1
ニヒリズム。
虚無主義というこの言葉は、要するになんでもかんでも無駄とか無意味と決めつける思想のことである。
もっと調べれば、なんか無駄だからこそ頑張るみたいなのと、無駄だから何にもしない派とか分派があるらしいけど、僕は独学でこれに辿り着いたのである。
人間なんて所詮は地球の皮の上に住むダニみたいなもんで、何したって無意味、人の歴史の上でどうなろうと、死んだら分からないじゃないか。
だから死のうが生きようが等しく意味はない。そして生きることに意味がないなら、生きて何をしようが、どう過ごそうが何の意味もなく無駄なのだ。
高校二年生の冬、受験も迫る十一月という季節に父が死んだ。
父と言っても彼は義父だった。悲しくないと言えばウソになるが、悲しかろうが嬉しかろうが僕の小さな感情なんてものは、これからの生活を左右することなく精々僕一人の気分と周りの人が気を遣うがどうかぐらいで何の意味もない。
父が死んで僕は母と妹と、祖母の家に住むことになった。祖父は僕が物心つく前に亡くなっていたので感慨はないが、祖母と共に暮らすことは少しだけ蟠りがあった。
なんてったってこの祖母は僕の実の父親の母親、つまり先に死んだ父の母なのだ。それなのに今更厄介になるなんて都合が良いもの、僕だったら怒るだろう。
けれど祖母は受け入れてくれて、今僕は妹と祖母と母と四人で食事していた。
会話のない食卓で唯一、まだ四歳の妹が僕に駄々をこねる。
「これ……」
ピーマンが嫌いだと目で訴えてくるけれど、あまり我儘を言える立場じゃない。
「ほら、そんなこと言わずにちゃんと食べるんだよ」
どうして祖母は受け入れてくれたのか、と僕は悩む。離婚したわけではない、前の父親も命を落としてしまったのだ。だから忘れ形見の僕を養うためかもしれないが、それにしても、空気が悪すぎる。
「そういえば、和男は朝日高校に転校するんだってねぇ。勉強はついていけている?」
祖母が口を開いた。母は黙々と食事を続けている。
「勉強は大丈夫だよ。僕、これでも結構頭がいいんだから」
そう、はにかんで見せた。別に取り繕っているわけでもなく単なる事実だ。取り繕う意味もないし。
祖母も楽しそうに笑った。妹も何もわからずに笑っている。母だけが沈黙したまま食事を続けている。
なんて無情だ。悲劇的過ぎる、心の底からそう思う。ここに未来はないのかもしれない。
でもそれがなんだって言うのか。この家に未来があろうとなかろうと、意味はない。
「まぁ、二人とも似合っているねぇ」
朝早く、玄関の前で祖母は笑う。
「にあう? んふふふー」
妹は真っ青な幼稚園の制服のスカートをはためかせて笑う。無邪気なものである。幼稚園児に邪気を求める方がどうかしているけれど。
「似合っているよ、千沙」
「うん、お兄ちゃんもにあってる!」
言われて、僕も紺のブレザーの襟で少し顔を隠した。面と向かってそんなことを言われると、四歳児と言えど照れるものだ。
「それじゃ私はちーちゃんを送るから、一人で行ける?」
「僕はもう十七歳だよ? 心配性だなぁ、おばあちゃんは」
軽く笑うと祖母も笑う。ああ、笑顔の多い明るい家庭のようだ。けれど、どこか空虚だね。
二人が行くのを見送った後、僕も自転車を漕ぎだして進んだ。
母は最後まで見送りには来なかった。




