに僕は少し驚いている。昔は能天気なやんちゃ娘でしかなかったのに、今は違う。

 でも彼女のことを詮索する必要はない。今は、真優良だ。



 昼休み、また佐藤に文句を言われていると北斗が席にやってきた。

「何しているの?」

「文句言われているけど」

「ばか! まゆっちのところに行かなきゃ!」

「なんで?」

 放課後でいいんじゃないか、というつもりで言ったのだが、それが北斗の癇に障ったらしい。

「まゆっち今日はすぐ帰るでしょ!? 今から会わなきゃいつ会うの!?」

「僕それ知らないんだけど……」

「ほら行った行った! 一年三組!」

 バンと背中を叩かれて、無理矢理立ち上がらされて、どこが一年三組かも知らないのに教室を追い出された。

 佐藤の嬉しいような悲しいような微妙な表情が物言いたげに揺れていた。



 人伝に一年三組の場所を聞いて、教室を訪れる。

 金色の髪の彼女はそこでもとても目立っていた。けれど僕はその姿を見てすぐに隠れてしまった。

 どうやって話しかければいいのか分からないし、そもそも蟠りの解決なんてできるはずもない。

 何をどうすればいいのか分からない。

 うーん、と一人で唸ってみるが、解決策は出てきそうにない。

「何やってんの?」

「あ、真優良さん」

 教室から見えないところの廊下に立っていたけれど、すぐに見つかってしまった。

「よくここが分かったね、心の中で通じ合っているのかな?」

「白が教えてくれたの、先輩が来てたよってね」

 そういう真優良は怒ったような顔だったけれど、すぐにしゅんと元気を失くした。

「それで……話は相島先輩から聞いた? そういうことだから、私……」

「放課後の話を辞めたいんだよね? 駄目だよ」

「え?」

「そもそも、僕が君を選んだんだよ。他の人と代わるなんて許せない。僕はあの四人の中で君と話したかったんだから」

「……でも」

「僕が選んだ、もう一度言うよ。僕が選んだのは君なんだ」

 なんか、ちょっと口説いているみたいで恥ずかしい。でも真優良にとって『選ぶ』というのはキーワードだろう。

「……でも、どうせ消去法とかで選んだんでしょ? 私が良いってことはないんでしょ?」

「うん、鋭いなぁ、真優良は」

 この瞬間の彼女の表情を僕は忘れられない。

 悲しげな、怒ったような、けれど一瞬笑った、複雑すぎて僕には全く感情の分からない表情だった。

 その表情に僕は魅了されていた。

 人間っていうのはこんなに表情豊かなんだなぁ。彼女は今の自分の気持ちを言葉にできるのだろうか? 一体どんな気持ちになったらその繊細な表情を生み出せるのだろうか。

「疑うのが私の主義だからね。でも、それはつまり私は強く自分の意志を信じているってことよ」

「うん、素敵だよ」

「え? 本当にそう思っている?」

「たぶんね」

 僕には考えられない、僕が持っていない真優良の特性だ。

 真優良は腑に落ちないような顔をしているけれど、その悩んだような顔で言う。

「ねえ、私に嘘吐いてないよね?」

「ん? うん、なんで嘘吐く必要があるの?」

「私のこと素敵って……」

「うん。素敵だよ。正直に言うと、ちょっと憧れる」

「憧れ?」

「うん。表情が豊かで、意志が強くて、本当に生きているって感じがする。そりゃ僕だって生きているけど、君みたいに活力に溢れていないんだ」

「それは、確かにそうね」

「だから君のことを凄いと思っている」

「ふーん。……別に女性として、っていうわけじゃないのね」

「今は恋愛とか言ってられないよ。問題が山積みだからね」

「じゃあさ、私と付き合わない?」

「話聞いてた?」

「分かってる。仮初の仲よ。そんな週に一回デートとかお昼ご飯を毎日一緒とかはしない。ただいつもみたいに、放課後に話し合うだけ」

 要はこの関係性に新しい名前をつけるということらしい。それが恋人というのが気に食わないけれど、真優良は乗り気の楽しそうな笑顔をしているから断るのは心苦しい。

「放課後に話すだけかぁ。それなら別にいいかな。でも僕がクラスの男子から殺されないかな?」

「それならボディガードつけてもらう?」

「いや……」

 冗談のつもりだったんだけど、真優良はそんな雰囲気でもなく当然のように言う。やっぱり格差社会だ。

「にしても、付き合わない、とは、お嬢様もなかなか過激だね」

 そう言うと真優良は少し顔を赤くした。そしてまたムスッとした表情で吐き捨てる。

「別にいいでしょ、お嬢様とかじゃなくて、ただの女の子なんだから」

「ただの女の子ねぇ。ま、いいや。それじゃまた放課後にいつもの場所で」

「あ、うん……」

 一瞬寂しそうな顔をしてから、真優良は心配されないような穏やかな笑顔を浮かべた。

 本当に、少女のような顔から大人の女性のような姿まで彼女はできる。

 そんな彼女に、僕は少し惹かれているのかもしれない。普段ならあんな誘い、絶対に断るだろうに。

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