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超ヒトネコ伝説オマエ・モナー  作者: ヤクバハイル
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幻の橋

 夜明け間近の城の中庭。次第に地平線から空が焼けていくが、高い城壁の陰になったここまでは届かない。松明とランプの数は少なかった。一角獣の放つ燐光がうっすらとだが辺りを照らしていた。

 その中に浮かびあがるのは一角獣の背に乗る細く美しい銀髪を肩まで伸ばした半妖精(エルフ)の青年アイオーナ。傍らには褐色の大柄な馬に乗る赤銅色の肩当てを身につけた聖騎士ショボがいた。

 奇妙にも荷役馬に乗る盲目の詩人ホッカルと小太りの道化師。

 赤い目と呪文のかけられた蹄鉄を付けた栗毛の馬、ササークに乗るレオン。

 彼ら旅人を見守るのは軽装に鎖帷子をつけただけの二人の番兵のみ。

 「ギコ公は既に発たれたのか」

 禿げ上がった残りの髪が風に靡くホッカルが番兵に問うた。ホッカルが脇に持つ竪琴は軽くて小さく使い込まれて艶を放ち、胴に彫りこまれた草木と動物の細かい図柄が素晴らしい。

 「いかにも」

 と答える番兵。

 「ヒトネコの妖術師は手早いことで」

 と道化師。伝説の愚か者の印で顔を飾り立て、緑のラメの入った分厚くたっぷりとした上着。丸い顔に大きな鼻、そして黒い大きな瞳が目立つ。


 ホッカルは見えぬ目を向けて、

 「アイオーナ殿、貴方はどちらに?」

 「北に」

 レオンの方を振り返ったので、

 「僕は西です」

 「私は東。とするとギコ公は南ということになりますな」

 従者である道化師は城を懐かしげに見やり、ぼそっと、

 「はぁ。安住の地、ここにあらず、か」

 その主人(その関係は未だ不明であるが)盲目の詩人は物思いに耽っている。

 ふいに顔を上げて、

 「レオン君、何か見えますか」

 レオンは予期していたかのように答える。

 「長い糸の結び目が、所々ほつれて。けれどもその末は霞んで見えない……」

 「意味深げな」

 道化師は思案げに首を捻る。

 「妖精の目には何が見えますか」

 アイオーナは凛々しく地平線を見つめ、

 「星が幾つか。四つ、五つと。暗い陰の穴の周りで環を描いて、くるくると、またひとつ落ちていく……」

 半妖精の青年はふっと笑う。

 「時々ケチの記号学を学べばよかったと思いますよ。何でも農奴の夢から全てを知ると言いますから。王は一体どんな夢を御覧になるのでしょうね。時々、怖くなる」

 「ええ、遂にこの城に馴染めませんでした。この城自身が息を潜めて何かを待っているようで」

 レオンも微笑む。

 

 静かなる古城。一見して寂しすぎる荒野の山城。だが目に見えぬ敵に向かって絶えず緊迫する城。難航不落と言うように攻め様もなく落ちるはずもなく敵等いるはずがないのに。

 この城の個性は強烈であった。全てが。その生い立ち、存在の仕方、状況、構造、そして主の化け猫。この城にはあるべき正面玄関というものがなかった。落とし格子も上げ橋もなく、堀も壕もなかった。城の土台である山の裾は四方が断崖で誰も近付けない。遥か上の城壁の始まりに石造りの城門があるだけ。ここは妖術で築かれた神秘の城である。

 太陽と月の束縛を抜けた僅かな時間、夕刻と明け方に妖術の斜面が、断崖の城門に現れ橋を架けた。

 幻の橋である。

 古代の装飾がまるで蛇の鱗のようで、銀色の影を伴っている。この世には属さず、現世の法則の薄れた時に現れる。天体の運行に従う他にも、橋の現す方法はあった。そのひとつを王が操るという事は王の力は星をも凌ぐという事なのか。

 頂上の城とその主、絶対王モナキーンの関係は今もって謎に包まれたままであった。

 そして今、夜明けの明星の輝く下、何時ものごとく静かに乱れずに幻の橋はその姿を現した。

「再び、あいまみえんことを」

 薄明かりの中でアイオーナの白い一角獣が駆け下がっていく。まるで銀の矢の様に。続いてショボを乗せた褐色の馬が嘶いて、その銀の矢を追った。

 ホッカルはアイオーナの華奢な背に向かって、

 「全ての風が貴方に吹きますように」

 かけた声は届いたろうか。

 後に続くレオンは、

 「ホッカル殿、道化師殿、お達者で」

 「貴方も、レオン殿」

 続けてホッカルは厳しい表情になる。

 「言葉を。夢は見る者に忠告もするし、また惑わす事もある。耳を信じなされ」

 「全ての謎に答えあり、全ての答えに謎はある」

 と、道化師は片目をつぶって、

 「腹の足しにはならんがね。あばよ。小僧っ子」

 「ありがとうございます。行く先々で貴方がたの事を思い出しましょう」

 異国風に会釈、そしてレオンと彼の馬は早駆けで降りていく。橋は今にも消え入りそうで不安であったが、それとは逆に馬の蹄の音は金属のような音をたてて重く響いていた。

 その後ろをゆっくりと下っていく荷馬に乗った二つの影。

 「我が相棒よ。この城の事、我が伝記に書くのは事を見極めてからにしようと思う。複雑に絡み合ったこの物語が一体どこに至るのか、腰を据えてじっくり拝んでからな」

 「その伝記に私は登場するのかね?」

 「ああ、登場するとも。始まりにほんの少し。大海の中の(あくた)たる麦粒程度に。くっくっくっ」

 薄笑いを浮かべて道化師は、ゆっくりと革表紙の手帳を閉じた。



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